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→ベルリン

▲ポツダマープラッツのビル街

 宿はなんとかキープしたものの。
 永らく感じなかった悔しい手応えです。
 どうもイメージのつかみ難い街やなあ。――それはベルリンそのものに対する第一印象でした。けど,個別の街でもそう。
 初日,宿探しで時間を食い,夕方に近付いてたけどポツダマープラッツまで一駅歩くことにしてみました。
 メンデルスゾーン駅から宿の辺りまで,小さな川が流れてます。中世とかグリム童話の匂いさえ留めてそうな潤いある佇まい。
 川を越えて北西へ歩くと,けれど一気にコンクリートの密度が高まる。建物の高度は比加級数的に空に伸び,韓国系を中心に外資の広告看板がその壁面を覆い始める。行き交う人影も数を増すとともに,スーツ姿のビジネスマンが目立つようになる。そしてポツダマープラッツ駅周辺の,他の首都と同じくドドーンとせせり立つビルディング群。
 歩いて15分弱。やはりこの2地域は普通に連続してる。一種タイムトラベル的なこのグラデーションに,酔ったような心地で地下の駅構内に潜る。

▲ベルリン下町とSバーン駅。Oranienburger Straβe駅の辺りだったと思う。

 ポツダマープラッツからS1(Sバーン1号線。以下同様)でポツダマープラッツから北上,Oranienburger Straβeって駅へ。
 …と向かうまでにポツダマープラッツの地下でひとしきり迷う。この駅では地下鉄もSバーンも地下に収納されてる。台北駅みたいな機能性ある構造だけど,わしは先天的に地下歩きに弱い。列車の種類や行き先の表示もいっぱいあるんだけど,読めない人にはあり過ぎても困りもの…っていうか大変困りました。
 何とか目的の列車に乗れたらしく,とにかくOranienburger Straβeに着けたらしい。
 駅名を暗誦してたら「おら,煮えんバーガー」の画像が不必要な鮮明さで脳裏に浮かんだりして,人間も不安になるとバカなこと考えるもんです。
 地上に出て地図とにらめっこ。ようようたどり着いたレストランがRestauration Tuhocholsky(かどうか,流暢過ぎて分からん文字の店)。
 中庭に腰を下ろし,観光客むき出しでロールキャベツRiesen Kohlrouladeとベルリナーを注文した頃には,既に4時過ぎでした。

 中庭パティオの広い野外ソファのスペースに,客は3組のみ。みんなビールをちびちびやってる。緩い昼下がりの日差し。
 満悦!
 →写真
 プロートフェンがしみる旨さじゃ!腹減ってたからか,もの凄い小麦の味わい深さがある。例のクリームチーズみたいなのにパセリがかかってんのを,生地になすりつけると…これまた最高!
 でもってロールキャベツ。中に入ってるのは,ミンチというよりレバーめいた赤身肉。キャベツは程よくトロトロで…口の中で両者が,まずそれぞれの味覚を誇らしげに香らせる。肉は重厚なバスで陰を引く旨さを,キャベツは甘やかな野菜味を軽やかに…けれど最後には「やっぱりあなたがいいわ」みたいにピタリと寄り添う味覚に落ち着いていく。肉の重さの後味とキャベツの最後の重い甘味が合体してソースと絡まり,えもいわれぬ食後感を残してく。
 素晴らしい…。
 しみじみ食ってたら,フォークを置いた時には5時が近づいてしまってました。
「やっぱりあなたがいいわ」と言えば…タイで初めての海外だって大阪人が言ってたな。あちこち言った後で吐くのが夢だって。
「色々行ったけどやっぱり大阪がええなあ」
 そんなことを思い出しつつゆったりと過ごしたベルリン初回の遅いお昼ご飯でした。

 次の目的地はさらに北。歩いても30分強あれば着きそうだけど,通りがかりのM1トラムに乗ってみた。
 全然現在位置が分からん!…不安感から少し早めに降りてしまったけど,まあ何とか目指すお店,コノプケに着けました。
 歩き方にも写真入りで載ってる高架下のホットドッグ屋。ロケーションに比して,場違いにやたら綺麗げなショップ。儲かったんだろう,最近建て替えたっぽい。
「カリーヴルスト,オーネダルム,ミッテプロートフェン」――5分ほど繰り返して何とか覚えたドイツ語を使って注文をする。
→写真
 カリーヴルストは,ドイツのガイドブック必出のB級カントリーフード。「ミッテ」は「in」の意味の前置詞,プロートフェンは前掲の通り「大きくないパン」。まあカレーソースのホットドッグです。ここまで解説しといて何ですけど,「オーネダルム」が何だったかは既に我が記憶から消失した。歩き方に書いてあったと思うんで読んで下さい。
 さてお味――普通のソーセージにちょっとカレー粉がかかってるだけじゃないんか?
 初めはそう思った。しかし!
 …ここまでの記述パターンからして,今度は何に気付いて美味に転じたのか期待される向きもあろうが…いやあ,これは最後まで普通だったなあ。
 ただ,ゲルマンの薬草スパイス文化がインドの種系スパイス文化に出会ったという意味では,ドイツ人にとっては革命的な味覚体験の始まりなんかもしれん。と無理やり感心して皿を置いた。
 置いたけど,皿は紙製。周りを見回すと,どうも自分で捨てるらしい。屋台の延長のシステムみたい。
 思い出した!写真でお分かりの通り,ポテトもたっぷりマヨネーズかけて出されてます。「オーネダルム」ってのはポテトは要らんって意味だったな。要は全然通じなかったらしい。けど,このフライドポテトにマヨネーズってのが――バカウマ!体にもダイエットにも最悪としか思えんのだが…激ウマ!
 日本人標準から計ればグロすぎるこの食法,斎藤夫婦曰く,ベネルクスが本番とか。南インドのヨーグルト粥とともに,日本国内では隠れて食うしかない海外食。やれやれ,また一つ増えてしまった…。

