外伝07(≧∇≦)Flash Back・ゆできびの夏(増築)

▲後日談:後の日曜市で「野きび」という名前で売られてるのを買うとまさにこの時の味でした。いわゆる焼きトウモロコシとは品種が違うらしい。

 風土そのものが創る味。
 料理人個人が厨房で作る料理じゃなく――。
 そんなイメージをぼんやり抱きつつ,伊野ICから土佐電鉄の道に引き返した小雨の道。
 帰りは宇治団地前から乗車。こちらの方が近いし,待合スペースが屋根付き。ただ幸い列車はすぐに来た。
 きび街道探訪の間だけの旅行神のサービスだったらしく,雨はまた本降りになってきた。
 車内,違和感に耐えきれずにケータイを叩いた。間違いなく美味かったんだが,どうにも落ち着かない美味に感じられて――検索してるうちに,そもそもトウモロコシって食材の性格をよく知らないことに気付かされてきた。
★情報5★トウモロコシは穀物の中でも非常に痛み易いもの
 年間世界生産6億トン。うち2/3を家畜,1/3を人間が食う。世界三大穀物の一つ,トウモロコシは,米・麦に比べ2つの点で特徴的。端的に言えば――文明的な作物。
 まず,そもそもの原種は農業に適した穀物じゃない。作物化は他のイネ科穀物よりはるかに困難だったと推測されてる。メキシコやグアテマラに自生してたテオシントを原種とする説が一般的だけど,1つの果実に10粒ほどしか付かない。現在のトウモロコシとはるかにかけ離れた植物で,南北アメリカ(キャッサバを主食としたアマゾンを除く)の主要農産物となった紀元前5000年ごろまでの段階で,既に相当の品種改良を加えられた人工作物。
 ではインカやマヤやインディアンが食ってたのが今のトウモロコシかって言えば,それも違う。1920年代にアメリカで開発された雑種強勢,異品種の交配による生育の強化技術によるハイブリッド品種が,今世界にあるトウモロコシ。これにより収量量は飛躍的に増加。――だからこのコーン(corn)という語で呼ばれる穀物は,生まれてからやっと100年経ったばかりの若い種とも言える。元々のこの英語は穀物全般を指してた語だけど,現在は特に断らない限りトウモロコシを指すようになった。日本語の「ご飯」みたいなもんやね。
 長くなってるけど…つまりこのトウモロコシって作物。人類の人口急増により求められた食糧の爆発的増産運動・緑の革命の中で,つい最近躍進してきた新興農作物。そしてその理由は,他と比べた時の圧倒的な収穫量。けれど,元々の農作物としての弱さもやっぱ残存してて,その最大のマイナスポイントが品質劣化の早さ。

 アメリカ人,大仰に言えば「現代」は,これに品種改良と冷凍技術で対処した。
 トウモロコシの鮮度劣化が激しいのは,収穫の後も呼吸を継続できる生命力ゆえ。つまり,収穫しても糖分を消費し続け,炭水化物に転換してしまう。
 この鮮度劣化を防止する冷凍技術は,温度の低下でこのたくましい生理能力を抑える。冷風に晒したり真空にする予冷と呼ぶ工程も同様の目的だが…生物の扱いとしてヒドいだけじゃなく,食材として明らかに劣化させてるわけです。
 最近は品種改良によって,そもそも糖分を分解する酵素を弱めたスーパースイート系なる品種が生み出された。初期の糖度も従来より高い。収穫後1~2日経ても従来よりも糖度の高い状態のまま消費者に届けられるわけで,市場で主流化しつつあるが…同じく甘いだけの劣化食材にわざわざ貶めてるとしか思えない。
 つまり,トウモロコシは大量生産消費の中で作り出された最も現代的な食材であるがゆえに,最も質的な退化が進められてしまってる作物。
 このメジャー戦略に比べた時,きび街道の戦略のユニークさが浮かび上がってくる。ユニークというか――真っ正直なわけだが。
 トウモロコシの劣化の早さは「釜をゆでてから収穫しろ」と例えられる。きび街道で行われてるのは,この格言の通りのことをやってるだけ。
 要するに――大量生産消費のメジャー戦略に乗せられることなく,元来の一番美味い食い方で食ってる。

