外伝08〓’inserire’Insalata!! 補稿:サラダ


▲ミラノ インサラータ
 イタリア以後,食生活が変わった。
 朝。早朝開店のパン屋でエスプレッソと菓子パン。この習慣はかなり長く抜けられなかった。今でも金曜日の朝とか,残業明けの翌日とかはコレです。
 朝イチで甘~いパン。血糖値を上げるからか,疲れが吹っ飛ぶ!これとガツンと濃いエスプレッソなら断然目はパチパチに覚める。
 菓子パンの朝飯は,けど,どー考えても毎日は体に悪い。そのうちメジャーは元の豆乳と野菜ジュースに赤飯お握りに戻った。
 けれども,エスプレッソを飲み過ぎたからか…コーヒーの味覚は抜群に鋭くなった。今はエスプレッソじゃなくても,普通のコーヒーの美味い店にハマってきた。両刀使いになってきた感じです。
 今でも抜けれないのは──サラダです。


▲ジェノヴァ駅前Macで購入した結構豪勢なインサラータ

 最近の夕食のスタンダードは,パンとサラダです。
 パンは超美味い店のを2切れほどですが,サラダはボールに一杯。丼じゃ入らないから専用のサラダボールを購入しました。毎食,げっぷが出るほど食ってます。
 イタリアン・サラダかどーかは知らん。それにどーゆーのがイタリアンなサラダなのか分からんし。
 結局,ドレッシングをかけないってこと。タレで食う野菜って貧しい発想を出て,コンビネーションで生野菜を自由に美味しく頂くなら,もうイタリアンなサラダ感覚みたいに思えてきてますです。
 バルサミコを中心とするビネガー。土佐酢や九州の黒酢,最近あちこちに出てきた果実ビネガーでも美味い。
 ヴァージン・ピュア・オリーヴを基本とするオイル。余分三兄弟とされる油も,油自体を本当に味わえる量ならほんの100kcal程度。
 オイルサーディンでもイケる。高知で見つけたキビナゴフィレは凄いッス。


▲高知まるふく農場のバジルペースト,黒潮町きびなごフィレ

 バジルペーストもパスタにかけるだけじゃもったいない!すり鉢さえあれば手作りもそう手間じゃない。ニンニクとバジルのバランスを野菜の種類に合わせればバリエーションはすんごく広がる。
 塩。苦汁のきいたホントに美味い奴です。今一番ハマってるのは室戸深層水の苦汁塩。それだけで野菜はバリバリイケる!
 完全にイタリアにはないのがキムチ。生野菜と和える。
 モツァレラの代わりに豆腐を生野菜に和える。サバのぬか漬けを載せて。ゆず皮の千切り。東山(干芋)のサイコロ切り。
 いずれも主役は生野菜そのものの味。最近次第にルッコラやサラダほうれん草と,スーパーの野菜も種類を増してきてますよね。これら,それだけで美味い野菜には,ドレッシングがないと食えないなんて発想は失礼極まりない!
 結局──美味いサラダは,次の2つがあれば食えます。
 一つは美味い野菜──これはまともなスーパーを選びさえすれば十分。ただし,選ぶためには結局次が必要です。
 野菜の味が理解出来る程度に,正常に機能する舌。


