復活の聯通SIM
0943改め0843。スマホのモバイルネットワークの状態が「接続」になっていることを確認。Wifi無の状態です。金楯さんがようやくネットに入れてくれた。
これで聯通SIMが,正月の貴陽の状態まで復帰しました。
0926,無錫。
本日の高鉄車内は割と平穏です。中国新幹線らしくなくて少し寂しい。車窓も浙江の肥沃な緑の大地が続くばかり。
1015,鎮江汽車客運站に帰って来た。
鎮江は何とか岸※という文化地区を売り出してるらしい。七月の地域も,ひょっとしてその,城外の全然別の場所にあるのかもしれません。
※ 西津渡のことらしい。→鎮江の西津渡街(宋街)。「七月与安生」の街だったとしても今はもう観光地らしい。
長江の人,瀬戸内を見て「大きな河ですね」
揚州へは上海から直通列車はない。だから長江南対岸の鎮江にまず来た,というのは初回と同じ。(ちなみに二回目は南通から列車で入るルートでした。)
揚州行きバスは1030発が買えた。大型バス。鎮江南徐站というところを通って揚州总站まで行く路線。会社は鎮江○○集団。
あと,ここからも淮安行きのバスはある。
万达広場前のバス停を横目に出発。前回は眠りこけてた道行きです。
南へ。片側3車線の九華山路。東になだらかな丘。「鶴舞九華」と壁にレプリカ。何か由緒のある土地なのか。
南山と書かれた場所で右折西行へ。1040すぐ左折南行。棗林路。
そうか,百度が見れるんだ。でも九華山は安徽省の有名な方しかヒットしない。
新幹線の入る駅が見えた。これが南站か。バスはその構内へ。ターミナルの建物は小さい。1043。
長江。1058。
曇天,大気は煙る。川幅は流石に大きい。渡り終えた,と思った場所は中洲で,河岸間の幅を考えると,これは確かに瀬戸内海に比すべき感覚です。
潤揚大橋という橋らしい。
えっ?ゲートを引き返すの?
──どうも南行きのロータリー出口がないかららしい。と?ホントに引き返してないか?いや,何をどうやったのか分からないけど,とにかく東に向かい始めた。
景観は寂しい。農地と工場ばかり。それが1112にはマンションが連なり始めた。もう新市街です。
南に凄い数の工場中のマンション群。揚州西というゲートをくぐる。バスの売り場で言ってた「揚州西」というのはこの辺りのことか。揚州新都市圏はさらに広がりつつあるらしい。
1116,到了。揚州汽車客運站。三度揚州へ帰る!
ささげ豆にマスタード
あれ?こんなとこあったっけ?
バスを降りて20m程,自助を見つけてしまった。なぜか揚州市内にはなかなかないんだよな。客足もあるようだし,揚州の普通の味を訪ねたくて入ってしまう。
1117旅驿中式快餐
特色紅肉
もやし汁
長豆炒め
白米飯500
もやし汁は──「食は揚州」の湯(汁物)を確認したくて頼んでみたんだけど──人参,ハムと色々入ってます。でも効いてるのは海帯。もやしの香もあるけれど,この昆布が無茶苦茶に染みる。
揚州の湯……洛陽ほど技巧的ではないとしても,渋い味わいを持ってるように予感しました。
紅肉は三枚肉の,まあ角煮に近いんだけど…この汁は最後ご飯にかけてしまった。八角が効いてるのは間違いないけれど,でもそれだけではこの味にならないだろ?赤みを帯びたこの汁は,甘いけれどもくどさを残さず,コクはあるのにさらりとしてる。
けれど──一口で驚く味だったのはまたもインゲン豆!
太く長い,やはり「ささげ」です。
汁を見ると,ニンニクと僅かな赤唐辛子が入ってます。でもその味覚の先味は──辛い!
