外伝10 弗 弗the fourth day弗 The way to New York

 07時40分,ドゥマネ・ストリート駅で路面電車を待つ。
 曇天。ミシシッピ川を渡る朝の風。
 河辺を走る白人,ベンチで座りこけてるアフリカ系。
 旅程はここから一気にニューヨーク入りを考えてる。明日か明後日かだろな。
 チケットは持ってない。いつものスタンスで現地調達する気でいる。
 けど,街中の旅行会社にはエアチケットを扱ってるとこが見つからない。昨日聞くと「最近は扱わなくなったよ。みんなインターネットで予約するから…」とのこと。やったことないけど,ネットカフェでの手配をトライしてみる。
 ついでに宿もネット予約しといたろ。

▲Mother’sの入り口

 で,目指した朝飯屋はMother’sってお店。新市街のPoidras st.。
 ビル群の居並ぶ大通りに面してるのに,そこだけレンガ調の年季の入った平屋建。オアシス的な匂いのスポットです。
 ドアを押すと――まんまアメリカン・ダイナー。それも,ボックスで分かれてない一昔前の雑然と並んだテーブルにつくタイプ。窓からの淡い採光と店内の暗い蛍光灯が無計画に作るイイカゲンな明るさが,程よく猥雑で好ましい。
 まずカウンターでキャッシャーを済ますタイプ。朝食の目下最大の課題はセレクトの質問応答だが,もちろん英語力に万全の自信のあるわしには問題はないわけであるが,アフリカ系のでっぷり姉さん相手にとにかく適当に喋りたくってたら何とかなった。
 見たか,これが実力だ!
Early bird special $5.25
 400円位で来たのはコレ。

▲Mother’s:Early bird special

 おおおお,物ッ凄い満足感!!
 皿は2つ。一つ目の皿はグリッツとスクランブルエッグ。その間の仕切りみたいな格好でサラミソーセージが縦に鎮座する。
 写真の手前の白いドロドロがグリッツ。トウモロコシ主体だけど,恐らく米がかなり混ざってる。添えてある濃厚なサラミにぴったり来るほど,重振動の旨味が鼻孔を突きます。
 もう一方の皿にはビスケット。これも…このふくよかな小麦臭は,何なんだ?サクサクなのにまったり腹に染みる。隣に添えられたブルーベリー・ジャムをちょいとなすり付けると,ギラギラに極上の主食。ジャムは手作りらしく,自然な甘味を生かした一級品。
 ビスケットの皿にはこのジャムの他にバター。それぞれビスケット本体の半分量ほどもドバッと添えられる。
 このお膳,食感の重さ的に,わしにはグリッツが主食みたいに食えた。けど,この配置は,やはりビスケットが主でグリッツもエッグもソーセージも「おかず」らしい。うどんをおかずにオニギリ食うよな,炭水化物×炭水化物の食事は奇妙に感じられないらしい。
 我々イエローにはややガッツリ過ぎるけど,朝食としてのバランスと完成度はかなりのもん。いわゆるコンチネンタル,あるいはアメリカンのブレックファーストより,遥かによく出来た構成です。
 さらに注目すべきは,この,朝食を複数品目のお膳で食わせる感覚。これは,むしろ中華早飯より日本の朝食感覚に近い。そんな,通念上はかなり意外な印象。
 そして今一つは――そんな店が,観光客はまず寄り付かない新市街の真ん中で,当たり前に愛されてること。その食センスの健全さをスゴく新鮮に感じたディープ・サウスの朝食だったんでした。

 Canalのマリオットホテル隣で,南部コーヒーをもう一度試してみました。
 店は昨日と同じPJ’s coffee。この店,チェーンってほどかどうかは分からんけど,それなりにあちこちあるらしい。
 今朝はEspressoにしてみた。
 昨日のアイスコーヒーの驚愕ほどじゃないけど…やっぱり美味い。イタリアンな美味さじゃない。けど,やっぱりこの香り,メチャクチャに生々しい。濃いからヌメリ感にすら感じられて…ちょっと経験したことがありません。
 ここ,豆売りもやってる。Medium,dark,flavored,tiranisuの4種類。買って帰りたいが…これも植物検疫で引っかかれば没収だろな。
 あと試してみたいのはカフェラテだが。

▲Cafe Beignet:Red Beans and Rice & Iced coffee

 ネカフェに一度入って状況の悪さにやっと気付く。
 エアチケットはともかく,ニューヨークの宿がとんでもなく混んでる。ウィークリーみたいなとこを想定してたんだが,完全にソールドアウト。ブルックリンの郊外まで当たっても,9月一杯は予約済みってとこばかり。
 急遽Hot mailのアドレスを取得。望みの残るウィークリーにメール出しといてと…これだけ当たればどっか空いてるだろ?…空いてんのかホントに?
 まあええがな,その間に昼飯でも食うべや。
 Cafe Beignet。Royal St.の有名店。日曜日の昨日は満席で入れなかったんだけど,その盛況ぶりが嘘のように丁度よくすいてる。
Red Beans and Rice $7.99
Iced coffee $2.69
 さてレッドビーンズ。メキシカンの豆は好きなんで,アメリカ南部のはどんなんかいな?
 …最初はメキシカンのと同じ味に思ったけど,あのスッキリ爽やかな唐辛子辛さとは,後味感覚が全く異なる。じゃあどうなんかと言えば…
 後味が悪い。何か濁ってる。
 まずそう思った。けども,よくよく味わうとこれはこれでいいんである!サラミソーセージに似た刺激的な肉々しい後味,恐らくこれがケイジャン特有だというドイツ由来のソーセージでしょう。
 スープの味の底にソーセージなどの加工肉を使うってのは,イタリアンでミネストローネなんかと共通する。けど,あんな軽みで食わせるタイプじゃない。むしろ中華ハムの使い方に似たインパクトのキカセ方。
 恐らく,ガンボの底にも同じ味があるのか?
 出汁じゃなく,塩味の組合せをベースに作る味覚。これ,一つの食文化域を形成してんのかもしれん。

