本伝06章[Step53]この御飯からの卒業

 220日目 
▲50.8kg(半減+17.2kg)
▲50kg突破!

を断固宣言するのです!窓ガラスは壊して回らないけど…
 最近,町で食べたいメニューが限られてきた。
 町のメニューの方が変わったわけじゃない。当然,わしの舌の方が変化してきたわけ。昼休みの飯屋を選んでると,結局中華や韓国,インド料理に落ち着く場合がかなり多くなってきたのです。
 一種の偏食傾向なわけだけど,偏りってのは常に相対的なもの。ホントにわしが偏食なのか?これまでも日本食に批判的な姿勢を取ってきたけど──ここでハッキリさせよう。食べ物の快楽主義者として。
 日本食はストイック過ぎる!もっと快楽を求めるべき!
 …ってんじゃ何言ってんのか分からんから,具体的にお話しようね。

 最も批判したいのは,ヤッパリご飯!
 量が多過ぎるんだよ絶対!
 今のわしは,ご飯なしでおかずだけ食えば十分。代わりにサラダがあれば,その方が満足できる。
 カロリーで言えば,ご飯を茶碗に軽く1杯で250kcal。てんこ盛なら400近くなるわけだけど──400ったら豚モモ肉200g以上でっせ?汁ものなら丼にいっぱい食える。それでもご飯を選ぶほど,あれって美味いッスか?
 ご飯が嫌いなわけじゃない。むしろ好きな方だし,それは今も変わらない。ただ,おかずの方が美味くなってきて比重が移ってきただけ。
 減量前は,シーチキンの一番小さい缶詰め空けてマヨネーズと醤油をちょいと垂らしたら,ご飯1合でも食えてた。サバ味噌缶なんかもイケてた。カラアゲでもありゃもう言うことなし!っていう感じ?
 でも今考えると…どうもそういうのって貧しい気がしてしまうんですわ。

 ご飯食べる文化が日本人古来の自然発生的なもんじゃないってのは,何度か書いてきた。
 本当に伝統的な日本食の主食は,ヒエやアワ,キビなんかの雑穀。これに少し米をブレンドして,お粥にして食べてたようです。
 ヒエやアワったら,サヨクの情宣で,江戸時代に米を買えない貧民の食べ物って固定観念あるよね。
 「も…もう一度だけ…銀飯を腹一杯食べたかったがや…」「お…おっとさん!」的な画像が浮かんじゃうけど,今は大分イメージが健全化してきた。雑穀は,白米よりはるかにミネラル分の豊かな食材。中国で毎日食べてたけど,慣れたらかなり美味くもある。
 ちなみに,最近は水分も雑穀茶びいきになってきた。そば茶は減量前からずっとハマってるけど,近頃買える小豆茶って最高!砂糖の入らない小豆のノンカロの甘味…知らなかったなあ。

 話を戻す──白米ばっかり食べる「文化」は,要するに政治的に作られてる。
 聖武天皇が仏教信仰を国策にすることにより始まった肉食蔑視の観念が,米食中心の食文化を方向づけたとされる。その上に江戸時代の石高制によって完成する米元社会があり,それを旧日本軍が兵士の高質化施策として塗り固めちゃった──ってのが日本米食史の概観。
 政治的だから嫌!なんて言う気はない。強調したいのは,歴史に検証された食文化なんかじゃないってこと!
 今みたく日本人全部が米ばっか食べる文化なんて,せいぜい明治以後130年程度の慣習なのよ。
 白米メインにおかずを食えば,おかずはサブ。結果,おかずを単独で味わう感覚は退化する。

 おかずの味は,米の味が淡白な分濃厚な方にシフトする。天ぷらなど油ものがやはり合う。
 さらに,ミネラルの豊富な杯芽をカットした白米は,カロリーはかなりあるのに満腹感に欠けるから,その分おかずの量が増えやすい。
 元々,明治政府が米の大増産を国策にしたのは,貧乏国の国民をいかに安くパワフルな兵士たらしめるか?という必要性から。
 確かに食費で考えたら米だけ食うのが最安値。──そこまで経済的に苦しいなら仕方ないけど,好きなおかず食べれる懐具合で,やっぱりご飯がメイン…それって思想的に貧乏臭くね?
 今朝の朝食は宿のバイキング。──町の定食より,今は食材のバランスが自由になるバイキングの方が楽。
 野菜の煮物やサラダをかなりピックアップした。ご飯だけは勝手に盛られて出てきたけど,半分以下の量──おにぎり1個分位を卵と混ぜた小皿をプレートにセット。つまり,ご飯はおかずの一種という感覚です。

 食材としてのご飯のリスクは,決して高くない。むしろ,肉並みに栄養的なメリットはある。
 でも,ボクら日本人は,そろそろ値段じゃなく内容で食卓を構成すべき。その第一歩として,ご飯は食事のワン・オブ・ゼムとして位置付け直した方がいいんです。