師匠はまず,回り続ける水車に顎をしゃくった。
「よいか。釘は上から下へと落ちてくる。それを順次,斬り下ろされる刀槍の刃と見立てよ。その動きを見よ。構えた棒の高さに来る直前,間合いを読んで突きを繰り出す。
動く敵の一瞬の打点を捉え,その勘所を養う。
いわば,見切りの稽古じゃな。」
「…はい」
「二つ目じゃ。乱戦の時,敵は周りにいくらでもいる。いつも
思い通りの体勢で棒を繰り出せるとは限らん。
むしろ周囲から絶えず攻撃され,それを避けながら,棒を使わざるを得ぬ場合が多い。つまり姿勢を崩しながらも,いかに的確に相手を突けるか,これはその稽古じゃ」
淡々と師匠は続ける。
「そして三つ目。ぬしは常に全力をもって棒を突くことしか考えておらぬ。じゃがの,その力みがかえって体勢を崩し,棒先の打点を乱しておる。体のあちらこちらから,
無駄な力が別々の方向に流れ出しておる。
挙句,小舟が大揺れに揺れ,体勢を保つのに精一杯で,棒を繰り出すどころではなくなっている。さらには攻撃の兆しも大きくなる。ぬしが次にどう出てくるかは,手練なら,すぐにそれと察知できる」
「ははぁ…」
「ほどよい加減に,腕や肩,腰の力を抜く。百ある力を八十から六十くらいにまで抑え,敢えて残りの力は溜めておく。ただし,棒を繰り出す速さは常に百じゃ。
速さと力は違う。
ここを心得よ。その力でも棒先に自らの重みを載せ,的確に突けば,敵は倒れる。さらには次の攻撃に,余力を持って臨める。長引く戦闘にも疲れが溜りにくくなる」
とても分かりやすい。その指摘は具体的で,しかも実戦を想定している。
「よいか。その日の川の水嵩や,風向き,水車の回る速さに合わせ,今日は八十,今日は六十五,明後日は七十五と,加減して力を使う。
常に力いっぱい打ち込むより,よほど難しい。
ぬしが今までやってこなかったことでもある」
そこまでを一気に言い切り,急に顔をしかめた。
「わしも迂闊じゃ。つい舌が滑って,答えを半ば言うてしもうたわい」
(垣根涼介「室町無頼」新潮文庫,平31)
