外伝11 獨  Watching quietly from every door frame. 
→フランクフルト→

▲早朝のフルダ駅プラットフォーム

 7時半,日照。
 フランクフルトを出た列車が,Schluchtern駅に向け速度を落としてく。遠く地平が鮮やかに染まる。
 曙光の煌めきを充満させた霧の中に,二つの山並みが緩やかに重なる谷間が浮かび上がる。谷には目覚めたばかりの村。牧の牛が十数頭,戸数50ほどか。ゆっくりと流れ始めた朝霧をかき分けてそびえる尖塔。その背景に,丸い光体がゆるゆると頭をもたげてく。
 霧は,陽光にきらめきながら舞い散り,あるいは村を撫でるように流れ去っていく。
 思いがけぬ美景。
 この風景ってドイツの普通なんでしょか。緩い地勢と疎らな灌木,絵のような家屋の陰,それを伝う霧の流れ…これが延々と続いていきます。何とも絶妙。カメラを出す気にもならない。これは,ちょっと写真に撮れない美景です。
 美景なんだがなあ――まだ席はガラガラなのにすぐ隣席に座り込んだ小娘様方4人組が。朝も早よから,ピチピチとけたたましく空騒ぎ中なんですけど…。

 8時20分,列車はオッフェンバッハ駅を出ました。
 ベルリンではついぞ見なかったビル群が前方から迫る。雰囲気,もうフランクフルト都市圏っぽいけど!?
 6時44分発のIC特急に乗るつもりでいましたが,忘れてたのが土日の特別ダイヤ。駅の壁に張り出されたタイムテーブルは,白じゃなくて黄色を見なきゃいかんかった。本日日曜日には半分以上の列車が運休…ってことに早朝の駅で気づく。
 結局,鈍行のREに乗ることに。まあ…お陰でこの美景を満喫しとります。
 今回は最終日まで旅行運は絶好調みたい。絶好調だけど…フランクフルト入りの時間は遅れてもうた。テイクオフは14時40分。12時半前には空港へ向かうべきだから,正味4時間のフランクフルト歩きとなります。
 8時半ジャスト,フランクフルトHBF着。さすがにデカい駅だけど,四層立体のベルリン駅とは違い,ヨーロッパによくある平屋構造。
 バックパックを背に担ぐ。

▲WerdenのPancakes

 フランクフルトの市街地はゴーストタウン状態。
 市街の真ん中,ハウプトワッヘ Hauptwacheにたどり着いたのは9時過ぎ。考えてみりゃ日曜日の朝一でした。はっきりとしたビジネス街らしい。
 バックパックは中央駅のコインロッカーに押し込んでる。ただ,Sバーンの場所探しでしばし迷ってしまった。平屋建に見えたフランクフルト駅講内,古い構造は保ちつつも,実は改札付近を中心に地下にググッと立体的になってる。なのでベルリン駅と同じく,Sバーンなのに地下にホームがある形なのでした。
 そんなあれやこれやで遅くはなったんだけど,話はハウプトワッヘへ戻る。
 地上に出るとまさにビジネス街の風情。入り組んだ路地裏(WeiBadlergasseという場所だったと思う。)に何とか探し当てたるお店で,とりあえず朝飯にありつきました。
 店名Werden。2面に窓のある開放的な空間に,思い思いに柱と椅子と机が散らばせてある,という風情。席は半分ほどふさがってるけど,一人でおくつろぎ中の客が多い。それも納得,トコトン肩のこらない造りのお店です。
 注文はPancakes。英語表記も付いてた。曰く――”NINA SPECIAL”PANKAKE WITH GREEK YOGRT,HONEY,CINNMON AND NUTS 5.50ε。これにTase Kaffeeをつけた。
 何て書いたらいいのか…初めは失敗?と思った。一口目ですぐ分かる違いはないんである。端正で,それでいて深々とした味覚の底力を有する,いかにもドイツらしいお味です!
 メインのパンケーキ。――もちろん自家製なんだけど,卵の甘味がスゴい!甘味の強さというのじゃない,逆に膨らまずにまとまってる感じ。甘さが散らばらずに重く沈んでくというか…重量感を誇る自然な甘味が,味覚の真ん中に存在感を保ち続ける。
 コーヒー。渋みに角がなく,そのまま鈍く沈殿してくよな味わい。昇天ミルクをたっぷり入れると,それがよりくっきりとしたアクセントになっていきます。
 パンケーキと合わせると,強い味じゃないのにそれぞれクリアな味わいが互いに引き立て合う。完璧な朝食だ――と手製のパンケーキやホットケーキで感じるのは初めてかもしれない。
 ヨーグルト。苦酸っぱい酸味を帯びた芳香が,意外に明瞭なナッツの香とともに広く,雪のように,味覚の底に降り積もる。
 強くはなくても端正であること。それによって自ずから然るべく浮かび上がる存在の重み。
 つまり,今回このドイツ国に感じたセンスの典型のような,テイクオフ当日らしい一食だったのでありました。

