成都の中心を南北に裂く人民路,6時45分。
道なりに並ぶ街灯が白々しく朝闇を破る中,地下鉄に降りる。
我ながらホレボレするような,いい出だしである。本日は隣町の重慶に足を伸ばそうと意気込んだわけである。
いい感じだったんだけど,しばらく待った地下鉄ホームに駅員が回ってきました。曰く――7順半まで北行きの地鉄は来ないよ!
8時,動き始めた列車の窓に顔をつけて君は何か言おうとしている。
じゃなくて,8時丁度成都発,重慶北着10時12分の動車D5102動車のシートで,黄色く暗い明かりの下,肩で息をついてます。
地下鉄5駅分を踏破して火車[立占](鉄道駅)に着いたのが8時直前。動車(都市間高速鉄道)の票(切符)の売り場を探しあて,8時発にダッシュで飛び乗った次第。
中国は広い。隣町感覚だった重慶は,この高速鉄道でも2時間以上かかる。…とかいうのも,丸一日の移動が当たり前だった解放前を思い起こせば夢のよな話ですが。
重慶までの途中駅は「遂寧」という知らない町のみ。9時着。
発車は8時定刻。これ自体が共産ギラギラ時代には考えられんかった出来事です。
人は多いが満席ってほどじゃない。指定席だから座れないこともない。無座票を売るってことはもうないんだろか!?
通路を真っ赤なコートと防寒帽といういでたちの女が闊歩して来る。演歌歌手かと思ったら,どうやら車掌らしい。うーむ,恐るべし中国動車。
車窓がようやく白んできた。
キオスクでひっつかんだパンとミルクティーで朝食。今回唯一のどーでもいい栄養補給飯だが,流れる車窓は最高のおかず。
パンは意外に面白い。バターミルクの安っぽさはともかく,パン生地自体は玉子や油であんまりぶよぶよにしてない中華パン感覚。まあパサパサの安いパンと言えばそれまでだが。
ミルクティーは日本並みに化学調味料ドリンク。香港と同じ民族の作る味とは思えない。
8時15分。車内電光表示の速度計が200kmを超えそうで超えないとこを保ってる。制限速度か,それとも規則か?
到着する重慶の駅名が「重慶北」だということに気付く。
「北」?
わずかな手元資料で確認する限り,北駅はただの重慶駅と違うみたい。市内からかなり離れてると窺える。
市内までどう動けばいーんだ?
まあ行ければいーや!っていつもの感じで向かってますけど…いいのかこんなんで!?
歩き方をチェックするが…重慶北自体の場所が分からない。
まあ,市街の北なんだろう。
交通行政的に有りがちなのは,東行きの列車は北駅に止まり,西行きは重慶駅に止まるってパターン?あるいは…国際空港に隣接するとか,接続を考慮した駅か?
いずれにせよ重慶北は終点…一寝入りしますか!着いて情報集めて判断するしかなさそうだし。
車窓は丘がうねる感じの風景。中国らしからぬ地形になってきた。ヨーロッパみたい。ユーラシアの古い山塊の織り成す地形?
重慶北,定刻着。
霧雨。
出[立占]口(駅出口)すぐに中国名物地図売りオバチャンを発見。4元で購入。90年代には6毛(角。0.1元)だったから5倍か。
軌道交通3号線というのが重慶[立占]近くまで行くらしい。駅は両賂口。ここは中心部へ伸びる1号線へのジャンクションでもある。9駅,3元。
この3号線の起点[立占]が江北机場,つまり国際空港みたい。中国では珍しい計画的な交通設計。
少なくとも4本はこの軌道交通の路線があるっぽい。番号は1,2,3,6。6本計画中か?
時間ロスはなさそうだから,とりあえず帰りの票をゲットしよう。
「軌道交通」というのは広島のアストラムや神戸のポートライナーみたいな新交通システム系らしい。
重慶北は地下発だったが地上のかなり高いとこを走る。満員ぎゅうぎゅう。なのに皆さん喋りまくりでやかましい。
観音橋で再び地下に潜る。けどケータイのアンテナはちゃんと立つ。
牛角[シウ/ヒ]前でまた地上へ,川を渡る。恐らく中心部のある半島に入ったっぽい。
両賂口に着く。重慶[立占]の買票庁を色々見たところ,どうやら最近になって動車組の発車は北駅のみらしい。貼り紙を読むと,わしの勉強不足だけじゃなく,始発駅一本化はつい最近みたい。
うーん。それじゃなくても短い滞在時間内で北駅に引き返すのは…と迷いはしたが,やはり帰りの票は確実に持ってきたい。同じ地下鉄で戻る。
そう言えば――昨日たまたま見た重慶テレビで市民の皆さんが「越来越交通方便」とか言って喜んでたのは,この交通体系整備の話だったかも?
