外伝05O‥SEC_Range(“福岡空港発”).Activate Category:サウスイーストコート編 Phaze:初日

[前日日計]
支出1500/収入1130
     /負債 370
[前日累計]
     /負債 1001
§
9月16日(金)
0727大福うどん
ごぼう天うどん400 
1930 [ロ合][四/タ]快餐・面食
泥臭い魚のニンニク唐辛子和え
臭い菜っぱともやしのイカ煮込み
豆腐のキノコスープ
24元 650
2111寧波永和豆ジャン
牛肉豆花[テヘン+労]飯+冷菜400
2130(福建省[シ章]州 沼安四海食品)[酉享]香栗子餅150
[前日日計]
支出1500/収入1600
負債 100/
[前日累計]
     /負債 901
§
→9月17日(土)

 国際線フライトの競争はその苛烈さを増すばかり,登場手続きもまた多様化の一途を辿っている現代社会である。
 相変わらず安けりゃいーやという私どもバックパッカーにとっては,何だかよく分かんなくなってきとるだけなので,リミットは出発90分前と大まかに覚えております。
 しょっぱなから何を言いたいのかとゆーと。
 あわわわわ,えらく遅れてもうたがな!と慌ててるんである。
 既に90分前が近い8時12分。連休前の福岡空港Fカウンターの行列は例の如くに惚れ惚れするような長蛇の列,チャレンジの対象になっちまうんじゃないかと気が気でならない。これは…シルパーウィークには2日前発の方が無難だな。
 中国東方航空MU532。JALとの相互乗入便。
 後方ドイツ語の大話中。 ニッポン国のディズニーランド化の進行を毎年ひしひしと感じる一時です。
 
 9時20分,53番ボーディングゲートに無事たどり着く。
 曇天。上海辺りは雨との予報。台風が来てるんだから当然か。
 9時42分,出発時刻が1100変更のアナウンス。なんじゃそりゃ,そんなら昨夜泊まってた小倉で肉肉が食えたぞ?理由は「上海空港混雑のため」。──ってどんな理由づけやねん?予期せぬ空港の混雑って,そりゃ具体的にどういう事態なんだ?てゆーか予期しろよ。
 まあ,東方航空だからね。仕方ないか。ウンチングでもしながら,今次旅行のプランを練ってまいりましょうよ。
 とその時は思ったけど,要するに中国人民観光客の数が,予期できないほどの膨らみを見せてるということなのかもしれません。

 え~と?今次のイメージですが。
 まだ知らない浙江,福建,潮州の食を追い,新たに新幹線の通った南東海岸に沿って動こうというものであります。
 行程としては上海イン,香港アウト。その間,寧波・温州・福州・泉州・厦門・仙頭・広州といった街を陸路で繋いでいくことになります。
 最初はこの間の「中国で最も美しい新幹線」の利用を基本に考えてましたが,予約の面倒さとあの車内空間の陳腐さを思い返すに,バスで動くかそれとも新幹線かは現地の雰囲気で決めていこうという気になってます。
 さて本旨に返れば──「魚米之郷」と言われる上海料理の源流の一つとされる寧波の浙南料理。長崎チャンポンや熊本太平燕の原型である福建料理,広州料理のプロトタイプと目される潮州料理。これらは以前からいずれも極めて興味深いものでしたが,なかなかこの交通の便の悪さで手をつけれずにいたエリアです。
 というのも,元々の上海・北京方面から広州方面への列車網は,長沙など内陸部を通ってた。風光明媚ということは,裏を返せば列車も通せない複雑で難儀な地形ということですから。
 最難関だった福州-厦門間の新幹線が2010年に開通し,そろそろホットさも冷めてきたと思われる現時点で,このルートを制しておこうかと思い立った次第であります。

 13時58分(ローカルタイム)上海浦東空港着。
 滑走路の路面には,水は溜まるも降雨は止んでる。しかしいかにも今しがた止んだばかり,いつでもまた降ったげますよという怪しく暗い空模様。
 この空港の拡張工事は,四方でさらに続いている。降機後はバスでターミナルへの移動となる。ここはそのうちケネディやフランクフルトのような複数ターミナル型にならざるをえないかもしれない。

