外伝03-FASE23@Can’t you see? i’m alive in your heart

 普天間三叉路から少し北で,原チャのハンドルを東に切る。
 一気に道が狭く,粗雑に転じた。市町村境をまたいで土木行政に手抜きのエリアに入る時に似てるけど,微妙に違うのは道割りに人工臭が強い点。
 沖縄中部,平地を基地に占拠され,一般家屋が都市計画不在のまま高台に放り出された歴史を黙して語る混沌の家並み。ただしそれが故に,土地利用としては古い沖縄の感性を留めてもいる,アップダウンに満ちた乱雑な集落配置。
 最近の中部巡りでは,これを見るのが一番楽しみになってきた。何だかんだと言って,わしはこの街並みがすごく好きらしい。
 かなり迷った。高速の下を抜けて中城のグスク跡まで行って…久しぶりやなあ,ここ…とか思ってる場合じゃなく,どうも行き過ぎてるみたいなんで引き返して,高速下の橋の脇に小さな手書き看板を見つけて,そこから山道をどん詰まりまで行った畑の中に――
 とまあ一種奇跡的にたどり着けたブラウニーズランチベーカリー。
 グルメサイトで見つけた店だけど――この類の情報は地域によって未だ口コミの方が強く作用する。沖縄もその一つだと思う。こういう場所にも関わらずサイトの紹介以上に客足がある。こんな山中に専用駐車場がある。
 簡素な引き戸を開けるとパンが並んだワゴン。その奥にシンプルだけど淡い色合いが窓からの陽光に浮き立つカウンター,右手に建て増したらしき幾つかの小部屋にテーブル席があるらしい。雰囲気は最高。隔世の感。
生ハムの何とか850円
をカウンターで頂きました。

▲ブラウニーズランチベーカリーの生ハムの…

 って何とかじゃ全く分からん!!!とおっしゃる気持ちは重々理解できるんでございますが…居心地良さに浸り切って,何も書き残しておりません。
 不覚!…とは思わない。それぐらい,ここで過ごせる時間自体が貴重に感じられました。
 いいカフェです――ってだけじゃない。沖縄映画に出て来そうな「廃屋感」満載の,おそらくウチナンチュにとって既視感を呼ぶ佇まい,なんじゃないかと想像しつつ。
ブルーチーズと蜂蜜のパン 350円
を土産購入して辞す。ごちそうさまでした。

 沖縄市に入る前に東側の海に出る。泡瀬一丁目の,いつもは爆走して通り過ぎてた国道から一本海側の埋め立て地らしき場所でした。
 パラオ直売店。前から名前は知ってたけど見逃し続けてた店です。
 店ってより,こりゃあ…最近増えた道の駅の市場にイートインコーナーがあるって感じだな。
 昼時だけあって購入,食事とも客は多い。整理番号の紙まで使われてるし,値段も町食堂の2倍から3倍レベル。

▲パラオ直売店のイクラウニ丼

イクラウニ丼 1500円
を選んでちょっと後悔。ウニは沖縄で取れてるかもしれないけど,イクラはどう考えても近海産じゃない。ちなみにここの売りは伊勢エビなんだけど今回は初回なんで味見ということで。
 海ぶどう,錦糸卵を加えた四色丼になってます。
 沖縄じゃないとは言えイクラもかなりの逸品。でも,それすら先に片づけてしまったほど…ウニと,超意外にも海ぶどうが…狂ったみたいに美味い!
 匂いと旨味の奥行きが,今までわしの知ってる味覚の範疇を四次元的に超越しとります。ウニの味わいの深さを,大騒ぎしてる関門海峡でも味わえないレベルで思い知った!
 そして海ぶどう。これって食感の面白さだけが売りのゲテモノみたいに捉えてたんだが…房の中の微量の汁気が醸す甘苦い旨味。これがあんなに魅了の煌めきを輝かせるんやなあ!しかもほんの一瞬だけ輝いて喉奥に消えてく,あの仄かさがまた…。
 正午過ぎた。わしの座ってる屋外席にまで客が溢れてきました。あんまり粘ると睨まれそうな盛況ぶりだから…席を立とう。
 メニューはものすごい数に登る。これからも通ってしまいそうなお店です。

