外伝04━〓━〓皐月之講━〓━〓
寺町通り高辻上る「あいば」の卵焼き

Ψ 立夏~小満
δ 鯛の子と蕗の煮合わせ,ちりめんじゃこと出盛りの青物
θ 柏餅と粽

 GW後半を台北歩きに完全投資しちゃったもんで,今月は月半ばを回っての京都塾です。
 ――決して忘れてたわけじゃないッス。信じてくらはいお師匠様!
 身の潔白を証すべく(?)5回目の今月は京都駅から錦いけまさ亭へ直行いたしましたッ。
 えーと今月のメニューはと。…って先月メモったのを,全く確認しないまま席についてしまってました。
 おいおい!何がお師匠様やねん…やる気あんの!!
 ――ないッス。
 だって先週,台湾旅行で溜まりに溜まったお仕事に経済危機対策がプラスされちゃって,ゲンナリお疲れ様モードなんですもん。特に木曜日の徹夜がキイタよね早めのパブロン。
 はっきり言って京都で遊んでる場合じゃないんだけど…なッ何を謂うか!(言ってねーよ)それとこれとは話が違うッ!(違わねーよ)
 新型インフルの国内初感染が神戸で出て大阪でも危ないって近畿地方は,この土日,雨模様。――我ながらよーやるわ…。


▲いけまさ亭5月の定食

かつおたゝき
焚合せ
大椎茸のすり身天麩羅
三度豆の練り胡麻和え
白ご飯・香の物

 炊合せは同じ味付。毎月素材が変わってもやっぱり最高デス。
 三度豆も,胡麻がいー味出してました。
 さて。高知マニアとして先月食ってかかってしまった鰹のたたき。まあ味見したろかい!
 ――う~ん。やっぱ質では高知じゃきに。…と用意してた感想に,何となく違和感が。
 …え?あれ?鰹の質では確実に劣るのに?何だこの絶妙な味わいッ!
 どーも,鰹にかかってる薬味だ。おろしてあるこの何かが素晴らしくキク!ニンニクとニンジンまでは分かるけど,それだけじゃなさそ。とにかく野菜の質と技術が総合点で高知を上回る絶妙なバランスを醸してんのよ。
 プラス,椎茸にも驚いた。房の下に塗り込んである白い塊を,お品書き見てないもんだからてっきり豆腐だと勘違いしてた。

「どーでした?」店のオバチャンが話しかけてくる。「今日はどちらから?」
「ええ今日も美味しくいただきました。お母さん三次って言うとはりましたよね?僕広島からですわ」
「ああ…また来はったんで?」
「はあ」ゴメンナサイ,修行中の身でして…「月に一度は来たいなあって感じで」
「あら,それはそれは」暇なんですねえ…とは言われなかったけど。
「ところで」気になってたまらず聞いてしまう。「椎茸の中の白いの,豆腐ですか?」
「いいええ…魚のすり身ですわ」オバチャン笑いながら「鯛とか何種類か合わせてますう」
 と言われても信じられんかった。だって…全く臭みがないッスよ!?

 さて6月の予習。
炊合せ
生順才ワサビ醤油漬け
加茂ナス田楽
赤ずいきの胡麻酢和え
エンドウ豆の和風冷製スープ
炒め生姜ご飯
お漬物
「?」分からんぞ?「来月の2つ目のは…何て読むんですか」
「ああ,ジュン菜」とお母さん。「池の中に出来るの。味噌汁の中に時々入ってない?ブツブツした野菜。鉄の爪みたいなのでカシカシ切って採るのよ。秋田とかが有名だけど広島でも採れますよ」
 軒先で品物を見せていただきました。あッこれかあ!すんません素人なもんで…また勉強させてくださいね。


▲美齢 軒先

 台湾の衝撃がデカ過ぎた!いけまさ亭から直行してしまったのは黒門通り。
 隠れ家中華料理 美齢を再訪です。今回の台湾で狂ったルー味。その尺度で,国内で一番感動した中華の味覚をもう一度測定し直してみたかったわけ。
 職人の匂いを醸す長髪の主人と丁寧に品出ししてくる奥様の絶妙な間の緊張感。中華スパイスの詰まった瓶がうず高く積まれ,狭いけれど機能的に配置された厨房のオーラ。ほど良く明るい店内の照明に照らされた空間の静謐。
 料理を待つ。

