外伝10 弗 弗the first day弗 America as a stranger

 AREXとは何であるのか!
 新設された仁川国際空港と金浦空港を結ぶ空港鉄道だ!
 …アメリカ紀行の文章でそんなアジアのローカル情報書いてんの,どーよ?って側面もあるけど,とにかく今そいつに乗ってソウル市内に向かっとるんじゃ。
 流石に東アジアのハブ空港,日本語でもアナウンスが入る。
「コノ駅ハ~封鎖駅デス~」
 …って?そうか,まだ駅が出来てなくて…と深く納得――してたら,乗り込んで来る客がいる。封鎖線を蹴破って突入か?とはちょっと思えないキャアキャア騒いどる女の子の一群。ハングル名を読んでみると「ウンサ」駅だったらしい。
 仁川で乗り換えてアトランタに向かうデルタのフライトは夕方。トランジットが6時間半あるんで,ソウル市内でちょっとランチに…ってコースになっております。
 もっとも,イミグレってののナイーヴさを考えたら,あんまり安全な行為じゃないらしい。良い子な旅行者はマネしちゃダメだよ。
「コノ駅ハ~盗難駅デス~」
 え!?…でもやっぱり聞き間違いで正しくは「ゴンナン」。

 しばらく来ない間に,ソウル地下鉄は1回券からICカードに移行したらしい。
 どーせまた来るんで,チャージ式の「T-money」カードってのを購入しとこう。ってことでKORAILの窓口に行くと,金も払わないのにカードくれた。
 おお!IT化先進国韓国,気前いーぞ!!
 …とゆーことじゃ流石になくて,つまりここでは売ってない,入場券みたいなのを渡すから,構内のGS25(韓国コンビニの一つ)で買えと言ってるみたい。
 コンビニのドアを押す。
 ――開かない?
 何か貼り紙があるから,お昼の休憩に出てますって感じらしい。しばらく待っても帰る気配がない。まあいーや,地下鉄には乗れるんだから,出るまでにどっかで買お。…しかしこの状態,24時間営業ってゆーのか?
 金浦空港駅着。
 向かいのホームに止まってた列車に乗り込む。どこへ行く列車か知らんが,ここから出る線は仁川折返しじゃない限り中心部行きのはず。
 そんな感じで乗ってたら,堂山ってとこで乗り換えて乙支路入口に着けた。ちなみに堂山は「ダンサン」と読む。「旦さん」よりも「炭酸」に聞こえる。
 ソウルの地下鉄モニターのアニメは非常に丁寧に作ってある。言葉が分からなくても絵で理解できる。「次の駅」とか「乗換」までアニメ化してある。アニメーションって,世界共通語的な位置を獲得しつつあるのかも?
 いやあ~進んでるね,韓国!素晴らしい!ワンダフル!ブラーバ!
 ここまで褒め称えれば許してもらえるはずだが――結局地上に出るまでコンビニは構内になくて,乗換の堂山駅では自動改札は閉まったけど中途半端だったんで知らん顔で通過,下車した乙支路入口駅では障害者用らしきゲートに「HELP」ってボタンがあって,それ押して通ってる男がいたんで,つい真似をして通ってみたりして…。
 しかし,初体験のソウル地下鉄システムでキセル成功!う~む,我ながら幸先いい!フッ,手ぬるいなソウル…っていうか,なぜかとても良心が痛いのですが,コンビニがなかったんだから不慮の事故と見るのが政府の公式見解である。

▲明洞餃子 カルクッス

河東館:コムタン 1万W(ウォン)
明洞餃子:カルクッス 8千W
 この2食を食いにきたんである!
 ともに乙支路入口から明洞までの間,ソウル中心部の繁華街にある超有名店。
 帰路を考えると,使える時間は1時間強。
 何度目かの明洞餃子のカルクッス。
 食後に要求しないと呉れなかったパブ(ご飯)が,最初から出てくるシステムに変わってました。麺の上の肉そぼろも,今までなかったような記憶がある。けれど,食えば食うほどドッサリ盛って来るベチュキムチは変わらない。
 改めて口にしてみて,出汁に頼らない韓国の食材使いに驚く。味の中核はニンニクなんだけど,どーやってるのか…イタリアンでオリーブオイルに香り付けるガーリック使いとも,中華で香味野菜として炒める大蒜使いとも違う,ニンニクの臭みそのものをダイレクトに生かしてる。
 恐らく同じような思想でニラも使われてる。さらに肉味が遠い木霊のようにほんのりと響くが,この肉も,出汁ではなく肉の味そのものなわけです。
 このシンプルでパワフルな味覚が,形状はきしめんなのに,歯応えはほとんどにゅうめんの柔らかさの麺に絡み付く。
 麺が終わったらパブを投入。このクッパを食うのが初回から最も楽しみなんだけど…韓国独自の思い香りの米粒が,あの汁を吸い上げて…。
 やっぱりスゴいぜ,明洞餃子!わざわざ市内に出てきた価値,十分に有!

