外伝04━〓━〓皐月之講━〓━〓
(下の句)
ウィークエンダーズのカスクルートサンド

 京都行きの切符を買おうとして,クレジットカードを忘れて来たことに気づきました。
 朝7時の広島駅。
 GWの台湾で海外用の財布に入れたまま。国内用財布には2千円以下。ATMのシャッターは8時まで開かない。
 いつもエスプレッソとカンパーニュサンドで朝食取りながらグルメ本を繰るドトールは,新幹線改札の向こう側。
 やむなく8時まで,駅1階のパン屋「Cafe Danmark」で時間調整。
 折角だから飯も済まそ。ハード系の小さなパンを買って,エスプレッソと併せて朝食。おかずや塗り物は要らん。ヨーロッパでは最もメジャーな朝飯スタイルね。
 でも…意外。やけに満足感があるぞ。


▲後日,再度購入した石窯バジルロールとカマンベールチーズパン。デンマルクは広島には1店。大阪が本店らしい。

 結構美味い。パンそのものがです。小麦の味わいを色濃く宿してる。ふえ~ここってこんな美味かったんだ!
 拳大の丸パンだけど,噛み締めてたらすぐ時間は経ってしまいました。――今回の新しい味覚の地平を予感させるように。


▲月と6ペンス 入り口。やや古いアパートの普通の部屋を改装してる。こーゆー店もいい!

 二条通り。あれ?ないなあ…と思ったら,こんな普通のアパートの一室でした。店名「月と6ペンス」。
 移動サンドイッチ屋を長年やってた亭主が開いた店って経歴に惹かれ,立ち寄ってみやした。
 10畳位か?木の床に殺風景な店内。落ち着く空間に並ぶ小林聡美の文庫本。
 ベーコンレタストマトのサンドイッチ。サンドイッチのメニューから,あえて一番当たり前のBLTを頼んでみる。飲み物は紅茶,何とかって奇妙な名前のにした。
 小振りなフランスパンに挟んだサンドが出てきた。丸皿にこの2つ切りにしたのと,サラダの小皿が載ってる。
 サラダなんだけど。あれ?豆が入ってる?それとレタスに胡瓜?レタスにはドレッシングもかかってない?
 何だ,これで食うのか?
 一口。うん。食えるな。
 二口目。あ…これ美味い!
 胡瓜はピクルスでした。豆はメキシコ系のビーンズ。レタスがこのビーンズの渋い辛味をちょっと帯びて,時にはピクルスの酸味に絡まって,十分に食える…ってゆうかコレはコレでヒジョーにイケてる!
 野菜が食えるよになったからか…何だか初体験の味だけど,ヒジョーに美味いぞ!
 いかん。サラダでこんなに盛り上がってどーするか?サンドイッチである。
 おおお~!これはBLTじゃないかあ!――当たり前である。BLT頼んだんだからBLTなんだけど,だけど何だか,何だかヒジョーにBLTなんだわさ!
 えーと…何を言ってんのかってゆーと。BもLもTも全てがピシッと決まってんのよ。しかも渾然一体となってそれぞれの味はしない。素晴らしくバランスのとれたサンドイッチです。とにかく抜群にBLT!――と書くしかないほど,わしにとっては衝撃的に理解域を越えたサンドイッチでした。
 長崎のマルコポーロ以来,パンの美味さには目覚めつつある。けど,パン+@の世界がこんなに芳醇だとは…知らんかったよなあ…

 2日目,叡山電鉄の元田中駅へ。そこから歩いてかなり有名なケーキ屋のエキュバランスへ参りました。
 有名なのは「みかげロール」。家で食ったら,クリームがフワルワで確かにイイ線いってました。
 ただ,一緒に買ったパイ系の菓子。これには参った!イチゴみたいなジャム状のあんが素晴らしく後を引く!!
 雨の午後にもかかわらず,客足は絶えない様子でした。
 迷ったのはこの後目指したカフェ「ウィークエンダーズ」。元田中里の内町?叡山電鉄元田中駅の目の前のはずだけど…!?住所を頼りに歩きまくって,やっと壁に無造作に書かれた店名表示を発見。雑居ビルの2階。


▲元田中のWeekender入り口

 広い店内。閑散とした贅沢な空間配置は郊外ならではでしょう。
 客層は1人客わしも入れて4人,家族連れ3人1組,カップル2組。何色でもない居心地のいい空間は,オッサン1人客には有り難い。
 「月と6ペンス」と同じく,一番当たり前のサンドイッチランチを注文。900円。これにエスプレッソを追加。
 サンドイッチはライ麦カスクルートってのでした。カス…クルート!?ああカスクルートだね。はいはい。…スミマセン,それって何ですか?
 後でネットに当たると――カスクルートとは,固いパンを砕くという意味から来た,軽い食事をさすフランス語。サンドウィッチなどの軽食がそれにあたります。
 ――じゃあ何だ?要はただのサンドイッチってこと?と思ったのは後のことでして…その時は,初体験のカスクルートに心躍らせてブツを待ったんであります。
 来た!
 大きな皿の半ばをサラダがこんもりと埋める。あとの半ばにライ麦パンとラスク2枚。サラダはレタスがほとんどで玉ねぎがちょっと入ってるだけ。赤カブが2切れほど。サンドイッチはサーモンが挟まれてるだけ。ラスクにはレーズンが入ってるだけ。
 それだけなの!


▲元田中Weekenderのサンドイッチ――いやカスクルート!

