※後日警告:蓮香楼は「近所の理髪店」みたいな感じで通ってる常連さんもいます。彼らの安寧からすると,こういう浸り方はせず,せめて1回の訪港で1回覗く程度にしましょうね。
▲蓮香楼入口付近。この古めかしいゲートをくぐると,右手にテイクアウトの菓子売り場。正面の階段を上がれば,右手にキャッシャー。そして左手に,そう広くはない客席スペースと,そこに所狭しと並べられた円卓と椅子がある。
飲茶に対する最初のドギマギは,大分薄らいだ。
特にA級飲茶は,少しは様子が分かってきたと思う。元々それほど日本人に違和感のない,現代型の変形だから。
未だに謎が深いのはB級,つまり庶民が利用する飲茶。おそらく香港飲茶が自助茶居(瑞記みたいなセルフ飲茶)の次にたどった都会型形式。飲茶がこんなに独自に進化し,庶民の支持を得たのはこの形式においてなんだろう。
こんなに独自に展開した食法は珍しい。この独自性が最も顕著な層が,B級飲茶で,その筆頭がこの蓮香楼の情景だと思ってます。
飲茶に匹敵するユニークさの食法は,これまで訪れた国の中では…南インドのミタイ(バナナの葉の上に並ぶカリーを右手で食す。ベンガロール編参照)があるが,一種プリミティヴな躍動感が強い。飲茶は,純粋に食を楽しむための場という性格が強く,より貪欲に美味を追求する方向で発展してる。
生きるために食う大多数の人類からすれば,奇妙な嗜好に映るでしょう。まして同じ漢民族の大陸中国は,つい一昔前まで…そのように食ってたわけで。
こんな「変」なスタイルが,なぜ香港にだけ生まれたのか?
4日目
計41HK$。蓮香楼は,おそらく全てワゴン形式だから(わしはワゴンでしか取ったことがない),キャッシャーで払うまで値段が分からない。内訳もレシートに出ないから個別の値段も不明。
食ったもの。
蓮の切り身入りキシメンみたいなの
蒲鉾の蒸篭蒸しみたいなの
前者は,ソースがどばどばにかかってて…美味いの?辛くね?って感じだったけど,食ってくと意外に繊細な料理。
最初は,単にキシメンちゃう?と思ったような幅広な麺状の物体。けど噛んでいってみると――?
まず蓮の香りが厳かに漂ってくる。軽やかな入り方です。かと思ってたら,わずかに入ってるらしい挽き肉の味が最後に頭をもたげてきて,意外に重く終わる。
慣れると,この味覚がむちむちのキシメンの食感の中で飛び跳ねるようです。最後頃やっと気づけてきたけど,微かに卵の白身みたいな味覚も混ざってて,まろやかな底味になってるようだ。
荒っぽい外見ながら,しごく広東らしい味だと思う。今まで完全に見逃してた一品でした。
蒸篭の方は,口にした途端に香草の香が弾ける。ミントより柔らかい,バクチーほどのアクはない香…これ何だろう?最初の食感はまさに蒲鉾の淡い魚肉感なんだけど,じわりじわりと肉の香がこれに混ざってきて,最後には焼売を食べたような後味に転ずる。
――どちらも難解な味覚。降参です。
しかし…プーアル茶(広東語でポーレイ)を啜りつつ,改めて思う。皆さんの洗茶作法,よそで見る以上に洗練されてる。洗茶用の器の中で,カップから箸や匙まで全部丹念に,しかも軽やかに洗う。
ポットで飲んでるのは約3割か?あの茶碗だけで茶を漉す技術――まだ今一つ自信がない。
あれを学ぶには…やはり一つ買うしかないか,蓋付き湯呑み。人差し指で蓋の出っ張りを軽く押さえるのがポイントみたいなんだが。
▲6日目,第二次2回目の訪問。水餅とカステラ(じゃないとは思うが)。
[6日目]
蝦の水餅巻きみたいなやつ
カステラみたいなやつ
ポーレイ茶
計39HK$
水餅巻き…じゃなくチャンと名前を覚えたいが何て言うんだろ?とにかく前回に引き継き頼んでしまったが,コレやっぱりいい。中の蝦にも何か,下拵え段階で微妙な味が仕込んであるみたい。スゴい薄く,ダシめいた甘やかな香りが後口に広がります。
そういう味の基底のキャンバスとして,この餅の甘さを微かに宿すだけのクニュクニュの水餅,これは最高の働きを見せる素材らしい。
カステラは,長い間茶だけ飲んでた隣席が,ワゴンが来るなり「待ってましたっ!」って感じでダッシュで席を立って頼んでたんで,「わしも待ってましたっ!」って振りで真似してゲットしてみました。
「特」でした。
最初,何でこんな,中華圏に来なくても食えそうな場違いな食いもんが?こんなん有り難いか?何で高いんじゃ?と半分失敗したよな感覚でいました。
一口食っても…カステラじゃん!?長崎で食えるがな?