▲小倉旦過市場の鯖ぬか漬を載せてたっぷり生野菜

 ここまでノメると,少し勉強しときたくなります。
 まず歴史──
 生野菜を食う習慣は,既に古代ギリシャやローマの時代にはあったみたい。南瓜や胡瓜が中心だったとされてる。
 語源的には,「塩」のラテン語「サル」(sal),または「塩を加える」とゆー動詞「サラーレ」(salare)ってのが定説。サラダの原形は,塩をかけた生野菜って形態だったってわけ。
 ローマ初代皇帝アウグストゥスが病に苦しんでいたところ,レタス食ったら元気になりました!なんてポパイみたいな伝説もあるという。つまり当時,生野菜は整腸のための薬効を持つ食材,つまり広い意味の薬と見なされてたみたいです。もっとも…ミカンもコーヒーも過去の一時期は薬だったわけで,要はその位食品として珍しい時期もあったってこと。
 14世紀末イギリスの記録。リチャード2世の料理長のレシピに,ネギ,ニンニク,パセリ,セージなど香草類に酢,塩,オリーブ油を加えたものが出てくるらしい。構成的には今のサラダじゃなくて珍品として香草を食う感じ。けど,これがサラダに一番近い歴史資料とされてるみたいで。
 今日本で食われてるタイプのサラダは,17世紀以降にアメリカで出来たもの。肉類を混ぜたサラダは17世紀後半以降,フルーツサラダは18世紀以降にならないと出て来ない。
 でもシーザーサラダって言う位だから,ローマのカエサル時代から世界の定番だったってことだろ?…ってわしも勘違いしてたんだけど,あのシーザーってのはローマ帝国とは完全に関係無いらしい。
 メキシコ・ティファナのホテル「シーザーズ・パレス」のヒット商品が語源。オーナーのシーザー・カーディーニの名前を付したらしい。
 伝説としては──1924年7月14日夜。禁酒法時代のアメリカから,ハリウッドの客が酒有りのパーティーするためにこのホテルに大勢やって来てた。
 あんまり大勢だから食材が不足。苦肉の策として,客間のダイニング中央にカートを出して,ここに山盛りのレタスに加え卵,チーズ,レモン,クルトン,コショウ,ガーリックオイルを配置して,これらを即興で盛り合わせて出すパフォーマンスをやった。
 今も昔も派手好きなハリウッド人にこのスタイルがバカ受けしたもんだから,まず西海岸,さらに全米から白人社会全体に広がってしまいました…ってのがいわゆるシーザーサラダ。
 これらの事実が物語るのは,結局このことでしかない。──白人社会にとって,野菜食いなんてつい最近出来た食事習慣。
 そのことは,サラダって名称自体に現れてます。この文章の中で使ってきた「インサラータ」ってイタリア語。おそらく,17世紀までは白人社会には野菜料理を意味する言葉はこれしかなかった。だからアメリカで出来た新しい野菜食いに,ここから取った「サラダ」って名称が付された…ってことが想像できるわけです。


▲パルマ Cluny barの生ハムのインサラータ

 野菜を食わない。
 この伝統的な白人感覚は,少なくとも日本人とインド人は理解しにくい。この2つの民族の料理は,野菜自体がメイン食材です。中国料理も多彩な味覚の根幹は,滷味を中心とする中華スパイス。
 確認だけど。白人が特殊で世界一般が野菜食ってことじゃない。イランやモンゴルの食事は肉だらけだし,エスキモーとかは肉オンリーですよね。
 農耕民だからってのも違う。ヨーロッパの白人は大部分が農耕民。
 そして,繰り返しになるけど──他の白人が怒りを示すほど,突出して野菜の比重の高い食文化を持つのが,イタリア人。
 日・印・中・伊。イタリアンの洗練型としてのフランス料理も野菜過多の傾向を持つことを考えると,帰納的に単純な図式が見えてくる。
 より発展した食文化は,野菜食になる!!
 理由も簡単。肉の種類は少なく味覚の幅は狭い。魚になると一桁違う多彩さになるけど,野菜は現代以前は数百種あった。バリエーションが二桁違うんです。つまり,料理に工夫を凝らすなら野菜を使うのが合理的だから。


▲ミラノの駅前セルフ モッツアレラとトマトのインサラータ

 帰国後調べた限りでも,イタリアンサラダが,日本やアメリカのサラダと外見がそう違うわけじゃないよーです。
 おそらく──違うのは思想。その思想だけのズレが根本的な違いになってるとこがスゴいんだけど。
 イタリアンでは,いわゆる葉野菜の盛り合わせだけじゃなく,逆にチーズや肉や魚介だけでも,ビネガー,オリーヴオイル,胡椒,塩で和えたらインサラータ。
 日本のカレーは,イギリス人が真似できた英印料理のカレーで,実はインドのカリーのごく一変種。日本のカレーはメニューの1つだけど,インドのカリーは1つの世界。イタリアンサラダも同じ。日本のサラダと全く存在の次元が違うわけです。
 京都錦いけまさ亭で毎月食ってる「焚合せ」の多彩さを連想させます。単純な調理のベースだからこそ,素材に好きに暴れてもらうだけで全く違う味覚風景が描かれてしまう。
 レシピはネットのどこにでも転がってますし,オッサンが紹介するのもどーかと思うけど──気に入ったパターンを3つほど紹介しときます。
 不気味がるのは勝手じゃけどね…わし,つくづく思う思うわけよ。こんなん知ってて,昔から美味いと思えてたら,絶対太るわけなかったよなーって。

