FASE104-2@deflag.utinaR412withCoV-2_BF5#暦果つ ワープの景に目を凝らせ\Re.与儀 古波蔵

~(m–)m 本編の行程(与儀・再掲) m(–m)~

▼▲登りになる手前,与儀八三会館側へ左折。この一段高い公園でしょう。ヨリノ御嶽。1249▼▲

1251合祀拝所

1253合祀拝所祭壇

世聖神と書かれた神体。脇にペットの下半分。その前に香炉。小石が数個。
看板には合祀拝所とあるけれど,なぜこの単一神体なのでしょう。
1255根屋ヌ御殿(水溜まりで中は覗けなかった)

右隣に根屋ヌ御殿。赤瓦,前面アルミ戸。
1300城間徳太郎師之像

会館正面に城間徳太郎師之像。「歌と三線に/心浮かされて/こがと迄あゆで/かにも嬉しや」白柱に「贈 顕彰碑記念 南風原町組踊保存会」とある。左手前に伐採ゴミ。
※2017年12月12日に組踊音楽歌三線の人間国宝の同氏(同時点現在84歳)を顕彰する銅像で,「那覇市与儀の住民でつくる「与儀八三会」と城間徳太郎門下会の共同で建立」されたという。〔後掲沖縄タイムス,野村流古典音楽参照〕
1300再び小雨。
1305根屋ヌカー

見逃してた。根屋ヌ御殿左手,公園出口側に古井戸。これがGM.上の根屋ヌカーだと思う。祠はないけれど左前方に奇妙な形の灯籠。井戸自体は古く見えるけれど,建材は新しいし漆喰も使ってある。明治位でしょうか。
GM.上の「ダキブチぬカミヤー」は見当たらない。右折南行。

[後日譚]見つからなかった「ダキブチぬカミヤー」②は,PC版GM.を見ると疑わしかったので覗き込んでみた家屋のはなれを指すらしい。その後方(東と北)にはさらに二か所(骨神ヌ御嶽③及び唐・今帰仁・先樋川ヌ通し拝所④)があり,おそらく合祀拝所①を含む四か所全体で与儀の聖地(イビ)を形成しているのではないかと考えます。ただし,わざわざ会館を置き,この日のようにおじいらの目を光らせた上で,後方の②~④も民家内に入りにくそうな場所に配しているところを見ると,知事公舎内にしまい込まれた宮城御嶽と同様,関係者が独占的に管理したい強固な意志を感じるので,その輪郭を上記図により掴むのみで,結果的にこれ以上近づかないことにすべきと個人的には考えています。〔詳細は後掲Kazu Bike Journeyが詳述されています。〕
 ただ,④で唐・今帰仁と並べて拝む「先樋川」とはどこでしょう?一般に「先樋川」は天久の「潮花司(スバナチカサ)」(泊大阿母の屋敷跡)を指すようですが〔後掲沖縄旅行記〕,「先」を古い,とかかつての,と読めば沖縄に樋川は多くあり,船増原にも樋川地名があるわけです。王朝時代の中国や前期倭寇の体現国・北山と併記されるような強大な姿の「先樋川」として何があり得るのかは,想像を絶するところがあります。

1312秀園マンションの独特の景観。この格子状ってインドとか熱帯で涼しくなる構造だったと記憶する。

1312秀園マンション。
ソテツの十字で右折。すぐ東ヌカー。
1318東ヌカー

まねき猫のある拝所あり。香炉まであるけれど供え物はない。井戸も閉じられて相当経つらしく上部の鉄筋が露出する。
1319招き猫のいる拝所

1320朽ちた井戸上蓋と拝所右手の三つ石

雨が再び激しい。まっすぐ西へ。
1326与儀ぬ村井戸(ユージヌムラガー),入り口左手から

1326与儀ぬ村井戸(ユージヌムラガー),入り口正面から

1324与儀ぬ村井戸(ユージヌムラガー)は金柵に囲まれてる。北面,正面に方形の間。西側に祠らしき石。
1327与儀ぬ村井戸から北方向の道風景

1330ユージヌウブガー

北へ10m行くとユージヌウブガー。ブロック塀が三方を囲む駐車場の片隅,ということはアパート施工者がわざわざ残してる。
壊れてるけど左手に小社。それと井戸の間に祠らしき岩もある。さらに右手には壊れてない小社。古く摩耗した香炉,神体はない。
1332ユージヌウブガーと左右の小社群

