外伝09♪~θ(^2^ )HK-File12:[女乃]茶再一次

▲蘭芳園の[女乃]茶。バターケーキとともに。

 File06に引き続き,第二次香港旅行でも[女乃]茶にハマりました。
 復習がてらwikiの「香港式ミルクティー」の項を引くと――イギリスや日本のミルクティーと異なり,淹れた紅茶にエバミルクが混ぜられた状態で客に出されるものである。風味も異なり,濃く淹れるため,香りが高く,若干の渋みも伴うが,これをエバミルクでカバーして,濃厚さに変えている。牛乳由来の成分の比率が高いため,風味はロイヤルミルクティーに近い。
 また別に歴史については――当時,広東省周辺には乳牛はおらず,用いられたのは農耕に用いられていた水牛の乳であった。広州南郊の沙湾鎮や順徳鎮が,広州で消費される水牛乳の生産地となり,また,牛乳プリン,生姜牛乳プリン,大良牛乳などの独特の食品も作られるようになった。
 つまり,エバミルクとか水牛ミルクとかの濃厚な乳香に照準を合わせる方向で進化したわけで,紅茶の方にはそれとのコントラストが追求された。つまり,繊細なハーブ香と苦味の抽出を。
 そのために採られたストッキング([糸糸][ネ蔑])生地で二度濾しする技法も,港式[女乃]茶のもう一つの特徴です。

[2日目]蘭芳園
[糸糸][ネ蔑][女乃]茶
香[月危][女乃]油猪[イ子]包
計25HK$
 鶏尾包と並ぶ香港パンのもう一つの雄,菠蘿包をこの名店の[女乃]茶で――と狙って来たんだけど,伺ったのは正午前。菠蘿包とのセットは朝食で11時半までしか食えないらしく,オバチャンから冷酷にダメ出し喰らっちゃいまいました。
 え~ッ,いーじゃん,15分も過ぎてないんだから…とゴネてみたけど,こーゆーとこは香港の老舗では鉄の掟。じゃあミルクティーだけ…と注文すると,オバチャンさらに首を振り「不信」(ダメ)。「最低消費20HK$」なるメニュー表示を示す。紅茶一杯とか,金も落とさないのに居座られても困るという,第二の鉄の掟。
 再びメニューを広げると,オバチャン,これなんかどーよ?と指し示して来る。商売人やな。降伏。
 それで頼んだオバチャンご推薦のが香[月危][女乃]油猪[イ子]包。「[女乃]油」はバターだろうからその一種なんだろが「猪」(豚肉)は何だ?バターとラードのブレンドクリームって意味か?もしかして,売れずに余ったのを押し付けられた?
 いや,ところがよっこい章一…結構美味いんだ!結構どころか…パケットに似たハード気味のパンに,練乳に似たミルクジャムみたいのが挟んであるだけだが…外皮のサクサク感と言い,中のもっちり感と言い,バケットとしても上質。クリームも意外に弱い味で丁度いい。[女乃]茶の滑らかさとマッチする繊細。
 さて,その[女乃]茶。しかしこりゃあ…1年振りに口にして改めて衝撃。凄まじい滑らかさです。紅茶の渋み,ミルクの臭み,それらの全てが考えらんない繊細さで一体化してて,しかも印象的な味わいを保ちつつ,ヌルッと喉を通ってく。このサラサラと濃い味わいには改めてビックリ。
 ここのはストッキングで漉す昔ながらの製法を踏襲しとるとガイドブックに書いてたが…そんなもんだけでここまでになるなら,それを,香港人だけが試した理由の方が問題。
 これだけ全世界にまたがる旧大英帝国圏の中でです。
 例えば茶葉を産するインドでは,カリー用のスパイスを入れてマサラティーを作った。これは見方を変えれば,紅茶の茶葉をスパイスの一種と見てカリーにした…って考えていい。外来種を自文化の中の類似品と同列に位置付けて吸収したわけで,これは独創ではあるけどむしろ一般的な異文化対応だと思います。
 香港はそうじゃない。外来種そのものを,自らの食文化のセンスでもって再解釈してしまってる。
 おそらく――香港の食感覚って,元の料理を極限までクリアにしてしまうという戦略で,自分のものにして来たんだと思う。
 その指向は,例えば粥と同じなんである。
 ここに思い至った時――一種不思議な感動がありました。
 この…失礼ながら大陸中国人以上にガサツで忙しげで落ち着きない香港人が,こんな大陸人がまるで持ち合わせない繊細さを,持ってるってだけじゃなくて創り出していけてるんだ?
 少なし食に関する創造力に関する限り,ニューヨーク以上だ。韓国に比べたって…ここは何という激しいバイタリティを持つ土地だろう。
 何だ?この無秩序でドスのきいたナイーブさ…?
 こんなヘビーなセンス,百年程度で形成されるもんなのか?
 ひょっとして!?
 大陸中国人の方が失いかけてるだけ?
 つまりこの繊細さ,漢民族の本来の核心で――その生きた化石が香港なんじゃないか?
 そしてそれは未だ,化石なんて言葉が全く似合わないほど毒々しいまでにエネルギッシュで。

