外伝04〓〓━━師走之講〓〓━━
(結句)魔性の味 5食

 最後の最後に喧嘩売ります──前章のいけまさ亭の「不味いブリ」に通ずる話です。
 京都が誇る茶,漬け物,野菜。
 どれ一つとして美味くない。
 ありゃあ,京都人独特の観光客向けの罠でしょ?ごく少数の例外店はともかく,平均的にはホントにレベル低い。
 高知の朝市レベルに比べて,そーゆー単品の美味では,京都は少なし決して超一流じゃあないと今現在は断言できます。だって…京都の本質は,地味の乏しい山里ですぜ!
 でもこれこそが,わし的に──真に京都を礼賛する点。
 その山里で構築された食文化だからこそ,京都は,ほとんど世界に類を見ないほどの可変性と創造性を備えた食の都になった。なぜなら,政治的首都としてこの土地の食が卓越し,洗練されようとすれば,食材という資源レベルでは明らかに日本のどの土地にも劣る。だからこそ,可変性と創造性という高次のレベルの叡智を磨かざるを得なかったからだと思います。
 政治的に選ばれたこの土地は,食だけじゃなく生活の条件としてはかなり最悪だった。だからこそ,彼らは一つ高いレベルで勝負し続けた。
 この最終章では,12回目の参禅において確認できた「魔性の味」を5食特記します。
 この月,あらかじめそれを企図したわけじゃない。何となく導かれるように,この5つの味を再確認することになりました。
 わしの舌には,正直京都はまだまだ謎であり,魔界です。ただ,そーした魔性の味が存在することを,何とか知覚できるとこまでは来た。
 それに満足し,後は今後の自分の変化への宿題にしたい。そーゆーところで結句にさせて頂きたいと思います。


▲ジオカトーリ(12月) 前菜プレート

 とめどなく繰り出される変化球。
 まずは二条,鍵屋町のジオカトーリ。
 ここまでひねくれた料理…初めて食った!食材や料理の一品一品よりも,こーゆープレートを出すのが信じられへん!いかにジオカトーリでも,今回は許し難いほど突っ走ってました!(褒め言葉です)
 注文はいつものAセット1500円。
 前菜。左から
①風呂吹き大根のちょっとベーコンのせ
②タイのカルパッチョ
③カリフラワーのオイル漬け
④パケットのレバーペーストのせ
⑤赤蕪漬け物
 これに,黒糖のパンと胡桃のパンが一緒に出る。
 風呂吹き大根と赤蕪漬けとか,純和食を,カルパッチョやレバーペーストと並べる感覚!信じらんない横暴さ!
 しかもこれが,食い合わせが合わないかってゆーと…なぜか奇妙によく合う!
 風呂吹き大根や赤蕪漬けの味付けは,ごく普通に京都で食べられてる類,だからこそ凄い!イタリアンな加工の痕跡としては,大根にかかったベーコンのみじん切り位だけど,しばらく気がつかなかったほどごく少量。赤蕪漬けはそのもの。大根と赤蕪の辛さが他のイタリアンのまろやかな味と好対照でしかもマッチングする。
 イタリアンの3品もそれぞれカブらない。単純に言っても魚-野菜-肉。カルパッチョでオイルを和え,カリフラワーは漬けてある。
 そもそもオイル系と和食の漬け物なんて食い合わせ最悪のはずが…。
 どーやったらこの5品を並べる発想が生まれるんだ?


▲ジオカトーリ(12月) メイン(パスタ)

 パスタは,スパゲティ タコのミンチ状トマトソース。
 スパゲティミートソースの挽き肉の代わりにタコのみじん切りみたいにしたのを使ってる。
 タコとトマト…まあ合うわな。タコの淡白な出汁を殺さない薄めのトマトソースが,パスタによく馴染む。ほんわかした味覚は確かにイタリアン。
 いい!考えらんない味だけど,確かにいい!
 ペスカトーレならあまり驚かない。でも唐辛子無しでトマトソースで食わすには,確かに微塵にしないとパスタに絡まないだろう。
 けど?そもそもタコを微塵にして使うなんて料理あんの?
 タコの歯応えは犠牲にしても,出汁で勝負するなんて発想は──どこから来るんだ!?
 全くこの店,いつも安心するのはドルチェだけです。カラメルのケーキとバナナのムース。
 エスプレッソでシメる。
 ジオカトーリ──おもちゃの意。「お客様におもちゃのように可愛がっていただければ」なんて解説がどっかに載ってたけど──違うだろ?
 この亭主がおもちゃで遊ぶみたいに,ぐちゃぐちゃなイタリアンを創造してしまう,そーゆー料理スタンスを表現してんだろ?


