外伝06@(@_09_@) 湯 (@_09_@)

 4日目の陳家涼麺に,再び話は戻ります。
 ここでは涼麺(小)40元と三合一湯(味噌貢丸湯加蛋)45元を食べた。涼麺は大したことなかった。ただ,その形態には考えさせられたことは既に触れまし。
 味噌汁の話です。
 味噌貢丸湯加蛋。貢丸は肉団子で,この場合は「つみれ」って訳が近い。加蛋は卵入りの意味。湯は,ホットウォーターじゃなくて汁物一般を指す。ちなみに日本のお湯の意味の中国語は「熱水」,沸騰してたら「開水」って聞き慣れない漢字になります。
 基本的には豆腐とフまで入った日本の味噌汁に卵が溶いてあるだけ。味噌自体はさして変わり映えしない味。おそらく八丁味噌です。
 つまりは味噌汁なんだけど…味が妙に後を引く。
 五香粉じゃないけど…何かの漢方スパイスが入ってる。卵もどーやってんのか,糸を引いてるのにトロトロの口溶け。これらが味噌の渋味と絡み合い,実に深々とした汁を作ってる。
 かと言ってメニューには「味噌」とあるんだし,中華の上湯ではありえない。つまりこの味噌とゆー食材は,近代以後,台湾が併合後に日本本国から入った外来種のはず。それをこんな本国にもない味にまでしてしまう。
 これが台湾の湯文化の力なの?


▲陳家涼麺と味噌貢丸湯加蛋

 これまで何度も,台湾の食堂メニューに多彩な湯は見かけてきた。これらの湯は,おかずと同じ位の価格か,店によってはおかずより高い。
 何で「飲み物」の方が高いんだよ!――と味が分からん頃は…つまり去年までは見向きもしなかった。
 それでも成り行きで何度か飲んだことはある。あるけど,3桁時代の味覚石器時代には全く美味いとは思わなかった。ましてや味噌湯なんて「何が悲しゅうて台湾まで来て味噌汁飲むねん…」て感じで。
 いやあお見事!京都の味噌汁自慢の店に持って帰りたいくらいだわ!伝統とか母さんの味とか言ってるうちに隣の国はこんなん作っちゃいましたぜ!!ってね。


▲師大夜市近くの味噌貢丸湯の看板。味噌湯はかなり台湾の定番メニューです。


▲士林夜市にももちろん!涼麺味噌湯屋台

 6日目,仁愛路。
 ちなみに「仁愛」は「renai」と読む。正解には「r」音は濁るけど,ちょっと艶じみててイイっす。
 金山南路との交差点の北東角から中途半端に入ったとこにある小さな民家風の店。入るとさらに妙なノスタルジックな雰囲気。ひびの入った木の机と椅子。大人数用らしく,奥から6人掛け,8人,4人,10人の計28人対用。白熱電球に照らされた店内の空気を天井の剥き出し扇風機が緩く掻き乱してる。壁には笠や壷などの民具,民芸人形や戦前っぽい古い広告などが並びたてられてます。――昭和17年3月16日付けの修了証書まであるぞ?「国民学校初等科ノ過程ヲ修了セシコトヲ証ス」だって!
 夜来たらちょっとエエ気分で飲めそうな,感じ良い店。
 阿才的店――「才さんのお店」ってニュアンスの,これまたエエ感じの店名です。
阿才豆腐100
虱目魚[月土]湯100
白飯15
 当初の目的だった豆腐については別にお話する。実は,ついでに頼んだ湯の方に意外にも驚いたのよ。
 虱目魚は白身の大振りな魚で,これのすまし汁なんだけど…もんのスゴく淡白で,しかも濃厚なダシが出てる。鯛に似てるけど,さらに濃い味に思えました。でも油は鯛ほどは出てない。
 そんでもって身はプリプリ!魚ってよりゼリーに近い歯応えで,シュルッと歯の上に溶けてほぐれて,その後にまたあの濃厚なダシを残していく。
 これまでもお粥で何度か食べた記憶があるけど,味が淡過ぎて理解できずにいたみたい。
 もー最高に素晴らしい湯!
 調べてみると――日本では「サバヒー」と言い,英語ならミルクフィッシュって呼ばれるこの魚,中国語では「虱目魚」と書いてシームーユーと読む。17世紀に鄭成功が現地人に「シェンマユー(何の魚)?(」と聞いたからだと。鄭成功のあだ名の「國姓翁から「國姓魚」とも,台南の安平地区で養殖が盛んだから「安平魚」とも呼ばれる。
 煮込み,スープ,すり身と様々に料理される。台北の町中に専門店もちらほら見かけたけど,由来的にも台南が重力場の中心らしい。台湾の京都,鄭成功が根拠地にした台湾最初の町。
 次に攻めるならこの町は見逃せないな!