 食ってみても…ほとんどソースの類いは入ってないぞ?こりゃただのパンだ。ただのパンなんだぞ?
 それが…何でこんな…こんな激烈にう・ま・い・ん・だ・あ!
 とりたてて小麦臭いわけでも,モッチリでもフワフワでもないパン。ただ端が尖ってる以外は一見なんでもないパンなんよ。わしの舌がまだ理解できんだけかもしれんけど…
 それがサーモンと一緒に口に入ると,ブチブチブチッと音をたてて(音はしないけど)味覚の核融合が始まっちゃう!固めのパンの間でサーモンがまるであんのようにほの甘く程よく生臭く薫り立ち,地味なパンの小麦味が途端に存在感を持つ。素晴らしいハーモニー!
 素っ気ない野菜もラスクも,そのハーモニーをおかずに幾らでも進む。てゆーか,そう食べると野菜もシャキシャキで土の匂いがするかなりのものと気付く。ラスクもレーズンのほのかな酸味に見合った絶妙の生地だぞ!?
 これらのパンは,日曜だけとかガイドには書いてあったけど,レジ横にコーナーを設けて販売もしてた。試しに買って帰って家でも食ってみた。どーも忘れ難くて近所のスーパーで買ったサーモンと合わせてみる。わし的には,広島じゃ珍しいほど魚がかなり不味いスーパー。…にも関わらずかなり美味しく頂けました。
 ってことはよ~。消去法的にやはりスゴいのはパンなわけさあ。何とかって新鋭のパン屋さんらしいけど…それをパンだけで感じ取れないってのはわしの舌も,少なしパンに関しちゃまだまだなんだなあ!
 さりげない,他の素材を添えて初めて引き立つ絶品パン。パンの凄さってこーゆーことなのね…って気付かされた希有な味覚体験でありましたのです。
 ごちそーさま!――と満足感に忘れかけてたとこへさらにトドメのエスプレッソ。
 ごく少量。ヤクルトの半分程度か。定説通り3口で飲める量です。でもこれで十分!ガッツリした苦さが喉を焼く。凶暴な苦味ではない。けど重厚な味わいが尾を引き途切れることがない。焼けた喉からたまらなく芳醇な香が鼻腔に立ち上り,先ほどのサーモンの甘い味わいのエコーと響き合う。
 もー最高!小雨の午後,心地よい眠気が襲ってきました。

 パンでゆーと,博多でも最近ハマってる店がある。
 わし的に博多の美味の重心地,警固交差点にほど近い「バルロッサロッサ」。
 モーニングを8時から11時まで出す。朝の店が見つからない日本ではそれがもう貴重です。
 ラテン系で売ってるらしいこの店ロッサ,そのモーニングのメニューとは――
 スコーンセット370円。これはショーケースから選択できるみたい。
 サラダセット400円。
 スープセット480円。スープは季節に伴いメニュー変更されるから,いつも内容を聞いてしまう。冬に頂いた時にはカボチャでした。
 トルティージャセット420円。この辺になると初心者のわしにはまだ紹介し難いけど,スペイン風オムレツなんだって。モーニングNo1人気との売り出し。
 エンパナーダセット500円。アルゼンチン風ミートパイ。ゆで卵とオリーブをふんだんに使ってるのが特徴らしい。かなりイケました。
 ボカディージョセット520円。スペイン風サンドイッチ。
 モーニングデラックス850円はまだ食べたことがないけど,以上のメニューの合わせ技らしい。実力を見極めるにはこれが一番なんでしょう。
 全てドリンク付でエスプレッソも含まれる。喫煙も自由!こーしてまた至福に満ちた博多の朝がやってくるのデス…ってゆーか,あんたまだ博多に通ってんのかい!


▲後日ついに食べたパルのモーニングデラックス!

 菓子パン中毒だった減量前の3桁時代はもちろん,西欧型の食生活を忌み嫌って離れてた減量中は,ご飯以上にカロリーの高いパンには見向きもしてませんでした。パンの美味さがやっと最近知覚できるよになったわしの舌,まだ猿みたいなレベルですな。
 でも,それだけにこの京都――6ペンスとウィークエンダーズは地殻変動的な,火の7日間的な,超磁力兵器で地軸はねじ曲がり7つの大陸はことごとく海の底的な(分からん方は宮崎アニメファンのお兄さんに聞いてね!)とにかくそーゆー体験でしたのです。
 つまり――当たり前だけど,白人の食生活が全部バツってことは有り得ない!彼らも彼らで,人類の中じゃあ最も繁栄してきた種族なわけで,ウクライナとかスウェーデンとか長寿や健康で有名な食文化を現に生み出してきたわけで。
 その中には,3桁時代のマックのバーガー7つ一気食いしてたわしも(そ…それはアホだろ),日本型食生活至上主義者に近づいてた減量直後のわしも,いずれもが知らなずにいる,れっきとした「あるべき食」が存在するのではないか?
 日本の誇る食のセンスの結晶都市・京都でこんなパンが供されてるってのは,それを傍証してるんじゃないかい?
 今ももちろん知らないんである。まだ入り口に立っただけ。だから,知りたい!
 そして,これが最も大切な点であるハイここ試験に出るよ!なんだけど――それはもの凄く…美味いんじゃないか?

 岡本かな子の小説に「食魔」ってのがあるけど…いやあ,げに恐ろしきは食い意地!!まだまだこの旅の狂乱状態,終わりが見えてまいりませんデス!