m19S_21第三十八波m金雀花の初めちちょうち喜界よりm喜界島m雨降る阿伝

※本歌∶喜界からど初め 喜界からどのたて
喜界の島ゆより 金の島ちちょうち
[伝・喜界ノロ「田名のテルコ□」(神歌)伊平屋島]
※金雀花∶(季語∶初夏)五月から六月にかけ,葉腋に黄色い蝶の形の花を咲かせる。日本には江戸時代オランダから渡来
※「ちちょうち」∶意味不明の沖縄古語

[前日日計]
支出1300/収入1350
    ▼13.0[244]
負債 50/
[前日累計]
利益 -/負債 302
五月五日(四祝)
0700(喜界町蒲原)旬菜きずな
ふくれかん250

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バス停・喜界第一ホテルにて0819南本線を待つ。
小雨。雨雲レーダーでは昼からヒドく降る。午前中に湾まで帰り様子を見るプランとする。
既にスマホの画面の水滴を拭ってる。カッパ代わりのフード付きウィンドブレーカー装着。傘も持ってる。
実見する限りでも,東の雲は薄いけれど西が濃い。また雲の動きがかなり速い。
明日は1740喜界島離陸。明日に回せる分は回せばよい。今日は喜界島図書館の出番かな?

覚えたばかりの言葉で「あでぃんまで」というと「ああ,阿伝(あでん)?」と蛭子さんみたいなムッスリ顔の運ちゃんに聞き返された。0819定刻乗車。
どこを走ってる?スナックストリート。集落内部を一度回ったらしい。
車内には両替機はない。
0824空港。

0826今見えたのが湾の保食神社だったらしい。結構大きな鳥居と段差がある。ただ一目で新しい。
この保食神社それぞれの個性の多彩さは何だろう。教義はもちろん様式的な統一感がまるでない。
0830おおっ乗客が乗ってきたぞ?おばさん,傘持たず。
荒木の集落は疎らながらかなり面積がある。
0833右に展望台,左にゆったりとした墓地群。
手久津久は朝戸神社より南が集落の中心。それほど大きくはない。
0837左手に学校。
上嘉鉄から北への道路は切通しを抜ける。それほど高度はなさそう。つまりこの山の向こうが畑地の広がる台地

翌朝の阿伝の海岸と「へしゃげ号」

0849「あの!阿伝どこらへん降ろしたらいいの?」「バス停でいいですよ」良かった,自転車盗られずにあった。
0852トイレ裏から入ってみる。
右手に高い意志が右手,左手に森

石垣。江戸期の算木積ではなく古い野面積。これは喜界島でも同じ見方でいいらしい。

石垣を突き崩して伸びるガジュマル

行き止まり。道筋は水路になってた。暗渠の道だったらしい。水路はコンクリで新しい。
トイレまで引き返す。
「観光ルート」はこの西側の筋らしい。そちらから時計回りで行こう。0902。

二本目ルートの入口付近

0906これも行き止まり。
二本目の光景

「観光客ルート」への復帰路

石垣の上を蔦が喰い破りかけてる。

観光ルートはもう一つ西。路地を抜けてそれへ出る。

石垣上の雨中のヒルガオは美しい

0909T字。右折東行。
畑地の北にあるのは墓地。右手の茂みが聖地っぽいけど近寄れず。

墓地群(うまく映ってないけど正面)と森

どうも,行き止まり道の石積みの方が本来的に見える。コンクリで補修してないのでしょう。居住性は低いんだろうけど。
石垣と「消」防団マーク

藪の中へ消え入る石垣も

これは元は戸口だろうか?

石垣のある住居の庭先
海側への出口。道が見事に湾曲してる。

0922さて走ろう。自転車に跨る。
雨中を走る(阿伝西付近)

岩礁の多い湾入

へしゃげ号と行く西行路

0938小字名・花良治。集落はポツポツ。こういう家の絶えるゾーンがこの島には時折ある。台風の被害からか?
0945小さな港。ガジュマルトンネルの家
接岸の船舳先からガジュマルの家を見る。

ガジュマルの家の入口。どう彼の野生をコントロールしたのでしょう。

小さな港とガジュマルの家 全景

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