外伝02-7서울:《第七次翌日in Seoul》再びチョングッチャンの日

[前日累計]
支出1650/収入1200
    /負債 450
[前日累計]
    /負債1090
§
10月31日(土)
0830 里山(イサン)ソルロンタン
ソルロンタン W7000 400
0900 カンヴォンドチブ
スンデクッ W4000 400
1110 イルミシッタン(楽園市場 ネヤンシジャン148)
チョングッチャンチゲ W7000 400
1315 明洞餃子
カルクッス W8000 400
1550 ボンジェム クルタレ「蜂蜜[イ故]成的一万六千条神秘」
クルタレ 250
(1850)
[前日累計]
支出1650/収入1850
負債 200/
[前日累計]
    /負債 890
§
→11月1日(日)

▲里山(イサン)ソルロンタンのソルロンタン

 実質初日です!何かはりきってしまって,昼のメインターゲットの前に,肉鍋を2件回ってしまいました。
 まずは8時半。里山(イサン)ソルロンタン。古式ゆかしきユンポスン・ギルのすぐ南はクルマがバンバン行き交うオフィス街ですが,その中間,ビル建設の話が持ち上がれば来週にも閉店しそうなビミョーな位置。「えっ?ここなの」って場所の,割と広い大衆食堂。わしが一発で気に入ったのは言うまでもありません。
ソルロンタン W7000 500
 新村と全然違う!
 茫洋と広がる牛肉自体の旨味。原色の牛の色で延々とキャンパスを塗りつぶしたような,牛,牛,牛の一面の壁が広がります。淡さ,美しさというよりもその単色の伸びやかさにまず感無量たらざるを得ません。
 その上に,飯をほうばれば,この単色を背景として米の香が息を吹きかえす。一面の牛色だった平原に俄に百花繚乱する米色の芽吹き!その妖しくも顕然たる生命力の朴たる味覚にただただ刮目して咀嚼するのみ!あなかしこあなかしこ。
 さっきから牛色とか米色とか言ってる色彩に思い至らぬ若き読者は,今すぐネット検索されることをお勧めする。YouTubeにはかの薄命にして名高きドストテン・ナルニドヴィチの手になる「牛色の空に米色の夢を見よ」にて香しい色彩美を堪能できる。
 さて…どこからが嘘か分からなくなったが,ほとんど嘘である。

 調子に乗ってきたとこで9時ちょうど,カンヴォンドチブに入る。
 かくも調子に乗ってるにも関わらず,このドアを押すのにはそう短くない時間,躊躇してしまった。今までにないやさぐれた外観,中を覗きがたい密閉度…これ,ホントに観光客が入る店なのか?
 結局入ってしまったのですが,結果的にはちょっと入るべきではなかった。
スンデクッ W4000 400
 これは濃ゆい!濃ゆすぎる!
 とりあえず頼んだこの臓物コラーゲンのスープは,脂も出汁も粘度もどろどろのぬめぬめ。日本のトンコツなんて目じゃない。スライムかと訝りたくなる超濃厚な液体です。しかしこれが…臓物好きには堪らない!もちろんわしはその最右翼を自認する者であり,こんなのを前に匙が止まるわけがない。
 美味過ぎるぞう!
 されどもさらに濃ゆかったのはこの店内の瘴気。店内には他に常連客らしき2人(出る頃には4人に増殖)は完全に,この朝っぱらから酔っ払ってぐでんぐでんのとろんとろん。「中国人デス」(のでお腹がすいて安い食い物食わせて下さい)みたいなスタンスで話を合わせてたら,途中から中国では物価がどうなってる?とかハングルでしゃべってみろとか無茶苦茶注目しれ始めた…という辺りまではよかったんどけど,その辺りから酔っ払いの一人が中国人に露骨な反感を示し始めた。どうも朝鮮戦争の経緯に話が及んでるらしく,ここで日本人だとバレたら…とかなり身の危険が感じられて参りました。
 するっと代金払って店を出る。ああ今日も生き延びることが出来ました。記録なんか一切撮れなかったのはもちろん,最後辺りはかの絶味も喉に流し込むかのようになってしまいまして,結果はまあ無事だったんだけどなかなか味わえない恐怖の一食だっつのでした。

