外伝17-094 木を伐れど影の遺るか津の小路/四平東道を南行

~~~~~(m–)m~~~~~(m–)m~~~~~(m–)m本編の行程:Googleマップ(経路)~~~~~(m–)m~~~~~(m–)m~~~~~(m–)m

またも悔しい食べ逃し:烤冷面

▲烤冷麺?→巻末特集参照

りを開いたように北へと歩行を再開したのは1632。
 もう一度,天河城のカフェへ入ってみようか…と思ったんだけど,席がない。
 1645,浜江道。この目抜通りは,ここでぐっと幅を狭めてる。実質的な北の終点。
 北上。すぐに西へ楊福萌路という微妙な名の裏通り。あれ?面白そうな匂いだぞ?
 西行して入る。ちなみにこの入口の西北角のコンビニは「拉屋优」という見たことのないチェーンでした。

▲「老街大排」つまりスベアリブ専門店。外見のセンスが中国じゃないハイセンスさ。

「天津で一番短い道」…なのか?:楊福萌路

津のちょっと好い道コレクション
1 三徳里〔和平区唐山道〕GM.
2 寧夏路〔和平区同名〕GM.
3 恒和西里〔和平区同名〕GM.
4 楊福萌路〔和平区同名〕GM.

の路地は…何と表現すればいいんだろう?
 全然普通の道にも見える。ただ,路地の入口の賑やかさとの対比なのか──心地好い取り残された感がある。
 例えば,この福萌書店など──

▲また発見した路地に──福萌書店?

地側の入口がこんな感じ。
 ちなみに今,ネットで調べても全くヒットしません。
 あまりの不気味さに,その通路に恐る恐る入ってみると──

▲福萌書店。「天津で最も短い道」にあるという売り文句

津最短的路 蔵着最深的文化」(天津最短の道だからこそ最深の文化を蔵している)とある。
 大したはったりです。
 ただ…ここに至るも何を売ってるのか表示はなく,しかもその先に商売してる空気を感じない。
「注文の多い料理店」そのものです。
 流石にそれ以上進むほど,肝が座ってませんでした。勇気のある方はどうぞ本を買ってきてみてください。

▲道路に椅子が並ぶ。半ば寂れた公園かパティオのような風情

怖の書店から先も,普通の路地なのに…何だこの生々しい静寂は?
 ここ,出るんじゃねえか?
 ただそこは,なるほど「天津最短」ですから出口はすぐでした。往来人も見え始め,記録に留めても祟りはないかな?と思えるようになりました。

▲ただし,ちょっと脇道を覗きこむと,こんな…どうにも進む気になれない酸っぱさが。

福萌路の突き当たりからは,もう北へ行くしか道がなく,まさに道なりに進む。出た通りは…広い!これは兴安路か。

西へ。西日差す天津金融街

▲北へのビル群

らく最後の歩きになる今回は,西のエリアを目指してました。
 日差しが夕焼け色を醸し始めてる。この車道沿いに,距離を稼ぐことにする。
 しかしこの北側のビル街の派手なこと!…調べると天津の金融街に当たるらしい。すぐ北を流れる海河側からの眺めはもっと凄いみたいです。特にここ!→天津瑞吉金融街酒店

▲夕暮れが迫る。

側が大分風情を帯びてきた。
 1706,松澤日本料理の筋から南行する。あれ?まだ哈密道なのね?
 観光地らしく路面バスが「車来了!注意安全」とデカいアナウンス音を発しつつ,結構バリバリに爆走する。この東西の道が和平路か。
 もう少し西へ進もう。右折。

▲「すし 日系」「クラシックの日本料理」──分かったから,と言いたくなる日本色アピール。

静謐なる場末感:四方東道

津のちょっと好い道コレクション
1 三徳里〔和平区唐山道〕GM.
2 寧夏路〔和平区同名〕GM.
3 恒和西里〔和平区同名〕GM.
4 楊福萌路〔和平区同名〕GM.
5 四平東道〔和平区同名〕GM.

いうわけで,イメージではもっと西を目指してたんですけど。
 お?1711,また発見してしまったか?南へ入る。
 あ?昼過ぎに横切った記憶のある四平東道か?

▲四方路に入る。

の道の雰囲気も,また何と言えばいいんでしょう?
 頭上をまたぐパイプやら竹やら,そこをつたう巻き草をくぐり,南へ。結構長く続く道です。この奇妙な心地好い雰囲気が続くもので,ついついかなり南行してしまった。

▲心細くなるようなひなびた雰囲気なのに,延々続く四方東道。

回,お気に入りマークをつけた道を振り返ると,共通項が見えてきました。
 両サイドがT字で途切れてるんである。
 推測するに──租界時代,他より多分割された天津の,各ブロック内では必要だった小路が,現「大天津」の都市計画上,いわば「余って」しまったのではないか?それらの道は,大きな車道と接続を絶たれ,ブロックに飲み込まれて消えていく。その過程の中途にある道が,天津には他より多く残っているのではないか。
 ──だとすれば,これらの道こそ,今しか見れない道なのかもしれません。

▲新華路ライン直前辺り。ここまで来ると大分,普通の道になってきます。

714,新華路ライン。
 1716,山東路ライン。北東角に洋館。党群共建楼門と表示がある。
 1720,おっと,もう河北路ラインか。先に喰うかなあ。西行へ。

▲河北路手前の寸景。やはり生活感のある道なのです。

二度目の老津味に唸る!そして少しヤッちゃった感!

