本伝08章[Step73]SF:具流目タウンの変貌

 277日目 
▲59.6kg(半減+8.4kg)
▲60kg目前!

の物語を初めて世に伝えよう。
 広島県具流郡具流目(ぐるめ)町。人口1万人の瀬戸内に面した中規模な町。郊外には農地もかろうじて残り,まだどの都市のベッドタウンにもなってない,けれどもそれなりの商店街や大型店はある独立型のエリアです。
 ごく普通のこの町に,その異変は密かに舞い降りたのでした。

「かずちゃん!」麻美ママの声。「ちゃんとご飯食べなさい!」
「だって」座間一志(13)君は既に半泣き状態。「おいしくないんだもん…」
 座間宅に限らず,それはその朝町のほぼ全ての食卓で交わされた会話でした。
「何だこれは!」
「こんな不味いもん食えねえよ!」
 おかげでこの朝,人々のほとんどは腹ペコで学校へ職場へ出かけたのでした。
「そうなのよ…」奥さん方も自ら話すのです。「今朝初めて気づいたんだけど,うちの…ってことは私の作った朝食,何て不味いんでしょって」
「実は私もなの…」
「今晩からちゃんと勉強して美味しいご飯作らなきゃって気になってきちゃって…」

 その日の町のスーパーで。
「店長!どうしたんでしょう??」
「今日,お客様いつもの倍はいますよ?」
「金沢君!」感動屋の店長は既に男泣き状態。「やっと我々の苦労が報われる時が来たのさ!」
「はい!」新米店員の順ちゃん。「賞味期限を添加物でごまかしたり古いフライを揚げ直したりしてきた甲斐がありましたね!」
 その一言に年配のパート増岡はポツリ独り言。「私はこの店じゃ買わないけどね。怖くてさ」
 しかし店長「その通りだ順ちゃん!」
「けど…今日のお客様,嫌に熱心に商品選んでませんか?」
「いいさ!買ってくれれば!…さあいい風が吹いてきた~。来年は2号店オープンか?」
 けれど──2号店はオープンしませんでした。そのスーパーの客足は次の日から減り続け,次の月には閉店を余儀なくされたからです。
 閉店の日。
「なぜだ!」既に店長,悲嘆の悔し涙。「私の商魂を注ぎ込んだこの店がなぜ!?」 
「では中野店長,長い間お世話になりました。ところで」増岡さんはちょっと晴れ晴れした表情。「もしも…どうしても理由をお知りになりたければ,2丁目のスーパー岩本に一度お越しになっては?」
「ライバル店に行けだと?」ギラリと店長の憎しみの眼。
 けれど増岡さんはケロリとして「ええ,野菜は有機,肉も魚も産地直送の消費者志向のお店。こちらと品が違うんです。明日からの私の職場です」
「な」既に店長ブチ切れ状態。「何だと~!アンタ恩を徒で返すか~!」
「じゃ失礼しま~す」

 そのスーパーは具流目で最大の店だったのですが,その閉店も実はあまり話題になりませんでした。あまりに大きな変貌が町を襲っていたからです。
「奥さんご存知でした?3丁目の八百尾の森永さんの野菜が美味しいのよ。何でもその朝採れたてのを農家から入れてるって言うじゃない」
「あらそうなの?スーパー岩本より美味しいのかしら」
「あそこお肉やお魚はよろしいんだけど…」
「そうよね…野菜はちょっと」
「宅の主人も森永さんの野菜なら美味しいって」
 いつの世も食べ物の世界は完全な直接民主主義。店長のスーパーが潰れた月のうちに実に町の半分の食料品店が閉店したのです!
 その代わりに売れる店には客が殺到。漁港から直送の新鮮な魚,化学調味料を使わないソウザイ,名産地から入った漬け物などを少し高くても賞味期限に正直に売る,ホントに美味しい店に。
 小料理屋もにわかに繁殖しました。味が深い店は間違いなく客が流れます。それを聞いて他からも料理屋が移って来ます。
 そうなると近隣の農家や漁師の開拓が躍起になって進みました。町郊外で新たに農業や漁業を営む人も。
 町の一角に農家の朝市が開かれるようになりました。味に間違いのない料理屋群と合わせ「グルメタウン」として全国に認知されるのは年が明けた頃。

 小規模な農業漁業や食料品店の新興により,町の産業政策も変貌しました。
 商工会や農協が自信を取り戻し,自治政策に親身に協力。産業実態に根付いた町起こしが信じられない容易さで行われ,全国自治体の理想となり,片山町長は年中講演旅行。
 しかし片山町長が町史に名を残したのは,産業政策でではありません。変貌から2年目の春,具流目高校から東大合格者が2人出たのがその始まり。この高校は有数の学力校として名を馳せます。
 具流目高校卒のかずちゃんが総理大臣に就任するのは,変貌から25年目の夏でした。