 高知県のトウモロコシの生産量なんて知れてる。日本国内で十指にも入らない。なのに何でこんなに健全なんだ?
 生産量国内トップの北海道では,道の駅「花ロードえにわ」に隣接する野菜直売所で売られてるゆできびが有名になってるらしい。これを受けて,札幌の大通り公園でもゆできびを売り初めてるみたいだけど,当然鮮度は落ちる。第二位の千葉県でも「ゆできびが美味い」って程度のプログはあるけどあんまりメジャーじゃない。都道府県名×ゆできびでバシバシヒットするのは北海道と高知だけです。
 どうやら――ヨーロッパに大航海時代に伝わったトウモロコシ。アジアに入ったのは16世紀初め。日本には1579年にポルトガル人が持ち込んだ記録が一番古いらしい。この時の伝来地が,長崎と,なぜか四国らしいんである。伝来種はフリント種。ちなみに北海道に入ったのは明治37年,北海道農業試験場がアメリカから導入したゴールデン・ハニーバンダム種。
 つまり高知のトウモロコシ食は,日本で最も長い歴史を持つかもしれない程のものらしい。
 だから正統だ,と言うんじゃない。正統か異端かなんてどーだっていい。それがローカルに独自だってことが大切なんだと思う。
 高知県の土壌は,火山灰質粘性土の赤いローム層土壌。特に高知市福井から「いの町」枝川までのエリアに広がる赤土の畑が典型的で,適性品種はジャガイモ,トウモロコシ,ショウガ。――同様に関東ローム層を持つ千葉県がトウモロコシ生産量第二位ってのも頷けるわけだ。
 ここまで来ると高知の野菜一般に当てはまるように思えてきたが…元々の品種の違いより,実は土質が作用していくのが野菜作りってもんらしく…代を重ねて脈々と作り続けられるうち,その土地の味や,時には姿に変貌してしまうという。
 つまり,ショウガや,おそらくトマトも同じだろう,歴史がローカル食材を作ってく。
 その過程で,土地の舌が食材の味をローカルな味覚に合ったものに洗練させてく。
 ローカルな食材を,最も美味な流通スタイルで食う。隠れた一品・きび街道のトウモロコシは,そういうシンプルな,まさに高知らしい美味。

 ところで――どうやらこの「隠れた」ってとこも面白いことになってるようだ。
 日本はトウモロコシのほとんどを輸入に依存してて,自給率はゼロに近い――と教科書には書いてある。
 これが気になってた。じゃあ北海道や高知のトウモロコシって何だ?幽霊か!?
 そのカラクリは――この議論でのトウモロコシってのは総務・財務・農水省など政府系統計で穀類にカテゴライズされるもののことだってこと。その量は年に約1600万トン,この部分では日本は世界トップのトウモロコシ輸入国。国内の米生産のほぼ倍量に相当。その用途は3/4が飼料用。残り1/4が油脂原料とかデンプンへの加工利用。
 未成熟のまま国内で穫れる甘味種は,小売されて家庭や飲食店に入る。これは政府統計上はスイートコーンに分類されるが,何と…これは野菜類に分類されるんだという。
 もう一つ,輸入うんぬんで論じられる数字は,流通してるものだけって点。例えば,日本国内の酪農家で飼料用として生産される「青刈りとうもろこし」は年に約500万トンあるけれど,自家消費であって流通してないから統計上は算入されない。
 きび街道のトウモロコシは,「野菜」であって,かつ流通してない(裏の畑から屋台に持ってくるだけだから)ってんで,教科書で言うトウモロコシじゃないわけだ。
 どうも…意図的な数字トリックの臭いがする。と思って掘ってくと,そのキーは単純でした。要は!――統計上の「トウモロコシ」は輸入量の9割がアメリカからだってことみたい。
 農業自由化の圧力上,「いえいえウチはもう一杯一杯ですがな!!トウモロコシなんか社長,9割でっせ9割!」とか言いたいんでしょう。ほとんど越後屋のノリだ。
「野菜」のトウモロコシ――都合,アメリカへの迎合上は「ブラックマーケット」的な立場になる部分――は年間国内生産約30万トン。輸入量は2000トン程度なので,こちらの自給率はほぼ100%。
 きび街道のトウモロコシも,当然この中の一角を占める。つまり,正々堂々の「野菜」のトウモロコシとして食されてる。
 裏の畑で今朝穫れたのを茹でて売る。越後屋付き合い上の「飼料」とは別物にすら思えるこの清々しさ!この涙の出そうな健全さ!
 高知らしい。
 実に高知な食スタイル。

