香港で食う!と言えば飲茶。飲茶と言えば朝飲茶。
そんでもって朝飲茶と言えば蓮香楼。
やや強引な算式ではあるが,嗜好的にはまあそんな感じでありますのです。
朝も早よから6時半,いそいそと円卓に座した香港第三次2日目。
ポーレイ茶
蒲鉾団子
水餅ミンチ入
計43HK$
1年ぶりの飲茶を食い終わって店の前でタバコに火をつけてからつくづく思う。
何という滔々たる満足感!
料理の脂かその味の深みか,その辺りとポーレイ茶のマッチングなんだろか!?しばらく経験したことのなかった落ち着いた満足感を臓腑の底で感じてます。
久しぶりのポーレイ茶は…最初から茶碗ヴァージョンで出てきた。1年ぶりの「茶碗で茶漉し」術は少しぎごちなかったけど,エラいもんで手が思い出してくれた。
今日の給仕さんは洗茶の儀式を一通りやってくれた。お茶葉に注いだ湯は一度全面的に捨てて,この色づいたお茶で箸や匙を湯通しするということみたい。
(後日談:つまり,茶葉を洗い,茶器を浄める。後者が衛生上有効なのは,それがO157対策などで言われることでも分かる。前者は,汚れを抜くと同時に,湯に浮く茶葉を除去するわけで,悪い珈琲豆を取り分けるのと同じ効果を生む。飲み比べてみれば,これをやる事でその後の味が格段に上がるのが実感できます。)
さてお味。…蒲鉾団子と呼んだ蒸篭入りの3つの団子,クタクタになったレタスの上に載ってたけど,最初はまさに日本の蒲鉾なのに噛めば噛むほどニンニクの効いた焼売みたいな力強い味に転じてく不思議な味。
水餅は,いつもの具なしのソースかけを予想したんだけど全然違う。中は生姜とニンニク,その他の中華スパイスをやや強めにきかせた焼売系。ただ,豚肉だけじゃなく奥の方には魚肉系のものも入ってそう。これと,水餅の透明な味覚とモチモチ感が非常に素晴らしい緊張関係を作り出す。
両者,最初の口当たりは非常によく似てる。ただ噛むほどに全く違う味覚に分岐してく。いずれも胡椒とか唐辛子みたいな単純な香辛料は全く使用されてなくて,あくまで和食よりさらに一層下の味覚になってます。
飲茶は1年ぶりだったと思う。でもあまり欠乏症にはなってなかった。それには不思議はなかったんである。日本人の脳が軽くモデリングできるほど,このクラスの飲茶は単純なものじゃない。
香港島から九龍へ引き上げて宿の荷をピックアップ,中港城[石馬]頭に入ったのは7時45分。
場所はエクスプレスの九龍駅の東に建設中の地下鉄駅のすぐ南に当たる。佐敦からの方が近かったかもだけど,いずれにせよネイザンロードからは九龍公園を挟んだ西側。確か20年前の広州からの初香港時や,2年前にマカオから着いたのはここだと記憶する。
港内の奇華餅屋で水を買いがてら,ついでに鶏尾飽も。これまた久々の味。
屈臣氏蒸留水(ミネラルウォーター)
計10HK$
8時半発の順徳(広東語はシュンデイと発音するみたい)行が買えた。228HK$。切符には「香港(中港城[石馬]頭)→順徳(順徳港)」と表示。運航会社は珠江船務企業集団有限公司。10番泊位とあるが「泊位」はバースの意味らしい。
イミグレは軽く通過。
バースの構造が立体的で10番は下へ降りたとこの一番奥。
ジェットフォイルらしい。座席数は250程度,うち客の入りは1/3ほどか。客層はスリッパに半ズボンとかの日常着が多いが,後ろの席にはビジネスマンっぽい白人男。
北京語の放送では1時間55分で着くとのこと。けれども例によって実際の出航は8時50分を過ぎたから,いつ着くのかは問うまい。まあ,着けばええやん,って感覚じゃないとやってらんないのがやっぱり中国の旅行。
マンションの塊が占める浦が飛び飛びに続く海岸線が,右手船窓に続く出航直後の船窓。
屯門辺りか,新界の半島を西に迂回してるはず。てことは,ここからマカオとの間の珠海を南北に縦断し,広州や佛山より手前のデルタ部先端にある順徳で上陸する形になるわけです。地図上は最短経路で100kmほどだろうか。
中港城で買ったひッさびさの鶏尾飽,これがなかなか良かった。
パン生地との一体感はそれほどないけど,砂糖でもクリームでもなりジャリジャリしたココナッツそのものの「むんっ」と来る華やかで重い甘さが生きてました。
流石にロールパン部分は堅実に普通の味。でも「むんっ」の砂糖控えめの落ち着いた味わいが相性ばっちしで,計算してやってるならかくやと思わせる。
とか言ってたら10時40分,順徳港着。割と早かった…ってのも最近の中国でよく感じる点。調子次第で早いときは早い。
イミグレの「外国人」の列に並びながらケータイのアンテナをチェック。うんちゃんと3本立つ。安心安心。
銀行ねーじゃん!
