物事を解決する力は不正じゃない@ことばぐすい

「でも,やっぱり,暴力は,何も解決しないと思う」
 紀子が言葉を続ける前に,秀一は遮った。
「それは,同義反復だろ」
「どういうこと?」
 紀子は,戸惑った表情を見せた。
「最初っから,『暴力』と規定してるじゃないか。『暴力』というのは,いわば,不正な力の行使だろう?物事を解決する力は,不正じゃない」
「でも,わたしが言いたいのは…」
「少林寺拳法に,こんな言葉がある。力無き正義は無力なり。正義なき力は暴力なりって。正義に裏打ちされた力は,最も効果的に問題を解決するんだよ。いや,力以外に,実効性のある解決方法が,いったいどこにあるんだ?」
「……」
「昔,ヨーロッパでテロが横行していたとき,アメリカは,リビアを爆撃した。国家によるテロだと,喧々囂々の非難が起こったが,結果,問題となっていたテロ行為は激減した。イラクがクウェートに侵攻したときも,多国籍軍が軍事力を行使したから,撃退できたんだ。ユーゴスラビアでも,結局は,同じ結果になると思う」
「アメリカのやってることは,全部,正しいの?」
「そうは言ってないよ。たとえば,広島と長崎への原爆の投下は,アウシュビッツなんかと並ぶ,人類史上の汚点だ。あれは,明らかに,不必要で,過剰かつ残虐な暴力だった。……だけど,だからといって,力の論理そのものが,間違ってるということにはならない。現実の世界では,空想的な平和主義なんか通用しない場合が多々ある。常識が通用しない相手,話してわからない相手には,もう,実力行使しかないだろう?今の日本にだって,殺す以外には,どうしようもない屑野郎が,そこら中に充満してると思わないか?」
 秀一は,言葉を切った。紀子は呆気にとられている。
「……もしかして,退いてる?」
「ちょっとね」

貴志祐介[青の炎]角川書店,1999