油煳干青∈6貴陽&長沙:普陀路から余家巷1∋糟酸麻蒜

[前日日計]
支出1500/収入1700
負債 200/
[前日累計]
     /負債 6
§
→一月三日(四)
0900尊义豆花面250
1118厨娘娘 小厨家常菜500
1902新華楼(坡子街店)500
1930糖油粑粑250
[前日日計]
支出1500/収入1500
負債 0/
[前日累計]
     /負債 6
§
→一月四日(五)


歩き収めの四次貴陽。それでもさらに未知未踏の道が現れます。そしてお話は,運命の長沙へ。


~(m–)m 本編の行程 m(–m)~
①~余家巷西:GM.(経路)
 ▼(実際は通過可)
②余家巷~:GM.(経路)


現実世界でバスを待つ

が昨夜もまた降ったらしい。
 0819,荷物をカウンターに預けて出発すると,空は未だ暗い曇天。歩道の下水がえらい勢いで逆流して噴いてる。
 この寒さ,しかも湿度からか底冷えしてる。なのにここの七天は暖房が不調で…。キングサイズベッドだったから,夜中,半ば無意識に掛け布団を半分に折って2枚重ねにしたらやっと眠れる暖かさを確保できた。


くなってるけど,今朝は電脳空間で一作業した後です。
 朝,もしや?と聯通のHPを開くと,まずはバージョンアップさせられた。こちらはうまくいったから,ICBCの方に再度挑戦してみたけれどこちらはやはり更新できない。登録も消えてるらしい。時間切れで出発。
 聯通の方は通話料がマイナスになってたんで補充。ICBCは残金切れらしい(ウォルマートで払えなかった)ので,微信にまだ残ってた30元だけを使いプラスにしておく(巻末記録参照)。
 という状態で──現実世界の方へ。バスを待つ。…0845になっても止まらない。やむなく例のパンパン公園向かいまで移動して1路に乗る。0848。

真っ赤な一の碗,純白の二の碗

▲普陀路の朝の屋台ストリート

茶之翼過ぐ。噴水池。
 0851,雲岩広場のバス停で下車。北へ少し歩いて0854,普陀路。右折東行とする。
 ここの早飯ストリートは食い逃しがありえない。コテコテの貴陽飯が並びます。その中で今朝は──
0900尊义豆花面250
 重慶で食べ逃してた豆花面の雪辱です!

▲第一碗,付け汁?というか…ただの唐辛子粉の山にも見える。

っ赤な碗がまずは来る。
 シェンツァイが豆と酸っぱい唐辛子とラー油にまみれてる。隣は既にそれをちびちび食べてるけど?──ここには面はないんだったよな?これだけだとほとんど豆腐脳,いやその薬味部分じゃね?
 試しに食べてみる。野菜は実はシェンツァイじゃなくミントみたいなものでした。
 ここに第二の碗がさらに──

▲第二碗,豆花と面。赤みがかってるのは少し第一碗を投入したため。

た目のこのギャップがたまらない。まさにグルメ界の美女と野獣である。
 周りをチラ見しても,この真っ白い面を唐辛子碗にチョイ付けし,つけ麺のように食べてる人もいれば,完全に投入してる方もいる。かと思えば,さっきの隣客は交互に食べてる。

▲0910豆花面どアップ

しい料理なんでしょう。慣習はまだない。好きに食べればいーのだ。
 別々に食べ進めてたけど,やはり面倒になって面を第一碗に投入。口の中で麻辣豆腐か豆腐脳をつくる…のではなく,豆腐湯と涼面を交互に食って甘さと辛さを行き来する感じ。これぞ四川料理界の神曲である。

この道は本気で途切れてないか?

▲普陀路の店入口には暖房用の分厚いナイロンカーテンが。

厠(公衆トイレ)がそっちにあると言うので,それを借りにという名目で…というか実質もあるけど普陀路東まっすぐに入る。0924。
 Googleマップではぷっつり途切れてる道。でもあまり気にせず進む。
 進んだけれど…このぐにゃった細道の奥に,確かに公厠はあって用は足せた。けれど,これは本気で途切れてないか?

▲0923普陀路東まっすぐの細道

岩区六建幼儿園の前で三叉路になる。おそらく,地図で途切れてるポイントです。やはり。
 右折し東へ。

▲余家巷に出た!

余家巷 頭上げれば天主堂

家巷と住所表示が現れる。出れたか?
 道は地図通りに右手南にゆっくり曲がってます。秘境感が半端じゃない。いい道だぞ!
 ここは沖縄X手法,つまり航空写真で目星をつけた界隈です。

▲0929余家巷(2)

は割と広い。
 道の東,つまり城壁側がやや高みになってます。
 朝の時間もあってか,人の姿はない。でも道は手入れがしてあるし,路駐のバイクには常用されてる気配も感じる。

▲0930余家巷(3)

地を覗きこむと,路駐の車両に荷物が立てかけられてたり,ゴミがそのまま放置してあったり…半ば廃墟になってる風情もある。
 見上げれば,天主堂と書かれた建物。

▲余家巷(4)天主堂のある風景

叉路。交わったのは虎門巷です。
 0934。虎門巷の向こう,東方に見えてる車道が友谊路か。
 右折してその逆方向,西行へ。下りになります。

▲余家巷と虎門巷の三叉路辺り

りになる地点に段差があります。古くはないけれど,筆の地盤の形容は痕跡と考えてよい。
 城壁です。
 そう,よく照合できないけれど,おそらく余家巷の湾曲は城壁沿いの内側の道だと思います。新城東北角にあたる。
 和平服務站を過ぎ,細道を南西へ。

▲虎門巷の城壁痕跡らしき段差

■記録:通信料がマイナスになってたので…

▲聯通の手机庁を見ると…おおっと!またマイナスになっとる!

▲微信払でとりあえずの穴を埋めて…

▲とにかくプラスにしときます。ごめんなさい。

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