▲Zum Gemalten HausのRippchen mit Kraut und Brot

 ドイツで買う最後のタバコは「R1」。Made in Germanyと表示はあるけど,American blendとも示してある。…どっちやねん!?
 U8に乗車。1,2,3でも行けるらしいが路線の種類が多過ぎて覚えきれない。路線機能の棲分が上手くないのか,街の中枢エリアの単一性によるものか,この駅は半分位の路線の共同乗入れになってます。
 向かうはSchweizer plaz駅。ちょうど歩き方の地図外になってて道はよく分からん。番地で探し当てるしかない。
 ひとしきりうろついて何とか見つけたZum Gemalten Haus。入口扉の向こうに路地が伸びててその突き当たりにパティオがある,という風情のお店。元々は単なる路地だったと思われる。
 歩き方にも載ってる有名店です。注文はもう,入る前から決めてました。
リップフェン(ブロートフェン付き)
Rippchen mit Kraut und Brot(kousevierungsstoffe)7.90ε
アプフェルワイン
Apfelwein1.60ε
「フェン」だらけでとても変ですが(ややダジャレ),要は――ドデ~ンと茹で豚の肉塊,それにドイツ小パンとリンゴ酒。
 このリンゴ酒も有名だって歩き方は言う。隣席のオヤジの眼は,このグラスだけを舐めながら悠久の時をさすらってる模様。わしは少なしドイツじゃ初めて飲むから比較でけへんけど…確かに素晴らしい香気。口にした最初の味わいが,次には芳香とアルコールの二股に分かれて後味ではハーモニーを奏でる。
 半透明のビニールらしき天井から降り注ぐうららかな陽光。グラスを舐めながらしばし呆ける。染みるパティオじゃのう。
 コトリ。
 15分ほどでリップヒェンが置かれる。
 肉片を一口。
 全く意表を突かれた。茹で豚なんである。いや…それは分かってんだけど,まさに豚肉を茹でてあるだけ。香辛料もソースもなく,肉自体にもエグミも凶暴な肉味もない。まあ,塩,おそらく岩塩を多少染ませてある程度で,後はひたすら茹で豚なんである。
 つまり,いわゆるヨーロッパ飯――イタ飯のちまちましたアクセントやフレンチの華やかさや技巧と,思想的に隔絶してる。
 それだけなのに!
 馬鹿みたいに美味い!しかも淡白なリンゴ酒にピタリとマッチ。
 肉質は,ほぼ赤身。字義としてはあばら肉のはず。脂はほどよく感じられるんだけど,絶妙にさらさらした食感。韓国のチョッパルに似てる。
 茹でるという形で,肉味を洗ってクリアにしただけ。それだけと言えばそれだけの,いわば引き算の調理法。
 フランクフルトの郷土料理Frankfurter Rippchen*(フランクフルター・ リップヒェン)。ベルリンで食ったロールキャベツと同様,この旅行まで持ってたドイツの肉料理のマニアックなイメージと,それは正反対にある味覚でした。
 韓国人に対してと同じ思いを強くしました。本当に肉を知ってる舌は,本当にピュアな肉味を求める。
 それと――ザウアークラウトが旨い!広島風お好み焼きと同じで,温かいうちに盛って初めて甘味が明瞭になるものらしい。
 Adolf Wagnerという似た感じの店もすぐ隣。どちらかが真似た気配だけど,駅界隈や中心部のいわゆる都会風景と違ういい界隈になってる。緑も多いし,生活感も程良い。こういう街の空気のマイペースさみたいなのがドイツだなあ…。
 なんか,もう少し長居したくなりました。

