外伝09♪~θ(^2^ )HK-File19-2:飲茶(陸羽茶室)

※後日厳重警告:陸羽はほとんど聖域
朝はここに住んでるような常連さんもいます。ワシは,余程禁断症状にならない限り,原則としてここへは行かないことにしてます。行くなら年に一度くらい,お邪魔します,という節度を持って行くべきです。
(なので本章は,そういう節度のなかった初心者段階の恥ずかしい記録,と思って読んでください。ある意味,惧れを知らず幸せではあるけれど…)

▲黄昏の陸羽茶室。この建物は,それ自体が既に文化遺産です。
 その食を生み出すシステム,食慣習までをセットにして,世界遺産に登録すべきだと真顔で主張したい…が,誰も聞いてないし。

 日本でも最近は朝飯を厳選するよになってきたわしですが――朝飲茶って世界最高の朝食慣習じゃないでしょかね?
 飲茶は,どちらかと言えばブランチか昼飯として食うもの。
 朝の飲茶は「早茶」と言われ,特に平日には忙しいサラリーマンや学生層には縁がない。引退した老年層のちょい贅沢な慣習として根付いたものらしい。
 その辺は観光客だから許してもらうとして,朝飯として評価するなら――朝飲茶は最高の美食だと思います。カロリー的にも丁度いいし,お茶の大量飲用も体にいいと思うし。
 高級食材としてはどっかのホテルでスゴいのが出るのかもしれんが…美食って面では,以下触れて参ります陸羽に勝る飲茶はないと思います。
 難点はやや高額なことだけど…それでも千五百円前後。点心とお茶のレベルに比べて,損した気になることはあり得ませんが――香港の庶民食に慣れると一食が百HK$以上なんて空恐ろしく思えてきて,3日に一度は行く気でいたのに意外にも2回しか通ってなかった!!
 身についた貧乏性って根深いもんで…。

▲2日目,すごく陸羽な朝食

[2日目]
スタンレーストリート,10時,2階
計132HK$
蛯の生煎の蒸篭蒸し 3個
杏系あん入りビスケット生地饅頭 3個
ポーレイ茶
 この2品――ワゴンから取って並べた途端,少し後悔した。見かけは,陸羽特有の淡い赤色電灯の効果もあって上品には見えるけど,まあ普通の焼売と中華菓子なんじゃない?という印象だったからです。写真で見てもそう映りますよね?
 甘かった!陸羽はそんなもんじゃ済ませちゃくれない!
 蛯は焼売に見えるが,口にすると分かる。これは,紛れもなく大陸中国にある生煎です。
 これがふっくらと歯切れよく存在感を示してる。
 大陸中国では大体この生煎を油どっぷりの中で揚げと焼きの中間みたいな形で調理する。結果,肉汁と調理油とがタップリの,お世辞にも上品とは言い難い品になってることが多いんだが…陸羽のは全く方向が違う。油は愚か肉汁にすら頼らない。生地の透明さで食わせる逸品。お茶うけとしても素晴らしいマッチングを見せる。
 饅頭の方は…確かに中華菓子。ポロポロの生地なんだけど,底の辺りの食感に違和感を感じる。最初は理解できなかったけどこれが…ビスケットの生地でした。
 つまり,中華菓子と英米菓子の生地の融合体。それも不思議なほど互いに溶け合った食感で,両者が一体化してます。即ち,ポロポロしながらサクサクしてる…この経験のない歯応え!
 これが味わいとしても,おそらく素材はほぼ小麦だけなんだろが,中華菓子とビスケットになってるもんだから,微妙にズレて響き合う。
 ここにさらにアンの甘味が混ざり合ってくるんだからたまらない!これもまた,杏だけじゃなく,何か落ち着いた甘味が確かに混入してるんだけど…もうそこまでは到底追いきれません。
 もう嫌!どっちも変化球でグニャグニャ!溜まったもんじゃない!
 初回から大変申し訳ないんですけど…降参です。これ以上粘ってると,追加料金取られそうなんで…勘弁して下さい。
 でも一点だけ。これが香港生活人にとっての「上質」だとすれば…高級食材とかでも何でもない,プロの熟年の技巧とアイデアのポケットから繰り出される,変なストイックさのない奔放なスタンスの点心。
 どこまでも味覚の実利をまっすぐ見据えるフラットな視線。