 初日の夜は多少無理して一気に寧波に入ろうと思っとります。2泊することになるが,それはそれで構わん。
 とすると?ルートは?
 切符を買う時間を考えると,上海→寧波はバスが無難だろう。前々から狙ってる杭州湾を跨ぐ橋が通れるからです。とすると上海で目指すは寧波へのバスが出る上海南[立占]。そこまでの市内移動は…とスマホの上海地下鉄マップをチェック──マグレブ(上海名物空港リニア!)で龍陽路まで,7号で常熟路まで,さらに1号乗換で上海南[立占]まで。──これが一番速いかな?
 現在,マグレブのプラットホーム。後ろの大阪弁の数人の集団が,夫婦の駐在員がお婆ちゃんと弟夫婦を呼び寄せて明日はディズニーランドに繰り出すぞ,並ばんでええしミッキーも独り占め!と騒いでるとこ。旦那が中国語のできる人みたいだから駐妻が淋しさに耐えかねて,みたいなモードに入りかけてる御家庭みたい。
「え~梅干し持ってきてくらはったんですかあ,めっちゃうれしー!」

 14時20分,マグレブ出走,14時40分には地下鉄龍陽[立占]に入る。
 14時52分,7号に乗り換え。空いてる!中心部に入るのにも次からこっち使おかな?
 終点は美蘭湖というとこ。「メイランフ」という音が艶かしい。
 イメージカラーを路線図の色と同じオレンジで統一してるらしく,座席もオレンジ。新しいラインと思われwifiは…なぜかほとんどアンテナ3本ビン立ちのエリアなのに時々ゼロ本エリアが突然来る。
 あと,言わずもがなですが…やっぱり「愛心専座」(シルバーシート)は完全に無視されております。

 とか一人密かに鉄ちゃん的にマニアックにはしゃいでたら,マニアの血が(違うけど)沸きたちはじめた。
 最短ルートに挑戦しよう。
 龍華中路で乗換えて12号で2駅だけ乗って龍漕路まで,さらに3号乗換で2区間行けば目的の上海南[立占]です 。
 12号の座席はライトグリーン。路線図とは違うけどこのカラーもし趣味がいい。こちらはwifiは完璧。5本作る間の技術の進化か。
 3号龍漕路は地上2階の高さの高架駅でした。辺りはもろ下町っぽい。ちょっと歩いて…という誘惑さえ感じたけど,もちろん今はそんなことやってられん。しかし,走り出しても…やっぱりいい下町だなあ。
 座席カラーは藍色。これも路線カラーの黄色とは違えてる。
 15時35分。上海南[立占]のアナウンスを聴く。
 中国名物,バスターミナルのX線チェックを抜けて売票処(チケット売り場)に駆けつける。さほど混んでなかった。「寧波一張」と叫ぶとすぐに購入。104元。トイレと,その向かいの喫煙所に寄って票に記載の17番乗り場へ。
 16時ジャスト,寧波へ出走。ちなみにバス会社は浙江新幹線快速客運有限公司。
 寧波まで3時間かかったとして──到着は7時か? 入国から6時間,一昔前の中国を考えると夢のようなスピードです。
 さてと。そらそろホテルを予約しとこう。アゴダで漢庭寧波火車站馬園路酒店をリザーブ。「漢庭」は大陸系ホテルチェーン店の中では高めだけど,まず管理は信頼できる。住所は海曙区馬園路236号。歩き方を見る限り,観光エリアからそう遠くない無難な場所と見た。