▲河東館 コムタン

 河東館は初体験でした。
 パブが最初から入ってる汁,それにキムチ。それだけ。
 コムタンの味もまた,この潔いスタイルに象徴されるものでした。
 凄まじく透き通ったうっすらな肉味。明洞餃子と同じく出汁ではない,純粋な肉の味がスープに染み出してます。飯としては塩が必要だけど,塩入れるのがためらわれるほど誇り高い味覚。繊細ってわけじゃない。肉味のクドさはあえて消してない。その朴訥さが激しくナチュラルなんである。
 この汁と,韓国米の後を引く香り,このマリアージュだけで食える一碗。
 ペチュキムチも辛味のシャープさが小気味良し。何もかもの味が,カッコいい!

 前回からハマってる韓国名物「17茶」の500mlペットをあおりながらソウル駅へ。
 空港行き直通がありそうな表示が路線図にあったんで行ってみたんだけど,結局見当たらなかった。駅のインフォメで聞いてみると,案内のオバチャン,悲しげな顔で「November」と一言。デビュー直前みたい。
 地下鉄1号線で新吉(シンリ)乗換,再び金浦空港経由で仁川国際空港へ戻る。
 地下鉄車内で,前触れなしに小刀か彫刻刀みたいなのの物売りオヤジが叫び始める。韓国名物,列車の車内売り。プサンでは2回の乗車で一度は出くわしたけど,ソウルで見るのは初めてかも。残念ながら誰も買う者なし。プサンでは必ず誰かが手を出してたけど?人情のプサン,ドライなソウルって気質の違いかも?

▲仁川空港ParisCroissantにてEspresso Doppio

 仁川空港帰着。イミグレを無事にくぐって乗機エリアへ。
 時間があったんでParisCroissantで一服。
Espresso Doppio 3500W
 このチェーン店,確か香港の空港にもあった。やっぱりかなり本格的なエスプレッソです。
 そう言えば…あんまり聞かないな,アメリカの飲み物が美味いとか不味いとかって話題。コーヒーはどんななんだろ?
 夕暮れの仁川を離陸。翼は一路東へ羽ばたく。太平洋を越え,新大陸へ。

 大韓航空機内では,何とビビンバが出た。
 パックのパブに,別皿のナムル,チューブのコチュジャンに小袋のごま油。これらを混ぜて食わす。最初,コチュジャンとごま油をそれとは気づかず食ってて,やたら混ぜにくいしマッズいもん食わすな~と思ってたけど,一応全部揃ってました。
 ちゃんと4品入れたら…これが結構なお味。韓国メシのファーストフード,ビビンバってのはホントよく出来た料理やね。
 機内上映のシステムも整ってて,各国語訳付きでオーディオ,映画,ゲームと時間を潰すには事欠かない。機内食を取りながら「のだめ」最終楽章,ベストキッドと連続試聴したとこで,昨年のイタリア到着時の疲労を思い出す。オーディオをクラッシックのジャズナンバーに切り替えて,イヤホンに軽く流しながら無理やり眠る。ブラック系のリズムほど最良の催眠法はない。
 ベストキッドのヒロインの女の子は,悪役カンフー道場の師匠に似てるが,あれは親子ちゃうか…。
 浅い眠りの中でそんな疑惑に苛まれつつ,日付変更線あたりを越えてく夜。

 3食目の機内食で機内はざわつき始めた。
 窓外はずっと夕暮れが続いてる。時間感覚グチャグチャ。時計の短針はもう一周しかけてるのに…。
 13時間かかって日付変更線を越えたわけで,時計の針はぐるっと戻して…。ってのに感覚がついていかない。
 もー面倒くさい!長かったような気がするけど実は30分で着きました,ってことにしとくのが一番体感的に楽だ。そう思うことにする。ソウル‐アトランタ30分だ。速い速い!
 18時50分,アトランタ着。