▲ジオカトーリ(12月) ドルチェ


▲別の日のジオカトーリ(メイン)つぶつぶパスタに海老とカブラ。食感はお粥とクスクスの融合体みたいな…でも旨かった~!

 最上級でも進化し続ける。
 京都市上京区黒門通元誓願寺上る寺今町。未だに3回に2回は道に迷う中華料理の美齢。
 洋食で一つだけとしたら…とジオカトーリを選んだけど,幾つか巡った京都の中華で,やはりここの印象はズバ抜けて深かった。
 いつもの日替りランチ。
前菜 ナスの味噌炒め 棒々鶏 白ネギのサーモン巻きとオリーブオイルのトマト
スープ 四神湯
メイン 卵と豚肉の炒めもの
デザート マンゴープリン


▲美齢 前菜3点

 前菜。白ネギのサーモン巻きに添えたトマトは,明らかにオリーブオイルで和えてある。舌を疑ったけど…この香りは間違いない。
 イタリアンと中華。どちらも香油使いでは群を抜く料理。これだけ取り出せばイタリアンそのものだけど,ちゃんと馴染んでるわけです。
 ハッと驚いたのはスープの四神湯。
 以前と味が確実に違う!夏頃には,もっと山椒のパンチがキイてたはず。大陸中国の四神湯の味は本来あの味なのよ!
 今の味はもっとまろやかにキマッてる。以前よりワンランク上の複雑な旨味。山椒の辛みはチャンと残ってるのに…。碗の底に残る材料を見ても山椒は変わらず入ってる?
 とすると何か別のものが山椒とハモれてるわけで…だけど何だ?
 ハッキリしてんのは──この美齢の味は半年でそれと分かるほど進化しっ放しだってこと。


▲美齢(12月) 進化する四神湯

 メインはただの野菜炒め。卵と豚肉の他に野菜は玉ねぎ,ピーマン,人参,ネギ,キャベツのみでそれ以外は混ざってない。
 口当たりも普通の野菜炒めと同じ野趣ある油味。…に最初は思えた。
 恐らく以前ならそれで終わってたと思う。
 最後の後味で──卵,豚肉,野菜の全てが,味覚の柔らかさと甘味に結集してく。
 微妙に全く普通と違う!!
 皿の上に残った汁を見る。油の粒子が極めて小さい。豚肉を下拵え段階でしっかり湯切りしてんだろか?
 いや,その程度だけじゃないはず。ここの中華はまだまだわしには謎の美味です。


▲西陣ほんやら洞 モーニングB

 シンプルゆえに底知れない。
 新大宮通のずっと南,西陣ほんやら洞。
 モーニングB。自家製パン/サラダ/スクランブルエッグ/コーヒー
 あえて前回と全く同じメニューを選ぶ。舌の成長度確認のつもりでした。──前回は,店を出て10分以上経って凄さを感じたここの味。
 サラダはレタス2枚,キャベツ千切り,マッシュドポテト。スクランブルエッグはよくあるタイプ。何も入ってない。
 パンはバターが申し訳程度に乗ってるだけのが2切れ。耳が大きいフォカッチャめいた厚さだけど見た目普通の食パンです。
 最初の口当たりはほとんど当たり前の食パンです。噛み進めてもそれは余り変わらない。噛み応えがややしっかりとムッチリしてるって程度。
 けれど…今回は食ってる間に分かった。
 パンが完全にゲル状になった時──食感の最後に清らかな空洞が広がる。混ざり気のないピュアな穀物味が湖の水面のように静まり返って広がってく。洞窟の中にいつまでも残る低い振動のよな深い満足感。
 この感覚が分かってから,パンだけじゃないことに気付く!!
 サラダすら味がクリア。ドレッシングも手作りマヨネーズ的で,どーもビネガー主体の工夫がしてあるけどそれ以外の混ぜものはない。野菜自体のシャキシャキ感もいいよーだけど?それだけ?それだけでこんなに違うのか?
 マッシュドポテトに至っては,雪のような清廉さでほとんど生クリーム。
 さすがにスクランブルエッグは震撼せずに食えるか…と思ったら,これも!!透明な卵味。特に濃厚とか染み渡るって味覚じゃない,秘密の隠し味の痕跡もない,なのにムチャクチャにクリアな味覚!
 どの品にも,何も特徴はない。スゴく丁寧な味で,すっきりと喉に収まる。
 分からん。何だこの味?


