外伝02-3진주&대구:《第三次最終目》スユクの日

 朝イチ7時半,小雨。 出鼻を挫かれる。――モーテル街そばのコサンクルトッパブって牡蠣粥の店が…開いてない。控えの当てにしてた向かいのトッパブ屋,看板が「24h営業」になってる店もまだ開かない。地下のクリスプドーナツも8時だし…とりあえず中央洞のコインロッカーまで荷物を置きに行く。
 やっぱり「洞」が取れてるから,新駅名は「中央」になってた。漢字でも変だし,ハングルも「チュンアン」で何かとりとめない。2つ前の「チョヤン」(草梁)と紛らわしいし…「釜山鎮」の「鎮」は残ってるのに…やり方が官僚的に強権的過ぎて訳が分からくなるパターンか。
 コインロッカーにリュックを押し込んで,100W硬貨を10枚入れてロックしてから…少し考えて,やっぱり西門に引き返すことに。天気も悪いし,午前の遅い時間を「ナンポ」に当てよう。

▲Krispy Kremeのoriginal glazeとAmericano

 とゆーのは――クリスピードーナツが,どうにも気になってたからです。
 Krispy Kreme。初出店は韓国が2004年,日本の2006年より2年早い。日本ではどの店舗も行列になってるこの店も,西門で朝入るとかなりがらがら,余裕で食えた。
original glaze 1200W
Americano(コーヒー) 3300W
 噂通り,かなり変わってる。サクサクっと歯応えは硬質なのに,シュルッと口中にほどけて溶ける。砂糖よりシナモンの軽い味覚が残り,油や小麦の重さが希薄。この軽さが,ここの完璧なるアメリカン・コーヒーの淡い苦味にピタリとはまる。
 ただ余裕ついでに調子に乗って言えば――あんなに並ぶほどには…美味いもんじゃないと思うで!?あの日本での人気はどう見ても異常だと思う。「流行」が実態を幽体離脱して浮遊してる,異常にリアルを欠いた消費社会フェーズ。
 2年経っても日本人が行列を作り続けてたら,やっぱり日本は世界標準からして異常だと思われますがのう。
 ん?
 てことは…最終日は朝イチから空振り三振ってこと?

▲トルゴレのスンドゥブベクバブ

 チャガルチへ移動。
 国際市場の深海,トルゴレへ。ここへは,もう地図なしでたどり着ける。半減減量企画を思いついた3年半前の旅行時からハマり続けてる店だ。それはそうなんだが――。
 今回は,全く別の意味で驚いてしまう。
スンドゥブベクバブ 3500W
 な…何だこの味!?
 このレトルトのマーボー豆腐みたいな味は…堂々の化学調味料ちゃうんか?
 前回の正月旅行から14か月。その間の自分の舌の変化の結果が――どうもこの気付きになってしまったらしい。感覚の鋭敏化とゆーのは残酷なもので…特にこの「昔は美味かったものが,実は安っぽい陳腐な味だった」って気付きほどショックな食体験はない。
 そしてポスト減量の過程では,結構頻繁に起こる出来事なんである。
 豆腐とニョクマムは前と同じく美味いらしい。大豆味は冴えてるし,ニョクマムのコクも深い。ペチュキムチは,新鮮なシャリシャリ感にアミがよく効いてていい。
 つまり,これは韓国メシとしては最高のスンドゥブであるにはあるんだが,欲を出してる。その欲が味の素って形なのが,気が付いてしまうとすごくジャマなんで。
 出るとき看板を見ると,日本語で「トルゴレ」と表示が付いてた。有名になり過ぎて味に油断が出たのか?それとも最初から味の素だったのか?こっちの舌が激変してるから,今となっては確認しようもないんだが。