 浙江新幹線…と書くとこの会社名は紛らわしいが,乗車した高速バスは15分ほどで高速に乗る。
 空は薄曇りと言える程には回復してきた。
 16時22分,[シ戸]昆高速新橋主線収費処と大書されたゲートを通る。行き先の表示は杭州,松江。
 17時15分,パーキングで休憩。悪名高き韓国バスと違いトイレ休憩はあるらしい。パーキングは,日本のとは大分様が違うけどトイレと小[ロ乞]が揃ったハイウェイ専用レストエリア。ただ,客の数も数えず声もかけずにいきなり発車するあたりは──これはなかなか気が抜けませんねえ。
 しかし左肩が痛い。
 実は,今回はこの持病持ちです。ここ一ヶ月,痺れるような痛みが消えない。湿布を30枚近く持っての旅行は初めてです※。
 これまで健康面に泣いた回は2回。蜂華識炎を抱えた上海と,重症の口内炎のまま過ごした台湾。まあそれ以前には,ほとんど50日全行程を細菌性下痢に悩まされた初海外のインドがありますが──海外での病気の想像以上の辛さは身に染みてます。
※ 結果的にですが,日本にはサロンシップ類は中国では信頼されてて,中国の薬局にも置いてます。
 うとうとっとまどろんでは,肩の刺激痛に目を覚ます。その繰り返しをしてるうちに──
▲杭州湾海上大橋:wikiより
 17時半。唐突に,左右が完全な海になった。
 杭州湾海上大橋だ。
 陸路では西に大きく紹興を通って迂回しなければならない上海に南接する湾を一跨ぎにする橋。2008年5月開通,全長36㎞の世界第二の海上橋※。6車線。ちなみに岡山-香川間の瀬戸大橋が13㎞,その約3倍です。
※中国は物凄い勢いで橋を作ってるらしく,現時点で長さでは世界トップ10のうち7つが中国。海上橋の世界最長は青島膠州湾大橋←wiki/橋の一覧 (長さ順)
 初見,窓外に壁があるのか,邪魔だなあと見間違った。そうではありませんでした。それは両窓外ともややカーキ色にくくすんだ水塊。
 水平線としか見えない。
 瀬戸大樋と違って島が全く存在しない。
 申し訳ないが,これ,写真には撮れません。そういえば初めて黄河や揚子江を渡った時にも同じことを思ったけれど…曇天の青いくすみが,茶のくすみに接する一線。それだけなんです。ほとんど視認もし難いほどの微妙な天地の境。視認しても,そらは単なる線分でしかない。線でしかない風景の,この壮絶さ。
 にしても…人間的な話に戻って無粋ながら,このブリッジの橋桁は…どうなっとるんでしょうか?湾だから見た目の拡がりの割に水深はないでしょうが,問題は地盤。厚い堆積物は瀬戸内海の底よりはるかに脆弱なはずで…。

 17時38分,橋から突きだした展望台のような構造物を過ぎる。工事中らしくまだ人影はない。
 行く手の左前方に雲間が見えてきた。
 薄く黒ずんできた行く手南方に,長く伸びる黒みを帯びたラインが見えてきた。左右の水深も所々浅くなった箇所が現れてる。
 南の川岸が近いのでしょう。
 つまり,刻々とその太さを増しつつあるあの黒の線が──中国大陸サウスイーストコーストの始まりの場所であるらしい。
▲ 寧夏へのバスから

 どことも言い難い。水草だけが支配する呆れるほど広大な面が見えているだけなので。しかし,とにかく南側の岸辺らしい。
 17時47分。やっと,ここはもう地面のある場所なのかな,という感じに人家が立つ場所を過ぎる。
 薄暗く降りてきた夜の帳に,街の電灯色が無数に煌めくのが見えてきました。
 この辺りも高層ビルが林立してます。
 杭州湾海上大橋の建設費は日本円換算で1650億円とされる。これだけの巨費を投ずるリターンは,上海の郊外ベッドタウンを杭州湾の南にも延長することしかあるまい。これらビル群はまさに予定通りの開発でしょう。まだまばらで,それ以外の広い面積が田園風景と人民公社時代を思わせる二階建てのアパートですが,北岸の上海近郊と同じく,時を経ずしてビルの林が覆い尽くしていくのでしょう。
 こういうのを見てると,隣国の国民として危機感というより恐怖感を感じる。大陸中国のこのインフラ構造物の伸長は,本当に「増殖」という実感で,メキメキ音を立てて地を進撃してく。
 今この大陸が呈してる変移ぶりは,万里の長城とか始皇帝の運河とかを凌駕する圧倒的な規模で行われてる。しかも,語弊を恐れずに言えば──面倒な民主的手続き抜きに,極めてシンプルでそれ故に確実な実効性ある構想の基に。
 もろそのまんまの「南岸」というショッピングモールが左を過ぎていきました。

 18時5分。十一時の方向の地平の雲間から,万円の月が昇ってきた。
 そういえば中秋の翌日です。
 雲に隠れては現れながら,静かに浮上しつつ明るさを増してくる円月。見事の一語。絶景です。
 さてこの壮観を語りたいところですが,スマホの充電池が残り30%です。 心苦しいところですけど,この名月夜のひとときは,寧波到着まで我が一人のものとして酔い味わうことに致します。
 こりゃ,酒買ってくりゃ良かったぜ!

