外伝09♪~θ(^3^ ) 第三次×第三日

 細岡橋の橋桁下は市場らしい。
 順徳2日目早朝,まずは昨日のルートを通過して第一目的地へ。
 橋の市場内「橋底粥[食甫]」って飯屋に人がごっつい群れてます。美味そうだけどかなりボロボロ,メニュー書きもなく注文できる自信がない。わしの経験値ではちょい難易度高そう…と弱気に止めとく。
 小雨。けど中国人は半分も傘使わず。雨に対する心理的耐性は,意外に文化です。
 ここまでの話の流れからバレバレだけど…わしも傘忘れて来てた。軽い防水性のウィンドブレーカーだけ持って歩いてます。あとはカバン常備の携帯傘。本来は日傘用だけど緊急時にはしのげる程度のやつ。
 郷に入れば…のふりをして,わしも傘なしで行く。
 とりあえず目指してるのは鳳城酒店。釜海路と紅岡路の十字路,九眼橋東詰。
 ここはスゴい!さぞとんでもない飯が食えたことだろう。だろうけど工事中又は潰れてた。
 web情報で見つけてた朝飲茶店でしたが,そういうことで同じ雰囲気だった第二目的地へ。東楽路と環市北路の交差点,東城酒楼をさらに歩いて目指す。
 言っとくけどこれらの間は各2~3km,早足で20分位。バスを使わないとムチャクチャ遠い。
 昨日買った地図にはバス路線表示がない。通ったバス停で何度か路線を目視チェック。この方式はテヘラン以来だなあ。
 調べてたのは帰路のため。佛314という路線が[金中]楼公園と宿南側のショッピングモール・大潤発を結んでる。303と309や315も人民医院方面と大潤発を結ぶ。さっきの鳳城酒店なら301や319も行くみたい。
 つまり,使える路線はかなりの数ある。歩けるとこまで歩いても,バスで帰れるはず。

▲東城酒店での朝飲茶

 小一時間歩きたくってたどり着きました東城酒店は,結構な豪勢さでした。巨大なシャンデリアのホールに円卓が延々並ぶ。席は300近く…ちょっとビビりつつ席につく。
 大陸中国での飲茶は…深[土川]で一度あるけど,あそこは香港みたいなもんだから実質初めて。
 お茶は香港同様にポーレイ茶(プーアル)を選んどこう。
 形式は同じらしい。回ってきたワゴンから適当に珍しげで美味げなのを2点。
根菜の水餅巻
糯米の蒸しパン
 先に書いとくとビビってたお値段は――20元。区分は2つともF点だったからかなり高い部類のはずだけど…これで300円!十分に納得です。
 ただしサービスは共産中国風。かなり荒っぽいし事務的で,香港の誇りに満ちた給仕ぶりは期待しないことにしましょう。
 さて問題のお茶うけです。
 根菜餅は5つ。喰ってすぐには水餅の味しかしない。噛み進めてやっと,根菜類の旨味がじわじわと湧き上がってきて,やがて,溶け合う。ゴボウ,人参,セロリ,グリーンピース,豚肉といったところか。要するにとんでもない食材じゃない。ホクホクとした歯応えはいいが,日本でもある普通の食材です。
 けれど?この溶け合った段では,微かに表出する黒胡椒の香りを背景にして,溶け合った複雑な重心の低い味覚が口中に溢れる。
 出汁とかスパイスとかじゃない。素材です。素材重視なんてもんじゃない。素材しかない。かなり手をかけて下拵えはしてあるようだけど,あくまで素材しか味がない。
 そんなはずはないんだけど,調味料は全て舞台裏に回ってひっそりと存在してる。脇役ですらない。そしてこれが――実に深々と,奥ゆかしく美味い。和食や他の中華より何段も下の層での旨みです。
 蒸しパンに至っては,最初は何なんだか見当もつかなかった。蒸しパン自体もふわふわで,かつ噛みごたえのあるいい中華パンです。けれどそれは先味でしかない。
 生地の中に挟まれた糯米。これが,蒸しパンより遅れて徐々に味覚を醸し出してくる。干しエビもわずかに入ってるらしく,軽やかで脂っこさのない甘さが,口中にじわりじわりと延び広がってくる。
 力(ちから)パンというのを食べたことはある。餅の入ったフワフワのパンだったけど,この糯米はあれよりはるかにレアな状態で中華パンと一緒に蒸されてる。
 アンに糯米を入れただけなら,こんなにきっちりと生地の味覚の中に収まりはしないはず。この小麦の粉ものに米を入れて,一品を形成してしまうには――西欧パンでは明らかにダメだし,普通の粽の具でもパン生地に合わないと思う。糯の甘味をあんにしてしまう発想と,これを可能にする素材そのものを甘味に化してしまう舌の鋭さと創造性――。
 すごい土地です。改めて痛感する。おそらく経済解放以後の外来の飲茶の食法をすら既に自分のものにしてる点も含めて,この順徳,確実にすごい土地です。

