外伝10 弗 弗the neinth day-photo7弗 Harvest from the discrimination

 エコロッジ帰着。
 1日抱えてた重~いトートバックを,宿でひっくり返す。
 テレビ見ながら夕食タイム。噛み締めて食うからムチャクチャ時間がかかる。噛めば噛むほどに力強い味覚がほとばしり出る,アメリカの農作物はそんな途方もない豊穣を宿してる。
 あ~至福!

▲Okura。PS234グリマにて購入
 妙に生々しいネットリ感。
 緑色のは日本でお馴染みの見かけだけど,土色のは初めて見た。味に差違はなかったけど,ネットリ感がよりしつこい気がした。
 ハサミでジョキジョキ切って混ぜるだけでサラダのドレッシング代わりになる。調味料なんか要りまへん!

▲Kernan farmsのZuccini及びGinger gold(リンゴ)。Abingdon squ.グリマにて購入
 黄色いズッキーニは,実は初めて見たんでした。ズッキーニの端正な青臭い味が,黄色のはもっとフルーツみたいに瑞々しく,かつ冬瓜みたいに繊細。いい!
 なんでコレ,日本のスーパーでは見ないんだろ?
 調べると,植物としてのズッキーニには緑と黄色は普通にあるけど,生育が遅く,皮が軟らか過ぎて傷つき易く,均一な黄色を出しにくい(緑色が混ざりやすい)などの理由で,多量生産の農産物として敬遠されてるだけ。携帯サイトには「黄色のズッキーニはどうすればいい?」てな戸惑いの言葉が一杯ありました。
 要は大量生産のマーケットに合わないわけで。それがちゃんと並んでるグリマの健全さに改めて目を開くわけで,
 ジンジャーゴールドの方は,これがまた…こぼれ落ちそうなほど汁気たっぷり,シャリシャリと瓜みたいに口にトロけます。
 検索ではこの品種,あんまりヒットしない。確かに日本の普通のリンゴと違うタイプだけど,この旨さで?って疑問は残りました。

▲Organic Whole Grain BakeryのOrive and organic onion focaccia。PS234グリマにて購入。
 $5.00とえらく高かった。本文でも触れたよに,最後の一つを間一髪ゲットできたんだが…う~ん意外に普通か?具ばかり立っててパン生地にアメリカ的な勢いが乏しい,
 日本と同じで,オーガニックの旗印に,ごてごて色んなもんが入ってれば大衆受けするって図式か?H&Hのエブリシングズでも感じたことだが。
 ところでこの日は,も一つ見込み違いがありました。
 このフォカッチャに合わせる積もりでジャムを探してたら,Grand Army Plazaのグリマで妙なのに目が止まる。
 ――店はWilliams Fruits Farm,件の瓶詰めの表示は「Homemade Applebutter」。値段は$5.00,日本のちょっとプレミアなジャム並み。
 合うのか?脂モノの代表格みたいなバターと,酸味フルーツが合うかあ?
 ってな疑いはスンゴク強く起こったんですが…この旅行直前に感涙した,倉敷平翠軒で買った北海道のいちごバターの記憶が脳裏をかすめる。
「ビッグアップル」ニューヨーカーの,ことリンゴに関するセンスには舌を巻いてきた。ひょっとして?って賭けで買ってみた。
 宿で瓶を開ける。ゲッ!…外から見てもドス黒かったが,中身はもっとグロいぞ?不気味に鈍くヌメッた光沢を放つ,濃紫のゲル状物体。余りに見栄え悪いんで写真は撮ってません。
 恐る恐る,フォカッチャになすって口に。
 …異様。
 ほら見ろほら見ろ,やっぱ異様な味じゃろおが!リンゴの甘味と酸味と香りの上に,バターの脂ギッシュな香油味が気味悪く濁って…濁ってないど?脂っこくはない。むしろ舌触りはサラサラしてて,意外にアッサリした味わい?ジャムとも全く異なる。それに何だスパイスじみた深みのある味覚が追っかけてくるが?
 異様は異様なんだけど…口当たりに慣れて来ると止まらなくなってきた。濃厚だからちょっとで十分なんだが,スパイス的なモノの深みとリンゴの酸味のバランスがタマラン!
 と,結局ズンドコにハマってしまったんでした。
 しかし?このスパイス的なのは一体何だ?何でバターなのに,こんなにアッサリ?
 原料表示は…と見ると,あら?「スパイス」「砂糖」の表記はあるのに,バターはおろかオイルめいたものは書いてないど?
 謎は謎を呼ぶので,帰国後ちゃんと調べてみたら――アップルバターには一般的にも「バター」その他乳製品は入ってない。
 リンゴの加工法は,摺って「すりリンゴ」,それを漉したらアップルサイダー(日本で言うリンゴジュース)。焼いて焼きリンゴ。煮てリンゴジャム。
 そして,リンゴジャム段階からさらに煮詰めたもの,標準5時間だと言うが,それがこのアップルバター。つまり濃厚ジャムなんだが,カラメル状,フランスやイタリアで言うカラメリゼしてるから食感はジャムとは別物,あのサラサラのペーストになる。
 具体的なレシピの例はこんな感じでした。

