本伝08章[Step74]SF:グルメタウンの誕生

 278日目 
▲59.6kg(半減+8.4kg)
▲60kg目前!

を引き続き語り伝えよう。
 具流目町の夜空に不思議な円筒形の物体が現れたのは,変貌開始の3ヵ月後。
 地方公務員の座間まこと(39)は,イベント打ち上げの焼き肉屋から千鳥足で自宅へと歩いてました。
 ひゅ~ん…べちょり。
 前振れもなく,頭の上に何か落ちてきたのです。「何じゃあ~」座間氏が手に取ったのは,牛タン状の柔らかい物体。
 さっきまでつついてたタン塩の残りか?酔っぱらいの頭でとっさに口に運ぼうとした座間氏の脳裏に響く声。
「ちょ…ちょっと待って!食べちゃだめエ!」
 誰だあ?やっと我に帰った佐藤氏の目前に,朧な人影。たっぷり1分かけて,それは徐々に人間の姿になっていきました。
「それ返して」
「返すう~?ヤダね!」
 その人影にとって最大の不幸だったのは,座間氏が役所一の喧嘩上戸だったこと。
「それ,大事なんですう~」
「ヤダ!わしのタン塩だもん!」
「タン?分かってるんですか?なら返してくださいよ」
「他人に要求するなら,まず名刺位出せ!」
「あ…失礼しました!」
 酔っぱらいの気迫に反射的に差し出された名刺を,座間氏の右手がむしり取ります。
「えっと…こ…厚生労働省視床下部対策局味覚課事務官~?」俄かに襟を正す小役人の座間氏。「失礼いたしました!本省の方でいらっしゃいましたか」
「いやあ…2050年入省です。一応キャリアだけど」
 聞いてもないのに答えるコイツもちゃんと官僚。
「厚労省キャリアの先生?これはまた何のご用でこちらへ?」
「先生なんて…そりゃ今回の味覚増強波漏洩の後処理ですよ」
「増強波?不勉強なもので…?」
「味蕾の感覚を倍化する特殊音波が誤って時間転送されちゃって…このエリアの方々に照射されたでしょ?」
「ああ…あの件でございますな」
 知りもせんのに話を合わせつつ記憶を検索する座間氏。
「やっと照射先が特定できたんだ。当然これタイム・パラドックス規制法に違反するから,今日はその現状復帰にね」
「現状復帰…と申しますと?」
 座間氏,やっと事の重大性に気付いて酔いから覚める。このところの町の住民の味覚の異常な鋭敏化の原因が…コイツらなのか?
「増強波を中和剤をこのエリアに散布して」とそこまで話して座間氏の怒りの眼に気付いた未来人。「…あ…喋っちゃった。禁止事項なのに」
「現代人と接触して未来の知識を与えることが──って事か?」
「…」さっと腰から銃を取り出す未来人。
「う…撃ってのか?」
「ご心配なく。記憶を消すだけです」
「お前らのせいでこの町がどんな混乱に」
 バシュッと放たれた光線。座間氏,とたんに崩れ落ちます。
「ところで,舌を返してもらいますよ」
「舌?」
 意識の途切れ行く座間氏が懸命に言葉を繋いでいます。
「我々は五感を含めてサイボーグ化されてますけど,味覚だけはまだ技術的に不可能で。舌は私の唯一の生身なんです」
「つまり…入れ歯じゃなくて入れ舌?」
「2058号任務終了…うまいこと言いますね」通信機器に報告を入れた未来人の姿は,既に転送を開始したのか薄まっていきます。「って意味では,舌以外の体全部が『入れ体』。生身部分の舌の機能維持は行政の役割でして。この音波はその療法用ですよ」
 翌朝,座間氏は道端で全てを忘れ目を覚ましました。
 なので…誰も事の真相を知る者はいません。味覚の増強が3ヵ月で終わったことも。
 それなのに──

「なのにグルメタウンは誕生した」味覚課長・中野氏は身を乗り出し「その理由が分からんと?」
 漏洩事故の処理失敗の査問会の席上。事務官は無言で頷きます。
「人間は社会的動物だよ」課長ため息一つ。「3ヵ月の間に産業構造は変貌し,システムとして安定したんだ」
「!」
「それ以前に──味覚がより高次な第二次味覚野の感性に昇華すれば,味蕾機能を元に戻してもダメ」
「じゃあ…後は…あのエリアの住民を消滅…」
「座間事務官」課長は立ち上がります。「即刻処置せよ!」
 気弱な座間事務官は真っ青。
「…という訳にいかんのだ」課長は急にニンマリ。「心配するな。君は任務を果たした」
「?」
「あの変貌で現在の座間総理がいる。つまり」課長は声を潜めました。「君のお父さんだ」
「え…親父があの町の」
「というか…わしもあの町の生まれなんよ」課長は急に広島弁。
「そういえば…中野ってあの潰れたスーパーの?」
 その時,通信機の呼出音が。「あ…父さん?心配ないって!上手く処理したから…」