マスタードのピリリと来る辛さです。でも姿は見えないから,何か別の調味料か素材かもしれない。ニンニクも唐辛子もその味覚を隠し味にしてしまうほどの強い辛味です。
いや強いというのも違って,サクッと口中を刺して消えてしまうような小気味のいい辛味。
ホントにマスタードだったらかなり冒険をしてる中華です。もしマスタードじゃなかったら,全く未知の中華食材があることになる。
美味かった。こんな場当たりでこんな店に出会すとは──やはり中国は半径2百mで食べるべきです。
スマホが生きてる揚州
結局,市内へのバスは初回と同じ1路にした。1206,発車。
やはりこの路線,ぐねぐねと折れ曲がってすぐに訳が分からなくなります。今度は百度地図がきくので位置は逐一分かるんだけど…。
老城の南東角,あの辺りまでは,途中いくら路地を覗きこんでも,やはり心に残る老街は現れない。ここが揚州という町の不可思議なところです。
1229,石橋。あれ?少し南北に路地が伸びてるか?
双橋。ここもだ。わずかにですが。
右折南行。大学北路。
1233文昌路。左折東行。石塔寺。
1236右折南行。紋河南路。蘇北医院,下車。
1252,前回の宿・維也納酒店(ウィーンホテル)に投宿。
GM.(経路)
三度目の揚州はスマホが生きてる揚州です。
蘇北医院(蘇北人民医院)の西側からさっきバスから垣間見た石橋や双橋の南まで,Z字に折れた水路があるようです。まずはこれをたどり,まだ未踏の老城西半分を歩いてみよう。
1309,出発。
結構肌寒い。
南には観光船の船着き場の大ドームができてました。老城南から東を通るこの運河をクルーズするのでしょう。
釣糸を垂れる蒼の人民服
1313,南通西路。バス停は蘇北医院西門。
1317,文汇東路。左折西行。片側3車線の車道。南北とも社区。バス停名は双虹橋
1321。河に着いた。幅20m以上,かなり大きい。西側には社区が続く模様(蘇農二村)。東側は工事中。どうやら街並みが守られてる空気ではない。
西岸を右折北行。
船を付けれる階段がところどころ続く。かつてはそういう川辺だったのでしょう。
今は蒼の人民服の老人が一人釣糸を垂れる。
しまった,もう文昌中路に着いてしまった。Z字行失敗。でも西への道はなかったと思う。とすればこの社区の中に旧い水路は消えてしまってる。
西安なら鼓楼・買庄巷
文昌中路へ左折西行。1340。
この老城東西横断道はどうにも寂しい現代都市な町並みです。
1348,バス停西門。なるほど,文昌路を他の東西大街と見ればこの位置になるわな。
文昌路はこの西で宝帯河という水路を渡るはず。ならばこれが外濠だろう。
とそれを目指してると1356,唐突に北に路地。買庄南巷だろう。名前にも食指が動き右折北行。
なかなか好い雰囲気の通りです。
活気もある。西安なら西羊市や鼓楼の場所です。かつては盛り場だったろうか。
ただ今は,社区への門前町のような道になってる感はあり,やはり南東角とは異なります。1409,出口。
出た道は,前回通った四望亭路でした。
うーん。ハズレっぽくなってきたぞ。
きたけれど……買庄二巷の対面の道をもう少し北行してみようか。
迫るう~♪
段々,閑散としてきました。
揚州老城の北辺近くはなぜかこういう空気らしい。前回は東北角でこれを味わったけれど,北西角もそうみたい。
なぜなんだろう?
──の恐怖に耐えつつ撮った勇気の一枚!
いやホント,中国ってよく事故が起こらんもんだと感心する。これは四半世紀前から変わらない。生き馬の目を抜く対人緊張関係を,割と当たり前にしてる文化というか──。
つくづく日本人って草食動物だなあ,とこういうとこ歩いてると思うわけで。閑話休題でした。
最後の希望は念泗橋路
念泗橋路に出た。1426,左折北行。
これも何てことない車道。名前の奇妙さから,最後の希望を持ってたんだけど……。
ただこの北東方向の緩い湾曲は異様です。古い川か水路を覆って道にしてる,という可能性が強いけれど──手がかりはまるでない新市街。
揚州大学西門。
1432,念泗橋路バス停から40路で帰路につくことに。
実りは少なかった,というか無かったけれど,これではっきりした。この老城は,やはり東南側なのである。
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