[材料]
りんご×1kg
(幾つか種類を組合せると面白いみたい。ただし,紅玉は加えた方がベター)
りんごジュース,カルバドス酒(白ワイン)×各200cc
水×500cc
スパイス類
(シナモン棒×2本,オールスパイス×小匙1/3,クローブ×5粒)
レモン汁×1個分
砂糖×250g
[作り方]
1)皮を剥いて芯を除いたリンゴをサイコロ大に切る。皮と芯は捨てずにガーゼの袋に入れる(皮が入ると色素が出て見た目が良くなる)。
2)鍋にリンゴ,ガーゼ袋(皮と芯入り),レモン汁,水を入れて沸騰させる。
3)沸騰したら弱火にして,落し蓋をした状態で約40分煮る。(リンゴが崩れる程度まで)
4)目が細かい竹ザルに,粗めの布を載せたものを別鍋にセットして,その上にリンゴを煮た鍋を傾けて1~2時間漉す。(この時に絞ってしまうと濁りが出て味がエグくなるので,絞らずに時間をかけて水分を落とし切る。一晩置くのが楽)
5)漉して落ちた汁に砂糖を加えたものを,ゆっくりかき混ぜつつ,アクを取りながら,30分以上煮る。(とろみがつくまで)
6)ザルに残った絞りかすに,ガーゼの袋の中身を絞ってから加えたものに砂糖,リンゴジュース,酒,スパイス類(リンゴの酸味が強い場合は再度レモン汁適量)を加え,再度,約20分煮詰める。
7)ビンに詰める。この時,丁寧に静かに入れないと色が濁る。

 5はジェリー,6は固形物状なので,用途に応じて適宜使う。例えばケーキの間に挟むならジェリー。あるいは混ぜるのもいいみたい。
 ちなみに日本では,福山市南蔵王町のBoulangerie Micheで国産のを売ってました。
 けど,そもそも何でこれがバターと呼ばれるのか?…って辺りを食物誌的に解説してる記述は見当たらなかった。
 語源あるいは語感としても,バターと言えば牛乳を原料とするのが一般的みたい。
 バター(butter)は,ラテン語のbutyrumが語源。ギリシャ語では牛のチーズを意味するboutyronに由来。漢語でも牛酪と訳されてる。
 ということは,「リンゴで作ったバターもどき」みたいな語感と思われ,そう古くない時代の発祥みたいなわけですが,ではどう生まれたものなのか?
 調べてくと,元々このアップルバターは,アーミッシュという集団の独特の食文化だったらしい。
 アーミッシュ?

 明らかに深入りし過ぎてしまってるが…アーミッシュは新教系の宗教集団。教科書や図鑑なんかで紹介されてることも多いからご存知の方もおられよう。
 中世末期のヨーロッパ。ルター派とツヴィングリ派の組織から分離して,スイスのチューリッヒに移住した,キリスト教と共同体に忠実な,厳格に生活規則を守る派があった。これがアーミッシュの起源。
 創始者はメノ・シモンズ(Menno Simons)。彼の名から当初はメノナイトと呼ばれたが,さらにその一員ヤコブ・アマン(Jacob Amman)がより保守的な派を作る。アーミッシュの名称はこの人の名前に由来する。
 この集団は一度ドイツに移った後,さらにアメリカに新天地を求めて来た。現在は,厳密には少数派の狭義のアーミッシュと,多数派のメノナイトに分かれてるが,総称としてアーミッシュと呼ぶことが多い。2つの派は生活の様式が少し違うけれど基本的信条は類似点が多い。
 保守的な信条と一口に言うが,これがもの凄い。わし自身が耐えられそうな時間順に列挙してみると――
[∞]化粧禁止
[∞]派手な服の着用は禁止
[∞]保険加入禁止(∵予定説に反する)
[∞]離婚禁止
[3month]男が口ひげ伸ばすのは禁止(∵口ひげは男性の魅力の象徴)
[1week]義務教育以上の高等教育への進学禁止
[1day]賛美歌以外の音楽を聴くのは禁止
[3hour]喧嘩禁止
[1hour]怒るのは禁止
[1hour]避雷針を立てるのは禁止(∵神の怒りである雷を避けるのは神への反抗。その他全てのリスク対応を含む)
[10min.]読書禁止(聖書及び聖書の参考書を除く)
 わしはアーミッシュには10分以上変身できないようだ。
 では食生活は?イタリアンの思想は,キリスト教世界で最初に食事を楽しむことを許容したからあれだけの発達を見たわけだけど,アーミッシュはこの点は大らか。
 アーミッシュのエリアはパイ・カントリーとして有名。レストランでは,馬鹿甘のシューフライ・パイが大人気。その他のパイももの凄いバリエーションらしい。パイ以外でも,ジャム,ザウアークラフトは各家庭に伝統の味がある。
 アップルバターもこの食文化から生まれた「おふくろの味」らしい。どこにも記述はないが,宗教上の見解から乳製品を避けたためか,あるいは少数派ゆえの貧困下でもこの大陸では安価に入手できる素材を充てた,そういう背景だろう。
 しかし。パイ,ジャム,アップルバター――?あれ?
 ひょっとして…わしがグリマで血眼になってるものって,3割位はアーミッシュ起源なんじゃない?
 てことと同時に。今回のアメリカでこれは!と思えた食いものは,皆,その発祥に共通点があることに気付く。ケイジャン,クレオール,ジューク,アーミッシュ…。ガンボ,レッドビーンズ,コールスロー,ベーグル,アップルバター…。
 どれもマイノリティが作った料理なんだ!

