外伝10 弗 弗the third day弗 Get from auditory hallucinations of Preservation hall

 06:45,モーテル6を出発。
 薄暮。
 3ブロック歩く。すれ違った者7人。
 07:00ジャスト,Peachtree Center駅ホーム。洞窟のような駅の暗がり。低く唸るドラム型扇風機の回転音。待ち客4人。
 07:05,これがラストのマルタの列車に乗る。ハーツフィールド・ジャクソン空港行のサウス・バウンド。乗客10人余。うち9人アフリカ系。
 線路が地上に出る。
 日の出。
 地平から見る間に燃え広がる明るみの向こうに世界最大の空港が見え始めた。

 アメリカなので,言うまでもなく英語力は必須マターである。
 その点,海外旅行歴の豊富な私には何らの不安もない。何つったって21か国目だよ?英語なんてさあ~旅行スキルの基礎でしょ基礎!
 今回のフライトはデルタ。この巨大ドメ航空会社,使うのは初めて。チェックインはマシン受付に一元化されてた。ビビりつつも触ってくと,日本語のモードがあるじゃんか!迷わず切り替えると「自動のチェックイン」なる日本語画面が出て来て無事発券。
 英語に自信があるならなぜモード切替すんの?などと突っ込むのは,仏教的に適切な行いではない。細部にとらわれず大所高所に立つ事が肝要だ。
 手荷物だけは有人カウンター受付みたい。バックパック預けた後,受付のアフリカ系おばちゃん,しきりに「ブラボー!」と繰り返す。お?今わし,そんなにスゴい事したんか?知らぬうちに見知らぬアメリカ人を感動させるとは,さすがにわしだ!
 …なんて事じゃなくて,どうも「コンコースBから乗るんだよ」って言いたいらしい。ブラボーの「B」って意味ね。確か寝ぼけ眼のジャック・バウアーが怒鳴ってました。
 ジャクソン空港の手荷物検査はやはり厳しかった。わしのサブバックと靴(今回も脱げとの指示)がX線検査機を通ってる最中に,いきなり「一歩下がって!」と検査官が口々に指示を飛ばす。検査ゲート全体がピンと緊張した静寂の中,いかにも偉そげなオヤジが登場。静かに,しかし威圧感たっぷりに喋り始める。どうやらこいつの訓示タイムだったらしい。アメリカの,少なし役人世界には,こんな軍隊的な秩序が浸透してるみたいね。

▲au bon painのbacon&cheese,cheder melt

 コンコースBの待合室にはフードコートが付属してた。幾つか魅力的な店もあったから,朝食を頂く。
 お店は「au bon pain」ってサンドイッチ屋さん。
bacon&cheese,cheder melt $4.75
 かなりの行列。
 カウンターで注文。すると,忙しさにキレそうなキャッシャーのアフリカ系でっぷりお姉様が聞いてくる。
 「**ベーコン?」
 ベーコンを入れるかどうかって事?商品名的に入ってんちゃうのん?とにかく「Yes」と答えとこ。するとさらに第二問。
 「Whichベーコン?」
 え!?ベーコンの種類なんて知らんぜよ!「What select?」とか文法もメチャで聞くと「Plane,cream cheese…」とか並べたてる。何い!ベーコンのクリームチーズうう?訳分かんなくなって「プ,プレーン…」とつぶやいてみたら…やっと釈放されました。
 包みを開いて,全ての謎は解けた!――ベーグルのサンドイッチだ。お姉様,パンズを何にするかって聞いてくれはったんやね。つまりわし,「ベーグル」を「ベーコン」と聞き間違ってたらしく…。
 繰り返しになるが,私は英語力には何の不安もない。誰しもたまに過ちはあるもので,どーんと構えて海外雄飛したいものである。
 さて,なぜかフツフツと沸き起こる語学力的な不安をよそに,ベーグルサンドはなかなかイケてた。フワッと柔らかいタイプ。それでいて噛み進めてくとあの独特の甘さがふんだんに湧き出して来る。
 ベーコン,ってよりバテだったけど,ジューシーにクドい肉肉しさ。対してチーズはあっさり淡白に香り立つ。これらをあくまでアクセントにして,ベーグル自体をメインに据えた味になってる。
 予想してたアメリカ的なファーストフード感覚,つまり「肉の強い味付けでとにかく食わしちゃえ!」みたいな味覚とは全然違う。ちゃんと美味いパンズがメインなんである。

 B6ゲート。DL2489,09:50発…なんだけど,同じゲートから0949にDL1308Arinton行きってのが出るらしい。
 どこだアリントンって?っていうかそんな乗り間違い易いシステムは止めてくれよ!
 とか思ってたら,Arinton行はゲートがチェンジになったみたいなアナウンス。続いてわしのNewOrleans行も遅れるって?ざまあみろArinton行!…ってゆーか,逆だったらムチャクチャ怖いぞ!!アナウンス一本で変えられても聞き取れる自信が…。
 もちろん自信はバッチシある!再三の繰り返しになって大変恐縮ですが,私の英語力には何の不安もないのだから!

