外伝07(≧∇≦)Flash Back・ゆできびの夏

 白米の最後の一口が喉に落ち,アフターコーヒーに手を伸ばした頃。
 窓外の陽光が,俄かに戻ってきたのに気づきました。

 土曜日,12時,高知市たかじょう庁舎そば。古式漂う畳間,家庭の食卓っぽい健実な空気に包まれてます。草やの昼定食――ここの白ご飯の甘やかさ!!これと漬け物と味噌汁のために,12月シリーズ終了後15か月過ぎても,季節に一度はヒツコく通ってる高知なわけです。
 もっとも今回は梅雨。夏には少し早いんだけども。
 今回の「高知スイッチ」点火は――木曜日のお役所仕事の残業が,日にち変わって金曜日に入ってしばらく経った頃。今ちょっと関わってる介護事業者からの封筒に書かれてた施設名「グループホームとまと」。これが犯人!
 とっ!!?
 とまとぉぉぉぉぉ!?
 時は6月――トマトの旬もそろそろ終わりではないか?徳谷トマトの取れたて食うなら,今年はそろそろ最後の時期ではないか?夜須トマトだって今が最高なんではないか?
 つまりは,高知へ行かねばならぬホトトギス(意味不明)。仕事なんかしちょる場合じゃないんではないか?もう労働にも飽きてきたし,ってゆーかモウ嫌だし,明日の特急南風に乗るべし!断固乗るぞ!!
 残業が零時を回った辺りの思考は,このように大変過激で噛みつかれる恐れがありますのでご注意ください。

 かくして金曜日分の仕事を最大戦速で8時近くまでに何とかやっつけまして,出勤してきた同僚に鍵を引き継いで帰路についた金曜日の朝。
 流石に燃え尽きて仮眠したが,昼には岡山イン。
 1時間に1本の南風が出たばかりだったんで,岡山駅前をうろつく。
 今の介護関係の仕事にかこつけて岡山県庁の職員からご推薦頂き,前から狙ってたパン屋がある。完全に業務そっちのけのグルメ遊びの情報収集活動だが,本人は反省していますので今回は大目に見てやってくれませんか?とかはまあどーでもいいとして(いいのか?),何度か行ってその度に閉まってて残念賞だったんだが,Petit Liaison――開いてるじゃないか!!クロワッサンのプレーン,バナナのデニッシュ,カンパーニュのプレーンを購入。
 駅への帰りがけ,最近いつも立ち寄る地下街の山田養蜂場の直営ジュース屋・ミエーレで「ゆずはちみつ豆乳」ってのが新発売されてたから飲んでみる。
 作ってくれたお姉さんに思わず口走る。「これ…スゴいっすね!!」――豆乳の底深いまったり感にゆずの爽やかな酸味,この上にこの店の極上蜂蜜のふくよかな甘味――。
 とか言ってたら時間ギリギリになった。飛び乗った南風。
 車内でPetit Liaisonのクロワッサンとデニッシュを頂く。――スーパーだ!クロワッサンはフランス系,バターとミルクの香りが程よく口中にうねる。デニッシュはバナナの他にパンに隠れたカスカスした物体は…これはココナッツ。バナナとココナッツが裏表から芳香を立ち上らせるスイーツパン。
 これは――素晴らしい旅行運だ。
 四国という島の旅は,いつもそうだ。そっけない時は残忍に空振りしまくるんだが,時に,信じがたいよな表情を見せてくる。海外旅行ではよくあるが,国内ではこんな,明日何を出して来るか想像できない土地は少ない。
 ツーリストにとってこの島は,未だに「原石の島」だと思う。

 高知一泊した翌朝6時。
 常宿,高知に荷を預け,ついでに傘を借りて土佐電鉄に乗る。
 梅雨なんだが,しかもこの滞在中2日間はほぼ雨が降り続けてたんだが,傘も持ってきてなかった。ツイてる時ってのはそれでも何とかなっちゃうもんだ。
「ごめん」まで約30分。奈半利線に乗り換えて8時頃安芸着。
 とりあえず,駅前のフジムラへ。
 JRで高知を6時前に出れば7時に着けるが,このパン屋の焼き上がりがまだ僅かしかない。次の時間の便は特急になるから高い。どうやら土佐電鉄から乗り継ぐのが一番メリットが大きいみたい。
 安芸へは,最近の高知では必ず行く。
 目的の一は,このフジムラのパンセット。ドリンクとセットならパンが3つまで各50円になる。コーヒー300円とセットなら450円。ちなみにこの朝のチョイスはミルティ,フレンチトースト,安芸カレーパン。
 ここの凄さは,この良心的価格で,かつムチャクチャに美味いことです。
 どれもが心地よいほど丁度いい。ミルティってパンは(なぜか高知のパン屋にはよく置いてある)ミルクとバターが丁度よくサンドされた絶妙に甘やかなパンでした。
 かと言って本格派なパンってわけじゃない。フレンチトーストは,卵の味も生地のフルフル感もあんまりない奴なんだけど,練乳を隠し味に使った上手い品。独自の解釈でピタッとキメて来る。あえて言えば,香港のフレンチトーストに似てる。
 この2つの性格が両立するのが,ここのカレーパン。
 カリッとした外のパン生地は,しかし噛み進むとムッチリした柔らかさを現してくる。中のカレーは煮込み汁の味覚豊かな和風カレーなんだが,スパイシーな複合香も十分に宿してて――安芸カレーパンを名乗る傲慢さを許される美味。
 最近始めたらしくランチメニューにカレーが入ってました。ここはモーニングセットも捨てがたいんだが…困った。また迷いの種が増えてしまった!