■その1■ 基本形
1 下ごしらえ
 トマトとキュウリを同程度の大きさに適当に切る。他も適当に切る。ただし玉ねぎとか繊維のあるもんは繊維を切る感じの細切り。
 にんにくは包丁でつぶしてから荒みじん。
2 混ぜる
 サラダボールに野菜を入れて,バジルを投入。混ぜ倒す。
 塩胡椒を入れる。混ぜ倒す!
 ビネガー(バルサミコ酢がベター。プラス,レモンかライムも良)をぶち込む。混ぜ倒す!!
 ヴァージン・ピュア・オリーブ油を垂らす。量はカロリーの気になり具合に応じてでいーけど,幾らかでも垂らせば全く味が変わる。そんで今度こそ思い切り混ぜ倒す~!!(ここで混ぜることでオリーヴオイルが乳化するのが美味に繋がる)
3 盛り付け
 (わしはサラダボールからそのまま食うけどね)
4 ヴァリエーションとして使えばよりイタリアン臭くなってたまらん食材群
・オリーブの実 よく売ってる瓶詰め。(わしは広島駅新幹線口の輸入品屋でよく買う)
・アンチョビ フィレの瓶詰めとかペーストのチューブをやはり輸入品屋か気の利いたスーパーで。ただ,日本に居るならウニとかイワシとかで変化球攻めの方が楽しいと思う。
・塩漬けケイパー 瓶詰めが主。(パスタに入れても一興。酸味にハマる人は抜け出せない!)
・チーズ モッツアレラかゴーダがメジャーだけどクリーム系なら何でもトライすべき。岡山蒜山の山羊チーズは最高のサラダになりました。さらに反則技として──近江のなれ寿司,沖縄の豆腐よう!!
・フュメ・ド・ポワソン 魚のスープで,缶詰で出てる謎の味。
・スープ・ストック 鶏がらスープ。真空パックで売られてる。

■その2■ まともにヘルシーな豆腐とトマトのイタリアンサラダ
1 下ごしらえ
 木綿豆腐を水切りして5mm程度のサイコロ切りに。
 トマトも同じ位のデカさの半月切りに。木綿豆腐1丁にトマト2個位がええ感じでしょーか?
2 混ぜ合わせ
 豆腐なんで別皿で混ぜ倒す。
 まず青しそ(10枚)を投入。高知その他の旨い海苔が入手できる方は,天然あおさ海苔も良子さん。
 胡椒少々を入れて混ぜ倒す!無難に行くなら醤油を大さじ1杯だけど,あえて冷や奴と決別して日本的現実から逃避したいあなたは醤油は控えるべし。
 バルサミコ酢を投入。混ぜ倒す!!
 エキストラ・ヴァージン・オイルを投入!最後の力を込めて混ぜ倒す~!!
3 盛り付け
 豆腐とトマトを形良く並べた上に,2をトロトロとかけて食う。

■その3■ 加熱ヴァージン シーフード・インサラータ
1 下ごしらえ
ジャガイモ,空豆,グリーンアスパラとか:茹でる。(崩れない程度の硬め)
エビ,ホタテとか魚貝:塩揉みして茹でて水切りしとく。
トマトその他生食系:他と同じでかさに切っとく。
2 アサリを返す
 フライパンでにんにくとオリーブ油を熱したとこにアサリ投入。ワインを回したら蓋をして蒸すと,貝の口が開くから,にんにくとアサリを取り出して,返し汁を別の容器に移して冷ます。
 アサリは身を貝殻から外す。(この作業が細かくて嫌なので,剥き貝とか牡蛎とか白身魚でやることも。邪道だけど結構イケる)
3 混ぜる
 アサリのダシに塩,胡椒を加えて混ぜ倒す。
 レモン汁を加えて混ぜ倒す!(魚介にはバルサミコじゃなく柑橘系が良いと思う)
 さらにオリーブ油を加えて混ぜ倒す!!
4 盛り付け
 サラダボールにこれまで登場したイモからエビからアサリまでをそれなりに美しく入れたら,あさりのドレッシングを回しかけてサクサク和える。
 少しの間,冷蔵庫で冷やして味を落ち着かせるのが正しいらしいけど…大体腹が減ってるからそのまま食います。
 なお,配偶者やお子様に見栄を張りたい場合には,トッピング用のアサリとかパセリとかを散らしたり,好みで黒コショウとか,変化球でカレー粉とか振ると吉。


▲京都三条 PIZZA SALVATOREのインサラータ

 とゆー辺りを押さえてみたら…副産物でしたが,日本の定食で出るサラダでも結構チャンとイタリアンしてる──つまり自由な野菜思想のサラダがありまんな~!?と気付き始めてます。
 三色旗を翳した「ウチ,イタリアンですう~」みたいな店のサラダが全然没日本的な反面,京都のコテコテ喫茶店のモーニングのサラダとか韓国料理屋の突き出しとかがハジケてたりする。
 明らかにイタリアンを学んでない所に生まれてくる,イタリアンに共通する自由な野菜思想の妙!
 イタリアンに止まらない,少なくとも和-中-印,ひょっとしたら全ての食文化の背を貫通するような,何らかの共時味覚風景のよーなものを嗅いだ気がしてるのが,このインサラータだったわけでした。
 まあ,大仰に書きすぎたけど──この野菜食,とにかく面白くて超美味しい世界です。


▲パルマ Cluny barの生ハムのインサラータ アップ