m673m第六十七波m梧州?藤県m43.?梧王mmこの海の吠えている聲 小夜千鳥

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1208街頭肉屋

1216南北道にも日常生活的な騎楼

1217洋風建築としても素晴らしい騎楼が続く

1223小物で満載の騎楼軒先

朱砂井から大??へ
14路!通り過ぎるな!
やっと乗れた……。1230
「軍工品質」というのは高品質の意味なのか?
梧州強生医院という男性専用医院をこの土地でも広告してる。
河の汽車站側にも二三の家船。
1242藤県汽車站付近の市場前

1248 藤県33路乗車。支付宝でやはり払えたけど位置アプリが情報を求めてきた。1255発車。4人しか乗ってないけど……?
途中で半分ほど乗ってきました。
西江渡る。空が斑。
1402藤県帰路の斑の空

1415梧州汽車站到了。行きより少し長く1h20。

直近のバス停・紅?新?路口と今朝の位置関係が分からん。一つ早く降りてしまったのか?
24路に乗る。1440
もしかしたら支付宝のQRが貼ってあるバスならそれを読んで払ってもいいんだろか?
46・18・20・24
大塘 下車

1458梧州汽車站付近の食堂街

1500梧州汽車站付近の街路

御点旺茶楼(大塘店)は15時で下班、17時再開。朝は0730開店。
でもいい下町です。大塘市場というのがブロック内にある。基本的にはアパート街なのになぜここだけなのか分からない。奥はあまり集落に膨らみはない。
1512大塘付近にて

18路が来たので小南路で降りるルートを採ってみる。
バス停・太陽広場。ここからも放射状に路地。
1533小南路下車。ここも凄い!
1533バス停大南路北側の騎楼丸角方向

1535バス停大南路北側の騎楼丸角「梧州会館」を再撮影

南堤路との角地の素晴らしい建築は梧州会館。1535
登ろう。
1536梧州会館前付近の観光的に完璧な騎楼

1537建築としても凄い騎楼

1538梧州会館北延長の騎楼

1538梧州会館北延長の騎楼内部の風光

完全に観光地。歩行街へ右折。1541
1539歩行街への角地付近

1540歩行街の圧巻の騎楼角地

1540相当に古びた騎楼

梧州騎楼城cocoを発見!この前で医師による屋台が開催中。どういう活動だろう?
中国ってのは何でこのタイプの観光地にしちまうんだろなあ。
1549お医者さん奉仕活動中の歩行街

1555歩行街は観光客でいっぱい

1558中山路へ戻る

オドオド注文したらエラく優しそうなおばあちゃんが用意して頂けました。
1621珍粉入口にて

1610珍威腸粉店
一肉一浄 280
何となく浄腸粉と肉が出るのかと思ったら──なぜこれがこの名前なのか不明。肉はどこにもない。ただいわゆる肉を巻き込んだ腸粉とは全く違う、きしめん状の米粉面にオイスターソースが絡めてある……と書くと何が違うのかたけども、腸粉より遥かにぐちゃぐちゃに崩れてる、とでも言うんでしょうか。
珍威腸粉店の「一肉一浄」

これが、浄腸粉のトロトロと渾然一体になって──いわば浄腸粉の「ところてん」みたいな状況になってる。そのくらいしか何にも例えようがないけど、とにかく美味い。実に美味い。ビーフンをこうしようとよく思いつくもんたけど、とにかく美味い。
ネットでも当面ヒットしないからここだけなのかどうか全く分からんけども。
珍威腸粉店の「一肉一浄」どアップ

フラッと中山公園方面を散歩してて目に入ったのが……宿の上(北)にある東正路という小径!スルーするとこでした。ただし……語感からして後から「共産的に正しい」文化街化しようとしているエリアとも疑えます。
1631宿北山手にあった東正路へ西行

1625東正路

???珍威?粉店→徒歩)梧州三?府旧址?《高德地圖(行程)》

案内図に描かれた「梧州城」

史料原典らしい「梧州城」

在抗日戦争期間、日本?机対梧州城実施大小空?共計400多次。為了使市民能及時?避空?(略)〔「火独楼」案内板〕

日本軍の空襲に対し何をしたのかがよく分からないけどとにかく由来はそうらしい。

公元前183年、?侘称南越武帝、開始分封?王、?光為?梧王。?梧王即位后、在今梧州建築?、即”?梧王城”。〔案内板「?梧王城」〕

現今的東中路和東正路南是?梧王城旧城址所在地。〔案内板「東正路」〕

──やや眉唾の位置関係ですけど。ちなみに宿の西の案内文ではこうなってます。多分未だに考古学的「遺跡」の発見がないのでしょう。

据考証、?梧王城為土城、遺址在今梧州市区東中路、東正路一帯。〔案内板〕

梧州城区図《?梧?志》(清・同治版)〔案内板「?梧王城」〕
同現地図上推定〔案内板「?梧王城」〕

粤語現今在全球有1.2?人使用。据?査、全世界有三个城市的粤語是最標准的、他?分別是梧州、广州和香港。〔案内板「粤語文化」〕

梧州市第一幼儿園を経由して柏曼に戻る。この東中路は麻雀牌の鳴る味のある路地でした。
1651右脇道

1650東中路

1652東中路

1652東中路

1653東中路

1654東中路

1708東中路から文化路に出て南対面辺り

確かに──後で宿の窓から見下ろすと、文化路の南まではほぼ再開発が終わり、ここから北だけが残ってるのが(今更ながら)ありありと分かります。
空のまだらがようやく消えて快晴。1708
1717宿から西方向の夕暮れ

1852桂香苑大塘店で購入した椰汁凤梨包。基本はクロワッサンだけどココナッツが浸み込んでる。後日、広州鳳城で食べたのがこれと同じタイプでした。やはり食は梧州にあるのでしょうか……
梧州の宿のTVでは「731」という映画が大ヒット上映中。多分、隣の女帝国との国際関係を反映しているのでしょう。見ないけど。

〉〉〉〉〉参考資料 

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▼▲参考資料▼▲

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