▲西陣ほんやら洞 なんか奇妙な奥の庭

 日常茶飯事。
 柳馬場通三条上ル油屋町。わたつね。
 炊き合わせ定食900円をまた注文してしまった。
 と言っても材料は毎回変わるらしい。今回はぶり大根。
 この大皿を,ご飯,味噌汁の碗と,漬け物,魚の子とまいたけの炊き合わせの小皿が取り巻いてる。
 それだけのお膳です。漬け物を入れて辛うじて一汁三菜ってゆーこれ以上なく質素なお膳。ちょっとちゃんとした家庭のご飯,それだけの一食です。
 これが──かつてないほどの満足感。
 レベルははっきり料亭のレベル。だけど,料亭の内容とは明らかに,違う。
 前回も触れたように,このわだつねの凄さは出汁使い。ただ──気取りがない。あくまで木訥に旨い。この値段だ,恐らく高価な出汁じゃない。丁寧な技術だけで出した,安っぽい出汁なわけで…。
 それが,逆にこの店の味を輝かせてる。
 そのもう一つの証明は──ご飯です。やっとメシの味が分かるよになってみたら…ここのご飯は最高に旨い!やはり丁寧に炊いてある。それだけなんだと思う。
 実は,わだつねの味を知ってから,申し訳ないけど錦いけまさ亭のメシが霞んできた。いけまさだけじゃなく,高いメシが旨いメシって思いこみが崩れてきたわけ。
 ホントに旨い安定食屋のメシ。生活レベルで当たり前に旨いメシ。本当はそーゆー一食が一番旨いんじゃないだろか?
 何だか上手くまだ言えないけど,そんなスタンスの変化のトリガーを,この店は引いてしまった気がしてます。


▲わだつね 焚合せ定食(ぶり大根)

 家庭料理の底力。
 わだつねよりちょっとシャレてはいるけど,ここも堂々の町の大衆食堂です。
 寺町通りの「あいば」。
 日替り定食を頼むと,本日は生姜焼きだとのこと。漬け物,ご飯(雑穀),高野どうふ,出汁巻,味噌汁が付いたお膳でした。
 このしょうが焼──こりゃ商品名として違法なんじゃねーか?裁判やったら勝てるんちゃう?
 つまり,わしの味覚的には…しょうが焼の範疇にどー考えても入らんと思うんじゃけどのー!?
 生姜の辛みで味をまとめてるんじゃなくて,香りと甘味でまとめてる。なんで生姜からこんな甘味を作れるのか分からんけど,香菜としての生姜の芳香がうまく絡まる豚肉の調理をしてあんだろけど,何をどうしてるのか?
 それより何より改めて驚いた,出汁巻。卵の味覚がごく薄く,どこまでもクリアに広がる。そこまでは,ほんやら洞の卵に似てる。
 口内で味わい続けてると──
 ある時点でパッと弾ける。華やかな香り…。
 甘みとゆーか,得体の知れない何物かの味覚が弾け散る。しかもこれがフニャ~とニヤけてしまう魅惑の芳香!しかも麻薬的でなくあくまでナチュラルな──いやこれ,妄想でした,ハイお大事に!ってんなら説明は楽なんだけど…厄介なことに何回味わっても,ある時点でパッと来るんであります。
 こりゃもう全然分からない!見当もつかん!
 このあいば食堂,軒先やトイレに「あいば通信」ってミニコミ誌を置いてる。こちらの奥様の手書きの誌面らしい。
 読んでみると。普通の主婦なんよ!プロの料理人じゃない。つまり,恐らくここのメシは,ただの家庭料理。
 丁寧に,たゆまず着実に工夫するだけで,どーもこの味は出来てる。
 全然解説になってないけど…わしはそれだけの納得で,当面静かに感激したわけです。


▲あいば食堂 豚の黒酢炒め定食。別の時に食ったやつだけど,これも酢豚じゃない!黒酢炒めとしか言いよーのない,でも至極劇ウマなお膳。

 結局,以上の5つの膳は,皆目見当のつかん美味の羅列です。
 でも,これがわしが味覚した京都でした。
 この町の味の凄みは食材でも,さらに技術でもない。
 ソウルとかスタンスとか,もっと根幹のそーゆー部分の違い。それがこれら謎の味覚を織りなしうるキーみたいな…訳分かってないけどそんな風に感じてます。
 やっとここまで鍛えて頂いた舌ですけど,今はやっとここまでの理解です。
 京都の料理屋は,作り手と食客との緊張感が特徴的だと何かで読んだことがあるけど──
 また挑みに来ます。その時また,さらに次の謎の味覚を突きつけてもらいまひょ。
 ほなさいなら。