 二泊目の宿を確保。ユンポスン・ギルが気に入ってしまい,もう一泊だけこの通りにこだわることにした。路地奥の安モーテルから居心地よさそうなとこを適当にチョイスして入居。
 少し先を話せば,結局このモーテルの居心地が気に入りまして最終日まで3泊することになります。


▲イルミシッタンのチョングッチャンチゲ

 ガイドブックのインサドンの項には,楽園市場 (ネヤンシジャン)はトピック的な扱いで出てます。ただその割に観光客は,いるにはいるけど地元率が高い。該当エリアに行けばドドーンと看板が出てるけど,地下で妙に入口が分かりにくい。
「ネヤンシジャン148」という目指す店の住所までは分かってましたが,この地下世界は意外に広くて,かつ番号(店舗の管理ナンバーなんでしょう)の配列が入りくんでて…とたどり着いた時には開店時間を少し回ってしまいました。
 席は7卓。何とか最後の空席をキープ。
 しかしこれはかなり…観光地らしい。窓いっぱいに有名人のサインや雑誌の記事。こういう店で失敗したことが韓国で何度かあるよな。
 まあ写真は遠慮なく撮れそう。
 それに。この店,イルミシッタンの狭くて暗い店内には,納豆嫌いなら逃げ出しそうな発酵臭が店中にこびりついてる。期待と疑惑は嫌が応にも高まるわけです。
 11時10分。
チョングッチャンチゲ W7000 400
 来た。
 とりあえず…臭い!
 一匙。結構辛いが,辛さが分からなくなるほど──やっぱり臭い!
 ところがです。慣れて来ると──こんなんに慣れてしまって大丈夫なのか?という臭さですが──この臭辛さが,何とも言えぬ快感に…さらには美味に感じられてくるのは,ドリアンに似たゲテモノ食いの嗜好だけども…確かにこれでしか味わえない美味さ!
 納豆の発酵臭さとチゲのコチュジャンの発酵辛さ…互いの発酵の仕方の交差がそれを可能にするのか,両者が完璧に渾然一体になって,何かものすごい,嗅いだこともない悪臭というか危険な嗜好というか新たな味の地平を切り開いてしまっておるわけです。
 この料理の無法者的な暴走ぶりに,舌か無条件降伏してしまってるという意味での美味というか…。
 太平洋戦争時に白人捕虜に沢庵と味噌汁を喰わせてたら,敗戦後に「腐った食い物食わされた」と戦犯にされたと聞くが…ここに東アジアの発酵文化圏以外の人種を案内すると,商売なら交渉が決裂しそうです。
 お勘定して店を出ると,早くも行列が出来てました。よっぽどコリアンの胃の腑に共振する味覚なのか…それとも誰かが言い始めた「美味い!」の世迷い言が何かの間違いで蔓延してしまってるのか?
 ただ,少なくともわしの味覚的には,確かに絶味として感覚されたのでありました。 ──というのは危険な兆候なんでしょうか?

▲あな懐かしくも麗しき味!明洞餃子のカルクッス

 困るんである。
 入るつもりは,そりゃあいつかはとは思ってはいたけど,この時はあくまで覗くだけのつもりで通りかかっただけなんである。そうは言ってもそろそろインサドンからでなきゃな,という程の気持ちで。
 明洞餃子,13時15 分。
カルクッス W8000 400
 この店にこの時間です。もちろん行列が出来ちゃってたんだけど,たまたまタイミングで5人目に並べてしまえて,しかも並んだ途端に客整理のおばちゃんが「1人なら来い!」と勝手に席を捜し始め,しかも捜し当ててしまって「お前だ,お前!何してる,ここへ座れ!」と叫んで誘導というか引きずりこる。ホントなぜかここのアジュマには…ものすごく親切にされた記憶しかない。大人気である。
 やはり…かなり久しぶりですが,やはりこの味!
 海苔の磯香以外は出汁がほとんど効いてなくて,日本から着いたばかりの舌には初め物足らないというか途方にくれる。けれども食べてるうちに味覚の実体感が感じられはじめると,あとは食後の絶大な満足感へと雪崩を打っていく。
 その秘密は,貴陽以来に辛味としてニンニクを味わってきた今だから気付けます。その極めて強烈なニンニク使い,この一点にあるようです。
 海苔の香りのスープの裏に潜航する,少なくとも日本人にはすぐには察知できないような鋭い,おそらく何らかの純化を施したニンニクが,淡いスープに繊細になった味覚野に一度はうずくまった後に,ある時点から暴れ始める。この悪質といえば悪質な戦術に,抗う術もなく絡めとられていく,この絶望感というか被虐感というか,そんなのがこの店のカルクッスの正しい味わい方。
 何を書いてんだかわかんなくなるほどに,とにかくもう勘弁してほしいんである。

