外伝04━〓〓━水無月之講━〓〓━
(下の句)
下長者町通アラシャラモンのジャルダン

 上の句でパンにハマりあげた挙げ句のおフランス料理なんである。
 無謀だ――ってのはちょいとかじった現段階でも嫌ってほど実感できました!!!
 心底震撼した美齢の京風中華から考えて,じゃあフランス料理は?って軽い流れで手をつけたんだけど…味覚の文明開化から1年足らずのビギナーグルメがこの領域ってのは,確実に350%ほど力不足。中華は,そーは言っても留学中の食経験があるけど,フランス料理は8000m級のジャイアンツだぜ?
 素人の雑感として,恐れることなく書いちゃいましょ!書いちゃいますけど,先に言っとくぞ!!!
 ゴメンナサイ…。

 下長者町通,西鷹司町。まず足を運んでみたのはアラシャラモン alachalamont。
 開放感ある店。テレビで見る威圧感に充満したおフランスじゃない。高めの天井。木を基調にした厨房を半周取り囲むように配置された客席。奥側の上部に一列の小窓があって,風と陽光がそよそよと舞い込み,店内を通り抜けてく。
 さて。注文だけど…
 えっと?
 ジャルダン?1680円?ピエールシャルダンとは違って?
 メニューの記載。「ジャルダンはプリフィックスとなっておりますので店内の黒板のメニューから1つを選択してください」
 え?プリフィックス?何ですか?フェニックスの兄弟?
 …全くねえ。猿みたいなもんでした。


▲博多(大橋)ボンジュール食堂のトリップのトマト煮込み。京都以前,わしが唯一知ってたフランス料理の店…

 3千円位のコースもあった。あったけど(てか,フランス料理っつうとそれが普通だろけど),我が信念は1食二千円以上は味で食わす料理にあらず!
 幸い,最近はこーゆーリーズナブルなカジュアル・フレンチがちらほらあるからわしら貧乏グルメもお世話していただけるわけです。
 前菜とメインは黒板に書いてある数種類から選べて,一部は料金が210円から2千円位までオン。今回はお手並み拝見ってことでオンのないメニューをチョイス。
 前菜――岩手県産帆立貝柱のマリネ サラダ仕立て。
 名前が長いぞ!いつも思うが(2店目だけど)メニューの長さでビビらせるのは良くない!良くないぞピエール君!
 …ってビビッとるんかい!!!
 …とにかく食おうや。箸を取って――って?箸なの?
 アラシャラモンの「優しさ」はフォークとナイフに加えて,ちゃんと(?)箸を出してくれるとこ。
 別にわしがいかにも素人だったから特に出されたわけじゃない。…と思うけど…自信ない…。
 本音,わし,どーも右手のナイフを操りながら左手のフォークで食うのが苦手なのです…。インド人を見ろ!右手で食え右手で!
 …なんて我が心の叫びは無視しといて,料理いきましょー。

 さて前菜――岩手県産帆立貝柱のマリネ サラダ仕立てです。
 へえ…知らない味。
 正真正銘サラダ。カルパッチョ的ではあるけど見かけはただのサラダです。サラダなんだけど,経験のないハーブの香る面白い味わい。
 よく見ると,何か小さな黒い粒が入ってる。これと香油のハーモニーが味覚の不思議さを演出してるらしい。
 メイン――瀬戸内海産アナゴのピカタ。
 メインのチョイスにはほかに,トリップのクスクス,牛の赤肉煮込みとかがありました。
 前菜に続いて日本の地名入りのメニュー。素材を生かす京都の知恵とフレンチの結晶みたいなのを見たかったのね。だけど…普通こんなんフレンチにあるんだろか!?しかもモノがアナゴだぞ?広島名物だぞ?


