ジパング@ことばぐすい

守るべき国は他にある

我々が戦い
そして守るべき国は他にある

なんの策も無いまま
戦争の泥沼にはまり込んでしまった
大日本帝国でもなく

無条件降伏という
屈辱から始まる
戦後日本でもない

二つの時代に触れたからこそ
私の脳裏に浮かぶ国がある

それは
あなたにも
見えるはずだ

四海に囲まれ
独立し
力に満ちた

その島は
間違いなく
我々の眼前に存在する

それが
ジパングだ

そう呼びたい

かつて西洋の旅人が夢見た場所
だが現実には
あなたの時代に至るまで
日本人が経験しなかった
新しい国家だ

(かわぐちかいじ:ジパング 航跡36,講談社,2001)

私を恨んでいるかね?

「とぼけることはない。自分の性格は自分が一番良く知っているものだ。誰よりも軽薄で饒舌な君は,実は誰よりも思慮ぶかく,忍耐づよく,寡黙なのだ。私はずっとそれに気づいていた。そしてそれはおそらく――君の体に流れる日本人の血のせいだろう」
 マイケルは胸がいっぱいになった。敵国の二世として差別され続けた日々の記憶や,母国を焼き,同胞を殺した悔悟が悪夢のように蘇った。
 決して口にすることのできなかった苦悩が,まるで懺悔の言葉のようにマイケルの唇を慄かせた。
「極東軍での初めての任務はB29の搭乗でした」
「空軍?」
「体験搭乗だと言われて乗り組んだのです。私は神戸を焼きました。幼なじみや,親類や恩師の住む私の生まれた町を,機長に命ぜられて投下コックを引きました。べつに寡黙なわけではありません。そんなこと,誰に言えるものですか」
 マッカーサーは立ち止まってイガラシ中尉を見つめた。
「君は,私を恨んでいるかね?」
「とんでもありません閣下。そんな命令は閣下のご存じないことです。それに――日本人は将軍にもひどいことをしたのですから」
 イガラシ中尉は口に出かかった「おたがいさまです」という言葉をかろうじて噛みつぶした。言葉を飲み下すと涙がこみ上げてきた。

この現実を作り出したエネルギーに気付いていないことこそが不幸なのだ

 マッカーサーは大人たちの会話を少しでも聞きとろうと,賢そうな顔を上げる息子の顔を撫でながら言った。
「ひどいことだって?これは戦争だよ,マイク。そして戦争とは利益と利権の奪い合い,いわば究極の外交手段なのだ。日本は卑劣なのではない,強いのだ。彼らの強さを本当に知っているのは,半生にわたって日本を仇敵とし,そして戦い,敗れ,かつ勝利した私だけだろう。彼らは世界で一番,勤勉で,勇敢で,優秀な民族にちがいない。この焦土を見れば誰も信じはすまいが,私は今も彼らを畏怖している」
「将軍,日本は敗れたのですよ。マッカーサー軍に完膚なきまでに打ちのめされたのです」
「冗談はよせ,マイク」
と,マッカーサーは腰に手を当てて,中尉の前に立ちはだかった。
「君もまた多くの日本人と同様に,自分のうちに眠るおそるべき力に気付いていない。日本人の不幸は,この現実ではない。この現実を作り出したエネルギーに気付いていないことこそが不幸なのだ。良く考えてみたまえ。この東洋の,何ひとつ資源もない島国が,世界を敵に回して四年間も戦ったのだぞ」

(浅田次郎「日輪の遺産」青樹社,1993)