 前菜。3品。ナスの,恐らくXO醤で煮たものか炒めたもの。棒々鶏に胡瓜を添えたもの。トマトとザーサイの香油和え。
 スープ。鶏ガラだけど,山椒と何かルー味を聞かせたもの。
 海老と季節やさい炒。車海老とカリフラワー,パセリと玉ねぎなどの炒め。
 揚げもの。ヨモギふの揚げものに岩塩を添えたもの。
 御飯。
 デザート。豆乳で作った杏仁豆腐。クコの実が1粒載せてある。
 これで1000円。たった札一枚でここまでの仕事をしてくれる。「1食2千円以上の飯が美味いはずがない」ってわしの持論を,これほど証明してくれる店はないッス。


▲美齢 5月ランチ スープと前菜

 前菜の味のレベルとオリジナリティは,前回感じた通り。――凄まじい!!上海系,つまり総合中華の薄味な美味です。
 スープは…あれは何なんだ?いわゆる鶏ガラとは全く別モノに昇華した味覚。前回強くしてた山椒も入ってるけど,今回はごく控え目に使ってある。だとしたら何だ?凄く華やかな味の何かが鶏ガラとジョイントして不思議な高揚感に誘う。


▲美齢 5月ランチ メイン:海老と季節やさいの炒め

 台湾での味覚体験と見事にカウンターパンチだったのが,メインの海老と野菜の炒め。
 確かにごま油で炒めてある。あるんだけど海老にも野菜にも染みてるのは――まさにルー味!台北で惚れぬいたあのルー味だッ!台湾よりアッサリとさりげないけど間違いない,あの深い苦味なの!!おそらく炒め以前に漬け込んである。とくに…カリフラワーのあのブツブツ部分は素晴らしかった!大衆日本中華とは比べようもないほど薄味なのに,それだけでホントいくらでもご飯がイケちゃう!
 ご飯と言えば…ここのご飯って何であんなに美味いんだろ?ほくほくのプチプチ!中華以前です。仕事が細か過ぎる!
 杏仁豆腐もイケてた。プルンプルン!!淡くはかない味わいがお茶に素晴らしく合う。
 そのお茶も,何か…とんでもなく美味え!聞くと,烏龍茶にプーアルを混ぜて独自ブレンドしてあるそうです。これも白湯かと思う位に薄い味。なのにこの深みです。
 ルー味の深みと京都の繊細さの融合。この店は化け物です!


▲二条通(寺町通近く)〉山都げてものの八百屋
 この後,少し歩いて立ち寄った「月と6ペンス」については,下の句にて。
 二条通りを東へ。段々,明らかに街並みの空間が粘りを帯びてきた。簡単に――何となく変!
 寺町通りに入る道2本前位から,その違和感はもう確実になってきた。街並みのオーラが完全に変調してる。
 例えば。陀[イ利]と書いて「ダリ」と読ませる店に立ち寄ってみる。京都近辺の作家の作品を売る店。パソコンカバーを買ってみたけど,古代に法隆寺で使われてた紋様なんだって。和風か洋風かごちゃまぜなんだけどとにかくハイクオリティ。それが逆に非常に京都的!
 そんでもって,そのクオリティの店がてんでバラバラな分野で花咲いてる。その密度は寺町通りに近づくにつれ高まるばかり。


▲二条通(寺町通近く)〉寿司とラーメンと多国籍

 そして――寺町通りに入る。
 アーケード正式には寺町専門店街。ありがちな呼称だけど,まさに専門店だらけ。
 ぱっと見,さほどに見えなくても少し深入りするとエエ~ッ!って店だらけ。


▲寺町通の「torinouta」。楽譜だらけの階段の上に上半身の裸体像。2階には何がある?

 あまりの違和感に疲れて入った「Cafe mew’s」。でも,ここもまた…
 アジアン・カフェを名乗り,キーマカレーからナシゴレンまで揃える店。
 エマニュエル夫人みたいな藤椅子に座って,エスプレッソ飲みつつピースを吹かす。
 子連れのお母さんが便所へ。子どもが追っかけてきて締め出されたと思ったのかドアを叩きながら「オ母チャン~」と泣き叫び始めた。


▲寺町通の「それとな」。それと…一体何なんだあ?

