m19Pm第三十五波m鬼城忌や空新しく貼られけりm御手洗2

▲青い町屋

▲若胡子屋の横手棟

▼▲軒先に花と句。御手洗郵便局
1554若胡子屋。ここは観光地
1555旧金子家住宅。御手洗条約締結地
天満神社

▲宇津神社遥拝所

1557海岸線へ戻る。西へ。
宇津神社遥拝所碑。明治二年。弁天社前
1604呉市立豊小学校
1613隣浦。浜階段がくっきりのこる。
これは確かに……瀬戸内海の最奥にして隠れて何かをするには最適の土地です。

▲小学校校庭

▲西の浦入口

▲青いベンチ

▲浦のメイン建物

▲雑貨屋軒先

▲参道

1616宇津神社見る。
神体「八十禍津日(やそまがつひ)大神・神直日(かんなおびの)大神・大直日(おおなおびの)大神」

▲由緒書き

▲ホルトの木

左手裏神木「ホルトの木」樹齢推定1200年。「広島県内最大の巨樹」?
本殿に日本唯一の「龍の立体彫刻」があるとあるけれど視認できず

▲対聯

▲波三本の神社紋

▲井戸

さらに奥。対聯?
右「神者依人敬増威」
左「人者依神徳添運」
奥に四社。表記なし。
その前の井戸に「[王<ソ][シンニョウ<酉]井」 相撲土俵と弓の的3つ。隣に方形池 波三本の燈籠のこのマークが社の紋か? ▲船着き場の遺構

▲東風崎神社への登り口

1642豊支所 みかんメッセージ館
1648大長港。チケットは買えた。東風崎神社へ登る。
細く長い崖上に参道。

▲参道から港

佐々木鹿蔵君碑。吉田茂謹書
鞍部にようやく祠。1653
竹原行きの船は12席!

1812小長→1824明石
1907明石→1945竹原

浜階段は随所にある。今はなくなってる集落らしき場所にもある。島に挟まれてるから非常に静かな海です。
1723すぐに大海。上島までは意外に一海を超える感じ。山系が違うのか,下島の方が歪な山陵線が目立つ。浦の大きさも上島が一つ上。
1726明石。大長もだけど桟橋はほとんど釣り堀
1740木江港天満。ここも浜階段が何本もある。ここはそれらが近代設備の中にきちんと取り残されてる。対面には現代のドックがあるのに……何て光景だろう。
1804竹原港
港から駅への道中,突然,自転車なチャドルの女が追い抜いていった。顔は見えない。
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▲「クレばいいのに」