[3日目]金鳳茶餐廳(銅鑼湾)
[女乃]茶+菠蘿包 17HK$
 銅鑼湾のトラム道から北の路地裏。割と有名な店だけど「え?こんなとこに?」ってほど路地の家並みに馴染んだ佇まい。
 店内は高い背もたれに分割された典型的な香港[シ水]室スタイル。
 菠蘿包は,この空間の匂い通りの日常の味。ややクッキー質のコッペパンってだけだが,気をつけて味わえば微かなパイナップル香が。これが素晴らしいアクセントになってます。
 [女乃]茶。ここのはとてもわかりやすい味に感じた。紅茶の渋みがクリアにぐっと来る。ただ,それがやはり澄んでて,淀みなく喉に収まる。紅茶の渋みが潮騒のように押した後に,ミルクのやはり透明な微かな甘味が引いていく。
 ちょっと悔やむ。入り口脇の棚にスゴい量のアイスの[女乃]茶が並べて冷やしてあったが,アイスで本来の力を発揮するように照準を合わせてあるのかも知れない。
 次回は絶対アイス!

▲壇島珈琲店のインヤンと蛋[テヘン+達]
 インヤンは,イヤ~ン,バカ~ンではなく,紅茶とコーヒーのブレンド(難しいから以後カタカナで書く)
 蛋[テヘン+達]は,いわゆるエッグタルト。最近は日本にもアンドリューが進出して売り出し初めてるアレ。

[3日目]壇島珈琲店(湾仔)
インヤン+蛋達 22HK$
 やはり最低消費の関係でケーキを押し付けられた。
 給仕のオッサンに露骨に嫌な顔された。けどでもやっぱし…蛋達ってオイシーです。今日のは特に,ホントに焼きたてみたいで…卵あんが温泉卵みたいにトロットロ!
 自分で書いてみて思ったけど,でも温泉卵ってパンケーキには合いそうもないよな。こんなパンに合うような卵味に,何をどうやって整形してるんだ?
 インヤンは,やっぱり不思議な味。おそらくこれ,[女乃]茶+珈琲だからマッチすんだと思う。単に紅茶+ミルク+珈琲だとどれも個性的過ぎて訳分かんなくなるだけで,飲めない代物になると想像する。
 つまり,味覚の角を落とした香り高い[女乃]茶を,コーヒーの鋭角的な味覚で補ってる。視覚的に例えれば,コーヒー色の四角形と[女乃]茶色の円形。味の胴体は[女乃]茶,輪郭はコーヒーみたいな共生関係。
 とすればやはり,インヤンの主役は[女乃]茶です。味覚の繊細さを求めた結果,失われたインパクトを補強する素材として,選ばれたのがコーヒーだったということなんじゃないだろか?

▲義順牛[女乃]公司の[女乃]茶とミルクプリン

[5日目]義順牛[女乃]公司(油麻地)
香滑加[口非][火敦]鮮[女乃] 23HK$
鮮[女乃]沖紅茶 20HK$
「[女乃]茶!」と頼むと,どちらだと選ばされた。
 お?メニュー内を示す指の先には「鮮[女乃]麦皮露」と「鮮[女乃]沖紅茶」がある?訳分からんので後者を選んだが…結果的に香港[女乃]茶に近いのは前者だったらしい。「麦皮」はミロかもしれないが…。
 出された沖紅茶の方の味――微妙だがはっきり違いが分かった。
 ミルクの甘ったるさが死んでない。
 ストッキングとかで濾されてピュアになったミルクが失ってしまってる,大味な部分が生きてる。
 義順の沖紅茶は,つまりティーオーレ。
 例えれば――純和風の煮物の下拵えで,最初の茹で汁は捨てる。清湯です。あれも食材の本来的な味覚をある意味削ぎ落としてしまう。けれど田舎料理は,それを,つまり灰汁や荒味を捨てない。雑味を捨てる思想と愛でる思想との違い。
「沖」はこの場合,注ぐという程の意味だろう。つまり,濾す過程をあえて行ってない。この店は他のメニューを考えても牛乳臭さを売りにしてるからでしょう。
 常道に対する,そういう反逆の思想も,ちゃんと香港にはあるわけです。

