今日,あなたは空を見上げましたか。
空は遠かったですか,近かったですか。
雲はどんなかたちをしていましたか。
風はどんな匂いがしましたか。
あなたにとって,いい一日とはどんな一日ですか。
「ありがとう」という言葉を,今日,あなたは口にしましたか。
窓の向こう,道の向こうに,何が見えますか。
雨の雫をいっぱい溜めたクモの巣を見たことがありますか。
樫の木の下で,あるいは欅の木の下で,立ち止まったことがありますか。
街路樹の木の名を知っていますか。
樹木を友人だと考えたことがありますか。
このまえ,川を見つめたのはいつでしたか。
砂のうえに座ったのは,草のうえに座ったのはいつでしたか。
「うつくしい」と,あなたがためらわずに言えるものは何ですか。
好きな花を七つ,あげられますか。
あなたにとって「わたしたち」というのは,誰ですか。
夜明けに啼きかわす鳥の声を聞いたことがありますか。
ゆっくりと暮れてゆく西の空に祈ったことがありますか。
何歳のときのじぶんが好きですか。
上手に歳をとることができると思いますか。
世界という言葉で,まずおもいえがく風景はどんな風景ですか。
いまあなたがいる場所で,耳を澄ますと,何が聴こえますか。
沈黙はどんな音がしますか。
じっと目をつぶる。すると,何が見えてきますか。
問いと答えと,いまあなたにとって必要なのはどっちですか。
これだけはしないと,心に決めていることがありますか。
いちばんしたいことは何ですか。
人生の材料は何だとおもいますか。
あなたにとって、あるいはあなたが知らない人びと,あなたを知らない人びとにとって,幸福って何だとおもいますか。
時代は言葉をないがしろにしている──あなたは言葉を信じていますか。
(最初の質問)
目をあけて,見るだけでよかった。
耳を澄ませて,聴くだけでよかった。
どこでもない。この世の目ざましい真実は,
いつでも目の前の,ありふれた光景のなかにある。
(略)
言葉は,きめの細かな,単純な言葉がいい。
古い方言や諺や日用品のようによくなじんだ言葉。
すっきり筋のとおったものの言いあらわしかた。
言いたいことを,目にみえるように書くのだ。
(ファーブルさん)
そうしなければいけないというんじゃない。
そうときまっているわけじゃない。
掟じゃなくて,味は知恵だ。
こうしたほうがずっといい。それだけだ。
(略)
香ばしい匂いがサッとひろがってくると,
いつだってなぜだかうれしくなる。
人生「なぜ」と座ってかんがえるのもいいが,
知恵ってやつは「なぜ」だけでは解けない。
本質をたのしむ。それが知恵だ。
きみを椅子からとびあがらせる
とびきりのカレーをつくってあげるよ。
(カレーのつくりかた)
(長田弘「長田弘詩集」ハルキ文庫,2003)