外伝09♪~θ(^7^ )第六日日_西閑を闊歩す【本編第三部】@第7次香港(広州後半戦)

▲漢記美食店(龍津西路)の五花肉蒸飯

 本日二軒目の飲茶を出て,西へずんずん歩く。
 長寿路を過ぎる。一気に老街色が増していきます。街路,騎楼,買い物籠。風光に陰影が深く刻まれていく。足が躍り出すように進んでいきます。
 漢記美食店(龍津西路)に到着。11時45分,人気店と聞いてたから正午前にと滑り込んだわけですが,その甲斐あって窓際ながら座席を確保。
五花肉蒸飯12元,550
 瓜と三枚肉と御飯。出てきたのはそれだけの丼です。
 まず御飯は普通です。インディカにしてはジャポニカ並みによく炊けてるな,ってくらいの違いでしょうか。
 三枚肉は確かに旨い。旨いけどまあ普通の路線です。
 瓜そのものも軽快な味わいが御飯に合う。けどこれも料理というより素材そのものです。
 ダメじゃん。
 とそうしか結論できないはずなのに──これが確実に美味い!美味いと臟腑の底から叫びがあがる。何なんだこの美味のタイプは?
 米です。
 瓜の味わいの軽やかな高貴さの下にインディカ米の粉粉しい甘さと香りが踊る。
 この御飯のタイプは,香港釜飯とも違う。「蒸飯」とあるけれど,蒸すなんてジャポニカなら当たり前です。けど…インディカって確か蒸さないのが特長だったはず。
 そうです。「ジャポニカ並みによく炊けてる」インディカというのがこの料理なのでした。
 その難しさはよく分からないけども,うまく蒸してしまえばジャポニカにない香りと粉粉しさは(タイ米が臭いと騒ぐ国民でなければ)逆に強みになる。 それが理屈です。
 インディカの味わい方を舌が忘れてたようです。この蒸し飯はまさにその理屈を体現してる。
 米の香りと瓜のそれが重なる。米の甘さと三枚肉の滷味のそれが重なる。そして米の粉粉しさと瓜の歯応えが重なって──つまり三者の味覚が何重にも重なることで,このシンプルな一碗がこれだけの人を長く招く料理になり得てる。単独の演奏では普通なんだけど,和音になると途端に妙味を醸す,そういう魔術的な味覚の複合体。
 ずっと前,初めてこの辺りに迷い混んだ時に食べた,確か梅菜飯もこんなだった。あの時も不可思議な旨みを感じながら流してしまい,それきり遠ざかってましたが──
 なるほど,これが西閑か。
 昼時の木漏れ日に,老街の官能をさらに色濃く感じながら,もう少し遠回りして帰ろうか,と思ったんでした。

 いつかは役立つかもしれない広州豆知識。亜洲国際大酒店の洋式トイレには故き善き伝統が今も健在。
 何って,昔の日本のと同じくナニをしながらタバコが吸えるのですよ。これは素晴らしい!イッツファンタスティック!好棒阿!日本にも復活が待たれるぞ,喫煙ウ〇コ席!
 どうですか皆さん?
(賛成票ゼロ,棄権519票)

 小北Western Union。中国合作[イ火]伴 中国農業銀行。ファック!
 出来るだけ穏やかに事情を説明し,「…ということで1時に来いと言われたが」と言うと,ささっとレシートを渡される。「A083」と書いてある。精一杯にっこり笑ったつもりの姉さんが吐いた台詞は「17人お待ちです。そばらくお席でお待ちください」。
 …おい?
 確かにアナウンスがある。今A069が呼ばれたとこです。…てことは,あと14人待つのか?
 ホントか,おいっ。
 何か,外人,特にアフリカ系の若い衆が多くて,それなりに殺伐としてる…ように思えるのは気のせいだろうか?
 30分経過。てゆーか,そもそもわし,何でこんなとこで時間を潰されてるんだ?タマッ。
 この潰されてる時間を使って,最悪の場合に備えよう。フロアで暇そうにしてる太めのお姉さんににこやかにお願いする。「この店のカードをください。支店名と電話番号の入ったのを」いざとなれば警察に盗難届か業務上横領か知らんが届け出るか,あるいは届け出ると威嚇するか,そゆ時に使うためです。
 …。
 45分経過。ついに「A083」とアナウンス!──窓口に駆けつけると…こいつ,さっき最初に案内に出たお姉さんやがな。「証明書を見せてください」それは予想通りだったのでポケットに準備したパスポートを見せる。
 すると引き出しからするりと取り出すはJCBカード。
 おいっ!そこにあるんじゃねーか!
「この書類に記載してください」目を落とすと…かっ?!カード紛失届だとお?あんたらの機械に吸い取られたんだから出すなら盗難届でしょうよっ?!
「この欄にパスポートナンバーを」それは許すが「カードナンバーを」だと?お前の手元にあるだろ?書けよ,あんたが。
「ヴィザナンバーは?」とさらに聞いてきたから「日本人はヴィザ要らないの」と何度も言うが通じない。「ないはずはない」とパスポートのページを繰り続ける。
 だからねーんだってッ!!
 こちらの怒気がビリビリ来たのか何かに飽きたのか…ふいに手を止めて吐いた一言。
「[シンニョウ+不/一]有其他的用事?」
 ぶちぶちぶちっ(注:脳の血管がキレる音)!「他に御用は?」だってえええ!ここでお前が言う台詞か,ここで?!
「Back my Card,quickly!!!」自分でも何で英語で怒鳴ったのか分からんが──とにかくカード返せ!パスポートまで取りやがって!それさえ返れば,ここに何の用があると思ってるんだ?
 勢いに押されて落としたのかもしれんが,とにかくカードとパスポートが御姉様の手から我が手に移った。そのまますたすたとカウンターを離れる。背中で御姉様が何か言ってるみたいだが,もう用はない。
 繰り返し申し上げます。中国農業銀行,ファック!
 東[立占]で五百元をウィスドロー。中国建設銀行,マイラブ!