▲ア・ラ・シャラキン アナゴ

 お?おおお~!
 アナゴとは思えない!瀬戸内のアナゴ飯に馴染んだわしらからすりゃ,想像を絶するアナゴ料理じゃあ。
 瀬戸内では「わしゃあ広島モンじゃけえ,まあ喰うてみんさいや」的な野趣をギンギンに溢れさせとるアナゴが,薄いソースとほのかなトマト味,それにマッシュドポテトの上にシャラッと座っていはる。「へえ京都やけどどないしはったんどすう?」的に上品な色付けで横たわってる。
 この裏切者め!
 しかし――寝返り者と決めつけられたアナゴ君のこのアッサリ感!透明な皿の上,白身魚の感覚で調理された反逆者は,いかにもおフランス料理めいた細やかな味わいの影から,しかしほの暗いねじくれた怨念のごとく過日の野趣味の刃をときおりギラリとちらつかせる。
 これにフランスパン一切れが付いた後,デザート――自家製黒糖のプリンとマンゴーのシャーベット,さらにフルーツ3種類(チェリー,白桃,パイン)の皿が出て来て,エスプレッソに終わる。
 いや~大層なものでした。
 フランス料理としては初心者だから知らんよ。知らんけど,料理一般としては技術も当然ながら素材も100%生かしきってる。それら素材のバランス感も宝石の如く,何より遊び心が炸裂する刺激的な皿ばかり!
 京風フレンチって…こんなもんなの?それとも,そもそもフレンチってのがこうなのか?
 わし的にかなり高い水準として,池政や美齢のランチと比較してみよう。この水準だと,味の絶妙さではアラシャラモンが劣ると思う。京のおばんざいの細やかな気遣いや中華スパイスの複合味の前では,フレンチですら今一歩ってとこ。つまり狭義の味覚では遅れを取るけど――
 コース全体の秩序感覚!それと相反するようでかなり突っ走ってるチャレンジ!この両者がとにかく凄い!
 その点では――悪いけど,京都の老舗ぶった顔の和食屋をはるかに凌駕する。
 構想のイキが違う。
 秩序の中で,いささかも硬化してない。
 だって…西日本であえてアナゴで勝負してんだぞ?


▲ポンモルソー 前菜:リーツのポタージュ

 もう一軒回ってみたら…今度は期待通りの「おフランス料理」に出会えました。
 ボンモルソー。四条から寺町通りへ入った辺りにあると聞いてはいたんだけど,どーもこれまで見つかんなくて。で,見つけてみたら喜一のほん近く。喜一以上に控えめな佇まいのお店。
 外観はね。
 戸口を開けていきなり気圧された。密閉空間。明かりの入る小窓が一つのみの秘密のスポットっぽい店内。
 でもって給仕するお姉様も思い切りツーン!とオスマシさんで高飛車角取り的にガンガンのプレッシャーかけて来るんで(…な気がしたんで)正直あんまくつろげるお席じゃなかったッス…。
 まッ気を取り直して料理だべ!
 前菜とメインはやっぱり選択制。
 前菜。リーツの冷製ポタージュ。――普通のポタージュじゃん。でも…リーツって何ですか?なんて口が避けても聞けないオスマシお姉様。ウェブでこそこそ検索すると…
 ヘルマン・リーツ(Hermann Lietz,1868年4月28日-1919年6月12日)はドイツの改革教育学者。田園教育塾運動の創始者…違う!
 リーツ著, 白井徳満訳, 誠信書房, 1996.8.「だからぼくは学校へ行く!」…もっと違うし,学校行ってねえし。結局不明だけど…きっと赤カブみたいなもんだよねお姉様…
 メイン。海の幸と野菜のココット蒸し――小さな鍋がドンと出るから「ひいい~ゴメンナサイ!謝りますから顔だけは」的にビビリ最高潮で目を閉じたけど,頭に痛感がないので,とにかく食う。…おでんじゃん。でも…ココットって何?なんて口が避けても(以下同文)
 ココットはお電話・FAX1本で真心のこもった美味しい仕出し弁当を宅配しています♪…違うって。
 モンスターハンターポータブル2ndGについてなんですが,ココット村英雄伝とジャンボ村武勇伝っていうアイテムは何に使えるんですか?…違うけどお姉様とのコミュニケーションに使えるなら欲しい!
 ココットとは小さな耐熱性の陶器製焼き型のことで,スフレ皿やスフレ型とも呼ばれます。ココットは卵料理やスフレ,プリンなどを作る時に使われます。――ふう。了解了解…って結局土鍋ってことかい!土鍋なら土鍋って言えよう!!…あ,いや今のは独り言なので許して下さいお姉様。
 デザート(生姜のブランマージュ)またはチーズ(ブルーチーズ)――ゴメンナサイ,ブルーチーズ食えないんでデザートください。でもブランマージュって何?なんて(以下同文)
 これも検索して出て来ない。ただ…関連ページの情報からして,どーもブランがチーズでマージュがケーキ臭い。だからチーズケーキって言えばいいじゃんチーズ…あっ何でもありませんから水下さいお姉様。
 ドリンク。コーヒーか紅茶,エスプレッソ――エ,エ,エスプレッソをお持ちしましょうかお姉様…


