外伝09♪~θ(^1^ )HK-File06:[女乃]茶

 珈琲プラス紅茶。こんなの飲んだご経験ないですか?
 インスタント珈琲に紅茶のティーパックを入れたり,紅茶を珈琲豆に注いだり――。
 わし,ガキの一時期にハマってたことがある。こっそりやってた禁断の飲み方だったから,そのうち忘れてウン十年。
 まさか,食の都,香港で再会しようとは!
 湾[イ子]のMTR駅前の壇島珈琲飯店。「インヨン」なる不気味な飲み物を頼んでみた。もちろん初体験。
 漢字は「怨」の下側が「心」の代わりに「鳥」の字が一文字目,二文字目は[夫/鳥]。何なんだその漢字!?何で鳥!?
 まあいい,漢字はともかく味だ。その実態は――。
 ミルクたっぷりの紅茶と珈琲の三位一体!
 珈琲プラス紅茶プラス牛乳!珈琲はかなり薄くしてある代わり,紅茶は濃く入れてあるから,要はチャイを珈琲で淹れた感じ。
 何が変わってるって…後味です。ミルク甘くて珈琲苦くて紅茶が香るんである。これが時間差無し,同時に知覚されるからたまらない。珈琲の苦味と紅茶の渋みが交錯し,ミルクの乳臭い甘味と紅茶の香気がミックスし,しかもなぜかバラバラの味に分離せずに
もー何が何だか分からん複合味だけど…ハマると困る味覚みたいな気がする。
 インヨン一杯で15HK$。昼時の混雑時にこんな一杯でしみじみ味わって飲んでるガイジンを,ウェイターのオヤジが無性に鬱陶しげに何度となく振り返ってくる。周りの相席の客も下午餐(ランチセット)の食事客ばっかで,何か可愛そうな眼差しを向けてくる。
 次回の課題。昼時は避けるべし…。

▲エスカレーター脇の路頭のテーブルにて[女乃]茶を一杯

 後から考えると,このインヨンが感染経路になったんですが――
 [女乃]茶。
 和訳すればミルクティー。いや,あえて訳せばと言うべきだ。出来れば尊称として,あえて[女乃]茶と記したい。
 この展開,全く予想してなかった。香港で,こんなに[女乃]茶に魅せられるとは!
 実は,この文章書いてる今も,屋台で10HK$のミルクティーをチビチビ飲んでます。
 ちなみに,この店でも紅茶ってオーダーしても「没有」(無いよ)でした。試しに「ナイチャ」って言ってみる。…通じたらしい。ミルクティーを出してくれた。ミルクは先に入ってるけど砂糖は入ってない状態。
 紅茶の香りがどぎついチャイ風。
 なお,屋台なら戸外だからタバコは吹かし放題。

▲西冷紅茶と鮮[女乃]麦皮

 佐敦,[シ奥]州牛[女乃]公司。
西冷紅茶 14HK$
鮮[女乃]麦皮 18HK$
 ほかに定食もある。茶餐28元,快餐24元。多士(トースト)とかスープパスタのセットみたいなやつで大抵皆さんソレ食ってます。
 特に鮮[女乃]麦皮を頼むと,店員のお兄さん,かなり「いーのか?」みたいな顔だったけど…結果的に正解!牛乳の旨味たっぷしのポリッジみたいなのが出て来た…ミルクとコーンの二重奏がとてもとても…皆さんトーストとか食ってる場合じゃないぞ!
 え!?コーン?
 もしかして?この「麦皮」って…ポップコーンのこと?
 香港まで来てポップコーンか?そんなもん食ってる場合じゃないの,わしか!?
 けど…構わん。美味いんであるから!
 違うのはやはりミルク。帰国後,広東料理に夢中になってる中で何度も海鮮とかのミルク煮込みに出くわしたけど,どーも広東,このミルク使いが凄まじく得手らしい。その作り出してくる信じらんないまろやかさ,豊穣さ。これには,脱帽するしかない。
 そう言えば。西安に1年いて,あんなに飲みたがってた牛乳だよな。北部には,中華料理に,ってより食生活にミルクがない。つまり,それだけ広東は別の食世界なわけだ。
 西冷は「セイロン」の意味で,もちろん馬鹿ウマだし──朝から動き続けた体がムチャクチャ安らぎましたです!