▲一[ロ乞]独秀の米粉羹(小)

 7日目,泰順路の一[ロ乞]独秀。師大夜市のすぐ近く,にわかにハマってしまった臭豆腐狙いでしたけど,湯もよろしゅおましたわ。
香[月危][女束ノ又]豆腐(50元)
米粉羹(小)(40元)
 おばちゃんがしきりに薦めるからつい手を出してしまったけど…正解でした。
 要はビーフンの汁で,阿宗麺線に外見はそっくり。味も同じ路線なんだけど…ここの方が旨いんとちゃうか!?やっぱりこの汁はルー味が勝負なわけで,ルー味じゃこの店は絶品なわけで,それはここの看板商品の臭豆腐で証明済みなわけで。黒く濁った汁の複雑な味覚はちょっと他では味わえそーにないで!
 ルー味の陰に何かのダシが隠れていそうだったけど,とてもそこまで探求できませんでした。まだまだルー味初心者のわしの舌には遠い味だったデス。

 7日目,民生西路,阿桐阿宝四神湯。
 どうも行きそびれてたんだけど,滞在の終わりも見えてきたんでかなり夜遅くに訪れた。
 ここ,深夜とゆーより早朝の5時までオープンしてる。トラックの運ちゃんとかを狙ってるのか?ただ夜のこの段階では,家族連れや帰路の学生とか生活臭のする客層が多かったです。
 庶民的ってゆーより屋台の延長みたいなスペース。元のスペースでは足らなくなって路地を越えた対面にスペースを追加してるから,評判は本物みたい。それでも全部で30位しか席はない小さな店です。


▲連隻の夜に輝く四神湯の看板

 メニューは湯が3種に肉粽・肉包までの一桁の数しかない。考える余地はない。ほぼ全ての客が四神湯,半分位がそれに粽か包を追加してる。カロリー残が少なかったし,食いにきたのは台北一と言われるここの四神湯!!迷わず湯のみを注文して,50元硬貨を差し出しました。
 来たのは,灰色の濁水を湛えた椀。香菜の一片もない。匙ですくっても肉片と米粒しか出てはこない。
 けれど。すでに鼻には神々しい香りが届いてきてた。
 匙を口へ。
 …凄い。
 これは。凄過ぎる。
 薄く,唐辛子辛くも塩辛くもなく,鰹や昆布や椎茸のような輝きを全く持たないのに,しっかり味わえる強いシンプルなダシ。トロミというより,舌の上にわずかに残る穀物的なザラつき。具を入れない故にスルリとあっけない,けれどやや粉っぽく重量感のある小気味のいい喉ごし。そして,腹に落ちた後に込み上がる柔らかく確かな満腹感。
 何だこりゃあ!洋食にも和食にも,インドにも東南アジアにもアラブにもない汁だぞ!?
 似てるのをあえて挙げるならば,チャンポンの内臓肉の汁。それも長崎の野菜と海鮮中心のじゃなくて,博多や四国の味。松山郊外の「みかさ」のラーメン汁にも共通する。ただし,あのざらついた穀物臭さがドッキングしてるのは,あれらのどれにもない。
 調べると,原料は――豚の小腸,干し山芋,ハトムギ,蓮の実,それとオニバスの種子?茯苓(ブクリョウ)?…ますます分からん。
 駄目だ,降参だ。これはわしの想像を絶する汁です。今までのどんな汁とも別のカテゴリーの液体。とても手に終えやしない!
 舌を磨いてから,再び食いに来るぞ!!待っておれ!!

