FASE85-2@deflag.utinaR409withCoV-2_BA5#九月の今帰仁がざらついてきた\ 崎山共同拝所

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1007R505に戻る。バス停・山岳。右折北行。

大井川を越え仲宗根に入る。今帰仁唯一の町の風景が広がる。

1015やはりいち藤はお休み。橋を過ぎAcoopの前を左折。この辺りにちょっとだけ盛り場っぽい町並みがあります。
港町っぽい感じの景観です。

登ると高台に集落。これが玉城らしい。R72に出て右折,すぐ左折。
玉城の家並み

玉城の家並み2

玉城公民館と奥の山への階段

1029玉城公民館前停車。
左手裏山へ階段。登ってみる。▼▲
高台。すぐ左手に小祠。石一つ。供物なし。
その先に階段から背を向けたコンクリートの祠。戸口がサッシで閉められてます。
入口の密封された祠
奥手碑文脇から全景

さらに奥の道を辿ると広場。神アシギっぽい。手前に小祠一つ,祠二つ。東屋一つ。さらに奥にも祠一つ。
碑文の各祠の名称一覧

中央に玉城殿堂建設記念碑。裏に「千九百三十年」と読める文字。何と元号はない。これらはこの時の創建だろうか。
最奥祠の神体の石
もう一つの小さな祠

いずれも神体は石。各三つ。ただ最奥の神体は双子石ばかりが三つ。
いや?二つの祠に隠れるように,小型の祠がもう一つ。

1056今帰仁役場と郵便局,今帰仁官庁ストリートの十字路をスルーして仲宗根へ。一つ目の十字路を右折。すぐ左折。仲宗根公民館。

仲宗根集落景観

奥にちょっと神社っぽい階段がある。
1103奇妙な「神社」。左手にベンチ。鈴が鳴らせる。ただ御神体は石。
仲宗根の宮

仲宗根の宮の御神体群

仲宗根の宮からさらに奥への山道

さらに奥へも山道は続いてたけど残念ながら展望台。
仲宗根の宮から見下ろす今帰仁中心市街

仲宗根集落の光景

1127対面,アート花嫁センター前を直進。のどかな道をひとしきり進む。丘の向こうに風力発電の羽根。
1131越池公民館。謎の「スマイル」看板。
1135「みなとはし」なる橋で小川を越える。

■閑話休題:変な今帰仁写真集

「おなかパンク屋」とにかくたらふく食わせる!が売りの食堂が多いのは確実に沖縄戦の後遺症だと思う。

「なきじん美人多し わき見注意!」──それは脇見を喚起するんではないか?逆に。

※2001(平成13)年に今帰仁商工会は「今帰仁御神肖像画」を募集しています。大賞作品はこちら。

 今帰仁御神(志慶真乙樽)とは、今からおよそ七百年程前の中北山時代の頃、今帰仁城の南側に志慶真村(しげまむら)という集落がありました。この「しげま村」に、乙樽(ウトゥダル)という絶世の美女がいました。その美貌のうわさは国中に広がり、今帰仁御神(ナキジンウカミ)ともてはやされていました。このようにうっとりとみとれるほどの綺麗な乙女は、神様みたいに気高いので、「今帰仁御神」といわれるようになりました。〔後掲今帰仁商工会〕

「→スマイル」君の笑顔を得ようと僕がどれだけ振り回されたか知っているかい?……みたいな?

「お願い スピード注意」確かにグダグダ言うより小学生にお願いされた方が注意する気にはなる。

「子供注意」幼子の姿の妖怪でも出るのか?としか連想できない看板。

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崎山集落。右手玉城ボディー,左手崎山農村公園のポイントで左へ入る。
崎山の拝所。大きい。

崎山の拝所全体

右前に文様のあるコンクリート。
拝段五つ。最右には「許可なくして無段で使用をかたく禁ず」とあるスペース。
「許可なくして無段で使用をかたく禁ず」スペース

二つ目から「掟神殿内」(ウッチがみ),「火之神」,「崎山殿内」、「諸田殿内」。
崎山殿内スペース

崎山殿内のスペースが最も広い。火之神以外は下段に香炉,上に供物。ただし新しい供物はない。
供物は,崎山殿内では青い花瓶六つ,茶飲み六つ,香炉三つ。下部の石は五つ。
最右スペースの下段にも使用の形跡はある。特定の時期に移して用いるのでしょうか。
箒とゴザの準備

脇に箒,塵取りとゴザが置いてある。殿内に座って拝むらしい。
ここにもイビらしい裏山はない。
トンボがわんさか飛んでます。
崎山の拝所を正面から

たわんだ音色の正午のオルゴールを聞く。さらに西へ。
崎山集落の光景

「お願いスピード注意 仲尾次こども会」▼▲
1206三叉路。仲宗根から続いた道が唐突に途絶えます。

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