 う~む!「通信エリアが検索できません」とのケータイの仰せを賜りました。
 au海外弱し!ニューオーリンズは圏外かあ…。アトランタからもう一つ中央から離れた感あり。
 陽光の煌めくニューオリンズの空港出口にて,まずはタバコを一服しながら。
 とにかくシャトルバスで空港から市内へ向かう。空港内にチケットカウンターがあって,あっさり乗れた。片道$20。まあ高い!
 着陸前に空から見たこのエリア,ミシシッピ川が好きにのた打ってて自然が文明に勝ってる,東南アジア的な景観だった。けど,このシャトルバスは,よく整備されたハイウェイを爆走中。…ちょ,ちょっと飛ばし過ぎかも知れんど。スピードメーターの表示は100近い…ってアメリカはマイルだろ!?

 リムジンの場合チップは要るのか?
 迷いながら結局もったいないから払わずに降りると――既に古き良きあのころのアメリカ,ってどのころか知らんけど,木造のベランダ付きの家並,土埃の舞う狭い,しかし平坦で真っ直ぐな小径,大昔のトムソーヤとかのアニメの街並みそのものな光景やど!?
 アメリカ版映画村みたいなこの街,フレンチ・クオーターのど真ん中,シャトーホテルという古い趣たっぷりのホテルに無事荷を置きました。
 設備は古めかしいけど十分広いし,アメニティは乏しいけどコーヒーメーカーがある。室内禁煙だけど,灰皿のある中庭は植栽豊かで居心地最高。
 思えば…ここが予約なしで無難に取れた最後の宿になったわけやね。

 PJのアイスコーヒーに酔っております。
 町に入ってから2時間。観光エリアのフレンチ・クオーターを一通り歩いたとこ。
 そんなに広い範囲じゃない。南の陽光に満ちた気だるい明るさ。行き交う観光客がたまってるのは,あちこちの街角で演奏されてるジャズ・バンドの音色。浮かされる町です。
 ひときしり疲れて,ここ歓楽街バーボン通りにて。
 チェーン店。$2.50。現レートだとドトールや,関西で言えばPerto並みなんだけですど…。
 何だ…このコーヒーは?
 ホントにコーヒーか?飲み慣れた液体とは異次元のベクトル――
 苦味や深みっていうより,やたらめたらに生々しい!イキがいいっていうか,苦味が舌の上を飛び跳ねるっていうか。でもこの感じ,どこかで飲んだが…。
 そーだ!博多の能古島の港で飲んだ,とれたての豆。煎れ置きの,技巧的では決してないのに,豆のイキだけで飲めるコーヒー。
 これは期待できそう!部屋のコーヒーメーカーで,ちゃんとホットで作って飲んでみよう。

▲Messina’s RestaurantのSmall Poboys and mini cup of Gumbo

 フレンチ・クオーターの西には新市街の高層ビル街が広がる。
 2つのエリアの間には南北に伸びる大通り,キャナル・ストリート。可愛らしい路面電車がゆっくり行き交う。
 両エリアの南は,東西方向に雄大なミシシッピ川。陽気と泥流,東南アジア,メコン川やチャオプラヤー川を想起させる風情。
 キャナル・ストリートがミシシッピ川にぶつかる辺りから西へ,ショッピング・モールの建物が連なる。River walkと呼ばれるこの建造物の端っこにフードコートを見つけた。
 Messina’s Restaurantって店に南部料理のセットがあったんで食ってみました。
Special T1
Small Poboys and mini cup of Gumbo $9.25
 南部料理は色々聞いてたけど,まずはポーボーイとガンボから味見してみましょって事で。
 ポーボーイの方は,パケット生地のパンズに,ケイジャン味の野菜とハムが挟んであった。うーん…パケットにケイジャンってってとこがまあ特徴だけど…それならまるでベトナムのサンドイッチで,それなら脂身とスパイスをオンしたベトナムの方が…。
 ガンボの方は,なかなか食わせる味でした。オクラ,ソーセージ,米のケイジャン風味スープってとこ。米はほんのちょびっとで,お粥ってより具の一つって扱い。通念的なアメリカン・テイストからは想定外のアッサリしたシャバシャバのスープ。
 でもこれは…ガンボだけで結構一食になってまうで。オクラのネットリ感にソーセージの癖のある出汁が食い応えになってる。これに茹でた米が入ってるんだから,ちゃんと味わえば十分にガッツリした具だくさんスープ。味付けの核心のケイジャンは結構辛いんで一気に飲めるもんじゃあないから,感覚的にも腹に来る。
 味覚的にはシンプルな甘辛さ。ケイジャンソースだけでスッキリまとまってる。地理的にメキシコ料理に近いイメージが強かったけど,唐辛子使いの端正さは東南アジアの味に近い。クドさがない。
 恐らくここは本格派ってわけじゃないだろから,平日になる明日,しかるべき店をきちんと攻めてみたい。
 川際を通る路面電車に乗ってフレンチ・クオーターへ帰る。ミシシッピの路面に踊る光が残照の気配を帯び始めた。

