外伝04〓〓━━師走之講〓〓━━
錦いけまさ亭の焚合せ

Ψ 大雪~冬至
δ 聖護院蕪の千枚漬け,すぐき漬け,冬至の南瓜の甘煮
θ 蕎麦じょうよ(山芋)

 味覚の成長って,まず縦穴を細く穿ってから,それを横に広げてく感じみたいです。
 少なしわしの場合,それまで旨いと感じたことのない食材をスペシャルなレベルで食ってから,そいつを普通のレベルでも味わえるよになるって過程の繰り返し。
 直近では珈琲と米。珈琲はエスプレッソしか飲めなかったはずが,米はほとんど食わなかったはずが…。
 その最初の縦穴になる一食に,ほぼ毎月,それも大抵は複数出会えた京都参禅。お寺以上に有り難や有り難やって感じやね。
 ついに12月目。
 今の舌を引っ下げて,過去回ってきたお店を再訪して深読みすることを中心に巡礼して詣りたいと思っちょります。

「はいオムライスお待たせ!」
「スープがよろし?赤だしがよろし?」
「まあ雨の中来てくれはったん?」
 三角巾とエプロン姿のおば様がいそいそと動き回りながら,馴染み客と雑談してるこの雰囲気,いい空間やね。
 二条城前,チロル。
 角地。西と南の窓枠から光が入る程よい開放感。木製の調度がキレイに擦り切れてる。壁には古い堀川界隈の写真とかが大きく貼りだしてあります。
 わしはブレンドを一杯。足しも引きもしなくていい,ちょーどいい一杯。深さも香りもドンピシャのベストな地点でキープしてます。
 味も空気もちょうどいい。京都の老舗喫茶店,やっぱ最高!居心地ええわ~。

 北山の「クレープの店モック」を再訪。
 やっぱり高いぞミールセット1350円。
 今日はポムクレープとエスプレッソ30ccにしてみました。
 ポムクレープは「リンゴを炊いてジャムにしてみました」ってメニューの説明書き。
 モチモチのブルブル!最高に上質。でも…どーもここのクレープ,クオリティだけじゃない。
 手作り感が生きとるの。
 完成度は高いんだけど,既製品とか量産品にない丁寧さがある。具体的な味覚としては──味が均してない。心地良いザラザラ感がある。
 これ,エスプレッソも一緒。それなりに旨いドトールやダリズのと…微妙だけど根本的に違う。こなれてないってゆーか苦味にアラが残ってるってゆーか…それがプラスの味覚になるんだって感覚は,初めて持てた気がしました。

 ダメじゃあ…今日こそ全く容量オーバー。絶対覚えられんやんけ!
 北山から大宮通りに回って。オーストリアケーキのマウジーを再訪。
「スミマセン…」3点購入後。「ちょっと,メモっていいですかあ?」
 メガネのおばはん,しばし目をぱちくり。
「ええよ」とにっこり。「えらい長い名前多いからねえ」
 で──手持ちの紙片に殴り書きしたのが。
Bishuitrolade
マロンと生クリーム
WienerSchokotorte
アーモンドとヘーゼルナッツのピコエイ
ToptenobersTorte
洋梨のクリームチーズ


▲新大宮マウジー Bishuitrolade

 トルテじゃなくてトロラーデってのがロールケーキの意味?
 和菓子ならもちろんモンブランとかでもシンプルに味わう定番のマロン,生クリームと合うのか!?って思って食うと──合うなんてもんじゃない!生クリームがマロンを殺さない丁度いい淡さになってる。
 そもそも全体的に。イタリアやフランスのに比べて,オーストリアのケーキって淡白にほんのりしてる気がする。


▲同WienerSchokotorte

 ウィーン風ショコラケーキってほどの語感だろか?
 一体どーやって作ってんのか?見た目がまず綺麗な,ショコラとケーキのブロック積。
 ワンブロックずつ食うわけじゃないから,これがまばらに喉を通ってく。通常のケーキ生地と,食感は同じだけどあくまで淡いチョコ味と…悪く言えば,わし何食ってんだ?って分からなくなってくる感じが面白い効果になってます。


▲同ToptenobersTorte

 トップテン…って英語読みではもちろんないんだろけど,とにかく梨らしい。
 なるほど。ケーキに入る食材としては珍しくない梨だけど,こーゆー淡い生地にこそピッタリくる。濃厚なイタリア・フランス系,重厚なドイツ・北欧系のケーキじゃ生きない味覚。使うとしても砂糖漬とか甘味を補強しないと生地負けする。そのまま使えるオーストリア菓子ってのは…かなり特異な世界みたい。
 砂糖は,イスラム世界からヨーロッパに伝わった。当時の西部戦線の砦がウィーン。ってことはもしかして?これがヨーロッパのケーキ食のプロトタイプ?