イミグレを抜けた港構内で呆然。CDはあるけど手持ちカードを使える機械がない!
おまけに市内への交通機関…バス停も見当たらない?だからってタクもいないし?
乗客の皆様は駐車場に停めてたマイカーとかお迎え車とかに吸い込まれ,ものすごく立派な港建物の待合室は,あっと言う間に僕ちゃん独りぼっち状態。
あらら。僕ちゃんこれからどうするよ?
まあ…。
タバコでも一服しますか?
入国ゲートで途方に暮れる事態は稀ではないけど,これはなかなか難易度高いですね。
煙を吸ってても事態は何ら好転しそうにない。港内外をも一度観察してみる。
おや?見渡す範囲にもう一人だけ人類がいます。訊問所(インフォメーション)のお姉ちゃん…か。
ダメ元ですがってみると――漢族には稀な親切を施して頂けました。
少し違法っぽいけど円→元の換金はしてくれて100元をゲット。足はタクシーしかないらしいから,しばらく待て,とタク会社に電話してくれた。うーん。帰りどうしよう?
電話すると親切なお姉さんは姿を消した。ついに待合室には誰もいなくなった。一時,中国人の軍人だけがドワッと歩いてきた。視察だろうか?
15分ほどでタクが来た。誰もいないから多分わしのだろう。Webで調べた宿まで約15分。港から高みを越えると順徳の街が姿を現した。
12時ジャスト,如家快凄酒店順大良客運総[立占]店の大床房に荷を下ろす。
179元とやや高い。中国語を喋るとフロントのお姉様がたがキャッキャと大騒ぎに。発音間違いじゃなくて外人はたまに来るけど喋る奴は初めてらしい。
さて。どうしよう?
この街はガイドブックにない。情報はWebで調べた断片しかない。
とりあえず…食う?ってことで,タクで来る時見かけたすぐ西のRT Martというショッピングモールへ。
「七匹狼」という飯屋が入ってて,客は多そうだったけど一匹じゃないとあんまり強そうにないから止めとく。
交通銀行※のCDを見つける。手持のカードが使えたんで,とりあえず人民元を千ゲット。
※調べるとここの歴史がかなり波瀾万丈。別記参照
タバコ「雲南」をゲット。10元。
お茶ゲット。鉄観音(安[王微])15元。
さらに中国郵政の出店で順徳の地図をゲット。6元。
こうして主要アイテムを次々にゲットできたから,あとは愉快な仲間たち(1人だけど)と愛と冒険の街歩きに向かうばかりである。
このRT Martの西側を,延年路という片側4車線のでかい道が南北に縦断してる。
てゆーか,一部を除き新興の区画が多い順徳は,こういうドドーンな道がバンバン走ってる。
この道を少し南に行った美食広場というところを確認したけど,昼間は壊滅。夜も複数人で酒飲む海鮮屋台の集合体っぽい。
モール南には「1号飯堂」というえらく流行るボロボロの食堂があったけど,ホントに客が溢れ出てて一見を拒んでる。
なので北へ,中心市街を目指して歩く。結果的にはこれは無謀で少し遠過ぎた。
小一時間,川沿いを歩いて華蓋路に出る。
ようやく市街っぽい風情になった。というか?この華蓋路って通り,かなり本格的なレトロだぞ?えーがな,順徳,街歩きにも!
初上陸地の緊張感が溶けた段階というのは,無性に腹が減る。
既に昼の2時が近づいてます。おそらく旧市街らしきエリアまで来たわけだし,とりあえず何か食いたいぞ?
華蓋路の入口辺りで入り易そうな店を物色。「本奥味一厨」という店名は,マカオ風の疑いはあるけど手堅い老舗感を漂わせてます。通りに面した全面ガラス貼り,大衆店っぽいシンプルな20卓くらいの円卓。この時間にも客が結構沢山入ってる。
鼓油鶏飯 13元
白灼西生菜 8元
鼓油の方は分からない味でもない。ブラックビーンズ。ただその効かせ方は,非常に微妙で言われないと分からないほど。
意外性を感じたのはもう一方の白菜の方です。ちゃんと美味い。けどこの味は何だ?汁が黒ずんでるから醤油めいた調味料を使ってるはずだけど,どうしても似た味を想起できない。塩とか胡椒の味もしないんです。かっちりと自然な甘味さえするのに砂糖でもない。もちろん出汁でもない。じゃあ何だ?
何かの中華スパイスをごく微量ずつ,複合させた旨味だろうか。
皿の底に豆みたいな粒が2粒残った。食べてみたら…これらしい。甘く複雑な豆味。けどこれ何なんだ?「鼓」の字はないから黒豆じゃないんだけど?