 腹が限界を迎え,血液が胃に集まったためか風邪で頭がクラクラ日記してきた。やや薄着で用意してきたこともあって,寒気もしてきた。
 この後,ピマッコル歩きを考えてたんだけど…先は長い。相応しい時間帯,夕方に取っておいて少し休むか。
 明洞にユニクロがあったんで回ってみると,折しも冬支度の品が花盛り。モコモコした,日本センスからは微妙に遠い部屋着セットも多く,しかも材質なのか軽くて,縛ればそう嵩張らなさそうなものも。両方の機能からチョイスして上下を購入。
 明洞から地下鉄4号で一駅。ここからの乗車って懐かしいなあ久。忠武路で3号乗換,乙支路3街,鐘路3街を経て3駅,安国(インサドン最寄り駅)へ帰る。
  ──こうして書くと,中心部からはなかなか接続が悪い。ソウル泊が多かったデブり時と同じく,体調の悪い時にはこれがやや辛い。逆に言えば,だからこそ都心にこれだけ近い場所にこんなにも落ち着いた街が残されたんでしょう。
 ソウルのエアポケット,インサドンのお宿でしばし温かくして午睡。この時になってありがたかったのは…この部屋,オンドル部屋じゃないか!温か~い!
 このオンドルってのだけは,もう韓国最大の贅沢だと思う。何でこれが他の国に(なかんずく日本に)広まらないのか不思議でならない。

▲ ボンジェム クルタレ ※「クソタレ」ではない。

 再出撃は予定通り夕方になった。15時50分。
 インサドンの通りがかりにボンジェム クルタレってのを買ってみる。漢語訳「蜂蜜[イ故]成的一万六千条神秘」。蜂蜜の織り成す1万6千筋の神秘,というところだろうけれど──
クルタレ 250
 白い塊です。見た目は北海道のミルク飴というとこですが,口に入れるとふくよかな蜂蜜の甘さ。糸状になってるだけ,要するに綿菓子を固めたようなものだろうと思う。歯応えが違うだけのはずなのに,味まで違うように感じられるのはなぜなんでしょう?
 わざわざ糸を紡いでるだけの価値はあります。形状がここまで味覚に影響するという意味ではなかなか得難い教材でした。
 さて,得難くはあるんだけど,そうまでして作った甘味そのものは…変化してはいるんだけど,あえて言えば砂糖に近くなってしまってまして。特に綿菓子に親しんでしまってる日本人には何とももったいない感慨しか生まれてきませんでした。珍しいってのの以上でも以下でもなかったかと。

▲インサドンの御茶屋

 店の名前は記録してません。
 ユンポスン・ギルの通りがけにふと 見つけた喫茶店。
 注文の名も記してません。
  厳密な茶葉の類ではなく,韓国の穀物茶の部類の何かでした。
 後から辿ると,この来訪が翌日からも毎夜入り浸ってたインサドンの喫茶店の皮切りになったわけでした。事実,この日も,それだけ期待せずに入ったにも関わらず写真だけは残してしまってます。
 メインの韓国茶に,普通の茶,それから軽いデザートがついてくる。
 照明はやや暗いけれども,韓国の標準からすれば十分に明るい。ゆったりした調度の中でしばし佇むのに程好い空間。でも日本の喫茶店とはまた一味違う。
 何とも言い難い心地好さに包まれて,インサドンの夜は深まっていったのでした。