▼▲1451沙辺中街十巷9号?楼。
1454沙辺中街十巷16号?楼。▼▲
牌の音?いや……台球。ボールでした。

車道。側溝下水を工事中。まだ先に路地が続く。直進してみる。1457
おおっ。これも凄い路地です。いきなり共同井戸。ad.上街六巷2

ad.21にもう一つ四階建て見張り台。つまりこれは圍で南北に建っていたのではないでしょうか。
──この時に至ったイメージをストリート名表記で記すと次のような形です。つまり北から南へ東西方向の中心街路が三本、これが沙辺下・中・上街。要するに京都のような条里感覚のある村です。これに直交する南北方向の路地が(番号)巷。見張り台の位置からして、十巷は圍構造の一辺です。──X街Y巷のYは上中下で揃ってないから、XブロックのY本目の脇道、というバンコクのスクンビットの通り名のような番号ではないでしょうか。
北側の新経済圏は沙富街。これは時系列的にはっきりしないけれど、古さからするとかつては並立していた(場合によっては先行した)可能性が強い西側集落が泗門村、即ち沙辺本村とは差別化して呼称されてる。













1510老街の赤子をあやす塔の下
車道。良德公園。

右折西行。1513
ad.上街六巷26。六巷がまだ続く?

ad.上街横巷になりました。21前の石敢當。いや左手のみで右手は上街のまま。


1518上街横巷48西に祠と竹林。その先が西楽とある門牌。沙辺烟筒山生態公園とある。

ここに観音殿?門扉が閉まって近づけない。向かって右に先鋒府。さっきもいたこの神サマは何だろう?
後ろの山がご神体らしい。文字のない祠一つ。供え物にミカン一つ。1525

養魚池北辺のガジュマルから泗門上街へ右折。1528




1535ad.28。庇に消えかけのレリーフ。

1536T字。定位置にある泰山石敢當。
右折北行。


1539泗渓祖廟。右聯「恩流泗水」左聯「德蔭東山」
1548市場街に戻る。夕方からは焼き魚屋台が有名らしく開店準備が始まってる。

濠江西路の沙辺市場で待つ。次の61路まで15分と高德地図の御託宣。1554
とりあえず五ヶ所の橋村を回りました。
今日の大環と沙辺は何れも当たり過ぎました。本日は既に画像170枚。如何に凄い橋郷だからってそんなに撮ってどーする?
1606 61路乗車。中山站で18路に乗換。
(再掲)
城軌中山站4→【061】沙辺市場
↓沙辺
城軌中山站
→【018】(石岐小学)東華花園
→【B29】(臻園)BRT石岐区菫事処

1654大信商業街
この辺りから北区中学までもかなり賑わう商店街です。木立ちが落ち着きを与えてる。

1707 外婆猪脚正宗隆江猪脚饭 猪脚饭 550


明日フロントが開いてない時に備え、念のため、微信/ミニプログラム(小程序)/存知己寄存 という上海徒午信息科技有限公司製作のものを入れておく〔後掲yuyu2024〕。広州北京路には4カ所見つかった。
──結局これは使いませんでしたけど、皆んなが困っることは中国の天才電脳マンが大抵ミニプログラムを作ってます。広州のミニプログラムにはトイレの同じような機能も入ってました。中国の電脳は恐るべき外界ではなく漁るべき恵み……になってきてます。「電脳消費社会」とでもいうのでしょうか?
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走過大環、張家辺、濠頭、沙辺、大嶺5条僑村后、中国華僑歴史学会副会長、五邑大学僑郷文化研究専家国雄教授品出了別様的“僑味”。〔後掲広東省人民政府/専家訪談〕
■レポ:2025年現在香港-中山直通バス
border bus ride was great. Passing thru immigration was felt like a rush process. I booked online for 2 tickets and was issue separated seats which was not practical. For someone visiting Zhongshan the first time, booking online web page was very confusing due to names of the Summit hotel pickup point differs from the Shengjing Shangfeng hotel pickup point posted once ticket wss issue. Both names are the same hotel, so the booking page should only show pickup point as Shengjing Shangfeng hotel.