 もう一飛び,足を延ばしましょう。
 目指すは南国路と新桂路の交差点南東角,永旺[貝匂]物中心へ。
 またの名を…言うと一気に日本的になるけど,AEONモール。イオンを「永旺」と書くと突如として重くなりますが。
 順徳最大のモールだという。webで調べた情報で,ここに入ってる「漁郷米坊」が目当て。現在10時前,開店時間は把握してないけど,きっと10時か11時だろうから,まあちょうどいいんじゃないでしょか?
 ただそれは,あとさらに1時間歩くことを意味します。かなりの郊外です。
 だけど,通りすがりのバス停でチェックすると311番のバスがイーオン西門口から清[日軍]園や青少年宮まで行くらしい。この辺を脱出用に使おう。
 ところでこの路線の停留所名に,ずっと先だけど「北[口
▲茶之縁茶芸館での朝飲茶

 飲茶は,当然お茶を飲む。
 日本の茶道的に一杯のお手前に満身を満たされてございます,って慎ましい感性じゃなくて,ワンポットをガブ飲みです。
 結果として――今度は南行,とずんずん歩いてると,ズドンと猛烈な尿意が突き上げてきましたけれどこれ如何に?
 この中国郊外ってのは閑静な通りが多くて路地もほとんどない。いえ立ちションなんか考えてもないのですが,間違ってもそんな非行に及ぶべくもないんだがこれ如何に?
 通り過ぎようてした錦上路と新桂路の交差点。ちょっといい感じの茶館があるではないか?店名・茶之縁 茶芸館。いい雰囲気じゃないかってゆーか,もうどこでもいーから便器があればいいってゆーか。
 地図には「明日広場」と表示されてる地点。非常事態につき選択の余地なく入店。
鉄観音
排骨蒸腸粉
生〇及第粥
を頼むや否やトイレへ一直線。
 …いやあ,スッキリ!さあ帰るか!
 帰っちゃいかんのでついでになるけど朝飲茶第二段。雰囲気も客足も良かったんだが…うーむ。って感じ?
 粥はまあまあ。及第粥だけに及第点というところか?でも広東的には普通かな?
 排骨の油味の洗い方は良かったか?腸粉に合うほどピュアにするのは,まあ技術と言えるだろうかな?
 鉄観音は流石にうまかったんだけど…お代わりできずに取り去られたしなあ。サービスはまさに共産中国。
 これで30元。高級住宅地っぽいから物価の差がある…のか?
 うーむ。って感じ?

▲漁郷米坊の套餐D・茶樹茹牛柳飯

 ひ~ひ~。着いたぞ順徳AEON。
 開発中のだだっ広いブロックの一角にどーんと聳える白銀の城。…と中国だから思えるが,日本ならただのイオンモールやがな。
 1階,漁郷米坊へ。謳・嶺南伝統小食専門店。
 重厚な老舗をイメージした古風な造りながら,実質はまあファーストフードチェーンだな。ただし――佐敦の「順徳人」のイメージが重なる。自分たちの食事が他と全く違うのを自覚してないと,こういう象徴は商品化されない。
 注文はランチ(套餐)の中から
套餐D 茶樹茹牛柳飯+木瓜花生[火屯]鶏脚湯 24元
を選択。ちなみに効能書きが付されてて「保健[火屯]湯 功効:健胃,朴益中気」とある。薬膳めいた思想をまとった店らしい。
 けど。出た膳は,少なくとも日本人的にはかなりの本格派。
 一汁一菜飯ながら素晴らしいバランス感覚。隣近所をチラ見する限り,どうもAからEまでの5セット全てがそう。中国でこの感覚は希少だと思う。
 湯は品名通りにマンゴーとピーナッツがどっさり。この素材だと普通はあっさり仕上げそうなもんだけど,これには鶏肉の脂がたっぷり出てる。全体としてかなりダシが濃いコッテリの味わい。でも胡椒も含めて調味料はごくわずかしか認められない。
 しかしながらも…これが実に美味い!ご飯がなんぼでも進む。
 マンゴーの果肉と鶏肉ってこんなに合うんだったか?いや,ピーナッツの香りが効果的なつなぎになって,初めて生まれる一体感なのか!?
 それとこれも中国では稀な驚きだけど――このご飯もいい!タイ米に近いけどものすごく香り立つ米が,素晴らしい炊き具合で盛ってある。丼一杯あったけどすんなり入ってしまった。
 このご飯に具がかかってる。これがまた…牛肉の千切りにキノコなんだけど,牛がフワフワ。どうやってるんだ?キノコが「茶樹」なんだろう。食べたことのある味だけど何だか分からん。とにかく牛肉にムチャクチャ合う!
 後日談チックになるけれど,中国でファーストフードを必ずチェックするようになったのはこれ以降だと記憶してる。まだ草創期だからY野家とかO将的な店もあるけど,概ね良質な,かつ地方発のチェーンが増えてます。

