外伝05O蘇州ヰ 星期天之上午 ヰ
素食暴食して功徳とは是れ如何に?

■上牛五点五十五分■
 朝も早よから宿を出る。まだ真っ暗,小雨降る。
 しかし――今回はゾロ目が多い。また初日の空港リムジンバスの発車時刻が5時55分。静安寺のアパートメントの部屋番号が1111。そして,今動き始めた始発の地下鉄の発車時刻も5時55分。スペシャルな旅行運?
 こんな早い時間から行動開始する予定は,実はあんまなかった。アラームもかけちゃいない。ただ,目が覚めただけ。なんで?と思いつつも,今日リニアで空港に向かうまであと10時間しかない?って意識が目覚まし変わりになってしまう…平日の寝坊とは別人格。
 魂の底の方が,この旅行からガンガン何者かを――まだ言葉にできないコトどもを貪り喰ってる。
 8号線,虹口足球場駅で下車。歩いて山陰路を目指す。
 陰陽の概念は中国の易のものだけど,「山陰」なんてネーミングは,平地の広がる大陸には理念としても現実としてもありえない。間違いなく日本語が語源。
 魯迅ゆかりのこのエリアは旧日本租界。多倫路には日本家屋の懐かしい風景が広がる…みたいにガイドブックにはあるけど,それは大したことなかった。まあ落ち着いた下町ってとこ。
 で,山陰路に入ると,まだ暗い中目的のお店だけにがんがん人が入っていくんで,小さい店ながらすぐに発見できた。
 --万寿斉。饅湯の名店です。
 レジで食券購入。小龍食ってる人も多そうだったので,そっちもちょっとつまむことに。
三鮮饅湯(6元) 270 
鮮肉小龍(2元3毛)×5個 225
 ちなみに,レジ後ろに貼ってある他のメニュー表を見ると--
牛肉面3元
葱油拌面4元
麻醤面4元
雪菜肉糸面6元
辣醤面6元
素交面6元
辣肉面7元
大排面7元
菜肉饅湯5元
紅シャオ牛肉面10元
哩牛肉面9元
小饅湯3元
 …とかなり庶民的なお店。店員もこの時間から厨房内も入れて10人近くてきぱきと働いておられる,って割にはサーブはとっても遅かったんで,ここまで記録できたわけさあ。
 しかーし!!味はすばらしかった。饅湯は歯ごたえ十分な厚皮な上に,蘇州面で味わったような小麦粉の味ががつんと来る。それを中身の肉と野菜と,おそらく海老だと思うけど,複雑な味覚が追いかける。京料理のような腹に染みる中華を,今回初めて食った。
 小龍の方も,基本的には同じ味。小楊のような肉汁どぴゅって感じの凶暴さはない代わりに,同じく口内に染み渡るダシ系の静かな迫力。
 ダシって言っても,純日本料理の一番ダシめいた技巧的なもんじゃなく,(関西より西の)西日本の魚介類や野菜から直接とった自然で複雑なやつに近い。何となく,新大陸から唐辛子が,華北から肉食文化が入る前の上海料理本来の味覚ってこんなだったのかな…とゆーイメージが膨らむ。ひょっとしたら,上海や広東の味覚って要は東シナ海の海人族の食文化で,西日本の味覚と元々同源だったり?…なんて白昼夢に耽った幸福なお味でした。

■上牛八点正■
 人民広場駅まで南に戻って黄河路へ。昨日空振りした佳家湯包に,本日は朝駆けで参りました。さすがに席は空いてたけど,やっぱり満席近い!人気度はすごいみたいだけど…
[虫下]仁鮮肉湯包(9元) 270
紫菜蛋皮湯(2元) 50
 「歩き方」なんかが薦めるのは純蟹粉湯包。上海蟹のワンタンはここでしか食えない!って書いてるけど,お値段は81元。日本円にして1200円しないから金がもったいないわけじゃないけど,こーゆー庶民的な値段のお店で他のメニューと比較して明らかに馬鹿高いこいつが人気商品なわけがない。明らかに観光客向けだろ…ってことであえて[虫下]仁鮮肉にした。日本にない漢字だけど,要は海老シューマイ。ちなみに紫菜蛋皮湯の「紫菜」はノリで「蛋皮」は卵だから,ノリと卵のスープね。
 …うーん。まあまあかなあ。どうも,ここは黄河路って場所が味方してんだろな。今のわしの舌は,残念ながらシチュエーションに騙されてくれない。残念ながら万寿斉の圧勝でした。

■上牛九点十五分■
 南京西路をさらに西へ急ぎ足。程なく見えてきた功徳林の大看板。ってゆーか黒地に金文字のどデカイ文字が嫌でも目に入ります。
 中へ入ると,これがまた重厚なお部屋。まるでお寺だな…と思ってたら,仏壇にド迫力のお釈迦様がおられ,線香までくゆってるのよ!
 店名の意味を理解する。なるほど。さては中国人にとって,ここでの食事がまさに「功徳」だって,そーゆー場所なんだな?


