外伝17-113後 滴りや過ぎ去つてゆく老北京/胡同7&8/10=南锣鼓巷&菊儿胡同

~(m–)m 本編の行程 m(–m)~
Googleマップ(経路:前編含む)

▲老婆と電話ボックスと,突然人影の消えた界隈と。

锣鼓巷から菊儿胡同へ,この辺りは,ここだけの話「ちょっとツマラン路地だったな」という印象だったんですけど,調べていくと結構な味わいで,後から前後編に分けなきゃいけなくなりました。
 当初考えてた胡同歩きとは趣が違うんですけど──現代北京の最前線です。
 この安定門内大街の奇妙にガランとしたエリアも謎です。何でこんなところがポロッとあるんだろう?

▲少し歩くとまたこんな店が連なり始める。

び通りは賑わいを見せてきました。
 オシャレというより個性的な店が目立つ。店名でも店の造りでもセンスをこれでもかと表現してる。

▲安定門内大街の華やぐ歩道

と思えば,その間に古式ゆかしき店も顔を出す。頑迷さも感じるような店もあります。
 この好き放題なキャラ,微妙ですけど一昔前の共産中国なら決してなかった面目です。

▲安定門内大街の華やぐ歩道

の印象の流れで,この時間にもかなりの客がいるこちらの店で朝食としました。
1034 10个馄饨
鮮肉馄饨18元300
 店名「十個のワンタン」。ありそうでない,中国だぞと低音で主張するような言葉です。
 ワンタンの中身はハムっぽい。なのに噛むほどに肉肉しくなる。南京鍋貼の水餃子版というか。
 けれど汁はシンプル。ピリリと辛味,出汁はない。どこで…と思ったら,碗の底に残った黒胡椒と唐辛子に合点する。
 これは胡辣湯風です。あれよりはもっと薄くて先味だけが出るようになってるけれど。でもこれ,ワンタンに使うものなの?

▲小洒落た店でワンタン

は三角形のセンスのあり気なもの。
 2元プラスで麻辣になるらしい。石鍋伴飯,つまりビビンバブのほか韓国料理も充実してる。
 このナンセンスというか創造性というか,これはどういう気の迷いなんだろう?

▲同じく歩道の小景

進層の創造力は北京に特化したものじゃない。けど,こういう,適度に我が儘で適度に商売になるスタンス,このバランス感覚はなかなか絶妙。これが一般的なのかどうかは図り知れませんが,そんな感覚を持ちました。

▲もう一食。今度は豆腐脳

ス停「方家胡同」を通過したところで,調子に乗ってもう一食。
1107穆家婆包子舗
猪肉大葱包
豆腐脳400
 包子は流石にシンプルに美味い!肉味は追いかけて来ず,あくまで礼儀正しい。天津に似てるけど,これはもっと端正。粉もんとして忠実というか。

▲包子店の外観

題は豆腐脳でした。
 醤油のとろみ煮を豆腐にかけた感じ。食感としては,ちょうど京都のけいらんとかのあんかけを豆腐にぶっかけた,といえば近いか。味もけいらんの感じに近く色の割にごく端正。スパイスの福雑味も全く感じられない。
 これがこの店の独特なものでないとすれば北京の豆腐脳は,西方のものとは別の,かなり創造しがたいものに変化してる。「北京のX」は本来のXとは別のものに変わってしまってるんだろうか?
 1127,店を出るとすぐが国子监街でした。第九目的地。右折東行…の前に一服しよう。

■参照:10个馄饨のオリジナリティ

 というか,ここは要するにチェーン店でした。ただまあ,自分の慰めじゃないけど北京だけの6店舗展開(2014データ)。それも各店舗,独自のメニューみたい…に書いてある。
 鼓楼店の卤肉饭なんかは惹かれるけど,なぜかどこもビビンバはある。何のアプローチが得意なのかイマイチ分かりにくい。でもそういう自由さが魅力…なんじゃないかな?知らんけど。
 コメントを見ても,大感動はしないけどそこそこイケる,みたいなニュアンスのが多い。北京のポップな普段飯,という意味では成功だったらしい。
 何よりこういう小洒落たチェーンがウケてる,という雰囲気は,共産チックな中国イメージから逸脱してて面白い…と思うんだけど,知らんけど。
※ 本地宝北京/北京10个馄饨店地址电话及简介菜单 2014-07

