外伝09♪~θ(^1^ )HK-File02:広東麺

 ゴホンとくれば龍角散だと人は言うが,広東麺とくればやはり黄枝記である。
 現地人的にも観光客的にも,えらいこと評判らしく,スゴい混雑した店の中で相席して頂いたマカオ第一食目のゴハンでした。
鮮蝦水餃麺 23パタカ
 おお!神戸の広東麺の味だがや!
 麺は例のぼそぼそ卵麺。一般の中華麺や日本のうどんみたいな食いごたえはなく,あくまで上品にコリコリとした歯ごたえ,ホロホロとした口溶け,アッサリ染み出る卵の甘味…。
 でも――圧巻はこの汁!
 奥行きがモノ凄い!アッサリ入ってきて,後でどんどんこだまして響きを増す感じ。このこだまは何なんだ?魚のよーな豚骨のよーな…得体の知れない響き方です。
 広東の湯って,ただ単に薄口なだけじゃない。唐辛子とか調味料のじゃなく,出汁の奥懐の広がり。他にない広東中華の「濃さ」を痛感しましたた第一食目。

▲マカオ [ネ羊]記麺家の招牌蝦子[テヘン+労]麺

 マカオ。新馬路の裏通り,[ネ羊]記麺家でも麺を食う。
招牌蝦子[テヘン+労]麺 20パタカ
 [テヘン+労]麺(バンミエン)は汁なし麺。焼そばと違い,ソースと和えてあるだけの麺らしい。そーいう意味なら日本のカップ焼そばの食感に近い。
 台湾では流行の客家料理の一つに数えられてたけど,香港では冠なしにごく一般的に食われてるみたい。黄枝記でもかなりの人がバンミエンだった。
 歩き方の紹介ではワンタン麺が薦められてたが,注文はバンミエンの方が多そうだったんでこちらをオーダー。
 醤油もソースも絡まってない。麺は卵麺。味があるんかいな?と一口食ってみてギャップに驚く。
 蝦の香り。その高貴な香りだけがガッチシまとわりついてる。
 カツオブシの粉みたいな食感なのが,どうも蝦の干物っぽいものの粉らしく,そこから麺にシンプルに味が染み出してきてる格好。ってたったそれだけじゃないんだと思うけど,とにかく思いのほかガッツリした味覚に仕上がってる。
 やっぱりこの系統なんだな。広東料理の核は,このマッタリと濃ゆい出汁にあるらしい。

▲九龍城 黄明記粉麺米粘と黒魚丸

 九龍城に出かけた際に寄った,北東の隅の辺りにある黄明記。
 潮州料理の店は香港ではどーも値の張るとこが多くて二の足踏んでたんだけど,ここは麺中心でリーズナブルそうなんで目をつけてた。
 新装開店したばかりらしく,半個室の席の並ぶ店内はこざっぱり。
粉麺米粘 黒魚丸(ノリ入り)21HK$
 滑るような口溶け!
 汁がムチャクチャ滑らかに舌の上を流れ去る。椎茸とエビは入ってるみたいだけど,おそらくモンゴウイカも使ってるか?
 麺もしっかりした卵麺だったけど,浮かんでるイカ団子が目の覚める美味さ。ホクホクの食感にして旨味ギッシリ。
 日本人としては割と馴染み深い味覚です。いわゆるネリモノだってことは間違いないし,この分野なら日本には日本でジャコ天やサツマ揚げなど一級品を輩出しとる。
 ただ――この潮州料理のイカ団子は違う。レベルがとは言わない。違う世界のネリモノ。クリームのようなきめ細かさと味噌のような味わいのずっしり感…あっさりしてるのに密度があるというのか…何しろ味わったことのない世界の味覚でした。
 そもそも潮州料理って何だ?
 Wikipediaによると――広東省潮州市や汕頭市を中心に食べられている中華料理の中の地方料理。タイ,シンガポール,香港などでも一般的。もともと民族的,文化的には福建省南部と一体となっている地域,食文化も例外ではない。
 潮州料理の特徴としては,乾物,魚醤,塩などを使ったうま味と塩味を持った味の煮て作る料理が多いことが挙げられる。もともとの文化,通商の中心地である潮州市は韓江で海とつながっているが,海岸線からは20kmほど内陸にあり,スルメ,干し牡蠣,魚の干物,乾燥させた浮き袋,ふかひれなどといった海産物系の乾物をよく利用。これらの素材は,煮てやればうま味を引き出せるので,スープをはじめとして比較的あっさりしているが素材のうま味を活かした料理が特色。
 現在の経済の中心地である汕頭は海に面しており,新鮮な魚介類が手に入るため,蒸して作る魚や蟹などの海鮮料理も特徴。
 ――つまり,おそらく間違いない。今の広東料理の基本形はこの潮州料理だったみたいなんです。