▲街中のキオスクのパン屋さん(バッカライ)。
 ダウンタウンです。
 コノプケの界隈は見るからに下町然とした一帯で,日が落ちた頃には夕食の買い出しだろう,それなりの賑わいになってきました。
 パンを買いたくなってきた。どうせだから庶民派です!と看板を出してるようなパン屋を探す。おっ,発見!ええ雰囲気やんか!
 入店してみる。脂ギッシュな浅黒い男が,ガラスケースの向こうに一人佇む。
 店名は忘れた。購入したのは3点。
steinecke brotmeistrei
~昨日のに似た真っ黒パン
種だらけの菱形パン
シュワルツなんとかのサンドイッチ
3.45ε
→写真
 前の客がパケット1本忘れて帰ったらしく,売り子のオヤジ,えらく動揺中。このダイレクトな情感はもしや――。
 支払いしてると尋ねて来た。「お前タイ人か?フィリピン人か?
「日本人なんですけど…あんたは?」風貌と,何となくイスラムっぽい空気から「パキスタンか?」
 するとカラカラと笑って「エジプシャンだよお~!!」
 とまあ結局あんまり庶民派なお店じゃなかったんだけど。
 宿で味わったお味の方は――どれも意外な旨さで驚きました。
 黒パンは昨日よりさらに,噛んでも噛んでも粒々感の残る深々とした味。
 種だらけ菱形パン。日本じゃあ,パンの味が濁りそうであんま好きじゃなくて,試しに買っただけだったのに…数種類の小さな種が,軽く煎るか揚げるかしてるんだろう,香ばしさがたまらない。塩気も薄め。岩塩らしきミネラル香。パンの香ばしさを損なわない程度にまぶしてある。これがパンそのものと種の絶え間なく共時的に重層化して奏でられる複雑な和音の,素晴らしい背景になってる。
 圧巻はサンドイッチでした。ライ麦を少し入れたパンズに,生ハムを軽くローストしたような香ばしいハムが挟まって…ハムの重く複雑な香りが,ライ麦の重振動の穀物味と玄妙にマッチします。
 旧西ドイツの北部パン。今回5日目にして初めてそれを口にするわけで,何かの尺度で何かが典型的なのかどうかは全く自信がない。ただ,その味覚体験は,日本で予期していた範疇をはみ出たもの。それが手応えでした。

 店名のないスーパーに入る。
 これもアラブ系の店みたい。後で振り返ってみると――バザールの発展系だからなのかどうか,大規模床面積の売り場はほぼアラブ系の経営だった印象です。この辺アラブ人街なのか?それとも職業的棲み分けとか商法の違いとかなのか?
 さてお買い上げは――
リンゴ4つ(キロ2.2ε)
いちじく3つ(3つで1.5ε)
~宿で,四切りにしてヨーグルトに入れて食す。いつも日本でしてる食い方。常食だからこそよく分かったが…味がしっかりガツンと来る。
→写真
 独特の野生味が,日本のとは別物みたいです。黒くてやや小さめ,それにどうもトルコ産が多いみたいだから,品種的にホントに別物かもしれん。
ヨーグルト
(OMUR YOGURDU)
~日本のよりやや荒い。インドとかのほどじゃないが,調整されてない自然な酸味が好ましい。こちらの産地は一応メイド・イン・ジャーマンと表記されてる。
 以上3点にペットの水を加えて計4.50εほどでした。同じ品なら日本なら倍近いと思う。
「れでぃ~すあんどじぇんとるま~ん」と鉛の強い英語で,大声で何度となく兄ちゃんが繰り返してる店でした。

▲行先は電光表示されてるけど,当然ながらドイツ語。うーむ分からん!略字もビシバシ!慎重に読み下す。

 パン屋,八百屋に続いてケーキ屋にも入った記憶があるんだけど…何故か,文庫も映像も記録してない。
 確か,そのケーキ屋前からトラムに乗って降り間違えたて引き返したり色々した。よく覚えてない。
 かなり疲れてた。時計を見ると7時近い。それを見てさらに疲れがドッと出た。
 Eberswaider str.からU2で帰路につく。
 車内でギターとサックスの演奏が始まる。何をしたいんだ?アメリカでもなかったぞ?⑧拍手まで起こってまっせ?あ…やっぱり金取るのね?
 フラフラだけど,タバコ買い忘れたんでポツダマープラッツに途中下車。宿辺りに店はありそうにない。
 地上はあまりに華やかな一帯で,雑貨屋の類は見あたらず。この辺りはベルリンで統一後の再開発の中心エリアに当たるらしい。
 仕方ないんで駅構内で購入。ドイツで買う初めてのタバコです。MOHAWK(RED)という3つの山と民族衣装の髪飾りをつけた少女の図柄。4ε。安くはない。
 Mendelessohn-Bartholdy-parkに帰ったのは7時半過ぎになった。
 爆睡。

▲ハイブリッドな構造のベルリン中央駅ホーム

§SixWord:飾りのない感動,ラベルのない思想(Six-Word Memoirs at SMITH Magazine)