 帯屋町まで戻ってきた。
 路地の奥へ入る。以前見つけて目をつけてたカフェ・ド・梵。カフェ「ドボン」って語感が微かにファンキー。
 初めて入る。マスター一人,席数12ほどか?外見通りものすごくせせこましい喫茶店なんだが――期待できそなオーラが充満しとる。
シフォンケーキとブレンドのセット 650円
 シフォンケーキは口コミでは有名みたいで,訪ねてくる一見(わしもか?)が半分,残り半分が濃厚なリピーターって雰囲気だが,にしてもこのヒゲのオッサン手作りだろ!?――とナメてたんですが…期待してた数倍の感激でした。
 ブレンドは関西風の渋み立つ味覚を基調にしつつ,香りも苦味もふくよか。
 この重いコーヒーにピタリとマッチするのが,シフォンケーキのすっとぼけた淡い食感。スポンジみたいなスカスカした歯応えが,しかし口中でみるみる溶け広がって,ある瞬間に「ポッ」と小麦臭を弾かせる。この絶妙なコントロールは,ちょっと他にない!類似品すら思いつかん!
 ショーケースに何種類か,ホール状のケーキが並んでる。レモンケーキなんかもうまそう。テイクアウトする客もいるようだが,このケーキ…このコーヒー,それとこのオリジナルにひねくれた空間とのセットでこそ真価を発揮すると思う。
「天下一品」のラーメンが通常の味覚感覚ではオリジナル過ぎてラーメンと思えないのと同じ。
 京都に天下一品有。高知にドボン有。

 宿に帰る。
 疲れた。もう5時半。丸12時間フル回転。
 常宿・高知No.1は,減量途中は屋上露天風呂に惹かれてたんだが,今は無料のレンタルサイクルが目当て。高知にはなぜかレンタルサイクル屋がない。
 でもこの雨じゃなあ…って?
 ありゃ!?小雨になってきた?これ,無理すりゃ自転車乗れないことはないぞ?
 この日の旅行運は,本当にバリバリでした。八反町1丁目まで15分弱,フードで雨をしのぎつつペダルを踏みまくると――。
 いつものオバチャンが店の前をウロウロしてる。閉店間際の臭い?
 Orange。疑う余地のない高知最高峰のパンの店。
チーズのフォカッチャ
コーンミールの食パン
チョバッタ
※ここは必ず「バ」表記です。
ジャム(すもも)
「閉店,6時半ですよね?」キャッシャーで支払いを済ませながら一応聴いてみる。
「いえ,この時期は6時なんですよ」
 ――10分前やん!
 でもそんな会話しとる脇から,同じく慌ただしく扉を開けて駆け込んできた客あり。つなぎの作業服のブルーワーカー風のオヤジ。
「まだ売ってます?」
 イタリアパン系の美味いこの店,最近,手作りジャムの種類も増やしてきた。これが果実由来の誠実な甘さで…この日のスモモも最高でした。
 あと初めて買ったけど,食パンも焼くと香り高い逸品。