▲伝統竹升麺の紹牌雲呑麺

 懸案が片付くと,もう一度,龍津路を西から歩いてみたくなった。
 昼に入った漢記の南辺りまで再び歩み入る。伝統竹升麺。16時半になった。
紹牌雲呑麺300
 すぐ隣に明記という艇[イ子]餬の店があって迷ったけど…こちらにしました。
 ワンタン麺は典型的な広東の卵麺。極細でつるつると喉に滑り落ちる。ワンタンも肉汁の軽みが鮮やかな軌跡を示す。正当派のかなりいい麺だと思います。
 しかしここは…何より雰囲気が最高です。龍津路とその巷に対してオープンな角地で街の空気が一杯に味わえる。
 この道の音は。どうしてこんなに深深と響くのでしょう。浅い夢の中にいるような反響に,幾重にも包まれ,絡めとられていく,というより編み込まれていく。そんな肌触りごあります。

▲凌記の伝統[シ籟]粉と三醤腸粉

 北へそのまま歩いてくと,公園そばの観光地然としたエリアに出ます。ただ漢人向けの,なのか外人の姿は皆無。
 この店には,掲げられたメニューを見てふらふらと入ってしまいました。以前から聞いてた広東伝統料理の名があったからです。
1645凌記
伝統[シ籟]粉
三醤腸粉300
 腸粉の方は,調味が少し変わっててサウザンソースみたいなのがかかってますが,まあ,腸粉です。滑らかさは群を抜いてますが,まあ腸粉ですね。
 ライフェン。[シ籟]粉と書いてこう読ませるこちらに驚きました。
 どういう段階の料理なんでしょうか?つまり──まるで中華の気配のない品なのです。
 小麦を粉食するようになり,粉をこねて面食,面を延ばして麺食。粉には餡を,面にはバターやジャムを,麺には湯を合わせたはず。
 この目の前の品には,しかし中華スパイスの色彩が一切ない。出汁は野菜と麺の煮汁と思われます。これに海苔の香りがたっぷり施してある。日本料理として出されれば違和感がありますが,とても中国由来のものとは思えません。
 麺は太く短い。ネットの紹介記事にはマカロニに比してありましたが,わしが思い浮かべたのは──福岡のうどん。
 形状はともかく,あのコシなしのヤワヤワうどんの食感にソックリ。あるいは湯田の勝一のうどん。ということはおそらく,中華以前に東[立占]アジアにあった小麦香豊かなコシなしうどんの系統のもの。
 それが何でこんなところにこれがあるんだ?そしてこの漢字は何を意味してる?
 ライフェンは最近,飲茶メニューにも復活しつつあると聞く。広東人に支持される味なわけです。現にこの店の客も観光客よりは地元のオジサンオバサンが一杯ひっかけて帰るという客が多いようです。つまり地元のシンボル的な食として復活し,定着しつつある。
 この料理は何なんでしょうか?というか,米よりはるかに千変万化してきた(大阪で言う)粉もんの歴史って何なんでしょうか?