 喫茶店には前回に続いて入り浸りでして──5軒,メドレー(?)で参るでや!
 一軒目,六曜社地下店。
 深煎りの3つのメニューを1つずつ飲んでいってる格好だけど,今日は3つ目のインドネシア・マンダリン。酸味が程良い深々とした苦味でした。
 二軒目,錦すぐ北の「am」。「アーマー」と読ますらしい。
 適当に入っただけだけど,常連は多そう。モーニングもよく出てるみたい。
 ここのコーヒーもどっしりと安定した味。何で京都のコーヒーってこんな洗練されてんだろ?
 さらに三軒目,市役所前ゼスト地下一階のコロラド。
 エスプレッソ。繰り返しになるけど,チェーン店ではやっぱここが一番!苦味のマグニチュードが違うぜよ。
 今回は朝の軽食も取ってみた。パニーノ頼んでみたけど…これ完全にパケットじゃん!どこがパニーノ?エスプレッソが旨いからイタリアンぶってみたよ!って感じかな…。
 でもこの調子乗り方は,関西的で好き。
 さらにさらに四軒目,三条木屋町北西角の小川珈琲。
 ここもチェーン店だけど,ここのオーガニック・ハウス・ブレンド…これが飲みたくて再訪したんよ!苦くも酸っぱくもないのに…優しさってゆーか後味の豊さってゆーか何か他にない味わいの領域を持ってますんです!
 トリは珈琲カトレヤ。八坂神社前,雰囲気が気になってた店で今回初めて入った。
 前面のみガラス貼り。木目の一枚床に,同じく木製の丸椅子とテーブル。20席強。
 なぜか椅子がないカウンターの向こうで,ゆったり珈琲を立てる若いマスター。
 ロココとかそーゆー感じの格調高い洋風調度。貼り紙も卓上の調味料も一切ない。洋風家具店でも通るよな極めてシンプルな空間。
 ブレンドを注文しました。しっかりとしてるけど,まろやかな苦味がポワッと味覚に灯を点す。暗がりを残して照らす赤色灯のような味わいです。なぜか全く後味を引かない。
 コーヒー皿の碗を受ける部分に丸い穴が空いてます。謎。
 バラードが流れる暗がり。戸口のガラス戸の向こうに八坂神社前の賑やかな往来。海中から水面に揺れる陽光を眺めてるよな妙な気分。
 うーん…こうして改めて列挙すると。ホント京都喫茶店曼荼羅って風な多彩さ!!
 多様さを受容するこの街の,これが風土なんだろか?


▲PIZZA SALVATORE サルシッチャ&リコッタチーズ

「 河原町三条東入中島町PIZZA SALVATORE
ピッツアセット
自家製サルシッチャと水牛リコッタチーズのビアンカ
サラダ レタス,玉ねぎ,ちょっと人参 完全に普通のグリーンサラダの姿なのに,食ってみたらやっぱ完全にイタリアン。ドレッシングは使ってないから何かビネガーとハーブの力です。でも──パルサミコ酢は使ってあるけどメインじゃない。ニンニク香はあるけど臭いほどじゃない。それら以外にわしの知らない何かが主役の味。
けど,呆然としちゃったのはメインのピッツアじゃ。
 美味いなんてもんじゃなかった──」(食後打ちの記述ママ)
 …とかノリまくって記録してましたけど,先月分でも触れたとーりココ本店が新宿のチェーン店。うーん…わしも未熟者よのう!ホホホ…。


▲同リコッタチーズのピッツア。アップまで撮っちゃってます…。


▲同インサラータ。木屋町の川沿いですから雰囲気は京都!(まだ言うか)

 東山天台宗青蓮院門跡,国宝青不動明王御開帳。
 考えてみりゃ──12月目にして初めて京都での寺院拝観じゃっち。最初の頃に銀閣寺にフラレてから,やや意地になって行ってませんでした。
 けど青不動明王は平安創建以来初めて開帳。12月20日までってチラシを見て,夜の東山へ飛んで行っちゃいました。
 淡いながらも確かなタッチと構図が妖しい。
 このお寺,夜はライトアップされてる。それもLEDの点灯を徐々に増やしたり,竹林の下方から変色させながら照らしたりと凝りまくってる。実際,効果的にも成功してる。官能的に妖しい。
 この青蓮院門は江戸期の離宮の一部らしい。二条城に陣取った将軍側に追われる形で,再構成された古都の文化。それがさらに夜のイルミネーションパークとして再構成される。
 読替えられ続けるテクストの連鎖。
 絶妙な腰の軽さ。
「大切なのは変わらないこと 変わっていけること」(谷村有美)