▲あんまりウマかったんでさらに1パック買って帰ってしまったパラオの海ぶどう

 沖縄市に東から入るといつも道に迷う。
 基地周辺の定規で引いたような道路配置と,沖縄に限らず島に特有な丘をウネウネと生き物のようにつたう小道が重なって,部外者の道路勘をあざ笑う。
 もう完全に常宿になったホテル赤坂に荷を投げる。沖縄市役所周辺,モーテル街が究極までひなびたような不思議な界隈です。
 少し昼寝してから再出撃。
 嘉手納飛行場を東西に突っ切る一本道は,最高のツーリングルート。
 嘉手納交差点のロータリーで北へ転進。国道58号線を少し行ってから西に折れ,県道6号を残波岬方面へ。
 いつもこの辺りで道に迷うが,地図で確認すると西へ出っ張る半島部に入った形です。市町村としては読谷村。今回もしこたまうろついた。
 グルメサイト曰く「楚辺交番前を左折」…?それはどこ?「トーマスマンション前右折」…?だからトーマスは誰?機関車か!?「案内板あり」…?右折したどこに?なかなかに海賊の宝の地図の裏にあぶり出しで出て来る暗号文みたいな…。
 後から振り返ると,半島入口辺りでの大エリアの方向間違いと,半島を巡るメイン道路から海岸へ降りる道順の小エリアの間違いが重なって訳分かんなくなった果てに――
 斜面の途中,畑の中に隠れかけてる小さな平家が一つ。
PANCAKE HOUSE JAKKEPOES

▲PANCAKE HOUSE JAKKEPOESのパンケーキ(クラッシック)

 淡い暖色でシンプルにまとめられた気持ちよい空間。
 メニューはホットケーキのみ6種ほど。看板メニューってだけじゃなくて,それしかない。――こんな場所でそれで経営が成立すんのか!?
クラッシック 500円
コーヒー 300円(セット△100円)
 凄絶な味でした。
 見た目は普通のホットケーキ。ただナイフを入れるとやっと気付く位の,頭蓋骨みたいな自然な整合で――層がある。薄い生地が3枚重ねになってる。層の間には自家製だというバタークリーム,下側には粉砂糖の雪がかかってる。
 けれど,この気の細かさに増して特筆すべきは…生地本体。一口頬張って,凄みに震える。
 パンと言うより,小麦粉のペーストです。噛みごたえを感じさせずに口内にほどけていく生地。けれど,粉を焼いたパンらしさを失ってもいない。程よく,微かに焼き味もちゃんと香ってて――このバランスって,何にどんだけ神経使えば作れるんだ?
 さらに凄まじいのは。――喉に落ちる間際の数秒の,トロケ切った生地から匂いたつ卵の味わい。明石焼き?もしくは良いタンドールで焼いたナンのような,清純な卵の味わいと香り。これが,夢のような落ち着いた甘味をじんわりと醸し出し,鼻孔へと溢れ出てくる。
 上品な軽みだけでもない。ここへ至っても,生地の方にはレアチーズみたいなもちもち感は消えておらず…。
 アメリカのグリマでぼんやり感じてたことだけど…パンケーキってこんな絶妙な食い物だったんか!?
 全く期待してなかったコーヒーが,これまた意外にも本格派。パンケーキの静謐な味わいに,ぴったりと寄り添う味なんである。単体では完璧なアメリカンコーヒー。苦味をほとんど持たない,渋さを静やかに帯びた,ほぼ香りだけの紅茶のようなコーヒー…。
 って?これ昨日も書いたような気が…。あ!辻のコーヒー!
 そうか,あの沖縄コーヒーの微妙に独特な味は,アメリカ世にウチナンチュが海の向こうからやって来た支配階級から受け継いだ味覚感性だったわくだ。
 店を出てバイクのキーを回したところに,アフリカ系のガタイのいい男が運転する車が入ってきた。米兵にもウケるパンケーキ…いや,経緯からすれば彼らが持ち込んだ食文化。
 アメリカに行って,類似性はあるものの,アメリカ食そのものが,世界各地で伝統食を破壊する現代食文化とイコールなんではないことは確認してる。長寿県沖縄を突き落としつつあるベクトルとは違う形で根を下ろした「良きアメリカ食」。いや,ハンバーガーとかタコスにしたって,それ自体が「悪しきアメリカ食」というわけじゃないんじゃないか?その証拠に,別に沖縄食は滅んだわけじゃない。滅ぶどころか和食よりはるかにウチナーの日常に取り付いてる。長寿県日本一の座を渡したとはいえ,逆に言えば沖縄戦から60年もごく最近まで日本一だったという驚異的な実力を持ち続けたわけで――
 などとケータイに打つ言葉が止まらなくなってるここは,JAKKEPOESからさらに海側,楚辺区民運動場の海の公園。
 目の前に晴天の荒海。天空からなだれ落ちる