 翌日も朝から歩いてみた。けど…1kmもない専門店街なのに喫茶店の数は異様に多い…。
 北から行くと――
▼嘉木(一保堂喫茶):宇治茶の有名店です。
▼Asian Dining Cafe mew’s:前日入った店
▼DecoyCoffeeHouse:同じビルのPatte d’Oieという店と同じらしいが関係不明
▼Coffee Shop Union:古めかしい雰囲気の喫茶店
▼古伊万里茶房大吉:器で売ってる。高級店臭い。
 そこからいきなり,お肉のオカダ,幻カレー,京平ラーメンと色調変転。
▼エイト珈琲店(休業中)
▼Music Cafe & Gallery:音楽環境で売ってる店?
 上海人人飯店ってたまらなく魅かれる店を過ぎて,
▼Cafe Angelina

 ちょっと入ってみた。しかしまあ――「エスプレッソ?シングルでよろしか?」って確認されたのは,いくら関西でも初めてやったな。頭ボサボサでインド人みたいな髭を生やしたマスターが,店の軒先で平然とタバコ吸ってます。
 このすぐ南が市役所のそびえ立つ御池通。これより南が寺町専門店街とされる。三条通より南は寺町京極商店街。この間が狭義の寺町商店街みたいね。


▲寺町通〉和洋ごちゃまぜ店並み。よく見れば深い。そこがたまらなく京都チック!

 あと,寺町通りの四条南側は,電気店街になりつつあるのね。
 パソコンの買い取りや専門ショップが,仏壇屋や古本屋,洋酒専門店なんてのを挟みながら続く様は,またコレはコレでものすごい奇妙な空間だず。
 その中にいきなり現れる,ってゆーか生き残ってる飯屋がある。住所は「寺町通り高辻上る東側」とこれまた京都的。
 前から気になってた「あいば」です。
 典型的な町食堂よりちょいと小綺麗な店内。階段裏の仏壇前に陣取りまして,日替りランチを注文。
豚の生姜焼き
卵焼き(だし巻き)
ほうれん草のおひたし
漬け物(菜っぱとナスの二種)
玄米ご飯(白米も選べる)
味噌汁
 これで800円。当たり前っしょ?
 膳が来てからも,柳馬場亭と同じで,やはり雰囲気で人呼んでる店かなあと思ってた。一口ずつ食べても同じ。特に技巧的じゃないし,素材が斬新とか冒険してもいない。でも食べ進むと――
 丁寧で誠実な味。
 生姜焼きの生姜の味がしっかりしてて,玉ねぎはしっかり飴色。ほうれん草はしっかり味が染み,味噌汁は八丁味噌のダイズ味も出汁もしっかり生きてる。
 律儀なしっかり母さんの手料理なんだな。
 店先のみならずトイレにまで置いてあった店コミ誌「あいば通信」。新しく入れた冷蔵庫とその用途について事細かに記述してある。ここまで本気でお家の飯を作る主婦が,今どんだけおりまっしゃろ?それが,食生活の危機の本質なんだけど…。
 なるほど――この家事のプロ意識の延長線上に出てきてる定食なわけやね。
 そんで!書き残した卵焼き!タダの卵焼きです!出汁巻きだけど何も入っちゃいない。塩も胡椒もさしてキイてはいません。砂糖も恐らく入ってない。醤油の味もしない。もちろん酒や生姜とかの隠し味も感じられない。
 なのに…何があんなに美味いんだ?フワフワで心地よい,卵の素の甘さが,花の香のようにポッと,正直に花咲く。淡いけれどシッカリした繊細さが。
 巷でイメージされる京都の料理からは一番遠いかもしれない直球ストレートのど真ん中の味覚。でもこの繊細さは,やはりどーしょーもなく京都。
 これは再訪したい!他のメニューは――
 「定番定食ランチ」として
からあげ 800円
焼き魚 800円
豚の黒酢炒め 800円
トンカツ 880円
ミックスフライ 880円
 黒酢がそそります。
 カレーも充実してて,店としては力入れてるみたい。これも見逃せないかも?

 「裏寺町通り四条上るしのぶ会館2階」とゆーこれまた京都チックな住所。
 四条河原町からすぐなのにヒジョーに見つけにくい裏通りに,やっとこさ発見できました「百練」。
 やっぱり日替りを注文。
ぶりの照焼き
小鉢(カリフラワーの酢醤油漬け)
漬け物(胡瓜,すぐき,紅生姜)
ワカメ味噌汁
ご飯
 で650円。
 普通の町の定食屋から比べたら,ここもすごかった。ぶりの素直な塩辛さ,しっかり酢の染みたカルフラワー。すごかったけど,順番が悪かった!
 ただ。あいばと同じアプローチではある。繊細で切れのある直球の味。新しい,つまり地元で普通に毎日食ってる京都のメシってのに出会った気がします。
 この町にまだまだ隠れてるはずのこーゆー素直な味に,もっと出会ってみたいと思いましたです。