ひとつの風景を見つめつづける

〔真藤順丈「宝島」講談社文庫,2021

「(略)島ぐるみの願望の集合体のようなものが世間に漂うのさ。だれかはその名前を騙るし,だれかはそのふるまいを真似る。おれたちはなにかあるたびに,出来事の後ろにその気配を感じてしまう」
コザという街はいまでもどこかで,英雄がいたころの”宇宙”(ティンガーラ)にとどまっているふしがある。そこでは英雄を中心に太陽系ができていて,惑星群はそれぞれが警察の犯罪捜査だったり,ごろつき(アシバー)の争いだったり,本土復帰のデモだったりする。それらが引力にしたがってぐるぐると回って,ときどき惑星同士が直列したり,混沌や忘却のブラックホールに呑みこまれていったりするのだ。〔下〕

 ひとつの風景を見つめつづけるのは,そら恐ろしいことでもあるんだなとヤマコは思った。
 あまりに一心不乱に見入っていると,その風景に引っぱりこまれるような感覚にとらわれる。(略)
 たぶんヤマコの持ちえない感性を持つものだけが,凡人が立ち止まってしまう地点を越えて,向こう側へと身を投じていけるんだろう。そしてこちら側にはない未知の財産を持ち帰り,この世界を豊かに彩ることができる。たとえばそれは天才と謳われる芸術家だったり,不世出の音楽家だったり,選ばれた一握りの戦果アギヤーだったりするんだろう。そこにはもちろん大きな危険がともなう。言語に絶するほどの冒険が待っている。あちら側へ行ったきり戻ってこられなくなったものもいる。〔下〕

 深い泉の底から湧き上がってくるもの。あつかいを誤れば,命取りにもなる真実──その断片がくみあげられる。井戸水に淆(ま)ざった滋養の結晶をすくいあげるように。そのとき,聞くものたちの”容れ物”の質や容量も試されている。
 遠い過去から吹きつける風が,狂騒のちまたで泣いている。
 島の女たちの,慟哭(カジチリアビー)が響いている。〔下〕

「ひとつの風景を見つめつづける」への2件のフィードバック

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です