この風光もまた凄絶。
 周りは外人住宅の密集地らしい。行き交う車の中を覗き見れば,米兵ばかりでした。考えて見れば確かに…アメリカ人が実は心底で抱えてそうなホームタウンのイメージではあります。

 夕方のラッシュに巻き込まれかけながら,レンタルバイクは胡屋に戻ってく。
 とりあえず久しぶりってことで,ライカム交差点から東へ。ラブホテル街の看板まで行かずに北へ,確かこの三叉路だったよな…あ,あったあった!
 山羊料理専門店 南風。
 入るまで山羊汁の大とかをカッ喰らうつもりだったものの,いざとなると既に食い過ぎてる腹具合と…胡屋のもう一店の懐かしい店が浮かんでしまった。何度か地元の人がやってるのを見かけたテイクアウトに変更。
山羊刺(1人前) 1000円
▲南山のヤギ刺
 高い!けどこの量です。宿で食すと…まさにトロケル味わい!
 白・赤・肌色の3列にキレイに並んでます。ナイチャーが見ると,赤は肉っぽいとしても,肌色はブリとかハマチとかにしか見えへん。味も脂の乗り方も軽さもまさに魚。軽妙ながら独特の臭みがあって,好みによると思うけど…この臭さが芳香として味わえてしまう。…というのはウチナー・ホリックの重篤度ゆえでしょうか?
 この臭みをより純粋に味わえるのが,白。これだけはどう見てもカマポコかな?と思ってたら…脂身でした。脂身ってもラードみたいなコッテリ系の味覚じゃなくて,あくまで軽妙に薫る。肉らしき重厚さはまるでなく,端正で捉えがたい香りの塊。その意味では,あえて似た性格の味を探せば…再びカマポコに戻ってくる。
 山羊カマポコ。――考えてみればこの3色,豚肉の三枚肉と同じ発想かもしれない。この彩りを尊んで慶賀に供する感覚。ただ内地の伝統食で一般的でない肉が使われてる違いがあるが。
 その意味でも,これは紅白カマポコなのかもしれない。
 前回,地元の方が年末用らしきお皿で買い込んでたのを思い出しながら,そんなイメージに駆られました。

 さて黄昏時。
 ウチナーグチでは「アコークロー」と言ったか?ますます寂れてきた中の町社交街の風情が,この時間に見事にマッチします。
 坂を一直線に降りた中途半端な場所に,懐かしい崩れ落ちそうな看板。これを直そうともせんテーゲーさが沖縄です。
 グランド食堂。
ほね汁 650円
 もう10回近くは来てるはずだけど,この料理の衝撃ゆえに,これしか注文したことがない。

▲グランド食堂のほね汁

 おそらくボリュームは大したことない。
 てんこ盛りに出てくるけど…7割がたは骨です。食うのはこの骨の周りに僅かずつ付着した肉片。いわば豚肉のアラ煮です。
 けどこの肉片が!!ハッとするような滋味深さと複雑さ。気のせいじゃなく一口ごとに味わいも微妙に違うらしい。…書いてみたらアラ煮と同じやね。でも,実はこの文章を書くために調べてみるまで牛肉だと思ってて,ひょっとしたらどこかに書いたかもしれん。
 要はその位に,この骨汁ってのは既存の豚や牛や鶏と距離を隔てた料理。食う度に毎回違う顔を見せてくれる深みはスゴい。
 その深みと繋がっているかどうかはまだ了知できないけど――おそらく染み出してきてる髄も味わいになってるんだと感じられました。これも牛肉だと勘違いした訳の一つですが,豚の骨からそんないいダシが?――取れるわな,豚骨なんだから。ただ,博多ラーメンとかの豚骨味とは似ても似つかないシブい味わいです。
 ちなみに,類似の料理は内地熊本にもあるらしい。「骨しゃぶり」または「骨かじり」と呼ばれる。少しゲテモノ扱いの語感からして沖縄伝来なんでしょうか?