▲Abingdon squ.グリマにて購入,Not just Rugelachのタルト2種
 右がSeasonal almond Fruit Tartlette,左がVegetable Tartletteだったと思う。お菓子ってよりアメリカ風総菜パンとゆー風情。
 こんなのも,実はアーミッシュ系なのかもしんない。

 ここへ至って,この問題に,どうしようもなくぶつかってしまった――アメリカの差別です。
 日本語で書くと,どーにもネチネチした禁忌感を伴うけれど,アメリカのdiscriminationは違う。
 問題の根が浅いかって言えば,間違いなく深い。深過ぎるから,アッケラカンと開き直ってるって雰囲気だと感じる。この町の地理的構成を考えてみたら判る。ほとんど社会構造の基盤が,差別とその緩和の戦略で出来てると言っていい。
 アメリカのマジョリティ,WASPの差別,というよりマイノリティへの攻撃は,少なくとも過去の一時期には,徹底的な苛烈さを持ってた。マイノリティは皆,社会的に抹殺されて貧困に喘ぐか,時にはリンチや暴動や強制収容で生物的に抹殺又は拘束された。
 だから正当化されるわけじゃないが,マジョリティからすれば,それだけ多種多様かつ大人数のマイノリティが,自分たちのコミュニティのすぐ隣で見る見る増えて,そのうちこちら側に侵入し始める恐怖は大変なものだったろう。今のチャイナタウンのような圧倒的な異物感を,この国は繰り返し経験してきたはず。
 アメリカの差別の特異点は,国自体が「正義」を体現して成立してるがゆえに,それが効率化したとこだと思います。
 つまり,マイノリティのモザイク化によるマジョリティの支配体制の確保。マイノリティは囲い込まれた劣悪な状況に置かれることになった。
 ただ,この状態は食文化の発展する最高の空間になる。独自性が自己濃縮されつつ,限られた食材を最大級に美味しく食べる知恵を育まざるをえないわけで。
 恐らくこれは,文化一般についても共通するパラドックス。沖縄本島より奄美大島に伝統文化の色が濃いのは,島津に征服されたからです。
 逆にマジョリティの側には文化が育ちにくい。農業大国アメリカの食文化の場合はなおさらでしょう。良質な食材はそのまま食うのが最高の料理法。
 アメリカのマジョリティの狡猾さは,マイノリティが育て上げた文化の最上の果実だけは,ちゃっかり自らのマーケット内で消費してくこと。見ようによっては酷い搾取かもしれないけど,マイノリティ側にも経済的支援になる。今回のアーミッシュ情報も,ほとんどがアーミッシュ村を訪問した日本人観光客のプログからです。
 つまり,非常に語弊を生む表現になるが――公民権運動を経た今のアメリカは,生産的社会差別構造とでも言うべきものを完成させつつある。
 こんな背景の上で,グリマに並んだアップルバターと一人の日本人観光客が出会ってる,という構図が見えるわけであります。

▲LynhavenのGoat milk cheese(plane)。Grand Army Plazaグリマにて購入。
 トマトに載せて頂きました。トマトは,同グリマ購入のWilliams Fruits FarmのBeef Steak Fruits Tomato。
 チーズ自体も素晴らしく深い香ばしさのミルク臭だったけど,このビーフステーキトマトは感激でした。見た目は何かぶよぶよの腐りかけトマトに見えるんだけど,日本のトマトと異次元のジューシーさと濃厚さ!
 その名の通り,フライパンで焼いたら最高じゃないか,コレ?