▲連隻 四神湯

 8日目,初日に行って忘れられない丸林魯肉飯へ再び。
魯肉飯
味噌鮮魚湯
鶏肉と胡瓜の炒めもの
豆腐の煮物
計145元
 やはり素晴らしかった。魯肉飯豆腐の煮物については別に触れる。ここでは味噌鮮魚湯についてです。
 かなり日本のに近かった。魚でダシを取る味噌汁だろから,日本独自の一番だし系のイリコや鰹,昆布などの違いはあまりないんだろう。けどこれは…それはそれでかなりいいセン行ってるぞ!!台湾でこんな上質な味噌をどこかで作ってるのか?魚も恐らく前述の虱目魚だろう,凄いダシ出してる。厳密に言えば,この魚の味噌汁は日本じゃ食えないのよ。
 台湾料理って…中華としてスゴいだけじゃなくて,和食の神髄部分もこれだけ吸収してしまってるのか?
 凄まじい食文化風土だなあ…ため息が出るほど羨ましいぞ!


▲民権東路 丸林魯肉飯2回目

 そして何回目なんだ9日目最終日,何家排骨[魚+ノギヘン]。
排骨[魚+ノギヘン]湯(以下排骨ス湯と略す) 55元
魯肉飯(小)   25元
 魯肉飯のことは既に書いたけど――ここでは店名にもなってる湯のことです。何せ店頭の横断幕にも書いてある。「過[ロ乞]何家,[イノホ]不過排骨ス湯]」。つまり――ここで食わないうちは排骨[魚+ノギヘン]を食ったことにならんらしい。ならんもなにも…排骨スを食うのはわし初めてなんすけど?
 やたら腰の低い爺さんに招かれ,15席ほどある机席の一つへ。
 台湾のこーゆー店には珍しく,雰囲気を出す努力をしてるな。席を見回せば,箸立ての横に新聞チラシを丁寧に折った折り紙の小箱。仕事が細かそうね。
 しかしよお,あんな看板掲げてる中華屋なんて大抵ハッタリだけだろ?どんだけのもんじゃい!と構えて待つ。
 やって来たのは竹ザルに載った底深の椀。こんな芸当も他の店で見たことがない。
 湯の中には肉片と野菜がゴロゴロ。黒く淀んだ汁を匙ですくって。
 ゴクリ。
 口内に華やかに拡散するまったり濃い肉汁。ピュアで力強いけど,これ自体は牛骨のお馴染みのスープです。ただし,この味の後ろに広がってく甘く渋いルー味が,スペアリブの肉汁との美しいコンドラストを描いてく。
 これは確かに!豪語するだけのことはある!!
 台湾に来はじめた最初の頃には排骨飯にハマってた。元々油っこいスペアリブを揚げたものが御飯に載ってて,今はもうあんなドロドロ油ものは食う気がしない。今回も口にはしてなかった。
 この排骨湯も,同じく油っこいの。でもそれがルー味を重ねることで,はるかに上質な味覚を作り出してく。油っこい感覚は全くなくなってしまってる。ルー味の懐の深さをまた思い知った次第です。
 ネットで当たってみたら,排骨湯は他にも名店が多数あるみたい。わしはその一つでようやく味を知ったばかり。
 台湾の湯の世界は大海のようにとめどなく多彩に広がる。わしはまだ,その海を見出しただけです。

 
▲西門街 何家排肉湯