 イオン西門口のバス停はほとんど日本と同じ造り。
 319番が中心部に行くらしい。
 程なく319番のバスが来た。乗車。料金システムも単純,乗る時に2元を払うだけ。当然,かつての無法なる車掌もいない。
 ただ,次の停留所名の表示やアナウンスはない。停留所を見てるしかないっぽいのが少し不安だけど,ちょっと土地勘はできてるし。
 清[目軍]園で無事下車。駅が分からない不安感以外はまあ楽勝。
 順徳名物「李[ネ喜]記[虫崩][虫少]」というのがあちこちで売られてる。昨日ちょっと試食したけど,油条の固い感じ。あんまり美味くてたまらんもんじゃない。
 さて寄り道した理由はweb検索してたある店なんだが…「宜新路三准一路」という住所しか分からない。台湾や香港であれだけ出てる住所表示が大陸中国ではまばら。しばらく迷う。
 あった!こんな路地奥に…よく見つけれたもんじゃ!?
 店の東側の入り口が一路,西が二路らしい。小学校みたいなとこの前。今日は土曜の昼間だから静かだけど平日は大騒ぎだろう。
 店名は陸記。炊き込み御飯専門店です。

▲陸記の[保/火][イ子]飯(牛[目南])
※後日談:この時ともう一度,二回しか食べずに終わってる,2020年現在最高峰の釜飯です・・・。

 優雅な店です。
 さっきまで斜め前で飲んだくれてたオヤジ3人が,ついと去る。いきなりムチャクチャ静かになった。昼下がりの気だるい空気が粗末な調度の店内に満ちる。
 メニューは,後でおばちゃんがちょっと見せてくれたけど,ないも同然。黒板に書いてあるのも[イ子]に何を入れるか,何かおかずを頼むか。それだけ。端的に言えば[イ子]しかない。
 仕方ないから黒板で一番上,メニューで右にあった牛[目南]を選んどく。おかずは…隣のテーブルの食い終わった釜でかさを見る限り要らんだろう?
[保/火][イ子]飯(牛[月南])18元
 来た。
 本格的な釜です。
 後から来た兄ちゃんの行動を見てたら,最初に釜底の米を思いっきり混ぜ上げてた。なるほど,あれをやらないと…こうなるわけね,お焦げが取れない状態に。
 でも…これ…。
 うんめ~わあ!
 スープと白菜の水煮が付いてきたけど,牛肉すら邪魔なくらいです。米そのものが,もう,バカみたいに美味い!
 インディカ米だぞ?けど美味い!水分をあまり含まないからすぐ黒こげになっちゃうわけだけど,それがまた美味い!
 イーオンと合わせてとんでもない量の米を喰ってしまってるんだけど,美味いから止まらん!
 全般的に順徳って米の量は多そうです。「ご飯の国」度は非常に高い。
 これは貧しい共産主義国ゆえとはもう説明できない。つまりそれほどに,この土地は米を大事にしてる。
 しかし…何だこの美味さ!ムチャクチャなふくよかさ!こいつら,米を知りつくしてる!!

▲民信老舗の双皮[女乃]

 どうしてももう一度食べたくなって,昨日の華蓋路へ。
民信 老舗
双皮[女乃] 6.5元
 この一番安いメニューで十分楽しめる。ミルクの臭いがムッとして,乳臭い甘味が濃厚に――あらら?わし昨日は「味がない」とか思ってなかったっけ?それともこういうストレートな味は,シンプルな方がよく分かるからか?

 中央ロータリーのパン屋にも寄っておく。
 皇冠[王馬][サ/利]奥 環城店
謎[イノホ]合桃ス
三角餅
珈琲巻
菠蘿飽 8.8元
 やはり香港パンを思わせる品揃えか。

 清[目軍]園から帰路の309路バスに乗車。
 この車内には駅名の電光表示,アナウンスともにある。終点は順徳客運総[立占]とある。あ,バスターミナル?
 明日は香港への船に乗る。港へのリムジンが出てるかどうか,一応足を延ばしとこうか。
 大潤発から3駅向こう。佛314と303も同じルートを行くみたい。
 紅岡路から川を渡って…公安局を通過した後,どうやら延年路を大潤発の交差点で西へ右折する?…と思ったら直進して,雅居楽花園という巨大な敷地を過ぎてから右折?要するにワンブロック遠回りする異様かつ不便なルート設計。
 その目的はもちろん雅居楽花園への導線サービスだろう。「花園」(城壁・侵入防止装置付高級マンション村)設営時に行政と合意したんだろか?

 BTの案内所のお姉様お二人に港へのバス路線を尋ねる。
「え?そんなんあったっけ?」と大騒ぎで調査が始められた。
 結果,路線は存在はしたけど利用者は明らかに稀らしいし,下車するバス停が港からえらく離れてるっぽい。路線はかなり迂回しとるし,ちょっとリスクが大きいみたい。
 やむを得ない。帰りもタクシーか?しかし…皆さん自家用車なんだろか?

 夕暮れ。いい時間になった。
 BTから歩いて帰ることに。ワンブロックの北辺をたどる格好です。何てことない普通の郊外道でしたが,造りのデカさがアメリカ的でなかなかオツでした。
 ついでに大潤発の食品売り場も覗いて帰る。
 よく考えたら…ここにタクシーで降りて歩きだしたのが昨日の朝。30時間程度でよくここまで土地勘を磨けたもんである。満足満足で迎えた順徳最終夜。