 八反町からの帰り道,さいわいスーパーに寄る。最近,この類のローカルスーパーを楽しむようになってます。
ひまわり牛乳 140円
ソフトヨーグルト(ひまわり) 87円
タタキポン酢漬け 280円
 今回もいろんなのにハマってますが…ひまわりの乳製品。ミルク臭は芳醇なのに後味はアッサリというか,出雲・蒜山・阿蘇のどことも違う,それでいて毎日飲めるB級感も持ち合わせてて。
 最近思うが,土地の豆腐とミルクは,住民の舌の特性を映し出す鏡です。

 翌日――。
 さあ日曜市。
 254番,山本さん。やっぱりまずここ!
ゆず味噌 200円
田舎寿司 200円
 226番,西野さん。計二桁は買ったトマト。
おいしい万万産トマト 200円
 343番,谷口さん。さらにゆできび!日曜市のトウモロコシ水準測定用。
ゆできび(ハニーコーン) 180円
 429番,大坪さん。さらにトマト!「よって食べてくださいね」と注意あり…。
桃太郎トマト(ちょっときず)150円
 380番,中澤さん。
枝川産ゆできび 150円
「今きび街道はもう?」とシラッと聴くと「あ,やってますよ!今最中よ」とオバチャン。
 293番,中川さん。まだ食うか,トマト!ってゆーか食えるのか?既に20は超えたが――でも徳谷だぜよ?
あまい徳谷フルーツトマト 500円
 147番,久さん。今回は「文旦大福発祥の店」と表示が出てた。既に元祖とか老舗の域。
文旦大福 240円
 276番,弘瀬さん。「女の人にプレゼントすると喜ばれます」と謎めいた注釈付き。食うってより夫婦円満とかの縁起モノ?
八重桜の塩漬け物 450円

 雨と,歩きの量からか。2年近く履いた旅行靴に穴が開いた。
 帯屋町のABCマートへ。そう言えば――今履いてるこの靴もここで買ったな。
 ホーキングのウォーキングシューズ4千円也。5990円の定価が,値切りもしないのに「蛍光灯の光で色褪せてるんで」と2千円引き。
 確かに片方だけ褪せてるが――全然傷んでない。こんなん汚れりゃわかりゃせん!
 時計と靴を替えるって行為には,スピリチュアルなものを感じる。新しい時間の始まり。新しい歩みの始動。

 北新田町,スパゲティハウスマッキーでホリデイセット。
海の幸スパゲティ(トマト) 1240円
 二葉町,カメハウスへ初入店。
亀風ロコモコ 980円
 いずれも独創性に満足する。

 独自性と言えば――高知駅でいつも時間を潰すウィリー・ウィンキー。四国の駅にはあちこちにあるチェーン店だが…意外に気に入ってます。
 気紛れに調べてビックリ!この店,高知発祥なんだって!
 1987年,高知市のJR朝倉駅駅舎の改築時,ログハウスの「店舗の中の駅」というコンセプトが考案された。同2月2日,国鉄の直営店としてウィリーウィンキー朝倉店開業。この1号店が好評を博する。
 1988年には松山店・高知店オープン。てことは今いるこのカフェは3号店。
 1993年,JR四国のグループ企業として株式会社ウィリーウィンキー設立。つまりJRの制式店舗となる。
 現在,工場は高松市の国分寺。
 なお,そもそも店名の由来は――アンデルセン童話「眠りの精オーレおじさん」の英訳版につけられた,スコットランドの古い童話に出てくる「眠りの精ウィリーウィンキー」。この中に出てくる快眠・快夢へ誘う傘にあやかり,「おいしいパンを通じて楽しい憩いのひとときを贈りたい」との願いを込めたんだって。
 実に高知。シンプルな独創性。

 14時14分,高知発。
 見上げれば北方の山塊が,みるみる雨霧に包まれてく。
 旅行神とカナダ系に感謝。