1333ユージヌウブガーの向かって右側小社の香炉

東ヌカーの西方向に20m,緑色の敏アパート方向へ右折南行。1336
1337敏アパートを見上げる坂道

そのアパート手前,道の右手にふいに現れました。東ヌ御嶽。1339
1340東ヌ御嶽を坂道側から

1342東ヌ御嶽正面から

1343東ヌ御嶽の香炉

小社にかなり古い香炉。神体なし。
東ヌカーまで戻りそのまま東行。丘を超えた十字かT字か分からない場所※から左折北行して細道へ。1348
※後日譚:この十字の北西角が三八にあった城間徳太郎さんの研究所らしい。よってこの細道を「徳太郎道」と勝手に呼ぶ。
1349徳太郎道を行く。

徳太郎道の「砦」

砦のような古い石垣の家。途中完全に野道になり尽きていました。
徳太郎道突き当りから東の光景。なぜかペットボトルが山のように……

通じているはずの道なのですが……おそらく開発がほぼ完成したこの地域に残る最後の古道だと思います。

1410にーちぇ メキシコ
いやはや久しぶりです。電話すると「本日が最終の営業日です」とのこと。軽食メニューは全廃になったらしい。そういえば店員も半減してる。
1420久々の……「にーちぇ」のメキシコ!!シャープな味わいとこの席のランプの雰囲気は変わりませんでした。

~(m–)m 本編の行程 m(–m)~

さてここから,最寄りのバス停を目指そうとしただけだったのです。GM.が示したルートが上記でした。所要5分。47分発のバスがあるはずで,にーちぇを出たのが35分頃。時間がなかったので写真のみでメモさえ取ってません。
ところがこれが,なぜか古波蔵の原初的風景を見せてくれました。何せ一丁目1番地です。

1439三又。GM.はこれを左へ入れという!

1440おお~??いいのか?この道なのか???

1441T字路だと思いました。GM.は正面を突き抜けろという。よく見ると青い車の後ろに道が続いてて……

1441ほら道が続いてた!!けどこれも本当に出れるのか??

1444出れた……。なおかつ横断歩道がまっすぐバス停まで続いてましたので,時間通りに間に合ったのです。ちなみにこの正面あたりが一丁目1番地ブロック。

古波蔵一丁目1??ここがそうなのか?バス停・農協会館前。
見逃していましたが,あとで沖縄X(航空写真)を見ると,やはり周囲とは全く違う迷宮状でした。形状からは,楚辺の戦後のものらしき細路地ではなく,旧態の壺屋に近いものと感じましたが――――なぜここにそれが残っているのか,という部分は全く読み解けません。

1453開南
降りた途端に気が変わり,朝見かけた
1500じょうとう食堂
てびち汁550
びっくりする旨さ!
じょうとう食堂のてびち汁

次に入ってきたおじいとおばあのご夫婦が,何やら騒いでる。定員さんが「お金入れないと券は買えないさあ」と説明してるから,券売機をうまく活用できてなかったらしい。ゆくし!!(嘘だろ?)
な……何でこんなにちょうどよく旨いのだ??

1540大平通りの裏通り

1541大平通りの裏通り……からアーケードへの出口が見えてきた。

大平通りの裏道を歩いた流れで前回の古本屋に入ると──「国頭村史」?棚のあちこちに計三冊あった。ぱらりとめくった限りでも相当面白い。最安値の12千円を購入してしまう。重いぞ!

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参考資料
Kazu Bike Journey/Okinawa 沖縄 #2 Day 181 (13/05/22) 旧真和志村 (14) Yogi Hamlet 与儀集落
URL:https://kazusaeki.amebaownd.com/posts/35219658/
沖縄タイムス+プラス/人間国宝たたえ銅像/城間徳太郎さん 門下生ら祝福 | 沖縄タイムス紙面掲載記事
URL:https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/183681
沖縄旅行記/泊大阿母の拝所と潮花司の祠を探す歴史散策【那覇市泊・天久】
URL:https://okinawa-plan.info/2017/11/1771.html
野村流古典音楽/『城間徳太郎』門下会
URL:http://www.ii-okinawa.ne.jp/people/shiroma-monkakai/contents04/frameset.html
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