■小レポ:炒肝

 穆家婆包子舗を後で調べてみた。看板メニューは,店名通りに包子だけど,豆腐脳も人気らしい。それに次いでよく引用されてるのが「炒肝」でした。
 何だ「肝テキ」か?──と思いながら一応検索すると,百度がヒット。
「炒肝は北京の伝統的な小吃である。」
 えっ?北京の,と言い切るようなものなの?
「宋代の民間食『熬肝』と『炒肺』が発展してできたもの。しかしよく見る言い方では,炒肝は前門の鲜鱼口胡同にあった『会仙居』で,1900年前後に『白汤杂碎』を基礎にして,豚の心臓や肺を取り去り,とろみをつけて発明されたものとされる。」
 この白汤杂碎も北京で食べそこなた一つですけど──その変種か。漢民族の発想として内臓食いは自分のその部位の機能向上に繋がるから,どちらかというと「略式」みたいな変形だろうか。
「また一説には,炒肝は満州族のシャーマニズムに基づく豚殺しの祭神の習俗に由来する。肉は祭りの供えになった後,内臓を全て鍋で煮込んで食べる習慣である。炒肝の『炒』字は,中国語の油炒めの意味ではなく,満州語の『colambi』に由来する。この字は漢字の『炒』字に訳されているけれど,その意味は,煮る,炒める,煎る,蒸すなどの総称である。」
 北京の,という意味は異民族の都だった歴史に基づく,ということか。この料理は,別掲した食べログを見ても明らかに「煮」で「炒」とは言い難いけど,そういうことなら頷ける。
「北京人は伝統的に匙や箸を使って炒肝を食べず,碗の端から直接飲む。だから炒肝を匙や箸で食べている人を見たら,古くからの北京人は一目で外地の人だと見破ってしまう。」
 あれ?これどこかで見たぞ?──あ!今回食った「豆腐脳」じゃ!
 どうも汚い食べ方をすると思ってたら,つまりこの店の「豆腐脳」は漢中発のアレじゃなくて,豆腐入りの炒肝だったらしい。
「中国老百姓の味」みたいな言い方をしてる中国語サイトがいくつかある。庶民の味らしい。それと,大体包子かマントウと並んでる写真が多いから,偶然にもワシはほぼ似た感じのものを食べれたらしい。
 では旨かったかというと──関中の胡辣湯と同じ感覚です。つまり庶民的な雰囲気には浸れるけど,感動的に旨い,というにはかなり無理がありますね。
※ 百度百科/炒肝
「炒肝儿是北京的一种传统小吃」
「北京的炒肝是由宋代民间食品“熬肝”和“炒肺”发展而来的。但是更常见的说法是,炒肝是前门鲜鱼口胡同的会仙居在1900年前后在白汤杂碎的基础上,去掉猪心、猪肺,并用淀粉勾芡而发明的。」
「另一种说法认为,炒肝源自满族按照萨满教习俗杀猪祭神、并分食祭肉后,将肠、肚等内脏烩成一锅由众人分食的习惯。(略)炒肝中的“炒”字并非汉语中用油翻炒之意,而是源于满语“colambi”,此字虽译自汉语“炒”字,但意思更为广泛,烹、炒、煎、熬均称之为“炒”。」
「北京人传统吃炒肝并不用汤匙筷子,而是整碗端起来喝。所以从前若有人吃炒肝用匙筷,老北京人一看就知道此人必为外地人。」
※ 食べログ/姚记炒肝店 鼓楼店/北京風モツ煮込みをいただきました

[前日日計]
支出1500/収入1600
負債 100/
[前日累計]
     /負債 309
§
→九月二十四日(一)
[111胡同5/10=烟袋斜街火神廟][112胡同6/10=帽儿胡同]
0948文宇奶酪店
紅豆双皮奶20元100
[113胡同7&8/10=南锣鼓巷&菊儿胡同:前編後編]

1834 10个馄饨
鮮肉馄饨18元300
[114胡同9/10=国子监街]⇒
1107穆家婆包子舗
猪肉大葱包
豆腐脳400
1306老北京ジャージャー麺36元300(1100)[115胡同10/10=金魚胡同&王府井]
1411卤煮店
羊肉氽面,小菜30元400[116胡同真=東四四条,柳芳行]
1850西部馬東四店
优質羊肉泡馍29元500
[前日日計]
支出1500/収入2000
負債 309/
利益 191/
[前日累計]
利益 191 /
§
→九月二十五日(二)