油煳干青∈外伝12∈辣∋拾弐月参拾壱号 雅安行∋糟酸麻蒜

「オオッマイガッ!!?」と白人は驚くのだが,日本の今日は大晦日(オオしか合ってないから減点)。
 中国語では「除夕」または「大年三十」と変な呼び名だけど,いずれにせよ旧暦だから街はあんまり感慨深くない。
 その違和感にかてて加えて,朝7時に真っ暗ってのはどーも調子が狂っていかん。
 始発だったらしい地鉄で,昨日と同じく華西[土覇]まで4駅。今日はそこからやや歩いて,東の新南門というバスターミナルへ向かう。
 急造都市・成都は,多分にインフラにシステムが追いついてない傾向がある。バスターミナルが,大規模なものだけ数えても市内に数カ所ある。しかも,方向別とかの体系もなく,成り行きで運営されてるっぽい。システムってよりハッキリ言えば…交通行政にヴィジョンがない。この初期段階の設計こそ百年影響してくんだが…民主主義の乏しさがニーズをすくいあげにくくしてるのが,至る所に顕著。
 8時前にバスターミナルにたどり着く。正式名は「新南[シ方存]楽広場」らしい。
 結構歩いた。全然楽じゃないぞ。
 入り口がどこか全くわからんので,何か壁の裂けてるとこから入ったら,切符売り場はX線チェックの向こう側でした。つまり簡単に検問を破ってしまってたらしい。
 さて問題は車票(切符)です。46元,「雅安碧峰峡」行き。列も大した長さじゃなく,何より昔に比べ処理速度が速い。割と簡単に買えた。
 搭乗口は4番。開車時間は…掲示板を見ると…げっ?1700?でも搭乗口に行くと「没有開時間」,つまり時間なんか決まってない?
 同じく「雅安?」と尋ねてるメガネのカップルがいたんで,彼らをペースメーカーにすることに。
 列が出来,カップルが並ぶ後ろにわしもつく。
 8時15分,バスは唐突に来た。「碧峰峡定期観光」とか書いてあって「雅安」の文字がないのに不安を覚えたけど,メガネカップルも乗車したし状況的に間違いなかろう。
 年越しを過ごすことにした目的地,雅安は,蒙頂茶と蔵茶で有名なお茶の街。大変予想し易くて恐縮ですが…決めたのは昨日の竹叶青を飲んだ後。当初の目的は麻辣探訪だったような気がするが,今や一路中国茶である。
 なお,日本語的には「雅びだけど安い」みたいな微妙な語感の雅安は,北京語では「ヤーアン」と読む。切符とか買う時には「ヤ~アン,イーガ!」ということになり,何か訳あり男女が密室でジャレてるようなイヤらしい語感になって,こちらもビミョーである。
 まあついでに書いとくと,雅安へ来た理由はもう一つあるんだけど,悔しいから章を改める。