▲陸羽の2階から階段下を見下ろす。

 本来メインのお茶は――もう言うまでもないんだが素晴らしかった!
 水でも雰囲気でもない,単純に茶葉の実力を発揮してるだけだと思うが――凄まじい!身の毛のよだつような静寂たる茶香と湯です。
 利休とかから茶を出され,殺せ!!と秀吉の頭に血を登らせた心境とは…こんな恐怖感だったかもしれない。
 ずん太い感覚の底味,それが終わってふわりと漂い登る香気。――ここの茶は,茶葉のクオリティだけじゃない。おそらく伝統に徹底的に忠実に,正当派の淹れ方してるんだと思う。癖が全くない。
 今回目についたのは,さらに――サービスのハイクォリティーさ。
 完璧な,おそらく歴史に磨かれた分業体制です。隙も漏れもない。
 フロア総括のような人が隈無く見てて,これだけ賑わってる状況で,5分程度で座らせる。相席の調整も含めてです。数人連れもわしみたいな一人客も,キチンと分け隔てなく誘導する。
 この人数の中で,ひょいと手を挙げると,給仕の誰かがささっと飛んで来る。見ると,給仕同士が手で合図を送り合ってて,実に無駄なく連携してる。
 どの給仕も,決して客に愛想笑いはしない。にこりともしないんだが,サービスには威厳と細やかさが満ちてる。
 プロの仕事です。惚れ惚れする。
 ガラガラとやって来るワゴン車も,その都度違うタイプのを乗せて来ます。システムとしても洗練されてる。
 常連の客は,狙いのワゴンが来るまで辛抱強く,ゆったり茶のみを飲みながら待ってます。席に着くなりあたふたと料理をゲットしてるのは,一見の観光客だけみたいです。
 全てが洗練された食空間。ただただ圧倒されます。

▲8日目,さらに陸羽な朝食

[8日目]
蝦焼売
杏子饅頭
ポーレイ茶
計104.5HK$
と,書くとひどくありきたりだが。香港物価に心身とも浸り切って,安そうなのを選んでしまってたのも否定し難いが。
 でも,そこは陸羽!これが信じ難い味でしたのです!
 焼売――蝦がプリプリなのはもちろん,というレベルでしょう。けどそのバックに流れてる…この,出汁みたいなのの微妙さが尋常でない。問題はそれが何かだけど…肉汁じゃない。滷味とかの中華スパイスでもない。蝦以外で,はっきりと,何か香る野菜が入ってるんだが…分からない。バクチーみたいなハッと目を覚まさされるような感じの香りだけど,バクチーじゃないと思う。値段から言ってそんなとんでもない特別な野菜じゃなさそうだが,出し方の微妙さと味の薄さで…長く引いて申し訳ないっすけど,謎のままです。
 饅頭――杏子の使い方が芸術的!元の,ちょっとすねたような酸味も,スドンと腰を据えて突いてくるような渋みも,そういうのが心地良く整形されてるんだろう,味覚に全くもって引っかかりというものがない。かと言って殺されては全然なくて,中華菓子の具としては最高級。
 饅頭生地もいい。卵味がホワッと香る上に麦香がちょうどいい。ビスケッツってほどじゃないけど歯触りもちゃんと充実してて,洋菓子としても遜色ない。アメリカの原材料で押すタイプじゃないヨーロッパの田舎菓子の美味しさに共通する…ってことは,自信ないけどイギリス菓子の変形か?
 この東西の突出した二味が,連星のように口中で渦を成す。どちらもそう食べ慣れた味じゃないわけだから,普通は衝突させたら,感覚的には新奇過ぎ,味覚的にはエグ過ぎて食えなくなるんだろけど――この丁度いいバランスを,一体どうやって設計したんだろ?
 お茶は,やはりここのはスゴい!瑞記みたいに水じゃないし,値段的に最高ランクの茶葉でもあるまい。そこそこ良質な葉を,伝統技で最大限に生かして出してるってことか?
 コーヒーについて博多の三和珈琲館で感じたイメージだ――苦味,クドミが全くない。三和の味は劣化豆の丁寧な除去で作られるが,茶でそんなんあるんだろか?

 だから,これから陸羽に赴く皆さんがおられたら申し上げたい。
 このシックで印象的な照明の空間にあるのが,単に伝統だと思い込んで来ちゃうと,大変な空振りをしかねません。
 いわば,京都的な何か。
 旧い伝統にあちこちで支配されてるくせに,一方で,ちょっと油断するととんでもない発想とフットワークでこっちの目を白黒させて来る。
 これは香港の飲茶全部に言えることだと思うが――京都みたいに捨てちゃいけない歴史の重みがないからだろか,ほとんど,客をビックリさせなきゃ気がすまないような味覚を突き出して来るわけで。
 次もトコトン驚かせてほしい!
▲おまけ。スプライト緑茶入り。
 香港人の飽くなき食への執着に支えられた創造性と挑戦心については,もう色々と言葉を尽くして絶賛してきたわけであるが――これは失敗だろ?どこに何を入れとんねん!!?
 重ねて言うが…ダメだろ?!分かるだろ,炭酸と緑茶,合わねーだろ?
(10年位して流行ってたりする可能性が…しかし台湾とか香港って無きにしもあらずだってとこが怖いけど)