 この空港,世界最大の空港らしい。デルタの拠点空港。
 ホントにデカい。
 着いたコンコースAから,B→C→と,空港地下鉄でコンコースTまで移動。空港内に5つ駅がある。10分くらいは乗ってたぞ。
 ホントはバゲッジはTの次だったらしく,少し歩いてバックパックをゲットする。
 入管体制はムチャクチャな厳重さ。イミグレでまずセンサーで十指全部の指紋を取られ,顔写真を撮影される。税関や検疫が大したことなかったから安心してたら,市内へ出る前に手荷物検査。空港から出る検査が飛行機搭乗時以上に厳しいなんて初めてでしたわ。靴もベルトも全部取ってX線センサーを通す。
 日本を含めて他の国みたいに,ライターとか液体チューブとか,意味のないチェックじゃない。マジなんよ!この国はまさに臨戦態勢にある。
 マジでテロに立ち向かうどお!みたいなリアルな本気度が感じられて,役人的にはむしろ好感が持てたとです。
 さらに――これがアメリカ的なんかどーかよく分からんが――この手荷物検査への行列を整理してたアフリカ系のオヤジの口,止まらない止まらない!「空港出口です!市内へ行く人だけ!他の選択はない!」「要るのはパスポートだけ!他には要らない!航空券もヴィザもカンフームービーも!」とほとんど漫才師のノリ,オチを交えないでトークできないタイプ。しかもデカい声!喋ること喋ること!こんな体制敷いてることへの自嘲も混じった口振りらしくて,時々行列からドッと笑いが起こるほど。
 この空港を見る限り,スモーキングルームはすごく少ないみたい。外に一度出てたらやっと灰皿を見つけたんでタバコを一服。
 昨年のイタリアでもだったけど,長時間搭乗直後の一撃はガツンと効く!クラクラになって,バックパック担ぐとよろけてくる。でもやっと人心地がついた。
 アトランタの地下鉄はMARTAって会社らしい。アメリカは私鉄だらけの国,この会社もです。空港駅に入り,自販機でBreeseTiketってカードを購入。チャージ込みで$10.50を自販機に投入。
 20時半,MARTAのレッドラインで市内へ。市を南北に縦断するライン。南端の空港駅から北端の高級住宅地エリアを結ぶ。
 車内は清潔。満席ってほどでもないけど閑散ともしてない。照明も明るくて,いわゆるアメリカ地下鉄のリスキーな空気は感じられない。ただ,乗客の4人に3人はアフリカ系って雰囲気は独特な濃い空気。
「う~えるかむ・つう・あっとらんたあ!」とアナウンスの間に割って入る車掌の肉声放送がやたら陽気。よく聞きとれんかったけどギャグも入ってるらしい。車内でやたらウケてる一群有。
 中心部のPeachCenterまで8駅。車速は速い。最初の駅は照明はなく真っ暗。街にも灯は乏しい。街灯は赤色電球ばかり。
 4つ手前,WestEnd駅に着く。駅と街の灯が増えてきた。
 PeachCenter下車。長いエスカレーターで地上に出たのは9時近く。中心部のはずなんだけど…真っ暗で人通りは少ない。パトカーが3台ほど止まってて安全そうではあったけど,四方に飛ばす赤色ライトがむしろ不気味さを増してる…っつうか完全にビビってんなワシ。
 目当ての宿まで2ブロック。裏通りに入ってくと,人通りはほとんど絶えた。ひい~ん。ビクつきながら歩いてたら,ヌッとデカいアフリカ系の男が出現。ワ~っと喋りたくってきた!
 え!?ええ~!?いきなりアメリカ名物「フリ~ズ」かよ?アメリカ旅行,到着1時間で玉砕か?
 …とゆーか,よく聞くと要は客引きらしい。
 自慢じゃないがアメリカの宿,今回もいつもの如く全く予約してない(これが後に災厄と化すんだが)。「ノーさんきゅう」を連発しつつ,できる限り和やかな態度でお引き取り願う。
 目的の「Motel6」って変な名前の宿にとにかくたどり着けた。映画なんかでよく出てくる,まあモーテルです。
 1泊$65位だったか?何かやたら折り目正しいでっぷりアフリカ系オヤジがオーナー。店員はみんなスパニッシュや東南アジア系。
 やっぱり,そんなに危険そうな感じはないな…。
 後から思うと。ニューヨークのハーレムやサウス・ブルックリンの恩讐の立ち込めたアフリカ系の空気と違い,南部のアフリカ系の空間はあっけらかんとした明るさがあった。行ったことないけど,アフリカそのものの原色的な色彩を留めてるのかもしれない。

▲初日の自販機パン

 初めての国の初日は,いつもの通りヘロヘロヘロ。
 外に出る気力もないけど,近所にコンビニらしきものも見あたらん(デリを除いてそんなもんはアメリカにはなかったんだけど)。
 ホテルの自販機のパンを買ってみる。
HONEY BUN $1.50
Grandma’s Honestyle Peanut Butter $1.75
 当然味なんか期待してなかったんだけど…何か…それなりに美味い?
 食ったことない美味さやど?
 どちらも具なしのただのパン。
 ハニーブンは,蜂蜜味がムンムンなのに甘さはシンプルでモチモチ食感。
 グランドマムは日本のビスケットとパンケーキの間みたいな歯応え。ピーナッツバターの香りがトロトロに効いてる。南部でビスケットってのは硬いパンケーキみたいな伝統食らしいが…商品名は「おばあちゃんの味」ほどの語感なんだろから,多分その類いか?
 コテコテだしカラダにいーもんかどーかなんて判別不能だけど――とにかく,日本で言ういわゆる「アメリカナイズ」な味覚ってもんじゃなさそう。
 日本に戦後入ってきたものを抽出したらそれがアメリカ…みたいな単純図式は,少なし違う。その予感は,どうやら当たってそうです。
 見知らぬ国,アメリカ。
 さて,それじゃあそいつはどんな顔した奴なのか?夜が明けたら歩き始めてみましょう。

▲アトランタ路地裏小景(翌日)