 次の高知行き列車は9時過ぎ。それまでゆっくり安芸駅ぢばさん市場で買い物。
 元々安芸へ来るようになったのは,この市場ゆえです。
 地産地消をうんぬん言う方々に,そんな理屈はどっかに置いてこの市場に来ればいいと思う。
 同じく高知の西にある日下の市場と同様,生活に密着したこの規模の地域消費システムづくりに成功した事例は国内では少ないんじゃないか?しかもここは,日曜市と違い毎日やってるんである。
 半分以上は個人出荷です。残り半分の会社もコテコテの地元系。それで,この駅のすぐ東にある量販店スーパーと張り合ってるってのが――この町の人間の健全な食感覚を証明してます。
 この日の買い物レシートを転記してみる――
有沢海産(ちりめん) 200円
赤飯 340円
スイートコーン(塩ゆで) 280円
山田春市/トマト 200円
福留章/加工品(冷蔵・梅ジャム) 200円
川谷房子/トマト 150円
門田美江/青果(野苺) 200円
 トマトは計7個。出来るだけ数の少ないのを選んでもコレだ。夜,持参のクッキングはさみてジョキジョキ切って,ちりめんトマトで頂いた。夜須を含むこの地域はトマトの隠れた名産地だと思う。酸味が力強いんである。――一泊目にAceOneで買ったスイートトマトと合わせ,すでに10個買ってる計算。
 ちなみにこの市場,ちりめんの品揃えがスゴい。海産物の棚の半分はちりめん。種類もかなりあるが,素人のわしはよく分かってない。この日は少し黒めのカエシ。
 野苺はヨーグルトに入れて。毒々しいばかりの野卑な果肉がたまらない。
――止めよう。こんなん書きだすとキリがない。常に気付きを得るのがここなんですが,あと一品だけ触れておかなきゃならんのが。
 それが今回の軸になっちまった「とうもろこし」です。

 屋台の定番とうもろこし。
 世界一メシのマズい国・アメリカの農作物の代表格。
 世界の食事情的には,最も矛盾多い作物。ほとんどが食用家畜に回されるこのトウモロコシの作付面積で,もし人間用の穀物を生産すれば,今後当分は食料問題が解決されるとされる(Step68参照)。
 そんなイメージあるもんだから,トウモロコシだけは日曜市でも安芸ぢばさんでも何度か見かけてきたのに,ほとんど食ったことがない。
 さて,今回の高知では初日の夜,さる筋のカナダ系高知人(?)から,天啓の如くある情報を耳にしていた。
★元情報★「きび街道」なるものがある。
 何それ?これだけ高知通いしてて聞いたこともない…ってことは?観光的には売り出されてない地元情報?気になる!
 息せき切ってさらにカナダ系に聞きこむ。
★情報1★JRなら枝川駅から歩けないことはない。
 枝川って駅がどこか知らないが…そーなると諦めきれない。
★情報2★道沿いにトウモロコシ売りが並んでる。
 なぜ並ぶ?そんなに売れるからか?地元的にはそれだけオイシイ話なんか?
★情報3★今の時期(6月)からが旬
★情報4★カナダ系は先日6本買って一人で食った。
 トっ!トウモロコシ6本一気食いぃぃぃ!?
 アホか!?
 …あるいはそれだけウマいのか?曰く――「屋台の冷凍モノなんかとは全く別物」
 これは…ヤバい情報だ!その夜,さらにネットで調べ進む。
★情報5★きび街道は枝川から宗安寺への道路沿い
★情報6★車で行く人の情報では伊野ICを目安にとある
★情報7★このエリアにはトウモロコシ畑が多くて,この取れたてを茹でて売るのがつまりきび街道。
 大体位置は想像できた。地図で見ると,JRの最寄り駅は枝川,高知駅から約20分だが,土佐電鉄の路面電車なら宇治団地前か八代通が近い。両駅から伊野ICまでは歩いて10分程度と思われる。
 それ以上のネットネタはない。後は行ってみるっきゃねーだろ――
 が…無念。翌日は雨。しかもかなり本格派の集中豪雨。
 道路沿いにズラリと露店が並ぶ…って場所に行くなら夏のカンカン照りのロケーションだろ?梅雨過ぎの時期に出直すか…と思い直し始めてたら,安芸ぢばさんにトウモロコシ2本入りのビニール袋があったんで…つい買ってしまった。この市場のスタンスから推せば,まあ取れたて茹でたてだろ?
 かじりつく。
 !!
 果汁(とは言わんのだろが)がブドウみたいにプシュッと口中に弾ける!一粒一粒が,である!!その軽やかな甘味,脳髄まで突き抜ける香り!!!
 これは…。トウモロコシって本当はこんな味なんか?
 次の高知入りが待ち遠しい。こりゃ絶対行かねば!と決意を固めつつあったところ――やっと冒頭に戻る。
 雨が,唐突に上がったんである。