 バスは成都内を数ヶ所回る。
 街中のバス停でも感じたが,以前みたいな殴り合いっぽい先乗り合戦はホントになくなった。今や皆さん余裕しゃくしゃくで乗車されます。いやあ,ほんの20年ほどでえらく文明国になったもんです。
 ほぼ満席。隣はコブトリおばちゃん。
 車内の標語――「貴重物品自行保管」「請系好安全帯」。スリに怯えて荷物を両手で抱きかかえてたあの頃は遠くなりにけり。
 バス停の標語――「文明交通路路順風」「和階成都人人平安」。共産中国色はどんどん褪せてます。
 ただ,発車地・成都のバスターミナルの隣には,バス施設よりもっとでかくて高い公安ビルが接してたな。
 このバスの運行会社は…分からない。隣に止まってたバスの会社名は「四川亜細亜運業」「成運高速」。こんなんが筍みたいに出来てんだろう。
 前方モニターでやってるアクション映画の中国人ヒロインがむっちゃ可愛い。
 8時半,車掌のお兄ちゃんが回ってきてに票を持っていかれちゃう。お兄ちゃんは成都の最後のバス停で下車。
 曇天ながら空中にやっと光が戻ってきた。
 成雅高速道路をすっ飛ばしたバスが雅安に着いたのは10時半。正味2時間か。これなら…日帰りも可能だったな。
 えーと?バスターミナル前でタバコを一服しながら現在地確認。…なんせ昨夜決めた街です,頭にはろくに情報入っちゃいない。
 BTは北部郊外。この南に傾斜地の中ほどに三つ叉の川の合流点があって,雅安の中心部は川向こうの南側。歩き方の簡素なマップじゃ高低差が分からんが,丘陵地の盆地を埋める形で開けた街づくりらしく,BTはその北側傾斜の中腹に当たる。
 南へ坂を下る。しっとりとした,何だかチベットっぽい情緒がある。けど,坂から見下ろす街はそれなりに大きそう。
 下り坂が川に突き当たる。このT字から見て合流点は左(東),南へ渡れる橋は右(西)。
 右手の橋を目指す。雅州廊橋。軽いコンクリ橋を予想してたら驚いた。ヨーロッパみたいな上屋付きのゴッツい勇壮な橋でした。
 これを渡ったほとりにあった飛び込みの宿に荷を下ろす。何とIbis。279元と高いが大晦日だしね…場所もこの橋のすぐそばでなかなかいいし。
 11時15分になった。さあ散策開始――の前に,とりあえず朝飯を食いましょか。

▲老招牌程記粉店の酸辣粉

 BT近くで見かけてた市場へ。割と賑わってる老招牌程記粉店という汚い…もとい,大衆店に入る。
酸辣粉 5元
 かっ!?辛いっ!
 初めての四川らしい反応ですけど,涙が出るほど辛い!うっかりするとむせるほどに辛い!なのに…まろやかで爽やかな後味が残る,この感じは何だ?
 外観としては――「粉」だから米のきしめんみたいな麺が辛みそにまみれてて,さらに5mmほどのまん丸な豆が混入してる。で,味わいとしては,麻より辣が勝ってて,油っこい?
 つまりラー油の爽やかさが,酢と,さらにこの,おそらく煎ってあるまん丸豆の香ばしさと相まって,スゴくなめらかな辣を作り出してる。酸味は辛過ぎて感じられないように思えるけど,おそらく味の底で作用してる…はず。
 これが,どす黒い米粉ビーフンの,意外に円く優しい味わいにピタリとマッチし,相互に生かし合ってる。麺は普通の細長いタイプ。
 スゴい味です。さすがに老舗(なのか?)!

 バスターミナルまで戻ってきたのは別の目的もあったんだけど,まあ,繰り返すけどムッチャ悔しいから本章には書かない(→出来れば思い出したくない別稿)。
 よって唐突ながら,1時間ほど後に再びBTを後にした場面は移る。一つだけ愚痴ると…中国人の初日の出好きは何とかせえ!旧暦なんだろアンタらあ!があ~!!
 …失礼した。とにかく突然場面は変わる。もう変わった!この1時間は記憶にありません。以上!
 13時半,川の南岸に戻って散策を再開。気分は全然平成23年あけましておめでとうである。
 少し目当てにしてた「雅魚」の店はちょっと一人では入りにくい。値段は60元とか100とかだし,店頭の写真を見る限り量が巨大過ぎる雰囲気。
 かと言ってメインターゲットのお茶も…川沿いにいっぱいある茶館は,寒いからなのか?全部閉まっててパラソルだけが虚しく風にはためいてる。
 うーん。これはひょっとして?空振りの日か?
 旅行中には得てしてこんな日があるものよ。旅慣れた私は全く動じない。段々歩き方がうなだれてきたけど全然平気である。