[6日目]楽園(九龍城)
インヤン(熱) 11HK$
 やはり[女乃]茶と珈琲のベストカップルではあるが,壇島より滑らかに両者が統一されてる気がした。
 そこをあえて分解すると――珈琲香が弱く粉っぽいのはインスタントかと思ったが,そこまで安易な味でもなさそう。ひょっとしたらエスプレッソなのかもしれん。紅茶の香り,味わいと混ざり合ってしかも美味い,って奇妙なジョイントの可能な珈琲を使ってるはず。もちろん[女乃]茶の滑らかさが前提にはなるんだが。
 コーヒーの方の洗練も,香港で何か独自の展開をたどってるのかも知れない。それと,インヤンと言っても多様性がありそうってことは予感できた。

[6日目]順興茶餐廳(九龍城)
[女乃]茶 13HK$
鶏尾包 3HK$
 老舗らしく,照明,調度など室内の雰囲気は良し。
 それを補って余りある程に――サービスが最低。大陸中国かと見まがうばかり。注文取りはとことんセコいし,給仕は全然回ってないのに奥で世間話のかしましい声は聞こえる。
 まあ疲れたから休ませてもらった。
 ただし,前回テイクアウトした鶏尾包は,オーソドックスでパンの中に異様なまでのジャリジャリ感。これぞって味でした。
 [女乃]茶もいい。ミルク臭は消せてないが,始めから一つの液体だったかのような一体感が出てるのはスゴい!
 ただ…繰り返しだけどこのサービスじゃあな…。店頭買いで公園で食うに限るな,ここは。

▲念願の蘭芳園の菠蘿包&[女乃]茶!

[8日目]蘭芳園(中環)
鮮油ポラ包 22HK$
[女乃]茶付セット

 やっと朝飯時に来れました!
 菠蘿包と[女乃]茶は,早餐(麺包餐)のセットの1つになってます。ちなみに早餐のEには「出前一丁餐27HK$」ってのもありました。
 [女乃]茶はやはり――滑らかで,かつミルク・紅茶とも雑味の角がない。インパクトが全くないことの素晴らしさ。弱さの掛け合わせで深みを生む,広東の味覚の面目ここにありです。
 菠蘿包の方は,最初は単なるコッペパンに思えた。だけど,途中で中から分厚いバターが出てきた。美味いバターだ!新鮮な香りで臭みはゼロ。この滑らかさに至って,パンの軽やかなビスケッツ質の皮に気付く。日本のコッペパンにないシッカリした歯触りがある。何よりビスケッツの深みが僅かながらチャンと出てる。これと良質の薄味バターが絡まって旨さを形作る。
 紅茶にマッチするバター味。一見有り得ないこの取り合わせが,香港では成立する。

▲蘭芳園の店内風景

[10日目]陳誠記(尖沙[ロ且])
精美早餐(→写真
A西冷猪[テヘン+八]配[月退]蛋
[女乃]茶付 23HK$
 今次香港最終食。
 店の入り口に掲げてある牧場の絵がどーしても気になってたんである。Black&Whiteって英語記載あり。メーカー名らしき香港っぽい語感。背景に牧場の漫画。
 つまり,どこかの美味いミルクを使ってるってことか?
 テイクオフまで残り時間わずかだったが,それほど待つ事もなく皿は来た。
 バタートーストと目玉焼き,ハムと豚カツ。豚カツはアメリカンな感じで美味かったが,日本の標準的モーニングに比べるとボリュームあり過ぎ!沖縄のアルファベット定食までは行かないけど,悪名(?)高い名古屋とか鹿児島のモーニングに近い。
 ところで問題の[女乃]茶は…今回,旅行カンはやはり冴えまくってました!
 ナイーヴなバランスは最高水準。もちろんミルク香もシャットアウトしてあるにもかかわらず,ミルクの上澄みの甘味だけが後味にジーンと残ってくる。
 義順のミルクオーレに似てはいるが,あんな感じでミルク味を全開に利かせてはいない。あくまで抑えるべき部分は抑えて,なおかつ抑えてない部分のミルキーさが染みる。
 Black&Whiteが何だったのかは帰国後に調べても未だ不明なんだけど――ミルクの質か使い方なのか,ここのミルキーさには最後の最後に刮目させられたんでした。