▲古宮のバスイスヌンサムゲタン

 この日は旅行運がないわけじゃなかった。普通の流れなら,おそらくこの釜山駅エリアには来なかったはずだから。
 今までKTXに乗る以外の用では来たことがない。
 ましてこの駅の道路の向かい側は――数年前,間違って上がって歩いたことがあるが,昼間からロシア人むっちり女があちこちで手招きしてるドロドロストリート。あの恐怖が足を遠のかしてたエリア。
 小雨をかいくぐり,ゴグン(古宮)サムゲタンを見つける。漢字2文字が出てるが,他に日本人にアピールしたがってる素振りもない。
バスイスヌンサムゲタン 11000W
「バスイスヌン」は,ようやっと読めるわしのハングル語学力での音で,全く自信はないので気にしないで頂きたいが――その呪文のような妖しい語感の如く!
 寒気がするような美味さ…。
 大邱で学習してちゃんと正しい作法で食ったからか…鶏と人参の淡い味覚の波動が累積的に寄せて,寄せて,寄せて…コラーゲンに満ちた,そのままなら嫌みな鶏肉の臭さが,朝鮮人参の柔らかい味覚で,打ち消されるんじゃなくそのまま昇華されてる!!杏は入ってないか,もしくはごく薄い。ハープのブレンドとゆーより,食材の力を,ナチュラルに引き出した迫力の重振動!
 これは…本物じゃ!
 初めてチャンと食えただけ…という噂もあるが――鶏肉そのものとしても,スープとしても,クッパとしても,それぞれのフェーズでそれぞれ微妙に個性的に美味。ひつまぶしと割小そばの3段活用よりもっと,絶妙なアクセント。淡白なチキン味に香る微かな漢方薬臭,チキンスープの臭みを人参(とおそらく杏)が昇華したスープの高貴さ,このスープが焼き味を湛えた飯粒に染み込んで醸す静かで芳醇な穀物味。
 この味が,路地裏の,この町食堂っぽい風情のテーブルで出て来ることの不思議さよ。
 サムゲタンってのは――本来こーゆーちょっと上級の場末飯だったんじゃないか?

▲ロシア語の洋服屋

 さて次の,今回最後の韓国メシだが――問題の駅対面のエリアの真っ只中。
 数年前のロシアン招きお姉さんたちの恐怖がトラウマになって足が引けた。が!
 ――豹変しとる!!
 お招きロシアンおかんどころか,散髪屋ポール2本セットの韓国風「ウチはいかがわしい店です」サインが,完全に撲滅されとる!!
 ロシア語の衣料品やレストランが並ぶ中に,中国語のエリアもマダラ状に広がってきてるみたいだ。激変する街には必ず,ちゃんと食い込んで来るとこがさすがは漢人です。既にマッサージ屋の日本語看板まで出てる浸透振り。
 つまり――香ばしいどブラックから煌びやかな国際色へ,街の性格が見事に反転してしまってる。
 これは…役人として感嘆した。街づくり行政としては極めてクレバーなやり口だ。ヒドいと言えばヒドいが,ロシアン風情が染み付いた所で風俗系だけを韓国風に容赦なく一斉に摘発して,異国情緒ある街並みを作ってしまった。
 ソウルの梨泰院に似た成り立ちです。ひょっとしたらモデルにしたのかもしれん。あの街も在韓米軍の夜の門前町から転じた国際タウン。ただし,あそこが未だに妖しい空気を宿すのに比べて,この釜山駅前の転化ははるかに洗練された徹底ぶりですが。
 あと,この誘導には裏社会を押さえ込める強力な警察力も必須だろうと思う。軍事政権の歴史の長い韓国ならではかもしれん。社会の体質がまるで日本とは違うのが,この点でも歴然としてます。
 結果――この界隈は,ロシア街の痕跡を残す独特のチャイナタウンになってる。おそらく,10年と待たずに完全に中国色に染まるだろうが,ニューヨークのローイーストみたいにところどころスポットでロシア人街が残るんだと思う。
 もうここは数年前のロシア人風俗街じゃない。カップルが中華を食いに来るような町に生まれ変わったんである。

 さて,何でこのエリアをそんなに歩いてたのかとゆーと…単に迷ってグルグル回ってたわけですが,思ったより山手にあった目的の店を,ようやく探し当てまして。
 11時40分,既に帰国便の発船時刻まで2時間半なくなってしまったが,ここまで来て引けるかい,「ヒョンサノク」。
 店内の風情はまさに大衆食堂。質素な方形テーブルと椅子が土間にズラリ。
 定食的なものはない。基本,夜の飲み屋っぽいメニュー構成。スユクの名店と聞いて来たが,やはりコレは酒のアテらしい。初入店なんでガイド通りに頼んどく。
スユク 7000W
クッス 2000W
 スユクは豚肉の塩茹で。海雲台の市場でいつも買うおばちゃんの店が出来てはいるが,あまり思い入れはない。
 クッスはうどん一般を指す。明洞餃子のカルクッスにはハマってるが,それ以外はお気に入りには出会てない。
 しかし!このヒョンサノクのはスゴい代物でした。あんまりスゴかったんでお膳マップで見ていこう。
① ② ③ ④

