外伝10 弗 弗the final day弗 Babylon by plain

▲雨のニューヨーク。53W st.,Han Bat前にて

 いつもと同じに6時半。
 本日はバックパックを担いで宿を出る。
 いい宿だったな。
 昨日と同じ運ちゃん,脂ギッシュなアラブ系親父。毎朝お疲れ様!
 この4日間と同じに,P4で下車。
 Newark Int’l AP駅で買う切符は,今日は片道。
 出国の日が来た。

 案内モニター見ると,0645発のNew York行がある?しかもSecousに止まらない最速便?そんなんあったっけ?ギリギリ間に合いそうなんで走ってると,アナウンスがかかる。
 どうやら表示がミステイクだったらしい。
 そんなんありか?ニューヨークの列車系,地下鉄も含めて,日本だったら始末書並の事故が頻繁に起こるらしい。――アメリカの列車全般がかどうか分からんけど,まあそんなもんだと思った方がいーようだ。
 さっきの列車,モニターからも,Delate表示じゃなくいきなり完全に消えた。…と思ってたら,さらに?0657位に突然それっぽい列車が来る。聞く限り確かにNY PENN行きらしい。あらら,やっぱりそんなんあるのか?Secouseは飛ばすみたいだし,アナウンスもNY PENNだって言ってるし?
 ま…まあいいや,着けば!
 ただ,今日はJFKまでLIRRって路線の列車に初めて乗る。ちょっと不安…。

 車窓は小雨模様。NJの沃野がより潤って見える。大都市ニューヨーク,列車で30分圏内にこんな土地を残してるとは。東京なら千葉,大阪なら高槻辺りってとこか?
 さらに,そこが良質な農業地域としてまだまだ元気に生きてるってとこがこの都市圏の健全さかもしれない。
 成り行きだったけど,NJの4泊,有意義だったんじゃない?マンハッタンに閉じこもってるより,外巻きに都市圏を感じられたかも。
 車内の乗客は多様だ。まだどの人種にも階層にも独占されてない通勤圏。
 右隣,インド系のビシッとスーツのビジネスマン。
 左隣,南米メスティーソ系の黄色いジャケットのおばちゃん。
 前席には,わしと同じくらいの荷物を抱えた白人ジーンズの一群。
 後方からは,アフリカ系の兄チャンが連れの女性に元気にがなり立ててる。
 もしかすると,モザイクじゃないこのチャンプルな空気,これからのニューヨークの光景になるのかもしれない。

 0725マンハッタン着,の勢いだったけど…何かトンネル内で止まってるぜよ!
 暗闇内でもう10分。ダイヤが乱れたからホームが空かない…とかそんなん臭いけど?
 NYの列車系,面白い!何かやってくれるがや。
 結局15分以上してからホームに着きました。
 Claim Check(Baggeg check inとも表示があるから飛行機や列車のチェックだろう)ってとこに荷物を預けて…とりあえず小便!
 いつになく長蛇の列。前の方へ行ってから分かったのは…小便機が2つしかないのに,うち1つの前で踊り狂ってるオッサン有。しかもやたらリズミカルでテクニカルで…何でもするから退いてくれ!!ってか,何でここで踊る!?
 ダンシング親父便所を出て落ち着いたとこで,先に空港行きLIRRのチケットを購入。LIRRはLong Island Rail Roadの略称でした。
 自販機で買ったけど,単に行き先で選ぶだけじゃなくオンピークか往復かとかボタンがやたら多くて迷いに迷う。客が少ない朝だから迷惑はなかったけど。One wayで$8.25。10時以降がオフピークらしい。
 時刻表を見る限り,この路線の多くの列車はジャマイカには止まるみたい。後は乗ってから何とかしよう。

 雨がヒドくなってきたし,53W st.のコリアンストリートへ。
 朝から開いてる店,24時間営業の店が多い。通行の多さもあるが,さすがコリアン,商魂逞しい!
 その1つ,Han Batへ入る。
 間口は狭いが,入ってみたら店舗が奥にムチャクチャ長い。やや薄暗いとこも調度も韓国ってより日本の居酒屋そのものな空間。朝だからか客はぽつぽつ。
 メニューは20以上あったけど,ソコギを頼むとキレてた。実質の選択肢はそんなに多くないっぽいか?
 で,一番安いソルロンタンにした。
 $7.50位。日本の定食屋並。ただし,正面切ってチップを$1要求された。