▲ポンモルソー 主菜:海の幸と野菜の煮込み

 戦慄のボンモルソーを出る。
 まあ,味はそこそこだったから許してやろうか姉ちゃんよお!って何だその態度の激変振り…
 もっと京風フレンチを深堀りしたいけど,他の何店かは満席状態で入れなかったし,覗いた雰囲気がボンモルソー的な威圧感があったし(絶対後者だけど)入れてまへん。
 どーも…京都のフレンチの敷居は一般に高そうです。引き続き覗いてはみたいけどね。
 敷居の低いアットホームなフレンチなら,むしろ地方の方が多そう。
 高知のフレンチも気に入ってるけど,神戸のレストラン・アオイは凄かった。
 Aコースランチ1575円で――
サラダ
スープ
グリルチキン神出産無農薬野菜添チーズソース
デザート
コーヒー
 こちらは本場並みなのか濃口だったけど,しかめっ面の亭主が客席から丸見えの厨房で動き回って作る料理は素晴らしい食いごたえ。神出産だって謳いの野菜がホントにウマかった。
 デザートがきな粉のブランマージュ。「きな粉オ?」と聞き返すと給仕の奥様「はい,きな粉です。意外と合うんですよ」と自信たっぷり。いや,ホントに意外なマッチングでした。
 勘定してたら忙しい亭主がわざわざ出てきてご挨拶下さる。見上げた気遣いだなあ。
 ちなみにBセットはメインが魚ポワレとグリルチキンに,デザートが2種になって2310円。この店なら全然勿体なくない。
 Cセットは3045円で要予約。これも機会があれば試したい。
 広島の中の棚にもRenとゆー千円ポッキリでメインを2種出すフレンチを見つけた。技術的には今少しだけど雰囲気と遊び心は素晴らしくて,昼飯に再々顔を出すよになった。

 とまあ未だ駆け出しのフレンチ好きに過ぎんわしですが,僅かな味覚体験とチョットだけ勉強してみたのを基にファースト・インプレッションとしてまとめてみます。
 フランス料理にはいくつか独特の概念用語があるみたいだけど,まずこれ。――ルセット。
 いわゆるレシピ。調理のプロセス,ソースの作り方など。オーギュスト・エスコフィエがルセット集を作り上げ,それをきちんと公開して,音楽でいうと楽譜にしたんですと。
 どーも,いわゆるレシピより厳格に,数学で言う定理みたいな位置づけのもんらしい。中華でも当然あるし,厳格さなら和食はもっとキツいだろけど,違うのはそれがハナから公表されてきた歴史的体質ね。
 その定式化の一方で,テロワールを大事にするって考え方がある。
 テロワールってのは,その土地の持つ空気感なんだって。
 これを理解するには,フランス食文化の歴史を追っとく必要があるらしい。「食の安全」や「スローフード」にも通ずる考え方です。
 フランス食文化は,早くから食材の原産地や製造法の表示を導入。ほぼ世界最初らしい。品質の明確な表示が,生産者により良いものを作ろうという熱意を植え付け,その良質の生産物を店側も生かして使うってスパイラルが生まれてきた…んだそうな。
 そうだとすると…中華には無くて,一般的な和食にもないスタンスです。ただ古い時代,少なし伊勢神宮とか京都に根付いてた考え方には似てる。
 まとめて言えば,フレンチの特徴は
1)レシピの公開度
2)創造・独創性の重視
3)地場産品の採用思考
の3点にあって,この3つに関する限り
    仏 和 中
1)公開 〇 × ×
2)創造 〇 △ △
3)地場 〇 △ ×
と和食や中華にもない優位に立ってて,狭義の味覚でやや劣位にある分を総合点で挽回できるってことなんだと思う。
 殊に,ルセットの公開は意義深い。ガストロノミー(美食学)って言葉があるけど,それだけ真面目な論議の対象なのね。情報科学では今や常識だけど――同質の情報は,暗黙知から万人が理解できるデジタル知になるだけで利用価値が飛躍的に増す。中華や和食に体系的なデジタル知と言えるものがあるでしょーか?
 要は,フランス料理は若い。深みは不足してるけど,フレームがちゃんと出来てるから今後さらに展開してる最中。
 これに加えて地場産の利用思想です。アラシャラモンのアナゴしかり,アイバの神出産野菜しかり。てことはね――例えば日本のどんな田舎に行こうと(購買者数の問題はあるけど)スゴいフレンチに出会える可能性があるわけで,グルメ旅行熱は益々燃え盛るわけです!!

「中華料理の一皿は多くの食材と調味料からなるが,それらは一つの味になっている。フランス料理の一皿は,それぞれ独立した多元的な要素が統合されたもの」
[フランス料理を料理する,湯浅赳男]

(主に「旬遊『広島のフランス料理店』」を参考にしました)

 京都の食体験記でパンやフレンチどっぷり書いてるのって…何だかスゴく不思議です。
 わし自身,まさかこの町がこんなに洋食にハマりこましてくれるとは予期してませんでした。今も池政には心酔しきってるけど,あーゆー和食の深いとこへ連れてってくれるもんとばかり思ってたのね。
 事実,京都を書き始めた最初の3か月ほどは,豆腐だ蒟蒻だと日常的にも和食一辺倒だったんだけど。
 まさか,洋食の再評価にたどり着くなんて…ねえ?