⑥ ⑦   ⑧

  →お膳写真
①ポン酢
②カクトゥギ
③ベチュキムチ
④唐辛子,ニンニク,玉ねぎ
⑤味噌タレ
⑥アミ塩辛
⑦スユク
⑧ニラキムチ
⑨クッス
 ひょっとしたら…これぞ庶民の男の韓国メシってお膳だったんじゃないか?
 スユクもクッスも味はひどく淡い。
 けれども――まずスユク。徹底的に噛み締めると,初めて得も言われぬ味がする。滷味とは全く違う,和風でもない,かと言って胡椒やスパイスも使ってない。それどころか…茹でてあるから肉汁すら抜けてる。
 肉素材本位。ただの肉だけのごくシンプルな味わい。
 それが,ムチャクチャに美味いんです。塩茹でだろ?何を工夫できるはずもないのに,明らかに他と違う,かつて食ったいかなる豚肉にも類推しようのない美味さ。
 韓国の肉食感覚って…再認識。こんなに独自で,こんなに繊細だったのか!?
 独自さ――西欧にもムスリム圏にもない,肉そのまんまの味覚を味わう感性。漢人世界にすら少ないと思う。チャーシューの中華スパイスの入り込んだ複雑な味覚と,このスユクのシンプルさを比べてみるといい。
 繊細さ――和食の肉使いと方向は同じだけど,他に影響されない肉食の歴史の長さ,それに肉素材の味そのものを尊ぶスタンスゆえに,日本より木訥にあっさり。日本人が大枚を叩く霜降りに比べ,赤身主体のスユクの味覚はあまりに直球的な美味。
 クッスも同じなんである。韓国の礼儀を無視して汁を啜ると,和風のどんな出汁にもない,肉汁でも野菜汁でもない,けれどムチャクチャな深みの味わいがある。それを確認した後はそうめんの中に染み込んだこの淡い味覚が,途方もなく豊かに感じられてくる。
 で,これらが他の小皿のものと合わせて口にすると――とんでもない旨味を作り出す。しかも,肉の部位によって微妙に多様な味覚。
 どうも…ご飯と同じで食事の素地としてスゴい。そういう,スゴく自由な食材らしい。
 にしても…分からん!どの品も大して調理した形跡はないのに,何がこんなに美味いんだ?

▲通りの概観

 12時半。ほぼ予定通り,釜山国際旅客ターミナルに入る。
 いつも通りに土産物屋にて朝鮮人参カプセルを購入。オバチャン相手に,かなりギリギリした値段交渉を楽しむ。今回は240カプセル。まだ前回の余りもあるんだけども。――でもって,今回はイミグレ内の免税店にて,さらに100カプセルを購入したんだんだけれども。
 にわかに客席がざわめくので,皆さんの視線を追うと電光掲示板。
 え!?――1400便が「高波と強風のため運休」?危ないがな,わしの乗る1430便の一つ前やん?しかも1430便にも「条件付運行」の表示。ハングルではジォケンブウンハンと読める。条件って…何の条件だ?
 カウンターで15700W払った後(いつも断りがないんで何なんか分からんが恐らく出国税か施設使用料),お姉さんクールに付け加える。「高波の影響で引き返す可能性も少しございます」。
 少し?それは「どのくらい?」と聞く。
 にっこり笑ってお姉さん,やはりクールに曰く「少し」。
 条件付ってのは「ハズレもあるよ」って運行みたい。さてその場合,宿とか代行便を出すのかどーか?それはそれで見物です。
 まあなるよーになるであろう。Bel Postoの不味いEspressoでも飲んで…ってゆうか,ここのエスプレッソって単にアメリカンじゃない普通のコーヒーなんだよな~。
 イミグレゲートはさっき開いたんだけど,これ飲まないと韓国の旅行って終わらない…。
 って?ちゃんと終わるのか!?引き返さんのか!?いつも最後まで不安なのも,また韓国旅行の常であります。怖いよう。

 結果,乗れた。
 引き返しもせずに済んだ。
 ただし,ムチャクチャに揺れた。いくら「食倒編」だって食い過ぎて元々気分も悪かったんで,久しぶりの船酔い。
 博多に着いたが,既に徘徊する気力なし。
 これも久しぶりだが――大人しく自宅直帰することに。

 博多駅構内を新幹線乗り場へ急ぐ。
 急いでたんだがふと見ると――お?ミニクロワッサンのil Forno del Mignonの行列が…瞬間的に無くなっとるやん!
 気がついたら硬貨を突き出してた。船酔いも瞬間的に消えてた。自分でも呆れるが――まだ食うか?
プレーン100g 150円