▲中環威霊頓街 麦[不/大]雲呑麺世家の雲呑水餃麺

 中環の威霊頓街。この通りはホント,麺ストリートと言っていい密度で有名店が目白押し。
 麦[不/大]雲呑麺世家と[シ占][イ子]記,この2つの有名店はほぼ対面にあって,一触即発の臨戦態勢にあるのである(そうか?)が,庶民的に見えた前週にまず立ち寄ってみました。
 質素だけど清潔なテーブルにイス。手作りっぽいメニュー書きと壁に貼られた看板メニューの手書き表示。日本の街中の昔気質の定食屋さんの風情そのまま。
雲呑水餃麺 38HK$
をオーダー。香港って,北方系の皮厚の水餃子はあんま出会えない。あれも潮州料理の部類みたいだけど,海老など海鮮や椎茸をベトナムのライスペーパーみたいな薄皮に巻いたのが飲茶で出るけど,ガッツリお食事系じゃない。なので水餃に反応してしまいました。
 やはり卵麺。汁の味覚バランスはいい。水餃の噛みごたえも丁度いい。完成度はすごく高い。マカオの黄枝記と同レベルだと思う。
 けど…感動がない。
 このランクなら,この旅行の当初ならかなり満足したはずなんだが。
 おそらく,飲茶だ。
 飲茶の料理群の,これでもかと繰り出される味わいの斬新さに舌がかなり驕ってきてる。
 水餃にしても,北方系よりは迫力に欠けるし,潮州系としてはやはり飲茶のライスペーパー餃子ほど洗練されてない。つまり,中途半端なとこで固定してる味だけど,馴染客は多い老舗ってとこか?
 確かに,日常食としては気負いなく安心して食える美味しさでした。

▲威霊頓街 [シ占][イ子]記の招牌雲呑麺と郊外油菜

 別の日に対面の[シ占][イ子]記にも寄ってみました。
 こっちは,世家とはうってかわってスタイリッシュ。辺りの猥雑な街並みから浮いてるほどです。ほの暗い照明の黒ずくめの店内,同じく黒漆でまとめられた調度。客足は明らかに[シ占][イ子]の方が勝ってるし,客層も若い。外国人の姿も目立つ。
 大体,香港ならずともこーゆー店っちゅーのは,雰囲気で打ってる店で…味は…ねえ。
 とか思いつつ,後悔なきようオーダーしたのは。
招牌雲呑麺 17HK$
郊外油菜 10HK$
 ――いい!
 完成度は対面の世家と同レベルだと思う。けど,やはりこっちは麺,汁,ワンタンとも勢いがある。
 麺。プリッとどこかへ連れて行かれそうな浮游感。
 汁。するりとした喉越しの後にまったりと残る。
 ワンタン。具のメインのエビ身の生々しさを留めてる。
 微妙に危なっかしいとも言えるバランスがいい!
 郊外油菜はほうれん草。文字通り,香港近郷で採ってきましたよ!って野菜なんでしょう。かなりの量だったけど,気がつくとペロリ。野菜に飢えてたし,かなり美味い!
 ホントに採ってきたかとか実は農薬タップリ中国野菜じゃないかとか,そういった細かい点よりも,その感覚が意外でした。
 地産地消の品,即ち美味。漢民族の圏域で,こんな食生活思想が根付いてる土地もあるんか!
 そんでその店がちゃんと儲かってる。――香港の食の民主主義,健在みたいです。
▲再掲:マカオ北部市場,というか添付誤り