▲蘭芳園にて夜の[女乃]茶タイム

 中還のエスカレーター脇,有名店の蘭芳園。通りがかりに入ってみました。
馳名[糸糸][ネ蔑][女乃]茶 14HK$
 ストリートにクリアな紅茶。
 雑味が全くない。ミルクもコンデンスとかじゃないみたいで,スキッと脇役。だから紅茶が,後味にジーンと震撼しながら残ってく。この茶葉の存在感のちょうどよさが,凄い。
 インドのチャイより美味いんちゃうか?――自分のその思いに,さらに愕然とする。紅茶の本場インドより美味い香港って何なんだ?
 ただ。ここですら,お茶のみの客はわしだけ。給仕のおっさん,一瞬「えっ?」とゆー顔したけど,諦めてくれた。「外人だし」ってのと,「今日は外売りしてないから」といった印象だったんでしょう。

 あんまり[女乃]茶が美味いんで,何か自分で疑わしくなってきたりもした。
 単に,たまたまこの時期,わしが紅茶に傾倒しちゃってるだけってこともありうるんちゃうのん?
 で,帰りがけに先達広場1階の水研社で,割とメインらしき「[火考][女乃]茶」を飲んでみた。
 香港の冷飲店は,大抵台湾資本。香港土着の飲み物屋は,英国の影響か,それともそれだけ中国本来の形を残してるのか分からんけど,インド形式の屋台形式か,本式の茶芸館かのどちらかみたい。水研社も台湾資本。てことは,ここのミルクティーは香港の[女乃]茶じゃないはずなんで。
 美味い。
 美味いがやはり違うんだわ!
 香港のとは違って,軽い紅茶。スルッと喉に落ちる。喉に残る苦味がない。
 当然だけど,香港で茶葉が採れるとは聞いたことがない。
 台湾の山間部で作る珈琲は意外に美味いと評判だけど,香港にそんな大規模な高地があるはずもなく。
 この土地の,味覚の感覚にしか理由はないはずなんである。
 その違いが,違う紅茶の淹れ方を作ってるとしか思えないわけだけど?何をどう淹れたら,香港の[女乃]茶ができるんだ?

▲西冷紅茶&炒蛋多士

 別の日,[シ奥][シ州]牛[女乃]公司を再訪。
西冷紅茶 14HK$
炒蛋多士 13HK$
 「牛[女乃]公司」(牛[女乃]は牛乳)と言うだけあって,やはりここのは香港の一般水準よりミルク主体みたい。だけど,脇役としての紅茶の存在感が素晴らしいのも確か。ミルクのフワッと鼻孔を刺す甘味を浮き立たせてるのは,この紅茶のシャープな苦みある香気。
 聖獣・牛を殺さずに採れる牛乳も,インドは本場です。素材的には明らかにインドに軍配があがるのに,この香港の水準は――
 いや,と言うより,インドのチャイ,香港の[女乃]茶とも,いわゆるミルクティーとは違う存在だと考えた方がいい。何か製法が全く違うとしか思えん。
 にしても…前回から気になってたんだが,3割くらいの人がかきこんでる小碗は何なんだろ?白と黄色があって,義順の牛乳プリンに似てる。何て頼んだらあれが来るんだ?「熱鮮[女乃]」がそれっぽいけど,それにしては黄色のバリエーションが見つからないし?

▲生姜牛乳プリン

 [シ奥][シ州]牛[女乃]公司ではないけど,おそらくコレ?ってのに出会ったのは3回目の義順でした。
巧手[サ/田/一/田/一]汁[火敦]鮮[女乃] 22HK$
【→File05香港スイーツ参照】
 牛乳プリンに名残惜しんでるうちに──ふと気付く。
 皆さん,[女乃]茶のカップを持ってないか?
 当然だ,ここはミルク屋。過去2回,プリンばっか食ってきたが!?ここの[女乃]茶ってどーなんよ?
 既に旅程も少ない。後腐れ残したくない。慌てて追加注文しましたです。
 ――素晴らしい!
 これはもう…ミルクでも紅茶でもない。いずれとも別種の,全然別の,[女乃]茶としか言いようがないブツじゃ!
 恐らく,濾す作業をかなり丹念にやってるはず。ミルクの舌ざわりが,水のようにサラサラで紅茶と完全に一体化してる。ハッキリと粒子が細かいの。だから,ミルクと紅茶の味に分けることがもはや不可能な状態になり果ててる。
 インドの街角チャイ屋の芸当に,ミルクティーのカップから別のカップへ,高低差1mくらいザザッと移し替えるのがある。チャイの味を滑らかにするためと聞いたが,あの力任せの方法では気泡は入るけどミルクティーの味そのものを香港ほど繊細にはできない。ちらちら見てると,全貌は不明だけど,どうもネルのようなもので繰り返し濾してるらしい。
 してみると。香港の[女乃]茶って…インドレベルとかそーゆーんじゃなくて,やはりここでしか飲めない,相当に特殊なものなんじゃないんか?
 そして,その味わいはチャイをある部分で超えちゃってるんじゃ?
 かつて,英国にと言うより東インド会社に占拠された香港。敵地の食文化をここまで自己流に高め,生産地インドにも,おそらく文化的首都だった英国本国にもないレベルに発展させた――。
 その感性に,敬意をば表したい。