▲Han Batのソルロンタン

 ニューヨークでのコリアンはこれ一食だけ。正直あんま期待してなかったし,隣の国で食えるもんを太平洋の向こうで食わんでもねえ。
 事実,飲茶は本国と同格ではあれ,内容に大差なかったんだが…アジアの味に軽くホームシックってのも正直なとこ。
 けれども!そんなありきたりな予想を53W st.は見事に裏切ってくれました。
 美味い!タンは丁寧に脂抜きした赤身肉,汁も薄く滑らかな透明感。調理は少しもアメリカンじゃない。かなり上質なコリアンテイスト。でも何か変だ…。
 …とか思ってて,気づいたのはペチュキムチ。見かけ全く普通なのに,馬鹿美味い!美味いんだが…この違和感は何だろう?
 しばらくして想起されたのは土佐山田。景福宮の野菜ピチピチのチゲ定食。
 これは…辛味はやっぱコリアンなんだが,白菜そのものがムチャクチャ薫り立ってる。米はカリフォルニア米だったし,おそらく白菜もアメリカのもんだ。つまり,「韓魂米才」みたいな料理になってて,韓国の唐辛子使いの妙とアメリカのあの野菜の野生味とをいいとこ取りしたら…こんな凄い味が出来ましたってことか!
 ソルロンタンも同じ構図らしい。脂味を殺すことで赤身の肉肉しさだけを汁にする発想は同じだけど,その赤身の味に勢いがある。アメリカでは結局ステーキ食わなかったから自信はないんだが,沖縄のAサインのステーキ屋の味に似たレバーみたいな強さがある。おそらく外れてないと思う。
 これは,コリアンの食文化の若いパワーの成せる業だ。
 土佐山田でも,メジャーなとこでは鶴橋とかでも同じだ。
 同じ東アジアの日本食も中華も,こんなに食材だけ新天地のものを使った「適応」はしてない。生物と同じで,適応するには「特殊化」し過ぎてるから。コリアンは,自覚的にも外から見てもかなり特殊に見えるが,転じるべきはすらりと転じていく柔軟さを持つ。それは,簡単に言えば若さだと思う。
 ニューヨークで,中国人は爆発的にミニ中国を拡大させてるけど,同じ位爆発的なコリアンはニューコリアを創造してる。
 ニューヨークの側から見ても,それらは単なる侵略ではない。少なしニューヨーカーはそう感じられる逞しさを持ってると思う。これらの多彩なエネルギーの奔流が,まだまだこれからもこの町を再創造し続けてくんだから。

▲カッツのパストラミサンド

 雨宿りしたつもりが,店出ると雨,もっとヒドくなっとるがな。
 ただし,それでも半分くらいの人は傘を差さない。やっぱり雨粒過敏症は日本人特有の病みたい。
 34st.からFでLower Eastside 2av.へ。駅から近いし,悔いの残るカッツのパスタラミを食っとこやないか。
 9時に着く。8時の開店後すぐのこの時間だと,初日の夕方とは比較にならないほど広い店内も閑散としてます。便所を使うのがリスキーに感じたほど。
 カウンターで即注文したけど,やはり味見させてくれた。待ち時間の突き出しみたいな性格もあるらしい。
 ウーン!パストラミサンドは噂に違わずイイ!アメリカンハンバーガーのワイルドな肉味の強さだけじゃなく,絶妙な燻製でその肉味をコントロールしてる。パンは軽く臭みを留めてて,これも恐らくユダヤ風。
 農業王国の素材と伝統的民族の技術の合わせ技一本。ここもまたこの図式なわけだ。ここも,と言うより…ベーグルやピクルスの経験から考えれば,新大陸の食材のパワフルさを得て最も花開いてる伝統食文化はユダヤなんじゃない?
 そのピクルス。サンド1つに付け合わせがたっぷり6本,浅漬けと古漬けの2種のコールスロー。こいつはやっぱバカ美味。酸味と胡瓜の元の味のバランスが素晴らしい。6本の胡瓜が軽くイケてしまう。
 日本の輸入品屋にある瓶詰めピクルスを買いまくる危険性を感じてます。

 FでBroadway-Lafiyette st.乗り換え,6で28st.。
 インド料理屋のジャイヤのスペシャルプレート…を目指したけど,Bway-Lafiyette st.の駅で道に迷う。アップタウン方向だけ別の駅になってるパターンで,その両駅が交差点の対角のやや遠い場所だったみたいで――ダメ!タイムアップ!汁モノから入って十分腹は満タンだし…。
 ニューヨークのインド料理,どんなんだったんだろ?同じ図式なら食って見たかったが…。
 FでW4st.へ。Eに乗り換え,PENNに戻る。

 11時06分発LIRRの便に乗車。
 インフォメがあったんで路線図を覗いてみると,ジャマイカを通らないる列車はPort Washington Branch行のみで,これはFlushingを通ってロングアイランドの西の海に出る。つまりこれに乗らなきゃジャマイカに着けるはず。
 ホームに入る時に停車駅の電光掲示を確認。え,次の駅?そんな直行で行けるの?
 列車動き出す。一応他の客に確認もしたし,検札してももらえたし…きっといーはずよ?
 車内の客層,やたらビッチリとスーツを着込んだ紳士が多い…とゆーかほとんどだ。ダウンタウン路線かと思ってたけど,どーもその向こうの閑静なエリアとマンハッタンを結ぶビジネス路線みたいな色彩らしい。NJトランジットとは全く違う。このエリアも未知数のまま残しちゃったって悔いを感じるが…それはともかく,くだけた格好で汚い荷物持ってんのは…わしだけ?何か浮いてね!?
 11時12分,地上に出る。Amtrakのラインと左右に分かれた。
 イーストリバーを渡ってロングアイランド側へ。車窓から見る街並みは住宅街が続く景観だけど,荒れた気配はない。サウスブルックリンとは一線を画してる。
 11時30分,ジャマイカ着。駅手前には11時25分頃には着いてたが,ホーム空きを待ってただけ。ムチャクチャ早い。
 こりゃ,ジャマイカに宿を取るのもいいな。
 マンハッタン観光には通勤がお勧め。宿がとれない時の次善策じゃなくて,最善策と思えてきた。あるいは,どっちの視点でこの町を見たいかの選択。マンハッタンに居を構え得るエリートの視点か,昼間だけマンハッタンの住民となる大多数の中堅層のか?
 降りる時に車体表示を見て,初めて列車の行き先を知る。
 Babylon――そう書いてあった。
 戦慄。そうか,今から帰る国はバビロンか。
 ――そうかもね。
 その道行きを,レゲエの国,ジャマイカなる駅名の地から踏み出す…吉兆だ。