 寧波到着について,なぜかこの日全く記録してません。
 頭から「?」マークが溢れかえるような到着になりました。
 バスターミナルからホテルまで歩くだけと思ってたら,どうも距離がある。寧波駅の北側にいるはずが,どうやら南側にいるらしい。バスターミナルが移動したのがその違いの理由っぽい。しかし問題は,それはともかくホテルを含む中心街エリアに,駅を跨いでどう行っていいのか分からなくて,しばらく東西にウロウロしてたからです。
 これも知らなかったが,寧波にはごく最近※,地下鉄が開通したようです。
※2014年5月末開業
 結局,寧波駅の地下に,この地下鉄に乗る体で一度降りて,北へ出ることになりました。ただこの時間の地下街に降りるとほとんど誰も通ってない通路に広告のネオンだけが輝くばかりで…ホントにここ通っていけるのか?と不安はいや増すばかり。地下鉄の構内に入ってやっと人の姿を見かけるも,それでもえらく閑散としてて…いーのかホントにこっちで?
 つまり一言で言えば,寧波駅周辺の再開発でこの地区は構造化が進んで,景観も導線も一変してしまった。土地勘のない人間には難易度の高い状況になってたらしい。
 北へ出れば何とか目処が立ってきました。予約のホテルの周囲にはそれなりの店もある。
 19時半頃にチェックインしたのでしょう。しばらく茫然と休憩を取った記憶があります。

 と,推測してたんですが,どうやら違ったようです。
 寧波[火占]の構造に動転し,ホテルの部屋に座り込んで呆然,というのは事実ですが,げに恐るべきは我が食欲!この駅から宿までの最も不安感高まる間で,何と初飯を食ってました。
 恐ろしきというより,どうなとなれや,と開き直った臭い。旅行者って生物はこの開き直りを経ればもう最強です。逆に言えばこの開き直りが早い時期に訪れるかどうかが,好い旅になるかどうかを決めると言いますか。
 さて自慢はともかく,所は寧波[火占]北の市街入口,宿をとった馬園路の入り際の角地にありました自「シンニョウ+先」快餐 [ロ合][四/タ]快餐・面食。つまり「ハモン」というお店で,ガンダムファンにはたまらないかと。

▲自「シンニョウ+先」快餐 [ロ合][四/タ]快餐・面食に並ぶセルフのお皿

 寧波に入って初めて見かけた飲食店でしたから,この入店時には「馬園路のこの暗さ,もうあんまり店はないかもしれん。とにかく食えるとこで」という思いで飛び込んだみたいです。けど結果的に,このバイキングタイプの店が寧波の飯屋で一番普及してるタイプで,かつ一番寧波らしいものを取りやすい形態でした。
 そのあたりも,このサウスイーストコースト行が如何に旅行運に恵まれた旅行だったか,思い致されるところです。
 取った皿は3皿。かなり豪勢なものになりました。
泥臭い魚のニンニク唐辛子和え
臭い菜っぱともやしのイカ煮込み
豆腐のキノコスープ
24元

 泥臭い魚のニンニク唐辛子和え。
 何が感激したのって,ちゃんと魚だけのコーナーがあること!中国で魚食って大連とかを除いてありえないというのがこれまでのわしの認識でした!
 嬉しくなって白身の一匹を取ろうとしたが一応値段を聴いてみる。げげっ?一皿20~30元のがザラなの?安めのから選んだこれでも16元です。
 ただ,味は非常に面白い。魚の身の味自体は泥臭い。川魚かもと思う。けどもここにあまり辛味のない大振りの唐辛子のぶつ切り,煮込まれたニンニクが加わると…!
 何だこの精妙に組上がった味覚は!
 おそらくニンニクを煮詰めた汁の醤か,中華スパイスかが,わしの全然知らない作用を施してる。

 臭い菜っぱともやしのイカ煮込み。
 菜っぱは時々浙江で食って,ああっ失敗した!と騒いできたアレ。もやしは,最初はジャガイモの千切りかと思ったほど未知の種類です。イカも小さなタイプでおそらく日本にいない種族。
 この未知の食材3種によって編み出されてるこのスープ。
 見た目は気味の悪い濁った緑色で,魔女が煮込んだ何やらの薬みたい。味は,これ何と言えばいいのか?韓国のチュオタンを想起させるいがいがしい舌触り,でもこの変なイカの出汁が丁度よく,背景に隠れては消える先の月のような朧な味わい深さを見せる。
 しかしこれ,旨いと感じていいのか?とにかくこれはこれで完成された味わい。