 小店で賑わう界隈に出たんで昼飯の店を探してたら,聞老大香棹牙[酉ノギヘン]餅総店なる客足の多い店を見つける。マントウ屋…かな?
微[舌甘]
西沙
椒[土ト/皿]
計1.50元
 夜,お茶受けにして食った。
 どうも中華菓子に近い。中はもちもちでポンティケージョじみてる。甘味はかなり薄いのにお茶にはぴったり合う微妙な甘やかさ。
 中華菓子ってのは,お茶と合わせたらヨーロッパ菓子より遥かに深いかも知れない。昨日から感慨を新たにしてます。

▲野外茶荘「蘭友茶」で竹叶青

 市内を西へ抜けて帰路につく。
 川岸,大きな川から別れて市街を南北に貫く流れの端に野外茶荘を見つける。蘭友茶という店らしい。
 一服していこうか。
 並んでる十数脚の丸テーブルの空席に,どっかり腰掛ける。二度目ともなれば慣れたもんである。我ながら惚れ惚れする玄人ぶりである。
 さて…?何のメニューもない。どーすりゃいいんだ?
 とにかく主人らしきメガネのおばちゃんに聞いてみる。
「幾ら?」
「何がだ?」と返される。
 何が?
 …茶しか売ってないんとちゃうんか?という意味で「渇茶」と言ってみると
「だから!!何飲むんだ?」と来た。
 市井のおばちゃんの中国語はコワい。スミマセン…って,いや,違うだろ?
「だから何があるんだよ?」
「4元から50元まで色々ある」
 色々って…うーん困ったなあ。
「10元の竹叶青ならどうよ!?」とおばちゃん。あ,昨日飲んだ奴か?何だか高いの売りつけられてる気もするけど10元ならいいや。交渉成立…じゃなくて注文か?
竹叶青 10元
 昨日と同じガラスコップの下半分を,水草みたいな茶葉が占領したのが出る。昨日と違うのは,一緒にテーブル下に置かれたプラスチックの超安物魔法瓶。留学時代を懐かしむシロモノです。
 昨日と同じに飲んでたらおばちゃんが来て「違う!一杯目は捨てるんだよ」と地面にこぼして行った。
 出鼻の茶を嫌うのに加え,上に浮く悪い茶葉を捨てるらしい。――上質なコーヒー屋で悪豆を選るみたいな作業か?一番煎じを捨てるのは香港でも同じだった。味の硬さを嫌うらしい。
 とにかくも…やっぱこのお茶,ウメーよ!
 ちょっと間違うと青臭いところを,寸前で止めたような微妙なバランスの高貴な香り。
 一杯目(一番煎じを捨てたから二煎目)では強く出るこの高貴な渋みが,二杯目になるとまろやかなコクに変わる。三杯目にはこれらは薄まるが,紅茶のように香りだけを楽むには好ましくなる。
 いやあ!至福!
 しかし中国の茶荘って…ほとんど賭場を兼ねてる雰囲気で気が引けるんだよな。幾つか通り過ぎたとこと同じく,ここでも9割がトランプで博打しとるぞ?しかもスゴい白熱してて,おもむろに紙幣が飛びかって…かえってこっちに気付いてくれないからラッキーだけど…こちらからも,ちょっと近寄りたくないです。