「お前,どこの国の人?」
「リーベンレン(日本人)です」
「リーベン?それはメンデェン(ミャンマー)か?」
「いやちょっと違う…」
「まあ同じアジア人だな」と納得したオバサン,ようやく茶碗をぐいっと突き出してくれました。
 まあアジア人でいいか。
 17時10分。黎泉涼茶。龍津路を東へ進み,西路から中路に入る交差点まで帰り着きました。その北西角の店です。
 涼茶の名は何とか解毒でしたが,分からない。
 …これもスゴい味でした。苦くもないのにやたら青臭い。効きそうです。
 余談ですが,日本に帰ってから,発作的に青汁が飲みたくなる症状に悩まされてます。明らかに副作用です。ああいう涼茶みたいなのを常飲してると体が何かの足らん時に欲してしまうと思われ,常習性としては麻薬的なもんなのかもしれません。

▲現[火考]蛋[米ソ/王/心]の新商品カステラ

 龍津中路を通るとここを逃すわけにはいきまへん。17時半。現[火考]蛋[米ソ/王/心]。
新商品カステラ200
 ジャムを挟んだ新商品がお目見え!それでも以前の素のカステラを好む人もやはりいるところが,こちらの小店が固定客のハートをわしづかみにしてる証拠です。
 この小さな店,次の次まで続いててほしい。声を大にして応援したい店です。
 味はもう書かないけど──やっぱり一言。すっきりしたある意味アメリカンな歯応えの中に中国独特の卵使いがジンワリと息づいてる。このカステラ,ホントにここにしかないから,食べるまで毎回忘れてる味なんですが,食べる度に納得する美味。
 ──と?一言のつもりがもう二言三言!以前から「これ…素のままもいーんだけど,この素朴さを殺さずにうまくデコレートしたら,スゴいケーキができるだろな」と夢想してましたが…(でも中国でジャムや生クリームの本格派は旅行者には見つからないので現実化しなかったのですが)今回購入したコレ!コレがまさにその夢の物件を具象と相なったのであります!
 三層の上側に生クリーム,下側にブルーベリーソース。どちらも生地の性格をもちろんわきまえて,非常に軽快なサッパリ系を用いてる。既製品としては崩れやすくて食べにくいけど…味は。いやさっきもう書かないと言ったばかりなんで控えめに書きますけどね──絶叫モノです!うおおおお!やったね!現[火考]さん。
 そして最後に。ホントに小さな店です。日本の町の中にあったら,ものすごくみすぼらしいかもしれません。この小さな店を支え育てていける多数の舌の中にあることが,この店にとって本当に幸せなことだと共感するわけで。

▲ 龍林の麻辣鴨血,魚香茄子,炒雲南小瓜と粥

 おや?龍津路を歩く脚がホテルの前を通り過ぎ,交差点を渡ってしまいました。やはり諦めきれん。再来してしまいました。
 17時45分,再びの龍林。
麻辣鴨血7元
魚香茄子8元
炒雲南小瓜6元
粥2元550
 麻辣鴨血。
 昨日食べてないコーナーをと最初に選んだんだけど「麻辣[ロ巴]!可以[ロ馬]?」と念を押された通り…マジに,超絶的に辛かった。この辛さって…貴陽の辛さじやない。唐辛子と醤を同時に使ってるぞ?広東四川の路線で鴨血(韓国で牛の血で作るやつ)を扱おうとしてるのは分かるけど…これは新基軸だと思う。言い換えれば反則だと思う。失敗か成功か評価し難い迷品ですけど…辛味のマゾヒストと化しつつあるわしにとってはタマラン一皿やね。
 魚香茄子。
 これも真っ赤になってたから「ヤバい…唐辛子まみれで広東じゃなかったらどうしよ?」との不安を胸に口にしたんだけど…見かけの割には辛くない。オーダー用紙を見てわかったけど──そうか,魚香なのね。
 ただ魚香ならば本場は上海料理のはず。でもってあれは,もっと醤と酢([酉昔])が効いてるはずですが──この品にはそれらが非常に薄くて,かつ調味が柔らかい。おそらく広東の何かの出汁を使って味覚の角を丸めてると思われますが,これもその意味では「広東上海」料理みたいなチャレンジングな迷品だったのかもしれません。ま,危険度としては鴨血よりは全然安心して食べれましたが。
 炒雲南小瓜。
 これは恐らく純広東。しかしなかなか一口目は驚愕でした。
 淡い味覚なのに,妙に後を引く旨味が残り,御飯にとても合う。
 瓜だろ?何でこんなに腰の据わった味になるんだ?
 肉味の気配も背景味も感じられない。出汁系の汁気もないし,そういう背景味も感じ取れない。もちろん塩や醤などの調味料の作用でもなさそう。
 よくよく見ると黒っぽい皮のようなものが皿の底に何片か漂ってる。これは…キクラゲの類いか?
 瓜にキノコ?そんなんでここまでハッキリした味わいが出せるものか?
 結局──申し訳ない。分かりません。広東料理の謎の料理法がまたもう一つ眼前に示されたわけで。ほんとにこの料理体系って,何をどう設計したらこういう魔術になっちゃうんでしょう? ホントに困るんですけど。