▲自「シンニョウ+先」快餐 [ロ合][四/タ]快餐・面食の泥臭い魚のニンニク唐辛子和え,臭い菜っぱともやしのイカ煮込み,豆腐のキノコスープ

 豆腐のキノコスープ。
 一口食べて手が止まった。
 この──後味に効いてくる危ない薬物のような高揚感は…何だ?
 豆腐の中華スープ。それだけのものにしか見えないし,後味まで実際そういう味です。後味のそれが椎茸に由来する部分を持つことは感じ取れるし,実際わずかに椎茸は混入してます。
 しかしそれだけで…なぜここまで完成される?
 濃い調味は何もありません。醤も辛味もほとんど感じとれず,ただトロミと自然な塩気があるだけ。それでいて,この一口ごとにジ~ンと脳髄に痺れを感じるほどの,旨みとすら言い難いこの飛翔感のような味わいって?
 正直これは理解不能です。こんな味覚が,同じ東アジアにあったのか?あるいは,中華の底ってこんなに得たいの知れないものなのか?そういう皿でした。
▲寧波永和豆ジャンの牛肉豆花[テヘン+労]飯+冷菜

 その後ホントに宿にチェックイン。やっと人ごこちがついた。
 えらく寂しく思えたこの馬園路も,この宿の辺りではかなり賑やかになってきてました。少し歩いてあわよくばもう一食…と町へ出ることに。
 うーん。マックとかはあるんだけどどうもピンとは来ない。対面(東側)に大きなホテルがあって,この宿を中心に店があるようですが。
 少し駅の方に戻った交差点界隈。このエリアにはやや自律的な商圏があるみたい。ただ,やはり時間が遅いんでしょうか。食い物に関しては,さっきの店みたいな「さあ食え!」的なとこはあんまり見当たりません。
 その中では一番食べ物屋めいたこちらに入ってみる。「永和」とあるんで台湾の「大王」かと一度は通りすぎたんですが,少し違う雰囲気だし,「寧波」と付されてるからには土地独自の店だろうし。台湾永和の関連だったとしても,まあちょっと腹を膨らましとくかというあいまいさで入店したのでした。21時11分。寧波永和豆ジャン。
 先にカウンターでチョイスする方式。レジのお姉ちゃんの後ろに掲げられたメニュー表を睨む。
 母国語で書いてないメニューでは,この形式はかなり苛酷です。
「特別推奨」マークがあるぞ?これは…バン飯?香港のバン麺じゃなくて?広東のパクリもの?いや牛肉なんだから上海系の色彩も帯びてる可能性はあるかも?でもそこに豆花?
 お姉ちゃんの眼が見据えてる。その圧力に,ついとっさに「バン麺…」と考えてた言葉をこぼしてしまったら,よっぽど気の短い姉ちゃんだったのか「バン飯だな?はい一丁!」と勝手に確定されてしまった。瞬時にレジスターがカタカタとレシートを吹き出し,お姉ちゃん,紙片をピッと剥ぎ取るやわしの手にドンと押し付ける。
 ──のでスゴスゴと席につく。
牛肉豆花[テヘン+労]飯+冷菜400
 こんな6文字をプロットしたレシートをまじまじと見やる。で?これは一体何の料理だ?
 え?バン飯?
 完全にバン麺と勘違いしてた。「拌麺」とも書くやつで,あれは確か「涼拌麺」が日本の冷麺を指すように「混ぜ麺」,つまり本来の漢族の麺食いの形態のことでした。
 ではバン麺とは?混ぜ飯?
 そうだ,確か吉野家の牛丼が「牛肉バン飯」と書いてあった時代がなかったっけ?つまり韓国の「トッパブ」にあたるもの。──ということは飯に「牛肉豆花」がかかってるってこと?牛肉と豆花?何だそれは?
 後で検索すると,四川にカテゴライズされて「白い麻婆豆腐」と紹介されたページがいくつかヒットしました。
 とは知らないわしの目前に,惑う暇もなく,その盆が来た。
 やはりこの旅行は大吉らしい。諸々の意味で逸品でした。
 見た目,麻婆豆腐そっくりの色の物件です。それが平皿のライスにどぼどぼとかかってる。
 一口。それで既に,衝撃に打たれるに十分でした。
 え?ええ~っ?
 牛肉のそぼろには唐辛子辛さはなくて,ひたすらに肉の味わいが響いてるのに,豆花はあの可憐で実直な甘みをひたすらに醸し続けてる。この2つが,唐辛子という強い個性の不在によって互いに別の高度でスレ違い,かつて味わったことのない甘くて肉肉しい不思議な食感を作り上げていきます。
 これは凄い!
 味わった限り,(ネットで紹介されてるように)四川のものとは思えません。四川にもあるのかもしれませんが,この今食してる皿の牛肉は,明らかに東肉の漢方スパイスが効いてて,単なる牛肉の肉汁ではない超絶的な飛躍力の味わいを発揮してます。この漢方スパイスの魅惑的な香気が,最期に豆花の朴訥な甘みと,元々違う高度を飛行してたにも関わらず絡まりあってくる。この悪魔的とでも言うべき緻密な設計は,まさに上海料理のセンスで──これはもう浙江四川としか言いようがないのではないか?
 どうもわしは広東四川とか何とか勝手にどんどん新ジャンルを創出してしまってますが,ここに来て気づくのは,四川って中華全体にとって既にフランス料理で言うなれば「ヌーボー」的なカテゴリーを意味してた,あるいは意味しつつあるんじやないかと思うのです。つまり,古い中華体系にない劇味,妙味に果敢に挑み取り込もうとする「運動」のようなものとして。
 幸いにも漢族は,これほど古い殻を纏いつつも,その旺盛な生命力(この場合は食欲)ゆえにまだまだそうしたヌーボーを背負っていけてます。上海料理の源泉たるこの寧波で,白い麻婆豆腐が食えてるこの一食が,そのことをまさに雄弁に証明して見せてくれてます。
 ビバ,中華!──とでも祝杯をあげたくなる一膳です。
 ちなみに──とサブで語るにはこちらも惜しい涼菜。人参の辛味和えとでも言うべき一品。煮て甘くした人参に,これは青唐辛子でしょうか,しばらくすると悲鳴をあげたくなる辛味が追いかけてくる。この計画的な落差,貴州料理が使いそうな悪魔的な設計です。この墜落的な辛さと白い麻婆の安らかな味わい,我ながらというか超偶然ですが,素晴らしい相性を見せてくれております。
 ビバ,寧波!
▲[酉享]香栗子餅