市内から遠ざかる北行きは,さすがにさっきより混雑は少ないか…と思ったのは牛角まででした。
すぐ超満員。さっきよりヒドい。
交通再編も頷ける。ここは中国経済発展の最もホットな現場の一つ。これラッシュ時にはどうなっちゃうんだ?
橋から見る霧雨の半島部は…これはさながらマンハッタン。マンハッタンのイーストサイドへ橋を渡った辺りの感慨に似る。パッと見だけでも立体構造がもの凄い複雑さを見せてる。
この狭い中洲が,今や軍艦みたいに構造体化しつつある。――よりマニアックに言えば,甲殻機動隊のエトロフ経済特区を想起させる。
雨に霞むこの川は岷江という。この3号線の東側で,川を渡して霞に消えてる建設中の線路も見えた。エアポートとマンハッタンを結ぶラインがみたいで,確かにそのラインが出来たら交通ラッシュは緩和されるんだろけど。
ただこの混雑でも,旧世紀末の中国みたいな出入り口への殺到は見られないとこが,ポスト経済成長の中国です。
11時35分,北駅に再び着く。
16時02分発成都東[立占]行きの票をゲット!
ところで…今度は成都の到着駅が問題です。東[立占]ってどこだ?宿までどう帰ればいいんだ?
まあそれは後のお楽しみとして…ぶるるっ,トイレはどこだ?地下か?
とか何とかで,地鉄とかエスカレーターとかばっか乗ってるうちに2時間近く無駄に過ごしたという,うがった見方も出来る展開であるが,実は着々と重慶の真実に迫りつつあるに違いないのである。
三度3号線に乗って南行。
しかも三度目は乗り換えである。このように順次レベルアップしていくのが上手な旅行術なのである。
というか,言いかえると,また両路口へ行くのが悔し過ぎるので牛角で2号線に乗り換えることにしたわけである。
座れはしないが,さっきよりもさらに客は少ない。あ,ランチタイムか?てゆーか,もうこんな時間か?あと4時間しか…。
12時17分,牛角着。残り▲3時間45分。
牛角。そこは焼肉の都。という気配は降りてみたら全くありません。
そういう先入観だったんで,乗換改札を出たらいきなり川辺の10階以上の場所にいたからビックリ。
2号線乗換改札まで,この高さのやや細い通路を歩く。ほとんど天空の城状態。高度な個人情報であるが高所恐怖なわしには,到底住めない街みたい。
2号線に乗り込んで向かうは終点[車交]場口…はどこか知らんが,どうもその辺が中心部らしいから目指してみる。
列車は半島北側の川沿いを走る。霧雨で視界は悪いけど,黄花園前辺りから川船のレストランが並び始めました。
降りる客が多いからとっさの直感で下車地を変更,臨江門で下車。
旅慣れた人の行動に見えるが,我ながら感心するほどなかなかに無謀である。ちなみに――こんな行動をニューヨークとかでやると,ちょっとだけ命を落とす危険を伴うのでよい子は注意しようね。
翌2013年5月に地盤沈下で道路に巨大な穴が開いたのは,この辺だったらしい。
とりあえず命を落としも穴に落ちもしなかった。
てゆーか…そんな情景じゃない。雨なのにすごい人やんけ。閑静な住宅街にそこだけ歌舞伎町があるような異様な繁華街です。
さて,食は?
大衆食堂めいた店を求め,デパ地下に潜り,路地裏に迷いして3軒をハシゴ。
■山城豆腐脳
雑醤豆腐脳 6元
豆腐のトロトロ感は昨日と同じ。雑醤が何か未だに分からんが…麻の花椒の他に辣2種,漬け物系を2種を含む10以上の調味料を入れられた。砂糖も塩も少量ずつ入ってる。油かダシ汁みたいなの複数もわずかに混ぜて…そんなに複雑な味だったんか?
麻辣はやはり麻が買ってる。やはり軽みを持たせた爽やかな痺れ。その他に,ここのにはバクチーが効いてて,麻と合わせて香り立つ。
■山城開胃粉
牛羊開胃粉(2両小碗) 8元
湯の底から粉を持ち上げて驚く。
ウドン?
んなわけがない。「粉」ってことは米なんである。口に含んでも,もちろんコシはないんだが,滑らかな歯触りはない。ポロッと崩れる感じ。
ただこの破天荒な太麺ビーフンが,濃ゆい味に出た肉汁に…めっちゃ合う!