▲功徳林の客席風景。必ずしも坊さんだけじゃなくて普通の市民が家族とかで来てる。皆さん熱心な仏教徒ってことだろう。

 やっぱりチケット制なんで,まずカウンターで支払いをしようとすると…ええっ?
 結局頼んだのは,
五香素鶏面(5.5元) 500
だったんだけど,適当に頼んだだけ。だって,こんなメニュー見たことないぞ?どういう料理なのか皆目見当つかねえ!!他のメニューも先に紹介しよう。
辣醤[テヘン+半]面5元
イ十錦面6元
三片面6元
双茹面7元
 あと,香茹菜包と細沙包ってのがあった。これらは包子(肉まんあんまん系)だってことは予想できたんで頼もうとすると,外売りの場所で買うんだって。
 これが6時半から9時半までの朝のメニューの全て。急いで来たのは,この朝のメニューを逃しそうだったからですわ。
 今回の旅行の最終日,このお店に来たのは,以前読んだ森枝卓士さんの「アジア菜食紀行」で紹介されてた中国系の精進料理(「素菜」と分類される)が気になってたから。足のあるものなら食ってしまう漢民族の食文化のただ中にも,仏教徒が作ったヴェジタリアン文化があるってのに興味があったわけ。…けど,こんなに勝手の違うメニューとは思わなかった。
 さて,その謎はとりあえず食ってみるしかない。問題の五香素鶏面が来た。見る限り単なる汁そば。でも麺の上に乗ってるのは,どう見てもぷりぷりのお肉でっせ?ヴェジタリアンなんじゃないの?大体,「五香素鶏面」って品名自体「鶏」肉が入ってるって意味なわけで…とさらに???なまま,とにかくかぶりついてみた。

▲謎の一品,功徳林の五香素鶏面

 口内に広がったのは,やっぱり醤油で煮込んだ鶏肉の味。…あらら??でもちょっと違う??何かガンモドキっぽい味もするぞ??
 あ!そーゆーことか?!
 菜食紀行の文章を思い出す。つまり,これは鶏肉じゃないんである。鶏肉に限りなく近い非肉系料理,おそらく日本のガンモドキのような大豆由来の食材らしいのね。
 そう分かると,途端に謎の五香素鶏面が安っぽく思えてきた。要は「マルチャン赤いキツネ」じゃん!!…と思ってさらに舌に集中してみる。いや?!これはこれで美味いぞ??「赤いキツネ」とはまた違う??
 「素鶏」,面白い食材じゃねーか!!不真面目な仏教徒のわしとしては,美味けりゃそれでいいぞ!!面白い面白い!!
 ちなみにこの功徳林で,昨日王家沙で買った緑豆包子に似た饅頭があったので1つだけ買って帰る。結構美味かったのよ。ヨモギかそれに近い香草が餅に練りこんであるらしいこのスイーツ,青にもう1文字,米偏に口の中に「才」を入れたツクリの2文字のお菓子らしい。少なし上海では,気をつけて見るとあちこちで売られてました。功徳林のもかなりイケた!!


▲功徳林の青[木団]ポスター

■上牛九点五十分■
香茹菜包 150
豆ジャン 100
 そのまま南京西路まで歩いてたら,途中,包子がばんばん売れてる小さな店を見つけた。中国朝食の超定番,豆乳と包子をも一度食っときたくて,ついつい1つずつ買い求める。適当なベンチでおもむろに食す。
 やっぱこれは最高!!
 日本のコンビニには,あんだけ色んな包子を置いてて何で菜包がないんだ?豆乳はあるから,あと菜包さえあればこれが毎朝食えるのに…。ほうれん草,青梗菜,ニラって辺りの野菜の包子なのよ。肉なんか入ってなくても,これで十分美味いのよ!
 南京西路まで戻る。また小楊の行列の前を通ってしまって惹かれたけど,本日の目的は別にあったんで,心を鬼にして再来時に回すことに。
 駅より西へ200mほどで見えて参りましたのは澳門莉達蛋撻餅屋。小奇麗なスイーツ屋さんでした。
 蛋撻餅ってのはいわゆるエッグタルト。上海っ子の間で今流行してて,中でもこのお店のは最高と聞いてたのよ。
 職場への土産のつもりで,職員の人数程度の12個を購入して日本まで持ち帰ることに。…後述するけど,結局職場の皆さんの口に入ることはなかった。ゴメンナサイ…。

▲南京西路の他の店で見たエッグタルト。ここでは「葡式蛋撻」として表記されてたけど,「蛋撻」の2字が使われてたらコレだと思っていいみたい。
■上牛十一点四十分■
 功徳林がツボにハマりまくったわし!
 調子に乗って最後の1食も精進料理でシメることにしちゃいました。(つまり午前中に4食したわけだ!)
 人民広場駅にまた戻って,今度は淮南中路まで南へ歩く。少し分かりにくい場所で迷ったけど,嵩山路から入った上海皇宮っていうスクエアの中に無事発見できました。
 棗子樹。ナツメヤシの木って意味だと思う。
 まずはとにかく,注文した4品を見てやって見てやって!――あんまり面白くて,この写真で紙面が尽きた!もう1章続きますね。


▲合川辣片(30元):[メニューの和訳(以下同じ)]精進豚肉と辛味噌の炒め
 味は完全に酢豚。これはもう,完全に豚肉の酢豚でした!いや…豚肉よりも大豆の旨味が深くシミて,わしはもっと美味く感じたぞ!!


▲紅[火屯]素獅球(16元):精進肉団子とアスパラガスの塊を蒸したもの
 肉団子は食べたことのない奇妙な味。悪く言えばドッグフードみたいな安っぽい味覚ながら,やはり食材としちゃ面白い。少なしとてもベジフードだなんて…


▲銀糸豆腐羹(10元):細切り豆腐のスープ
 純然たる豆腐味。素麺状の豆腐が淡く白い汁と一体になっててウマウマ…これはほとんどスイーツ!


▲小龍湯包(15元):スープ入り饅頭
 これだけはヤッパ,本物には劣る。肉汁ドピュッの凶暴さがない。でも日本のシューマイよりははるかに美味で肉っぽい。