 ジャマイカのエアトレイン駅のモニターには,空路便別のターミナル番号が表示されてる。今回出国に使うKE(大韓航空)は1番,ジャマイカ側から一番先に止まるターミナル。なんせ8番まであるわけだから間違うと面倒。
 11時40分,エアトレイン乗車。
 そう言えば,この複数のターミナルがサークルで結ばれてる形式,JFKが一番特化してるかも?よく出来てる。北京みたいな国威発揚目的じゃなく,機能性と経済性を求めるならコレが断然いい。
 12時ジャスト,大韓のチェックインカウンターに並ぶ。韓国人,いつもながら凄い行列,引っ越しでもするような量の荷物。
 日本航空の日本語アナウンスがさっきからえらく頻繁にかかる。成田行きらしいけど…日本人って手間かかるみたい。
 そうか…当たり前だけど,これがアメリカ発の初めての国際線搭乗。後ろでやってるセキュリティチェックも,えらい厳しそうな気配。
 怖ッ!こりゃ早いとこ並ぼ。
 最初は1列だったのが,途中で4列に分岐させられる。その各列の先頭から1人ずつ呼ばれてく。仲間内で悪巧み出来ない工夫?設備から見て,この列数にも変化を付けてるっぽい。
 ようやく順番が来て係員の前へ。よくいる威圧感だけのタフガイじゃなく,クレバーなタイプの係員揃い。
 まずペンライトみたいなセンサーでパスポートの身分証明ページを読み取る。これ以降,出国審査的なものはなかったから,これでイミグレに代えてるみたい。儀礼的な無駄は徹底的に省いてる。
 セキュリティチェック。ドメスティック以上の厳しさはない。靴を脱ぐ,ベルト外すって程度。これはもう慣れてる。ライターだとかハサミだとかの役人的な無益なチェックはない。
 実質,セキュリティだけで出国審査,税関,検疫がないなら,こっちの方が楽な位。彼らとしては,どの航空会社でどこへ出ようと構わんから,ハイジャックしてビルに突っ込まないでくれたらそれでいい。センサーでスキャンした全出国者の写真付きデータはゲットしてるし。入国時のチェックと全く別次元のこの分かりやすいスタンスだ。
 出国審査が実質なかった国なんて初めてです。ああいう役人の面子とか空威張りの欲求とかを削ぎ落としてる。そんな「内部サービス」してる余裕ないんです…ってのが本音だろう。
 国家的に本気だ。この国はマジでテロと対決しようとしてる。最後までこの生真面目さと執念には,驚き以上にある種の感動を覚える。
 アメリカ出国。

▲おまけ:ニューヨークの緑色ポスト
 赤い風格あるポストを見慣れた日本人の目からは,どーもゴミ箱か何かに見えて仕方ない…。
 ちなみに日本の赤いポストは明治20年頃からずっと。当時のイギリスに習って,遠くからでも目立つ色にしたらしい。

 つくづく思う。
 この根っから特別な国を21か国目でやっと訪れたのは,旅行者としては迂闊だったんだけど,結果的に大正解だった。
 最初の外国がここだったら,そこにあるはずのものがない,というアメリカ最大の特徴に気づかなかったろうし,逆にそれを標準として認識しちゃったら,普通の国にある重たくて重要なものを見逃す視座にも陥りかねかったろう。
 これまでの20か国とも違う。アメリカの政治的属国と蔑称する向きもある日本と比べてすら,別次元の国。その違和感,これは圧倒的なものがありました。
 知れば知るほど,信じられないほどに,普通の国にあるものが,平然かつ断固として,無い。
 何が無かったのか?
 個人のアクションの足跡,みたいなものだと感じた。跡が社会的に残らない。コンクリートの上を歩くように。社会の場が持つ業の薄さによるものだろう。歴史の浅さのせいではない。この国は台湾並みの歴史を既に持ってる。恐らく,その位にこの国の思考は明晰であり続けたからなんだと思う。
 あの異空間イメージに対決し得た,21か国目の旅行運にひとまず感謝しながら,西への機上の瞼を閉じる。