なんてとんでもないお題選んじゃったけど…果たして書き上げられるのか??
何でいつになく怯えてるかってえと──十牛図って,次の10のステップをマンガにしたもんなのね。
①尋牛→②見跡→③見牛→④得牛→⑤牧牛→⑥騎牛帰家→⑦忘牛存人→⑧人牛倶忘→⑨返本還源→⑩入てん垂手
で…何までのステップかってえと,禅の坊さんが悟りを得るプロセスを,牛を捕まえるのに例えたもんなんだこれが…
ここで牛は,仏教のボンノウ(さらに深くは自分自身又は般若心経の色)を意味するから,これを「食生活」に置き換えたら減量過程を表現できるんじゃない?
ひええ~何ちゅう無謀な企画やねん~!──でも,ここらで全工程のイメージを再確認しときたいので…
①尋牛
牛を探します。
減量で言うと,自分の食生活を再構築しようかな?って意図を持つ段階。
強いインセンティブを持て!って意味じゃありません。そんな闘志はむしろ禁物!
「何kgまで痩せたい」とか「腹囲を何cmまで絞りたいな」とか具体的にイメージして,食卓を見直すベクトルを持つだけってのがベスト。
②見跡
牛の足跡を見つけます。
今のわしら一般的日本人の環境なら,カロリーを記録し始めること。牛(自分の食生活)の足跡は今までも当然あったわけだけど,通常はそれを見てません。それを見始めるって段階。
いつも食べてるコンビニおかずに表示されてるカロリーの数字が,つまり足跡。それを意識するってだけ!
「カレーってこんなに高カロリーなの?」「ご飯1杯のカロリーで野菜がこんなに食えるの?」って驚きが,足跡を見るってことね。
③見牛
牛を見つけます。
カロリーという足跡を一定数見つけると,自分の食生活の全体イメージが浮かびあがってきます。
「大体1日3000kcal口に入れてるな」ってボリューム感から始まって,「晩飯でカロリーの半分摂ってのか?」「ご飯でカロリーの4割行ってっぞ!」ってな栄養構成まで
いろいろなイメージの仕方があるでしょう。
何でもいい!今まで漠然と詰め込んでた食事を,客観的なデータから積み上げたイメージにまで持ってこれたってのがこの段階。
「野菜食べなきゃな」「糖分取り過ぎやねん」なんて感覚はほとんどの日本人は持ってるけど,それはメディアの刷り込みとかで思いこんでるだけってのが大部分。自分自身の食事の実情を数値分析して,明瞭なイメージを持った上でそう喋ってる人ってまあいない!
試しに「痩せるぜ!」「ダイエットするわ!」って意気込んでる人に「今何kcal食べてんの?」と聞いてみて──9割は答えられんはず!
禅の十牛図でも,結局言いたいのは自分を知れってこと。自分の今の食生活の客観イメージなしで,何で痩せれるんだ?
…って書いた後ですけど,実はわしもここまでのステップをスッ飛ばしてカロリー管理を始めてます…。『デブ』が言うように,まずは減量前の食事を3ケ月くらい分析してからカロリー管理を始めた方が,絶対確実。それだけで10kg痩せたって『デブ』は書いてます。
④得牛
牛を捕まえます。
まだカロリー管理は始めない。今の食事の何がリスクなのか?そのリスクにどう対応できるのか?
具体的には──自分が好きな食べ物の中で,何がカロリーを高くしてるのか?それをどう食べたら,例えばカロリーを抑えて満足できるか?
もっと各論で言えば,カラアゲが好き!これだけは止められまへん!でも,わしはカラアゲ食いたいんであって,ご飯は削れるから,カラアゲをサラダで食っても満足できそう…って解決の方向を見つけるわけよ。
⑤牧牛
牛を飼い慣らす。つまり味方にする。
目標体重から求めたカロリー内で食べていく段階ね。
ほとんどのダイエッターは「闘牛」してる。自分の嗜好を抑えこんで「頑張ってる」わけね。でも,精神分析では常識だけど,抑圧した欲望は必ず倍返しで逆襲してくる──それがつまりリバウンド!
自分の食生活は「悪」でも「敵」でもない。味方として「牧牛」しないと,長期大規模減量は絶対に不可能。第一,自分の嗜好を否定するのって精神衛生上明らかにヤバいし,そんな人生観悲し過ぎませんか?
逆なのよ!むしろ食欲をより満足させる!ホントに食いたいものを,ホントに食いたい形で食う。
繰り返すけど,カロリー制限が目的じゃない。目的は,設定カロリー内で満足感を最大化させること!
…頁が尽きた。さらに続くぞ!
〓〓〓 おまけ 〓〓〓
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