 土佐電鉄は,東の「ごめん」から西の「いの」まで。
 一時期,「ごめんごめん」「いーのいーの」と広報してたからか,どちらも平仮名の駅名。
 今まで西は上町位までしか行ったことなかった。「草や」を出た足でそのまま乗った電車内で,初めて1日乗車券を購入。初めて八代通まで延々電車に揺られる。
 あ…この線路か!?かなり前,松山にフェリーで渡した原付で高知まで往復したことがある。あの時走った道路脇の線路だ。あの時は,全然列車が通らないから廃線跡かと思ってたが…中心部より便は少ないけど,ちゃんと使われとんやね。ただし単線。
 八代通で下車――していーのか?かなり戸惑う。
 地図上の最寄り駅から八代通を選択したのは,駅順表示のが大きい駅だったから。少しでも通行人がある方が,いざって時に訊ける。
 けど!?実際降りたら周りに何もない。雨も落ち始めたからか,車は通り過ぎるけど歩いてる人間はいない。
 線路をまたいで北へ延びる道路は地図通りあるが…トウモロコシっぽい表示も気配もない。
 無駄足臭い。帰るしかないか?

 けれど,今日の旅行運が強気になってた。
 ダメ元で北への道を行く。高速の高架をくぐる。
 その向こうの坂道が,信号のある交差点まで延々伸びてる。そこまでにもトウモロコシは臭いもない。道路を車がビュンビュン行き交うだけ。雨も強くなってきた。
 ムキになって,さらに強気に交差点を渡る。右手に高速のインター口。その手前に…あった!「ゆできび」の4文字の手書き看板。
 でも近づくと…客のいない小店。ちょっと入る気になれない。
 この辺りでやや広い盆地状の景観が広がってきた。それでも,イメージしてたよな屋台の連なりは見えない。ただ…よくよく眺め回すと?
 道路の右側の歩道を歩いてたんだが,左側に2軒,よく道路脇で果物売ってるよな風情の露店が出てる。
 そこだけ,10台ほどの車の駐車と…。
 行列だ!
 目を凝らす。手書き看板にはやはり――「ゆできび」!!!
 道路を横断して行列に並ぶ。並んだ時は5人位だったけど,ラッキーだったみたいですぐ10人を超えた。
 運動会の仮設テントみたいな建物の中で,おじいちゃんとおばあちゃんが立ち回ってる。テントの真ん中に茹で返る湯を湛えた大釜一つ。手前の簡素なテーブルに野菜が幾つか,その横に――トウモロコシの試食輪切り。
「待っとる間に味見してや」と言うが,普通ならこれだけで結構な量。
 …なんだけど,口に入れた途端!
 戦慄。
 トウモロコシか?
 これ,ホントにトウモロコシか!?
 安芸で食ったばかりのスイートコーンの果汁のような甘さはない。かと言って塩もスパイスも加えてはいない。釜茹でから上げてきたそのままなんだから当たり前だ。逃げ場のない直球勝負の茹でトウモロコシ。
 凄まじい。
 こんなん…わしの味覚経験のトウモロコシなんかと同じ名で呼べるわきゃねーだろ!?
 甘さと香気が重低音でひたひたと押し寄せる。むせるほど芳醇な,穀物の美味――鼻孔から喉奥まで貫通する図太い味覚。
 …ということ自体,このGWの香港粥で訓練する前の舌なら,十分に気づけなかったかも知れないが,かと言っていかなる意味でもコントロールされた味覚じゃない。味覚の奥だけに染みるような不自然な人為はない。鼻孔へ飛び広がる香り,舌に染み入る甘やかさ,胃壁を洗う穀物のミネラル味,すべてナチュラルでてらいがない。
 !…根本的な差違に気付く。
 つまり――これは美味いとか何とか以前に…「料理」じゃない。恐らくは,このテントの後ろに広がる畑で今朝穫れたトウモロコシを,そのまま釜で茹でただけ。
 そーゆー「農作物そのものの美味さ」ってのも,昨夏のアメリカの後じゃないと受け入れられなかったろう。
 これは――わしは一体今,どこのメシを食ってるんだ?
「ここのがウマいって聞くから,どーしても来たかったがよ」と前の客がおばあちゃんと喋ってる。「にしても大きな釜やねえ」
「今頃はこの釜でも間に合わんがよ」と嬉しそうに困ってみせるおばあちゃん。

 結局3本買った。
 3本に抑えたと言った方がいい。カナダ系じゃないが,皆さん平気で5本とか10本とか買ってく。
 1本200円。大きいのは250円になるらしいが,午後2時前のこの時点で売り切れてて「底の方にゃ残っとるかもしれん」
★情報8★大きいトウモロコシはもっとパフォーマンスが高いらしい。でも小さいのでも十分に――ゆできびバカ旨!!!