▲Die Backer Eifler Le Cafeのテラス席でButtercroissantと最後のTase Kaffee

 Schweizer plaz駅前の街並みの中,Zum Gemalten Hausへの途中にふと気になったパン屋がありました。
 正面は一面ガラス。扉から入って左側がカウンター,右からお客が注文する。ヨーロッパの古いタイプのバッカライ店舗の形式です。けれど色合いはクリーム色に明るいし,路上にはオープンカフェ席もある。新旧織り交ぜた柔軟でバランスの取れたスタンスも見せてました。
 店名はDie Backer Eifler Le Cafe。全く偶然に見つけたこの店で,日本土産のブロートを買うことにしました。
Kosakenbrot 2.45ε
 ブロート買いはもちろん初めて。あんなデカいの,旅行に景行するもんじゃありません。なんですが――店頭のカフェ席を横目にしてると,ついこれにも手が出ちゃいました。
Buttercroissant 0.95ε
Tase Kaffee
 クロワッサンなんて何でドイツで?という先入観で全く手をつけて来なかったんですが――粘るような生地の中にバターの香気。皮はほとんど飾り スイーツとして食べるタイプみたい。
 コーヒーは取り立てて言う味じゃないが,この粘りクロワッサンとはムチャクチャにマッチしてます。
 イタリアのブリオッシュともフランスのクロッサントとも違う。これもまたドイツ風なんである。
 迂闊だった。こういうベーシックな品ほど,土着化してローカル色を帯びやすいもんです。
 そう言えば…ドイツで食パンも買わなかったな?メジャーじゃないけど時々見かけたが…あんなんも意外さがあるのかも…ああ悔しい!もう12時半が近い!
 はい,今回は時間切れッ。

 テイクオフ2時間前にチェックインするのがヨイコの搭乗手続なんだけど,2時間前にまだ空港行きSバーンを待つホームです。
 最近はホントにギリギリ滑り込むケースが増えてる。探求欲があるのはいいけど,そのうち乗り遅れるぞ,ワシ。
 U3でHauptwache zeilへ,S6でHBFへ。電光表示では「F-Hbf」がフランクフルト中央駅のことらしい。そんなん分かるかっ!
 フランクフルト,機能化が進んでるからだろうと思うが,ベルリンよりは玄人向けの仕様になってるみたい。素人には分かりにくいが,慣れると使い勝手いいだろな。
 S8と9が空港へ行くらしい。コーチは…やっぱ全く見当つかんが,何となくスーツケースの方々の多い辺りへ行って待ってみましょう。
 12時50分近くにWiesbarden Hbf行きのS9ってのが来た。英語のアナウンスの中に空港って単語もあったみたいだし…きっとコレかな?
 あっ,今電光表示に飛行機マークが出た!よしっ!コレは間違いない…のか?
 どうでもいいけど,空港行きエキスプレスの風情じゃない。満席。立つ場所もないよな状態である。
 この状態でさらに問題は――匂い!ブロートって意外に匂うんだよなあ…。
 荷物預ける前にナイロン袋をゲットしなければ…。もちろんパンは検疫ではアウト。ブロートの匂い抑え用のビニール袋を求めて,頭の中でリュックを引っ掻き回してます。
 12時51分,地上に出る。車窓は既に田舎町っぽい風情。緑も多いってゆーかほとんど林の中。どーやったらこんないい都会が出来るかなあ。

▲イメージショット「ここがフランクフルトじゃあ!!」。
ちなみに(もちろん探す時間もなかったけど)フランクフルト中央駅前にはその道(どの道?)の殿方には知られた風俗街があるらしい。フランクフルトに因んだものとも考えられるが,違うかもしれない。

 テイクオフ1時間15分前。只今時刻は13時25分になっております。
 空港まで30分は予想通りとして,乗り降りでしこたま迷っちゃいました。やっと見つけたMU中国東方航空チェックインデスクの列に並んでます,てのが現在状況。ホントにやばくね?…乗れるのか?
 結局ブロートは手持ちのトートバックでグルグル巻きにしただけ。こいつにも不安感が残るが…もうどーしよーもない。リュックはカウンターで預けて,ボーディングエリアへ突進!

 ふ~う。
 14時45分を過ぎたフランクフルト空港MU220機内に,現在おります。機内ではケータイの電源はお切りくださいなんだけど,まだ飛ばないから電波OFFモードってことで。
(電波OFFでプログは保存できんけど)
 中側の席しか取れなかったけど,例によってさっき席替え交渉に成功して通路席をゲットしたとこ。さっきから代わってもらった中国人のお母さんに,えらく頭を下げられてる。
 ちなみに交渉はこんな声掛けから始まる。「おや?通路側のお客さんはお連れ様ですか?」「席が離れちゃったんですね?」「私のこの席なら良かったのにね。あれ?私の席を使われますか?もしお望みならですけど…」と既得権を失ったことを感じさせないことがポイントと思われます。
 14時55分。まだ動く気配もない。
 でも離陸直前のこの新鮮なざわつき,好きだなあ。

§SixWord:いつも戸口から静かに観察。