…だったんだけど,しかし食い進むと――深々と甘い?黒糖か?いやもっと違う凄みある甘さ。これは,日本人的には連想が繋がりにくいが…。
おそらく…卵だ。
蛋達並みに低い重振動の卵甘さが,徐々に,じわじわと押し寄せてきて,生地が口にトロケ切った頃には口一杯に広がって来る。
もちろん下品に強い甘さじゃない。真空なクリアさを持った薄く,たおやかな甘みが,無音で爆裂する。
ちょっと中華蒸しパンにも似てるが,マントウ的な食感じゃなくやはりカステラなんである。カステラなんだけど,味わいの形は中華なんである。
これは…確かに素晴らしい!蓮香楼って,飲茶でありながらスイーツ的にも凄いのか?
そう考えたら…そうだ,飲茶の脇役としての上手さにも気付かされる。お茶にもバッチリ合う!それも緑茶や抹茶に合うんじゃなく,この,多少生臭い感じのポーレイ茶にマッチする。繊細だけど単調じゃない甘さが,茶の発酵臭にフィットしてくるみたい。
今まで嫌ってほど食ってきた香港スイーツとも,微妙に一線を画する細やかさ,豊かさがある。
この意外な分野の旨味をもう一歩斬り込んでみたくなって,帰りがけ,前から気になってた入口脇のお土産コーナーで2点購入してしまう。
蓮[サ/容]棋子餅 4.5HK$
小皮蛋ス8HK$
ひょっとしたら…香港土産として知られる蓮[サ/容]棋子餅,これが元々ここの主力商品で,「蓮」香楼の名乗りはこれに由来するのかも?――と思った位,蓮[サ/容]棋子餅はズラリと並んでました。
ピータンは点心の章で触れたけど,この蓮[サ/容]棋子餅も良かった!レンコンと…この根菜じみた魔術的な,微妙で清らかな香りは何だろう?潮州菓子ほどの難解さではなく,何とも官能的な香りが鼻孔にまとわりついて離れません。
▲10日目,第二次3回目の訪問。うずめ飯&チャーシューまん(絶対そんな名前じゃないけどね)。
[10日目]
テイクオフ当日の朝イチ,6時半!アホかと言われても行きます!
うずめ飯(鶏せせりと椎茸)
チャーシューまん
プーアル茶(碗)
計37HK$
今回初めてポットを出されませんでした!
前回の最終日に初めて蓋付き茶碗を出されて歴史的惨敗を喫した記憶が走馬灯の如くに蘇る。
しかし…!!人は進化するのだ!ザクとは違うのだよ,ザクとは!!(意味不明)
今こそ血の滲む(滲んでないけど)訓練を生かす時!練習してた蓋付き茶碗よりやや大きめの碗だったけど,人差し指を突起に軽くかけ僅かに蓋をずらし,親指と中指で茶碗を傾け,手のひらで蓋を抑え傾けて…おお,まあまあ様になっとるやんけ!
まあ抵抗なく淹れられました。ははは,軽い軽い!…ムチャクチャ力入ってるように見えるかもしれないが,きっと気のせいだ!
お茶に気をよくしたのもあって,飯も旨い!このうずめ飯のご飯の旨さよ!金物の深い器に入った飯ですが,せせりと椎茸しか入ってなくて,配膳直前に黒ずんだスープを入れただけなのに…馬鹿馬鹿しいほど美味い!せせりの脂と椎茸の香りが,おそらく蒸す段階で白米に染み切ってる。米自体は明らかにインディカ米だが…こんなに美味くなるもんなのか?
さらに,この包子のマントウの何たるしっとり感よ!作りは完全に豚まん。中の豚挽き肉にもそれほど特別な混ぜものはないのに…豚肉に,広東風の乾物だしを染ませる一次加工がしてあるっぽくて,緩い後味はある。けれど圧巻なのは,マントウ部分の小麦粉のふっくらホクホク感!これがあるから挽き肉味も生きてくる。外見は似てるけど,日本のコンビニ豚まんなんかとは完全に別の食い物です。
あと,この日はここのカウンターでオクトパスが使えることに気づきました。
7時が近づくと,俄かに客が増えてきた。本日は日曜日。平日と違い,香港人が休みだしちょっと贅沢に早上茶でもどうよ?って客層が多いのか?