728老津味・牛肉飯
紅焼牛肉餐550
 二度も来るほど気に入ったのかよ?と言われるかもしれんけど,二度も来るほど謎が深かったんである。
 深かった謎は深堀りするしかない。
 今夜はまだ客は一人。まあここの客数は観光客数に比例はしないだろう。
 さて来た!2泊2日の短い滞在中,二度も訪ねたこちらの,二食目がこれだ!

▲「老津味・牛肉飯」での晩ごはん・二食目!

像記憶力のある読者はあるいは思われるかもしれない。
 ──昨日と同じじゃね?
 全く,どうも素人はそう受け取るから困るのである。
 まず,メニュー名の通り,肉の椀の中身が違う。紅焼牛肉である。牛と豚だから全く別物である。骨付の牛肉は食感が異なるものの,煮汁はほぼ煮豚と同じ。最後に飯にかけるとしゃばしゃばだったのも,昨日通りでした。
 ──だから同じじゃん。
 いや,だから!汁は昨日と異なりワカメが主体で,こうなると海藻の出汁が出たようで和食的なものに近くなって,でも本質は豆腐の優しい味わいが背景味にあり,出汁がアクセントとして働いてる感じ?
 ──だからさあ,同じじゃん!
 いやいや,だからね,セロリにも昨日と違い豆干の,ハムみたいに燻製味の強い奴が入っててこれとの相性がばっちり。この取り合わせ感覚は津味独特かもしれませんし。ただ酸っぱいもやしと瓜卵炒めの旨さ,これは昨日と違わぬ涙なしには食べれないような…
 ──だからそれも同じじゃん!!
 いやいやいや,世の中にははっきりさせない方が平和な事情というものがあるわけで,ところでワシはもう少し歩かなきゃ収まらないから,町歩きに話を戻そうと思う。だから,話を戻すぞ!

[前日日計]
支出1500/収入1770
負債 270/
[前日累計]
     /負債 499
§
→九月二十二日(六)
[91八里台回顧行]
0931津味 張記包子舗
猪肉包
高湯雲呑8.5元370
1119包子津味水餃
猪肉三鮮包
鶏蛋湯18元370
[92天津駅,鞍山路][93鞍山路からハルビン路まで]
1228津五福西点
紅豆酥,掌破仑蛋糕300
[94四平東道を南行]
1728老津味・牛肉飯
紅焼牛肉餐550

[95万全路黄昏行]
[前日日計]
支出1500/収入1590
負債 90/
[前日累計]
     /負債 409
§
→九月二十三日(天)

■発見:謎の烤冷麺

 日本語のレポートもかなり多い。ただ百度百科の記事がやはり詳しい。
 それと,こんなに由来のはっきりしてる食品も稀でしょう。創始の場所は,黑龙江省鸡西市の密山市第二中学校の校門前だそうな。
 時は1997年のある日,自分で「冷面」を食べようとした人がいて,中華鍋で焼いたら旨かった。お裾分けしたら数分でなくなった。
 次の日には,あまりに客が増えたので鉄板で焼くことにした。だから最初は「钢丝面」と呼んでいたという。
 ここで言う「冷面」とは,韓国の「ロンミョン」や「ミルミョン」,その日本伝播後の冷麺のことではないらしい。中国語の本来の意味での「面」,小麦粉に水分を加えて練ったもの。手打ちうどんを切る前の玉,みたいなもんです。
 ただ…それの「冷」とはどーゆーことなのか?それを焼いたら,クレープかナンかホットケーキになるだけなのでは?──と言えば,読んでるとどうも違う。お好み焼きと巨大餃子の間みたいなものなんだろうか?次回,実食編を待て!(時期未定)

▲烤冷面。どうも汚ちゃなそーな見かけなんですけど…。

※ 食べログ/「焼き冷面(烤冷面)」をアメ横で~日本でも食べれるらしい。
※ ameba/烤冷麺~作り方が写真付きで
※ 百度百科/烤冷面
「发源地为黑龙江省鸡西市密山市密山镇」
「起于1999年前后,相传是位于密山市二中门口,有碳烤、铁板烤和油炸三种,味道各有差异。目前主要流行铁板和油炸。」
「起初不叫烤冷面,叫钢丝面。源于1997年黑龙江省鸡西市密山市第二中学校门口一摊位,摊主本打算买来冷面自己晚上回去吃的,数量很少只有几张,结果在学生的要求下就下了油锅炸,冷面板比较厚,本以为炸出来的面会又硬有脆,结果恰恰相反,炸出来以后刷上辣酱,又松又软,而且吃的时候丝丝分明。故名钢丝面,几张冷面板第一天数分钟内便抢购一空。第二天门口的小摊便纷纷效仿,由于小贩不只是油锅,还有铁板炭烤等。于是便有了铁板,碳烤,油炸等做法的钢丝面。」