▲夫婦拳闘粉の[テヘン+巴]腕豆粉

蜀国第一粉夫婦拳闘粉
 少林サッカーのヒロイン・ムイは太極拳の技で饅頭を作ってたが,あれは創作ではない。実は中国ではそう珍しいことではなく,そのほんの一例がこの店――夫婦拳闘粉である。
 …かどうかはさて置いて,夕方になって再び市場を通過した折に見つけたお店です。
[テヘン+巴]腕豆粉5.50元
 汚いそば屋だ。しかし!!こういうとこにこそ真の奥義があった…かどうかは保証の限りではない。
 料理名の最初の二文字が何なのかは最後まで分からず仕舞。三文字目の「豆」も謎で,ビーフンに豆をどうする?豆花が混ぜてある?とかハテナだらけで待ってたら全然違って…これは!?グリーンピースかああ!
 いや,グリーンピース自体には驚かなくていいけど,この真っ赤に麻辣な汁の中にです!
 んでもって,これが…とんでもなく合う!
 麺(粉)のクニュクニュ&プリプリな歯触りは確かに素晴らしい!ここに麻辣な汁が絡んでくるわけだけど…麻が勝ってるものの,辛みよりバランスを重視して麻と辣が薄く,均衡して使われてます。これが爽やかに口を刺す。
 ここにさらに,ネギとほうれん草の薬味が優しい味わいを見せた上,汁の中のカシューナッツの香りが絶妙のアクセントに。
 なるほど,麻辣で塗りつぶすんじゃなく,麻辣の背景色が繊細な味覚を映えさせる使い方なわけです。
 だから甘くて辛くて痺れも来て…頭がこんがらがって来るほど,何て表現すればいいのか訳の分からない多彩な味になってます。
「蜀国第一粉」――この尊称は中央電視台に冠せられた名らしい――を誇る麺は,隣席に盛ってあるのを見たら最初からどす黒いものらしい。蕎麦に近い色?蕎麦粉や黒麦はビーフンに使えないだろから…玄米をそのまま使ってる?
 最後に残った汁。ここにグリーンピースがあのナチュラルな甘味を持って居残ってる。この麻辣な汁の中だと,もの凄く甘く感じる。しかも,やはり麻辣が爽やかさに転じてるもんだから,この甘味を殺すことがない。たっぷり残ったグリーンピースを残すに忍びず,中国人感覚からはあんまり綺麗な作法じゃないけどぐいぐい飲んでしまった。
 汚いそば屋…恐るべし!

▲熊猫乳業の酸[女乃]

 宿のすぐ南,大北街の交差点に至る。熊猫乳業という屋台車に客がもぐれついてる。
 英語名 Panda dairy industy。パンダ毎日工業…と訳すとあんまセンス良くないけど――。
 本社も雅安市(康蔵路)らしいし,まあ試しに買ってみた。留学時代の中国酸[女乃]の美味さを思い出したこともある。
酸[女乃](ヨーグルト) 2元
 粘る!
 トルコアイスじゃないかと思えるほど,粘りが効いてます。
 何が違うんだ?
 ミルクが特別素晴らしいわけじゃないし,香りも乳臭さも酸味も後を引くとか強いとかじゃない。なのに…どの味覚も重く振動する感じ。
 久しぶりなんで中国の全般なんかもしれんが――何か思想の違うヨーグルトです。イチゴを買ってたんで,これをソースにして付けて食ったら最高だったのが――

▲街頭売りの花巻2個

 どこと言われても困るような市場の汚い街頭売りで,饅頭を2つ購入。茶色の混ざったのと紅白の花巻。1個1元。
 夜のお茶受けに何か…と買っただけなんだけど,これがうまかった。
 留学時代の経験は愚か,香港の包点先生にもないような進化型。茶色のは黒糖入り,赤はイチゴ入りか。生地も蒸しパンの旨味たっぷしで,久しぶりだからか応えられん。――中国の饅頭ってここまで進化してきてんのか?
 おかずにと買ったのは串差しのおでんみたいな奴。2本で1元。全然別のを買ったつもりがどちらも芋だったんだけど…これも大成功!
 一方は芋の晒した輪切り,もう一本は潰した団子なんだけど,最後に塗られたソースだけじゃなく,ちゃんと麻辣の味が付いてる。後で口に辛みがこみ上げて来るまで分からんかったほど微妙なラー油の香りと,花椒の華やぎが効いてます。
 実はパン屋を探しててこうなったんだけど,中国のパン屋はどう見てもケーキしか売ってません。

 小松左京自伝を読みつつ今年を終える。
 さあ。明日元旦には成都へ帰ろう。

[後日談]いわゆる四川大地震はこの訪問16か月後。特に被害の大きかった場所の名を取って「雅安地震」とも呼ばれています。つまり,結果的に,この記録は地震直前の雅安を綴った,個人的には大変稀有な訪問になったわけでした。美しい土地でした。ご冥福をお祈りいたします。
※wiki/四川地震 (2013年)