名前からすると恐らく牛と羊の胃袋なのか?とにかく淡白な内臓肉のダシが,韓国のソルロンタンとかソコギみたいな赤身肉の旨味を出してて,例によって麻辣とその他複雑な中華スパイスに絡んでます。
辛味ソルロンタンのビーフンうどん…と書けば,混乱する気持ちが分かって頂けると思います。
そんな予感もあって「麻辣は?」と元気なお姉さんに聞かれた時に「一点ル」(ちょっとだけね)と控えたから,この裏味が強調されたのかも知れない。
他の料理にしても,麻辣なしでもそれなりな味なんだと思う。
何となく思うのは,インドのカリーのマサラ使いと中華スパイス使いの類似性。ダシ的なものを使うせいで見かけはかけ離れた感じもするが,この調味料のムチャクチャな複合はカリーに匹敵すると思う。
それが台湾滷味にもなれば,四川では麻辣になって開花したということに見えてきたわけです。
■山城小湯園
同 5元
ここは地下じゃなく,人々が行き交う雑踏の端。
かなり客はたかってましたが,出てきてみれば上海や蘇州の芝麻園子と同じに思えた。ただ外の生地のフワフワぶりは,久しぶりだからかかなり新鮮な美味さに感じられました。
胡麻はそれほど練られておらず,つぶつぶ感を保ってる。微かに痺れる感じの爽快感も感じられたが,気のせいか残り香かも。
湯には何も入ってないようなのに,饅頭生地から溶け出した米の香りがふくよか。
四川で団子なんて聞いたこともないが…この素材や調味料の地味なのをそのまま愛するようなスタンスは――まだどうも実感しかねてはいるけど――この土地独特の古臭い感覚みたいな気がしてます。
席の横に[米需]米と印刷されたでかい米袋が幾つも重ねてあった。この生地って小麦だと思ってたが…意外に米粉なのかもしれない。
14時半,臨江門から帰路につく。
少し早いが,どうも面白くない。裏通りに入っても何となく味がない。中心部だけ上海南京東路なのに,一歩裏に入るとド田舎になってるみたいな,何か作られた雰囲気がある。深[土川]の空気に似た新興人造都市の印象。まあ深[土川]よりはうねるような坂道に風情が感じられはするが,成都並みの積み重ねてきた味わいが感じられない。
それなりに古い街だと記憶するし,経済発展前に旅行した人の話では,傾斜地に伸びる家並みがいい情緒だと聞いてて,実はずっと来たかった街なんだけど――開発途上で街並みが消えちゃったんだろか?
雨がちでもあるし,帰りも心配ではあるし…と気弱に駅まで撤退。
動車に乗り込んで指定の58番の席を探しあてたら,4人席。しかも通路側。
通路挟んだ4人席では脂の乗り切ったおっちゃんたちが例によってえらい勢いでトランプ賭博の真っ最中。
何だかなあ…と思ってチラ見してたら,「ニーハオ!」と現実の中国語会話で一番やらない挨拶がかかる。
振り向くと,とってもキレイでオシャレなお姉様がニッコリ。おお~スゴいじゃんラッキーじゃん恋の予感じゃん!とかにわかにトキメイておりますと…お姉様は25番の票を差し出す。そして並んで座りたいらしいお隣の旦那様らしき方をチラ見しつつ「宜しければ席を代わってくださいますか?」
お姉様はラッキーじゃなかったけど25番は窓側席。日頃の行いが呼び寄せた幸運と言えよう。
疲れた。少し寝る。
まどろみから覚めると,車窓は黄昏が次第に濃くなりつつありました。
さて,そろそろ成都の到着駅の心配をしましょうか。
前方の電光表示の英語では,この列車の発着は「CQ NORTH→CD EAST」となってます。
「CD」はチョンドゥ(成都)のピンインの頭文字を取ったわけか。チョンチン(重慶)が「CQ」。つまり重慶北が「CQ NORTH」。なら「CD EAST」は成都東駅か?――昨日確認した「CDTV」みたいな言い方が一般的になりつつあるんだろか?
四川は今まさに建造されつつある土地。つい最近決まったみたいな出来事がたくさんあるんだと思う。だから例えば,恐らく新たに始まったと思われる重慶北→成都東のこの路線,将来的には成都地鉄2号線が発着するんだとしても,どんな風に乗客の利便をカバーしてくれるのか(あるいはしてくれないのか)はなかなか面白い試金石。
してくれてなかったら…つまり市内までの交通手段がなかったら,例のバイクタクシーにでも乗ってみよう。――夜の中国バイタクって,死亡率はどの位高いんかな?
成都東[立占]には定刻着。空はもう真っ暗です。
→続く
[後日談]これが,2018年に「坂では長崎に次ぐ面白さ」とハマりまくった重慶への,記念すべき初訪でした。何と…重慶小麺も何も麻辣モンを食べてません!!!歴史や地形はこの2回目に個人的には徹底的に深堀りして,初回の欲求不満を解消したつもりです。→油煳干青∈3重慶∋糟酸麻蒜