相席用の大きな卓に座ってたんだけど,その時,丁度他の客が席を立ったとこでした。
突然,7人家族に取り巻かれる。
まず驚いたのは――茶葉の入ったポットが置かれると,そこに湯(開水)が注がれるまでのほんの僅かな時間に,老婆がポットの中の茶葉を半分くらい,懐中から取り出したビニール袋に詰めてしまったこと。
幼児連れ。夫婦が2組,うちブルーワーカー的なオヤジの赤子っぽい。あとはお婆さん2人。
にわかにウルサくなった。
赤ちゃんが泣き喚くのはまあ仕方ないでしょう。けどそれをあやす家族の方が喧しい。
心で眉をしかめつつ,どことなく違和感を感じてた。改めて7人を観察する。
幼児とその両親。もう一組の,いかめしくももの静かに新聞を広げるサラリーマン風のオヤジの夫婦を挟んで,年の行った女性が二人。
2組の夫婦の気遣いの様子から見て,左手の老女は2組の夫婦の誰かの母親だろう。
すると?残る1人のお婆ちゃんは?
この人以外は,喋って食って飲んでだけをのんびりとやってる。ブルーワーカー夫婦が喧しいのも,他の客みたいに茶を自分で淹れたりの手間がないから。茶の配膳は専ら件の老婆だけがやってるんである。この人自身は,茶にも食い物にも全く手をつけない。忙しいと言うより,飲み食いをする意志が感じられない。端の祖母に対しては飯の取り分けまでやってる。
夫婦の誰かがワゴンを目で示すと,この老婆がワゴンに駆け寄って指示された点心をゲットする。言葉の指示さえない。明らかにこの人だけがあくせくしてるのに,誰も話しかけない。
その空気のような存在感に――かの謎の老婆の表情を盗み見た刹那。
ゾッとした。
虚ろな瞳孔。
意志の消された血の通わない眼。
最初に茶葉をネコババしたのもこの老婆。確か,サラリーマン風の男の妻が目で合図してた!
つまり…召使いなのか?
さらに背筋が凍る。彼女は…この夫婦たちの一家の指示があれば,人も平気に殺めるんじゃないか?しかも主人たるこの一家,自分の手を汚そうとはしない。全て老女のやったことだから知らない。咎められても平然としてそう言うだろう。
そんなに豊かそうな一家じゃない。自由契約に基づく雇用とはとても思えない。つまり…!?
生まれながらの?代々,ある家族に隷属する一族?
何か,この家族だけの特殊事情なんだろか?けれども――赤化した大陸中国にも,永く日本領だった台湾でも消された旧き忌まわしき漢民族の何事かの因習が,この飲茶空間に顔を覗かせるってのは,いかにもあり得る出来事に思えました。
この場所にドロリと垂れ込める重い業の感触にほとんど恐怖しつつ,7人家族の卓を後にしたんでした。
▲蓮香楼の飲茶用具一式。ニューヨークで以外は大体このパターンでした。ポット出しの場合。
(写真) ③ ①
④ ②
①:ポット。蓮香楼では3割程がこれで飲むが,少し値段は高い。茶碗で濾す飲み方なら,ポットの代わりに蓋付き茶碗になる。一回ずつ湯を給仕してもらわないといけないが,安い。この使い分けを,どうオーダーすりゃいいのかは知らない…。
②:湯呑み。これで飲む。
③:洗茶用の器。この中に②④の茶碗と箸,匙を重ね入れて一煎目の茶を注ぎつつ洗う。一煎目を捨てるのは,蒸らしと不良茶葉の除去が目的らしい。
この洗茶の技法は相当人それぞれらしい。③の中に広口碗を入れて,その中にさらに②④の湯呑みを入れ,匙で回し洗った後,箸には匙で湯を伝わせ,匙自体は指で洗うのが一般的みたい。けど,湯に浸けるだけとか,口につく縁部分だけ洗う人もいる(これが衛生学的には一番有効だろけど)。匙と箸を一緒に洗う人,匙を先に洗ってから湯かけに使う人。そもそも,湯だけで洗うのと茶で洗う人にも分かれます。
地域や家庭による差なのかどうかまでは分からない。でも,皆さんいずれも手慣れた手付きがスマートでカッコよいんだこれが!
④:湯呑みの予備。最後まで用途が分からなかったけど,どうやら――蓋付き茶碗で飲む時,茶碗一杯が大体この湯呑み二杯。この二杯に茶を入れておいて,冷ましつつ,茶碗に湯を入れてもらって三杯目,四杯目を出すための予備湯呑みらしい。