そのまま華蓋路を北上,一路中心部を目指す。
「2号飯堂」発見!順徳の食品衛生部局が許可号数を店名に入れさせてるとかじゃなけりゃ,多分姉妹店。ただしここも満杯です。
華蓋市場というデカい建物に出た。
それを過ぎた道沿いに老舗民信というよく客の入った店を見つける。スイーツ店らしい。入店。
後で他客の注文を聞いてると隻皮[女乃]6.5元というのがメジャーみたい。
ミルクプリンである。ここが創始と自称してるがそれは諸説紛々として。
原只椰子[火屯][女乃]14元
口に含む。
確かに凄い!
ミルクの凶暴なまでの香気は,あれどう出してるものやら見当すらつかん。ただただミルク本来の甘味に魅了されました。
ミルクのこの旨さ,西洋で誰も作らなかったこの味覚が広東という,東洋のこの小さな一画で作られた事実は…嘆息する。
発想法はおそらく豆花と同じだと思います。素材本来の甘味を,スイーツとして味わってしまう。そういう味蕾のチューニングの妙に,改めて驚く。
民信を出た辺りで雰囲気を感じ,1本東の清[目軍]路という道に出てみる。バス停の客溜まり,店舗のセンス,どうやらこのエリアが順徳一番の繁華街らしい。
鉄道の通らない田舎町をイメージしてたけど,十分に都心部してます。インフラの機能的にも,例えば無人貸出自転車の[立占]が各所に。
バスルートにどうも自信が持てないこともあり,さらに歩いて華蓋路から西側に向かってみる。
果[木ソ/三]路を過ぎると川沿いに出た。「第一[石馬]頭」と記された石作りの門がある。前近代,おそらく埋め立て前はここが主要港だった…と考えたらしっくり来る。つまりこの港遺構から華蓋路までのエリアが旧市街だと思われます。
歩きっ放しで流石に疲れてきた。手頃な豆花店があったんでしばし休憩。
店名,手磨豆坊。手作り豆花スイーツ店という語感か。
三叉路の角近くという場所柄もあって,ひっきりなしに客が出入りする。かなり流行ってる地元店らしい。
豆腐花3元
やはり,ごく淡い味覚。にがりのない豆腐そのもの。客に「姜糖水」をかけさせるだけなのに,なおかつ淡く複雑な甘味が口蓋に満ちていく。
順徳を選んだチョイスに,どうやら間違いはなかったようです。
これをスイーツとして愛でることの出来る舌が,確かにこのエリアにはある。
紅岡路という東西の道から延年路へ出るコースを帰路に選ぶ。
すぐに石洛市場というマーケットに出る。そのすぐ東に洗氏餅店というパン屋を見つける。
香港と同様,パン屋も要チェックだろう。中華菓子も揃ってそうだし。
菠蘿包
老婆餅
蛋黄ス
エッグタルト
計6.5元
香港パンは大体揃ってる。するとこの類は「広東パン」なのか?
延年路にたどり着き今朝のモールまで南行。
公安局前バス停辺りまで延々家具屋が並ぶ界隈あり。どれもがっしりと漆塗りされた木製手工品っぽい。客は少ないみたいだから高利小売か?結納品とかでそんなに出るもんだろか?
16時,美食広場のイスが出始めたけど全然開店しそうもない。
ということは?つまり1号かあ?
モール南,1号飯堂の来客は座れる程度になってました。
しかし今の時間もまだ客足が耐えないとは…。
どう注文していいのか分からんから適当に指差してたら,鉄のプレートにおかず3種とご飯が山盛り。で支払いすると!?
メニューらしいものはない。看板には「経済快套6~11元」とあり,結構頼んだから11元のつもりでいた。
6元だった…。日本円で75円。
これは,間違いない。安かろう悪かろうのファーストフード店やね。
おかずは豚肉の煮物と蓮根・人参の炒め,胡瓜・セロリの炒め。これに例湯が付く。
これが…美味いのだ…!
どうなってる!?
流石に例湯は1種類。けどこれ…味がしない。なのに美味い。旨味だけで飲める湯?
おかずも構造が同じ。豚肉は肉自体から出汁が出てたからそれでも割と食い慣れた味だったけど,蓮根は唐辛子とチャーシューを加えてあるだけ。胡瓜に至ってはソースの味が本当にしない。
なのに美味いんである。飯は全部喰いきってしまった。
和食でも魚や肉の煮物には出汁が要らない。素材から出るから邪魔しない方がいい,という考え方と聞く。
おそらく順徳か広東かの発想は,魚や肉以外にも同じスタンスを取ることに特徴づけられる。魚や肉じゃなくても,素材を生かした下味を主柱に据える。それだけの鋭敏な舌を彼らが持ってるからそれが可能になる。
どうやら,知らない味覚がこのエリアにある。それが確信になった順徳初日でした。