 初心に戻って買い食い。
 錦──
中央米穀 お握りプレーン90円,赤飯130円
畠中商店 ぶり大根600円
田中鶏卵 だし巻350円

 先斗町通四条──
寛永堂 小倉汁粉350円
小形羊羹詰合3本800円
 祇園──
いづ重 巻き寿司600円
例のあれ200円×2個
 最後の「例のあれ」ってのはお握り。中央米穀のプレーンも同じです。何も入ってない,タダのお握り。
 これが…旨かった!
 噛みしめていった最後に広がる澱粉質の甘味。ユルくてきめ細かい味覚です。しかも?両者は微妙に違う。例のあれのシメた飯はこの甘味が硬質みたい。
 やっと…米の味の理解に至った気がした。

 1月から,ホントに毎月来ちゃったよ,錦いけまさ亭。
 12月の献立は──
焚合せ
ブリ照り焼き
えび芋団子のかに身あんかけ
豚汁
白ご飯
お漬物
 ブリは京都的には美味かったけど,瀬戸内の魚で育ったわしら広島人的には超一流じゃない。味に華がない。ここは野菜の店であって肉と野菜はやはり京都じゃないか…。
 と思って淡々と食ってたんだけど。
 確かに…玄界灘の豪快さも瀬戸内の繊細さも土佐の肉々しさもないブリです。なんだけど…生真面目なシンプルさ。
 つまり,先月の今井食堂の鯖煮と同じ!明らかに小倉の鯖ぬか漬けや博多の寒鯖より…ハッキリ言って不味い!だけど,そーゆートレトレの漁場から隔たった山里ってのが京都の位置なわけで,その位置で開き直って日常食として供されたのが京都の魚なわけで──低レベルの食材をきちんと真面目に調理した誠意が伝わる味とゆーか…。原価は安くても真心がこもってる愛妻弁当みたいな尊び方をすべき味なんだろな──とか,味覚ってのの本質を考えさせられる一尾でした。
 さて,エビ芋は…最初芋に他の何かを混ぜたつくねかと思った。それほどに,完全に芋の味覚を逸脱しちょる!逸脱して…何の味!?懐かしい味なんだけど…!?
 分かった──えびせんじゃあ,えびせん!
 ってゆーか,えびせんがこの味を化学合成したんだろな。その証拠に。あのえびせん味の拡散の仕方に雑味がない。ピュアなふくよかさが口一杯にふわりと拡がる。このふわりの味覚は,ちょっと入れてあるカニ身もキイてるみたい。
 焚合せ。いつもと同じ絶品!今月は小芋,南瓜,がんもどき,人参,大根,水菜。
 しかし──この大根と人参の甘さ!
 ホントに大根かあ? 複雑にとろける甘味が砂糖以上!たまりませんな!!
 …とか考えてて。ふとこの1月,このいけまさ亭の焚合せを初めて食べた時の味覚を思い出しました。記憶容量の少なさには自信のあるわしですが…思い出せるもんです。
 そうだ…それほどあの1年前の味覚は,今と違ってた!
 京都の「薄味」ってこーゆー味なのか,これはこれで美味かも?ってのが正直なとこだったと思う。つまり,ようやくここの焚合せが味覚できる味覚レベルだったんだと思う。
 歴史の長いこの店で毎月出してるこの焚合せ,これ自体の味は1年であまり変化はないはず。
 参禅12月目の今,この焚合せはハッキリ味覚できる。今の舌は,この味の像をクッキリと味覚野に映し出してくれる。
 味覚機能の感度,味覚野の経験値,恐らくその双方が完全に別次元までレベルアップしてる!──その事実に,他ならぬわし自身が今更ながら気付かされ,初めてビックリした。
 この食感の進化が,どこまで行ってしまうのか今もって全く見当つきません。つきませんけど…もうわしは変化を恐れることは止めてます。なんで率直に謝意を表したいと思ってます。
 ──日本に京都があって本当に良かった!


▲錦いけまさ亭(12月) 昼の定食
 習慣で…メモってしまった1月の献立。
焚合
焼物(サワラ照焼)
揚物(堀川牛蒡の天麩羅)
百合根団子のあんかけ
白味噌汁
白御飯
お漬物

 新幹線に乗る直前。も一度,六曜社地下店でシメた。
 席につくなり「インドとドーナツで!」一見の人が気いたら訳分からんね…。
 日曜の昼飯後の時間。わしの後,2人入ったら満席になり,10人程は追い返されてた。
 やっぱり…わしはインドが旨い。素っ気ない苦味が最高!
 と?明らかにわしより本物のリピーターっぽいオヤジ。席につくなり「ドーナツとコーヒー…ブレンドね」
 あッ迂闊!この店のブレンドって──まだ飲んでなかった!
 いかん!来月もやっぱ京都来ちゃいそー!!