 フレンチ・クオーターの川そばのフレンチ・マーケットって市場をちょっと覗く。グリーン・マーケットめいたものを期待してたけど…まあ,土産物屋売り場だな。
 短く済ますけど――アメリカの紹介って,どーも,明らかにアメリカしか知らない方々が書かれてるっぽい。「そんなもんアジアの国なら日常的やで?」みたいな感動体験の記述を多く見る。それとも,アメリカが初海外の日本人を想定してんのか?
 それで口直しじゃないけど…宿へ帰る前に,バールめいた小店に立ち寄る。シャトーホテルから北へ2ブロック辺り。
 CC’s gourmet community Coffee houseって店。
Espresso grande $1.96
 チェーンなのか,この店だけなのかなどは知らない。ただ,システムはスタバ的だけど,レンガ造りに木製の調度,天井に回る吊り下げ式のファン,通りに大きな窓に床は黒のコンクリート…とても落ち着く,いいセンスのスペースです。
 観光客はわし以外いそうもない。客の半分位がパソコン広げて長居のオーラむんむん。
 エスプレッソは本格派じゃあ全然なかった。だけど,射すような苦味が特徴的。恐らく,チコリ入りの南部式コーヒーのエスプレッソ版ってとこか?

▲Aunt Sally’s Creole Pralines

 宿へ帰りかけて思い出す。
 忘れてた…ポラリーンだ!フレンチ市場に引き返してAunt Sallyへ。ポラリーンの専門店。
「ポラリーン」は歩き方の表記。日本での読みは,なぜかドイツ語読みの「プラリネ」が一般的みたい。フランス語読みはプラリーヌ。
 広義には「砂糖で覆われた」という意味でも使われるけど,狭義には,主にアーモンドとかヘーゼルナッツなどナッツ類を煎ってから,熱した砂糖と混ぜてカラメル状にした製菓原料。イタリアンでドルチェによく出るカラメリゼ(ってイタリア語で何て言うんだ?)のアメリカ版ってとこか?
 粉砕・ペースト化したものをポラリーンと呼ぶこともあるそうで,それなら日本で最近ハマりつつあるピーナッツやマカダミアンナッツのペーストに近い。
 長くなったけど,購入したのは
Aunt Sally’s Creole Pralines $2.19
 ついでにスーパーにも入ってみた。Walgreensって店で棚を物色。日本の雑貨屋の雰囲気。
「低糖緑茶」っていう漢字四文字が目に飛び込んできた。Splendaなるメーカー製,切手の見返り美人みたいな着物女性のプリントのあるお茶。
Arizona Diet green tea with Ginseng 1GL. $2.99
 やっと宿に帰りまして,食す。
 ポラリーン,泥甘。不味くはないけど…激甘感もインドのミターイに比べると中途半端だし,カラメリゼとしてならやっぱりイタリアンのドルチェの方がいいなあ…。
 低糖緑茶は馬鹿甘。こんなんでダイエットできると…本気で思ってんのかアメリカ人!

▲Aunt Sally’s
Coffee & Chicory
Sugar free Pecans
(次章参照)

 19時半,Preservation hallに向かう。
 げっ!?既に行列が40人ほど出来てる。
 しかしまあ…スゴい人通りだぞよ。ここだけじゃなく,夜のニューオーリンズ,昼間より人間の数は数倍多いんじゃないか?この辺の行動パターンは熱帯特有やね。
 対面にはHanted history toursって看板の後ろに,このHollと同じ位の行列。魔術師みたいな黒シルクハットに黒メガネの男がいる。ホラーツアーみたいなもんか?
 熱帯的な賑やかな闇を楽しんでるうちに,さて開演時間の7時が近づいてきたんである!
 ――ここで,突然場面は19時半,カフェ・デ・モンドに移る。
Beignets(order of 3 French doughnuts)$2.14
Coffee(cafe au lait or black)$2.14
 油条に砂糖をまぶしました,というところか?カフェオレも,まあカフェオレだ。ウェイターのアジア系のメガネ娘との会話は楽しめたけど,まあその位のところ。
 それで?プリザベーションボールはどうなったかと言うと――
 動き出した行列の中で,なぜか無性にそわそわしてきたわしは,入店時に一応,チケット売りに聞いてみた。
「中に…トイレあるよね?」
「?」一瞬躊躇したアフリカ系オヤジ,「No!」と一喝。大層激昂された。
 …そんなに非常識?
 だって…出るもんは出るじゃん!

▲カフェ・デ・モンドのBeignets