 21時半を回り,宿でのお茶をくゆらせております。
(福建省[シ章]州 沼安四海食品)[酉享]香栗子餅150
 こちらは宿の向かいのコンビニ買いの品。これだけが古式ゆかしきわら半紙なような紙で巻かれた円筒形で売られてたんで,ちょっとタバコのついでにレジに持って行った物件でした。
 細かい字で読みにくいんですが,産地だけは購入時にも確認できました。福建省とある。古くからの菓子らしい。
 商品名を正式に書き出してみる。
「黄金興 [酉享]香栗子餅 港台特産」
 製造者・沼安四海食品は福建省の店で,この謳い文句だと香港と台湾が発信地ということになりすが,ネット検索してみて頂ければわかります。マイナーながらすごい分布域が現れます。台湾で血眼になって探してる人もいれば,日本の木曽福島の和菓子屋のに唸ってる方もいるという,謎のお菓子。
 (全部が同じルーツと内実を持ってるかは確証がありません。関東にも関西にもあります。)。
 それはしかし一時置いて──わしは潮州的な味覚として味わえました。つまりビスケット生地の中の栗は,これは蒸してない。つまりマロンケーキやくりきんとんの材質的な発想は,おそらく雑穀食を主食としてきて,栗を他と同じように蒸した人のもの。けれどこの菓子は,主食を蒸す食文化圏のものではなく,粉食文化圏のものでしかありえない。同じく蒸し米文化圏の潮州になぜなのかは分からないんですが,潮州の,少なし菓子の特徴はこの粉だと思います。
 不思議な菓子です。旨いというよりしっとりと浸ってしまう味覚でした。
 宿回りで手早く当たるだけでこれだとなると,明日からの本格稼動に俄然期待が高まりつつベッドに倒れたサウスイーストコースト入りだったんでした。