 ネットカフェでニューヨークの宿からの返信チェック。
 全敗。全く見つからない?
 中にこんな返事もあった。「ニューヨーク広島県人会としては歓迎したいのですが,今は年で一番混む時期で…」
 なるほど,夏休みか!アメリカ国内×国外の学生の!
 う~む焦りまくってきたぞ。
 一つだけ安いアパートを見つけたが,予約間際で理由に気づいた。――ブロンクス動物園の隣?ネット検索すると,ニューヨークのエリア中で最も危険なとこみたい。
 しゃーない!この際,危険地域で冒険するよりは,やや危険気味位のレンジの下町で優雅に暮らすか。
 そーゆー方向にしたら,2つのブルックリンのホテルに落ち着いた。日本円で1万近いが,この街でこのタイミングの予約じゃあ…まあギリギリか!
 航空券のネット予約は何とかなった。デルタが頻繁に飛んでる。よく落ちる路線に数えられることもあるこの会社,完全にデジタル化が進んでるみたいで,わしには見た目安心できそうな印象でした。チェックインをするカウンターがないってのが徹底しとるわな。
 宿に帰ってエアポートシャトルを頼むが客がないらしく,タクシーで$30とのこと。
 かくして,とにもかくにもニューヨークへの道は開かれたわけで。
 明朝は6時半宿出発。アトランタ乗り換え。昼過ぎにはニューヨークに着きます。

▲Seafood Gambo

 リバーウォークのフードコートに再度赴く。
Seafood Gambo $10.15
 ガンボの味を,もう一度確かめておきたかった。今回は通常サイズのシーフードもの。
 やはり,底にソーセージがきいてる。一口目はともかく,食ってるうちにかなり辛味が口を刺してくる。それでも消えない位のソーセージの癖のある肉味。
 帰りにスーパーへ寄ると,予想通りガンボのスープの素を売ってた。帰国後作ると似たよな味は出来た。やはりこの味はブレンドの妙であって,素材や出汁の凄さじゃないみたい。ベーコンの代わりにソーセージをスープのベースに据えた,エグミのきいたミネストローネと言うところか。
 ニューオーリンズを2泊で切り上げることになるけど…大体底は見えた気がしてます。アフリカとフランスとドイツが混ざったチャンプルな独自性はあるけど,それ以上じゃない。同じチャンプルなら沖縄みたいな深みがない。まあそりゃそうだろう,チャンプルの器に色がなかったわけだから。
 分かってきたのは,アメリカ料理に深みは期待できそもないってこと。――アジアみたいな意味での,卓越した風土食はおそらく,ない。ディープサウスにそれを期待してたんだけど,風土に根付いた目も眩むような深遠さは,やはり200年やそこらでは形成されない。
「好きな食べ物は?」と聞かれた英国皇太子が,ジェノベーゼとトスカーナパンとイタリアンジェラートと答えて問題になったと聞くけど,歴代米大統領の好きな食事はメキシカンらしい。これ,もはや問題にもされない。料理のレベルにプライドはないわけだ。
 ただ,どーも不味いだけでもない。
 寄ったスーパーでついでに…と思ってたらかなりの量を買ってました。ポテトパイもトマトもウマかった。シンプルなウマさ。技巧はないけど誠意がある味覚。
 ハムとチーズの太巻きみたいなの,これも技巧的ってほどじゃないけど,何か妙に食わせてくれた。ミルクの香りムンムンのナチュラルチーズに野卑な肉々しさを湛えたサラミが素晴らしくコラボってる。
 今までわしがユーラシア大陸で味わったものとは,何か本質的に違うものが,この大陸には確かに,ありそうなんですね。

▲スーパー買いのパイ,トマト,サラミ&チーズの巻物

 昨日のコミュニティーカフェへ立ち寄る。これが,胃に入れるニューオーリンズ収めになる。
「腕輪が綺麗やね」売り子が突然誉めてくる。でっぷり白人お姉様。
「そうかあ?」ちょっと意外。「これ香港で買った安物でっせ?」
 するとさらに…どうもこの方,喋ってないと死ぬタイプらしい。アメリカ人にはよくいるタイプ。しかも「私のオジサンが日本に行ってんのよん」と話は全然別のとこへ。
「へえ~!どこ?」
「えーと…」としばらく考えて口から出た地名は「プサン!」
 ああ,プサンね…太平洋の向こうには変わりないし。
 出されたカフェラテ,レギュラーってはずなのにほとんど小さい丼サイズ!
 やっと飲み干そうとしてる今も,でっぷり姉様の口は5秒と閉じることはない。吉本かどっか,是非スカウトされたらええんとちゃう?
 カフェを出る。
 向かいの公園でミンミン蝉が鳴きまくる。鳴いて悪くはないが,ややニューオーリンズっぽくない風情。
 ゴーストツアーの団体様が行き交い始めた。
 闇が降りてくる。天に満月。
 宿のパティオでタバコを吹かす。日本から持参したPEACEの最後の1本。空箱を握る手にに力をこめる。
 グシャリ。